620話 【VS.】赫眼のヒトガタ UN.Resident ●●●●●● 3
鉄の霰が降り注ぐ。霰が壁や床にぶつかるたび硬く鋭利な音を奏でつづけた。
敵の使う鉄嵐は若干すえた刺激臭を発している。筒から黄金色が飛びでるたび鼻をつく臭いが弾けるように充満していく。
錬金術の類に学のある者ならばこの臭いの元を判別することが可能。そして敵の使う機構の察知も容易。
『投降セヨ、投降セヨ、投稿セヨ……』
『危険レベルノ引キ上ゲヲ検討中……本部カラノ応答ハナシ。ヨッテ現場デノ判断ガトップレベルニ優先サレル事態ト推定』
未曾有の激戦を飾るは、火薬。
そして火薬の炸裂によって巻かれる臭いの正体は、硝煙。
つまるところ火薬を発火させた際に生じるエネルギーで鉄を打ちだしているということ。
しかし不思議なことに戦場の香りというのはどこもよく似ている。いわゆる嗅ぎたくない思わず眉をしかめてしまいたくなるような臭いだった。
死の臭い、あるいは死を呼ぶ臭い。戦場に慣れている者だけがソレを感覚的に嗅ぎ分ける。
『一時銃撃停止、一時銃撃停止』
1体が物影からおずおずとでてくる影を見るなり隊列へと攻撃の中止を命じた。
10数体のアンドロイドたちは命じられるがまま攻撃を止める。
「と、投降します! だからもうそれ以上攻撃をしないでッ!」
施設の影から薄く小さな影が1つほど、現れた。
ランジェリーよろしくなボディスーツの少女が、祈り手を結び命を乞う。
『罪人ノ投降ヲ確認。武器及ビ危険物ノ所持ヲ検査セヨ』
『命令ヲ受諾。投降者ノ身体検査ヲ行イツツ周囲警戒ヲツヅケル』
アンドロイドたちは血走った瞳をぎょろぎょろさせて僅かな思慮する間を設けた。
その後、隊列から2名ほどが毅然とした足どりで前にでる。同種たちを背にして涙目の少女へ元へ歩み寄っていく。
無闇矢鱈と殺傷しようとしないのは道徳的だからか。否、アンドロイドの機能に建設的な思考が植め込まれていると見るべき。
これは一党が潜伏中に嫌というほど思い知らされたことでもある。この宙間移民船にとっての生者は生ける素材でしかない。いわゆる周期的動作を繰り返すだけの歯車として見られているのだ。
辿り着いた1匹のアンドロイドは、手にした筒状の先端を手早く少女へ押しつけた。
『両手ヲ上ゲ首ノ後ロヘ回シテクダサイ。警告ニ従ワナイ場合ハ発砲ヲ行イマス』
「くひ、ふひゃひゃ! あ、あんまり脇腹ぐりぐりしちゃイヤだよぉっ!」
どれほど少女がいやいやと身を捩ったところで聞き入れることはない。
一貫して冷徹。1体が警備を担当し、1体は機会的な仕草で身体の検査を行っていく。
黒く長い髪、晒された華奢な肩、控えめな乳房、キュッとくびれた腰回り、指が容易に沈み込む臀部。無骨で血の通わぬ鉄の手が透き通るような白い肌を余すことなく触れていった。
「あんっ! ちょ、ちょっと! もうっ、こっちは無抵抗の女の子なんだからもっと優しくしてってば!」
『罪人カラノ雑音ヲ検知、警告レベル3ヲ適用シマス』
「雑音てなによ-! ぶーぶー!」
少女は文句をこぼしながらも、比較的協力的だった。
体中を弄られながらも、少し頬を膨らますていど。両手を横に広げて敵が自らの身体に触れやすいよう委ねている。
そして僅かに火照りを帯びた少女の身体からようやくアンドロイドの手が離れた。
「これでもうおしまいかな? ね? 私なにももってなかったでしょ?」
