622話 【VS.】UN.Resident ヒトスクウトコヤミ
「あの乱戦のさなかでよくもうまあ奥へ進む扉があると気づけたものだな」
「エルフ女王が役に立てって言ったんじゃないか。だから僕は言われた通りにがんばっただけだよ」
コツリ、コツリ。壁に反射したヒールの音が奥に広がる闇へと蕩けていく。
天使の灯火に足元を照らされながら直線につづく大蛇の喉穴の如き通路を真っ直ぐ進む。
管制塔とやらの地下で巻き起こっていた戦いの音はすでに何処かへ。中央突破を試みてあがった息もとうに整っていた。
「それにエルフ女王が戦っている間、ぶら下がってた僕はずっと周囲を見渡してたんだよ」
「良く鳴く駒鳥と思っていたが存外抜け目ないようだ。無事に帰還できた暁にはなにかしらの褒美をくれてやろう」
「期待しないでおこうかな。どっちかと言えばこの船からなにか1つ持ちだす権利くらい欲しいところだけどね」
ディアナはさっぱりとした短髪の頭頂部を押さえた。
天使から下った天罰がちょうど刺さったところらへん。未だ痛むのかときおり撫でながら慰めている。
奥へ奥へ進んでいくだけで、ひりつくが如き争闘の空気は遠のいた。もはや喧騒が懐かしくなるくらい静まり返って孤独すら感じてしまうほど。
一党を縛りつけるように支配する感情は不気味、あるいは恐怖。狭くはない4角の通路が延々とつづいていくうちに閉塞感を覚える。闇を見据えて覚えるのは薄気味悪いという感想のみ。
それでもみなの足は止まらない。止めるわけにはいかない。
たとえ闇に導かれていようとも、道がつづく限り進みつづけるだけだった。
「それにしてもこの道って一体どこまでつづいてるのかしら? さっきからずっと真っ直ぐ進んでいるだけよね?」
ユエラは沈黙に耐えかねたみたいに長耳をぷるりと揺らした。
あるいは足音を聞くのに飽きたか。会話という繋がりを求めるように彩色異なる視線を全員へ巡らす。
「これだけ大きな船のなかともあれば途方もありませんわ。先端から後端へ移動するだけでも日をまたぎかねません」
「龍の翼ならひとっ飛び。とはいえやっぱりこの大きさはすごいと思う。なにせ巨龍の無駄に大きい身体よりも無駄に大きいもの」
ミルマが皿のように丸い腰をしならせながらユエラに応じた。
歩く調子に合わせて鱗の内側に肉がみっちりと詰まった尾っぽを優雅に揺らがせる。
「うえぇ……なんかこう同じ景色ばっかりだと気が滅入っちゃうわねぇ……」
と、文句たらたら腰をへの字に曲げて長耳を下へ垂らす。
しかしすぐに「あ、そっか」しなやかな指をぱちんと鳴らした。
「だから人が住む場所に偽物の空とか風を作ったんだわ。長い間窮屈な船に閉じこもっていても自然を感じられるようにしたのね」
なるほどなるほどぉ。ユエラは得心がいったように首を幾度も縦に揺らした。
おそらくヒュームのひらめきではない。地頭の良さが発揮されたのだろう。
ディアナもふむふむと未成熟な喉をうならせる。
「そう考えると人って本当にすごい種族だよね。ギリギリまで追い詰められながらもたくさんの努力をこのヴィシュヌに敷き詰めたんだ」
「きっと逃げた後も幸せになれるようにしたんだわ。後の世でも子どもたちが快適に暮らすために」
ふたりは鼻高々とばかりな訳知り顔で人の功績を讃えた。
作り物とは言え透き通った空は目を奪われるほど美しい。足のとられない黒の路は上を通るだけで歩調が弾む。建物は規格外な見た目のくせに頑丈そのもの。
本当の別世界がここにあった。剣も魔法すらも必要としない夢のような異世界。人という弱くも懸命な種族が作った世界だった。
ルスラウス種族たちは人間種に心惹かれはじめていた。道中で呆れてしまうほど魅せられた。
魅力的な新世界を愛してしまうのにそう時間はかからない。
「だからこそ……悔しいのよね。どうして幸せの船に人じゃなくて別のモノがのさばってるのよ……」
ユエラは奥歯と一緒に悔しさも噛み締めた。
蔦の絡んだ細腕が力任せに振り払われる。帯びた花弁が腕の軌跡に合わせはらはらと雫のように散る。
ディアナも「……そうだね」同意しながら滲んだ瞳を足元の影へ落とした。
「きっと地上を模したあの世界にだってたくさんの人種族が暮らしてたはずなのに……こんなのってないよ」
会話はぷつりと途絶えてしまう。
甲斐がないとまでは口が裂けても言えない。ただ湿り気のある嫌悪感が……憤った怒りが、歩む一党らの背を押した。
人種族はヴィシュヌを作ることで生きようとしていたのだ。漠然と逃げるのではなく、栄えある未来へ繋ぐために。
仄暗い闇を見据えながらも一党らの足どりに迷いはない。勇壮でいて憤怒を秘めた眼差しが真実を求めて前へ進めと語っていた。