『検査ノ結果女性デアル可能性ガ94%デアルト確認ガデキマシタ』
「残りの6%ってなに!? 念入りに触っておきながら女性として確定してないってなんでよぉ!?」
ぷりぷり、と。どれほど抗議したところで無駄。アンドロイドたちは意にも介さない。
どころか今度は少女の細腕をぐい、と引いて別の体勢を強要する。
『マニュアルヨリ体内ノ検査ヲ推奨サレテオリマス。即時両手両足ヲ床ニツイテクダサイ』
「あ、それはちょっとイヤかなぁって……」
『否定サレマシタ。警告レベル3ヲ超過。執行ヲ開始シマス』
「――わ、わわわっ!?」
パァン、という無情な音が一室を木霊した。
唐突な発破だった。アンドロイドは組み手にて少女を軽々引き倒し、抵抗すら許さず後頭部を貫いたのだ。
『生体反応ノ消失ヲ確認シマシタ。罪状、反逆ト検査ノ拒否。サラニ警告無視、ヨッテ速ヤカナル死罪ヲ執リ行イマシタ』
物言わぬ少女だったものが1体転げる。
周りには貫かれた際に飛び散った赤い脳漿が。傷口からもあふれる命の雫が路へ漏れるようにして赤い染みをじんわり広めていく。
感情の一片すら織り交ぜぬ躊躇のない執行だった。天真爛漫な少女は投げ倒されたままの姿勢でピクリとも動きはしない。
アンドロイドは赤目をぎょろりと剥きながら死骸一瞥し、身を翻す。
『資源ヲ破壊シタ罪人ノ捜索ヲ続行シマス。船内ヲ清潔ニ保ツコトガ我々ノ使命デス』
「へぇ? そうなんだ?」
立ち去ろうとするアンドロイドの背後からの声。そしてふらりと佇む影がひとつ。
アンドロイドはやけに人間臭い動作で素早く振り返る。
振り向いた先にいたのは、まさに先ほど打ち貫いたばかりの少女だった。
『……生体反応、ナシ。生物反応……ナシ……心、拍数……ナシ……』
筒の狙いを定めるも引き金が引かれることはない。
本来の目と思わしき部分をビカビカ瞬かせながら左右に首を捻る。
どうやら不測の事態に困窮しているらしい。
「後ろの正面う~さちゃん♪」
血で化粧を施したミリミは、ニィと口元で鋭角な弧を描いてみせる。
足元には己の血染み。後頭部から貫かれた額部分には致命的な傷が丸く残されていた。
しかしなおも瞳は死せず。真っ赤な眼が血の分け目からギラリと敵を見つめている。カチューシャ型のうさみみヘアバンドを頭に乗せていることもあってか、まるで兎のよう。
「あははっ。ねぇねぇ、貴方たちは兎さんの目がどうして赤いのか知ってるかな?」
まるでゾンビではない、これがゾンビなのだ。
これが死にながらにして生きる腐肉の特性。
「血を見慣れているからなんだよ。血に慣れすぎて見ていた自分の目も気づかないうちに真っ赤になっちゃっていたの」
ミリミは、微笑を浮かべながら前髪を掻き上げた。
額の傷が修復されていく。血濡れた肉の狭間がボコボコと泡立つようにして元の形をとり戻していく。
それからドレスみたいに黒い長髪を舞台女優の如き可憐な手捌きではらりと払う。
「おいで私の可愛いお友だち。《カモンマイサーヴァント》!」
着飾ったボディスーツの如き衣装は日常でこそ目を引く。
だが、赤目の客が傍観する舞台上ならばおおよそ適切。あとステージに足りないとするなら、役者だろう。
だから蠱惑的なバニー姿をした妹は、忌み有る呪詛を紡ぐ。
「《ホブ子鬼が大群》!」
直後に術者の周囲へ顕現するのは、渦を巻く呪怨の束。
数えることすら馬鹿らしい。そしてそのひとつひとつが怨嗟の体現だった。
主に呼びつけられた死者たちが呪怨を巻いて続々と顕現する。
「Geeeeeeeeeeeee!!」
「Grrrrrrrrrrrrrrrr!!」
「Gooooororororo!!」
1匹が大見得を切ると、焚きつけられた別の子鬼も参加し、吠えた。
しだいに耳やかましく汚らしい合唱が船内の一室へ腐臭を散らして巻き起こっていく。
だが、どうやらアンドロイドたちはこれらを傍観するのみ。
『熱源反応ナシ。船内汚染度ノ急激ナ上昇……異常アリ。……反応示セズ』
死を感知できていないのだ。現れたのは生命ではない、だったのもの。
つまり人の世に死体が動くという概念がなかったことを意味する。
「じゃあゴブリンさんたちあとはよろしくねっ! ……好きにさせてあげたぶん好きにやっちゃっていいから」
ミリミが犬を払うみたいに手をぞんざいに振った。
そこからはもう廃品処理である。滾ったゴブリンたちが静止したアンドロイドたちを好き放題にいたぶっていくだけ。
腕をもぎ、頭をひねり、足をちぎり、下卑た声でゲタゲタと笑う。これは大陸側でよく有る光景だった。
するとようやくアンドロイドたちも己の身に危険が降り掛かっているということに気づいたようだ。
『遠隔制御ニヨル破壊活動ヲ停止シテクダサイ。船内資源ノ破壊ヲツヅケルノデアレバ罪人トシテ処置セザルヲエマセン』
「Kiiiiiieeeeeeeeeeeeee!!」
『アンノウンヲ敵性存在トシテ記録――即刻排除セヨ』
一室は凄惨たる戦場と化すのに時間を要さなかった。
無尽蔵な鉄礫が壁の如く迫りくる血肉を穿ち床を汚す。開戦とともに絶叫と火花がぶつかり合う。その争いの光景は化け物と化け物の殺し合い。
「Bgo……bッ!?」
『斉射、斉射、セイ――』
「Gggggeeee!!」
1匹が倒れればより多くの波がアンドロイドたちへ押し寄せていった。
恐れを知らぬ勇猛な機構兵とて数に押されてはひとたまりもない。
あちらの数も相当だが、こちらの数も相応。僅かに時間のかかる武器をもったアンドロイドたちのほうが劣勢を強いられる。
ゴブリンとは敵ならば醜悪そのもの。しかし仲間になればこれほどまでに頼れる醜悪もそうはいない。
そして子鬼のなかに混ざってなお醜さを際立たすゴブリンがいた。
「BOOOOOOOOOOOO!!!」
「GOOOOOOOOOO!! BAAAAAA!!!」
猛り狂う巨体が敵味方もろとも巻き添えにする。巨体1つを肉弾として敵を引きちぎっていく。
名は、ホブ。子鬼のなかでもより凶悪で優秀な個体だった。
彼らは体格も他のゴブリンより蓋周りは大きく、戦うすべを生まれながらに秘めている。
群れを率いる根っからの戦士。それこそが大陸で日常的に畏怖される偉大な雑魚、ホブゴブリンだ。
『敵抵抗ナオモ増大。反乱ニヨルテロトシテ処置ヲ行イマス』
『了解。反乱用兵器ノ機動許可申請ヲ本営ヘ通信開始――……ERROR』
闇からは奇兵たちが間髪入れず這いでて反攻にでる。
対するは墓場の底から蘇った不死の者ら。
「grarararara!!」
「GIIIIIIIIIIIII!!」
しかもそのなかにホブ以上にまずい不死が混ざっていると敵は知るまい。
遥か彼方の遠方に、大翼を広げ艶かしく襲撃を見下ろす存在がいた。
「命と命の邂逅が互いの生を求め争う。見せられてこれほど暇なものはありませんわね」
「しかもどっちも魂をもたない器。遠慮する必要は皆無と言っていいわ」