「おっと、どうやらついたクセェです。このでっかい扉がこの船の1番深い真ん中らしいです」
長い廊下の先に現れたのは僅かに広い空間と、行き止まりだった。
あったのはただの壁ではない。壁とは異なった別の壁である。
しかも壁には枠にそって黄と黒の線が引かれておりいた。まるで目につくように作られてるかのよう。
そして大きな巨体用の扉がとても嫌なものであることが人でなくても感覚的に理解出来た。
遅れて翻訳される張り紙の『船内最高権威保持者専用』文字にだって否応なしに嫌悪する。
「果たしてここが最深部でしょうか? まだもっと奥があるように思えますが……」
リリティアが、重々しく是非を問う。
すんなりと答えられるものはいない。だけど、なんとなくだがそうなのだろう、という雰囲気を漂わせていた。
「おい小さいの、なんとかしろ」
とはいえこのまま静止していてもしょうがない。
ヘルメリルがくい、と顎を使ってディアナへ仕事を振り分ける。
「ちょっと待っててね。取っ手がないから開けかたを調べてみるよ」
すると彼は意気揚々と短い足で床を蹴って小走り気味に扉のほうへ駆けていく。
両手で触れたり、小突いてみたり、見上げてみたり、と。ディアナによる精密な調査が開始された。
戦えない代わりにシーフのような役回りを担ってくれている。行動原理が好奇心であれど関係はない。閉ざされた道を開くという大役を務められるのは今のところ彼だけ。
「歩いてきた道にも気配はないようだ。ならばこの僅かな間でも張り詰めた気を抜いておくといいさ」
ヘルメリルは、ディアナの作業を眺めつつ他の面々へ注意をむけた。
本当に僅かであるが顔色に疲労が滲んでいる。これだけの未知を味わわされれば無理もない。
リリティアも剣鞘から手を離し「そうですね」。ユエラもまた「んーっ」と伸びをして緊張の糸を緩めた。
と、最後尾を歩く天使がぽつりと緩んだ空気へ滴を落とす。
「ひとつ地上の種族連中に聞いてほしいことがあんです。そのままでいいから耳だけこっちに傾けやがれです」
耳だけと言われて言う通りにするものか。
半ば強制されるようにディアナ以外の全員がタストニアのほうへ視線を集めさせらた。
しばしの後。愛らしい天使は首をぎぎ、と横へ傾けながら語りだす。
「魂を導く系の天使の感覚器官は死という概念に対してかなり過敏です。魂の放浪や欠如なんかはもちろんですが、器から魂の抜けでたタイミングなんかもかなり遡って感じとれちまうんです」
「つまり種族の死後幾日を経ても直感的に死の背景を追えるということか。地上の種族にはもたざる特性であるな」
ヘルメリルの推察に「です」タストニアはこくりと首を縦に振った。
なにを唐突に、なんて。問うものはいない。
タストニアがこのタイミングで語りたいと言っている。種族たちへ目下示したいとしていることが重要だった。
だから――ディアナ以外が――清澄する。神聖なる彼女の声に耳を傾ける。
「この船に近づいた時すでに凄まじい数の死がぷんぷん臭ったです。そしてそれは過去に多くの魂が器から飛びだしたということです」
言われるまでもなく。この船が墜落した際に吐きだした蒼き魂の数は星の数ほども多かった。
つまり船によって囚われていた人間の魂が開放されたことを意味している。
「そして感覚的に嗅ぎ分けられた魂は――およそ70万です。そして50万ほどの魂が天界へ送られることなく消滅したことも確認済みです」
間髪入れずユエラが竹色をした三つ編みをぷらり横へ流す。
70万いて50万が消滅したのだから算術の必要もない。
「ちょっとまって天使さん? 人間さんたち残りの20万の魂はいったいどこへいっちゃったっていうの?」
「およそと言ったはずです。そして残る20万は天使の感覚に感じられるなかで類を見ないほど薄すぎる反応だったです。こんなことは大陸の歴史上マジで初めてだったです」
薄、すぎる? こうなってはもうユエラだけの疑問ではない。
天使の話を耳にしている全員が眉しかめ、首をひねって真意を思考した。
いっぽうでタストニアは微笑する顔を貼りつけたまま。身じろぎすらせず、瞬きひとつしやしない。
「……あー、そんだけです。種族たちの知らない天使ちゃんによる天使の解説コーナー終わりです」
そして唐突に終わりがやってきた。
やってきたというより無理やり終わらせたような不自然さ。
だがどうやらタストニア自身は満足したらしい。後ろ手になって素足の踵で床をとん、とん、と叩いた。もう語る気はないらしい。
――……この状況でなんだというのだ、今のは?
ヘルメリルが疑問を呈する暇もありはしない。
突然、扉の側から高らかな声が上がり廊下をうわんうわんと反響した。
「認識コード840! 扉よぉ! 開けぇ!」
犯行に及んだのはディアナである。
扉横の枠に入ったなにやらかに触れながら、もう幾度か活躍している数字を口にしたのだ。
840の数字が唱えられ、あちらの世界の魔法が発動する。なにやら赤い灯火がぐるぐると視界を滑るみたいに回り始める。
動作したということは仕事をこなし終えたということ。ならばディアナからすればしてやったりだ。
「どーんなもんだいっ! 人種族は確かにすごいけど僕の頭だって遅れをとったりしないぞ!」
「ほう、やるもんです。いったいどんな手品を使ったです?」
「なんか横のつぶつぶに触って適当にやったら出来たッ!」
「お、おぉう……人間の技術ってやっぱスゲーですぅ」
解決法はともかくとして兎にも角にも難題がひとつ減った。
だからディアナがいきなり大声をだしたことも、したり顔を決めることも、辛うじて許される。
その間になにでできているのかわからない扉が、大きさの割に軽快に横へ横へとスライドしていく。まるで深い森の奥が途切れ光が開かれていくかのよう。
それと同時に短すぎる一党の休憩は早々に終わりを告げる。
「なにがでてきてもなにが待ち構えていようともです。必ず明人さんを救うための材料を見つけだして脱出しますよ」
「リリティアとミルマさんが前衛、女王様が支援|。誰かが怪我をしたら回復役の私が走るからその時は防御に専念して」
「場合によってアタクシも支援に回りますわ。この身はもうすでに朽ちることなき幻想ですもの敵の攻撃なんて怖くありません」
戦い慣れた者たちは一斉に警戒の体勢を整えた。
龍、龍、混血、エルフ、天使。うち3者は世に名を馳せるLクラス。
もし扉奥から数え切れぬほどの魔物が食らいかかってこようとも押しのけられる。それだけの戦力が揃っていた。
開いていく。
同時に――神の造る試練――ダンジョンの深層にたどり着くような緊張感と高揚感が膨らんでいく。
扉は巨大だ。
まるで龍が剛力で開ける岩の扉のよう。それが地響きひとつ起こすことなくゆっくりと口を開けていく。
奥になにが待っているのかなんて想像がつくはずもない。だってこの船に乗りこんで思い通りにいったことなんてひとつたりともありはしないのだから。
そう、だから警戒は怠らなかった。
この船は大陸種族にとって魔境の境。未知なる世界だから。
「――ッ!!?」
だ か ら こそ扉奥を知覚すると同時に痺れを覚えさせられた。
全員が同様の反応を起こしたのだ。息を飲んで全身を剛直させながら異なる世界へ触れる。
「こ、これを――ッ! これが人の成した創作物だとでも言うつもりか……?」
ヘルメリルでさえ光景を視認してからおよそ5秒ほど。それでようやく声を絞りだせた。
衝撃で側頭部をぶん殴られるような感じ。くらりとするような目眩を覚えてヒールが僅かにもつれる。
一党の前に広がった世界は幻想的と言うより冒涜的とさえとれるモノたち。それらが視界を覆うほど綺羅びやかに輝き 美 という現実を種族たちに見せつけた。
(区切りなし)
※※※ MOST DANGERCODE ※※※
※目隠し用PRN
進むか戻るかはお任せします
【M.AI】
偉大なる発明の母
盾の五芒――その1つ。
「とっくにきてるわぼっけええええええええ!!!」
美菜 愛
フレックス特性:電磁波
年齢:16才
種族:人間
【バックボーン】
偉大な発明家である両親のもとに生まれ自身もまた研究に没頭する
しかし父が◎◎◎へ送られたことによって彼女の母は世界へ疑いを覚え始めてしまう
幼き愛は暴走憔悴する母を憂いながらも父親救出のためにより深く研究へ専念しつづけた
そして偉大な発明家である彼女は苦悩の末に『パラダイムシフトスーツ』通称パラスーツと呼ばれる先鋭技術を完成させるのだった