翼の生みだす大気の揺らぎ同様に鱗の尾がぬるりと泳ぐ。
そんな彼女もまた唯一存在。龍玉という道理に逆らい落ち延びた不死の龍。
淫らに構えた双頭の龍は、1面でありながら無垢と嫣然の両面で言葉を紡ぐ。
「《虚無》」
「《障壁》」
厚く色のある唇がねっとりと意味を唱えた。
だが現象は、なにも生みださないし、なにも起こさない。
ただ無が有るというだけ。有るという無によって1枚の障害が生みだされてる。
そしてちょうど両陣営の狭間に無は存在する。1枚の張られた仕切りはどちらかを優遇せぬ平等な権利を与え下すのみ。
「geeeeee――――」
またひとつ。
そしてまたひとつ。
『斉射、斉射――――』
とある空間に踏み込んだ者から巡に喪失、いなくなった。
鉄礫も、腐肉ですらも。存在そのものが有から無へ存在を失くしている。
これでは身を乗りだしながら冥府を垣間見させられているかのよう。まさに冥界の踊り。絵物語の百鬼夜行が今まさに行われていた。
そんなさなかのいっぽうで争いの種となった元凶が、悠々と一党の待つ物影へ戻ってくる。
一党としても彼女へ言いたいことは多いはず。だが誰も口にしないと、代表してタストニアが首を傾げた。
「いったん死ぬ下りは果たして必要だったんです?」
「もちろん必要ですよ? だってちょっとひどい目に合わないとやり返したときすっきりしないじゃないですか?」
ミリミはそれがなにか、とでも言いたげに兎耳を乗せた頭をちょいと傾けた。
血濡れた白い顔に丸くなった瞳がぱちくり瞬く。なんの疑問もない澄んだ眼差し。
彼女に見つめられた天使は「……うへぇ、です」笑みの端をひくひく引きつらせるのだった。
きょろきょろ、と。安全を確認した兄が、ミリミの元へ小走りに駆け寄っていく。
「お兄ちゃん的にも女の子がみだりに振る舞うのはいただけないかなぁ。嫁入り前なのに身体弄られたり穴を開けられたりしちゃだめだと思う」
「えー! お兄ちゃんまでそういうこと言うのー! 私だって怖いの我慢してがんばったのにー!」
あはは……。ハリムは困り笑顔で乾いた声をこぼす。
それからとりだしたハンカチで妹の血化粧を丁寧に拭っていくのだった。
――まさかあのレティのやつが肩入れしてくるとは……。
冥府の巫女よりの贈り物。
ヘルメリルは、友からの差し入れを快く受け入れた。
――さしもの男嫌いとはいえ、NPCに助けられたという自覚はあるのか。
憂い奴よ。上機嫌にふふんと鼻を鳴らす。
機を見計らったかの如く強力な援軍が参入してくれるとは予想外。
しかも冥府の巫女レティレシア・E・ヴァラム・ルツィル・オルケイオス率いる棺の間の救世主たちだ。
彼らの活躍によって逆風気味だった風向きは反転し、追い風となる。
対多数とするなら悪意の統治者と悪意の指揮者ほど心強い味方はない。
なにせ隊を作る元となるのは不死。どれほど鉄礫を打たれつづけたところで死に死を重ねることは不可能。未だ激戦を繰り広げるなかでも圧倒的にゴブリン部隊が押していることがわかる。
さらにはリリティアとの同種である最強種族までついてくればもはや言うことはない。
「それでこの後はどのようになさるおつもりでしょう?」
「まさか敵の精が尽きるまで絞りつづけるなんてことは言わないと思いますが……」
ひとしきり虚無を敷き終えたミルマが地上へと降りてくる。
(区切りなし)




