619話 【VS.】赫眼のヒトガタ UN.Resident ●●●●●● 2
疾風の如く飛びだしていくリリティアの影を見送り、こちらも準備に入る。
「ふぅぅ……――ハァッ!」
血色の眼が刮目した。それと同時に腕を払う。
すると薔薇の如く咲いたスカートの裾辺りからもうもう、と。渦巻くような闇が立ち込めていく。そうやって彼女の抑揚ある全身を覆っていった。
まずは入念な補助魔法の発現。人世界の兵器は飛び道具に重きをおいている。ならば矢反らしや反応強化がなくば話にならない。
「ひゅ~♪ 無声詠唱とはさすが語らずと言ったとこです。その1発でいったいいくつの戦化粧を施したです?」
「8つほどだ、他愛ない」
答えてやるとタストニアから拍手が返ってくる。
思い念じ脳に描くは最強の己。一切の疑いなく自分を信じきったとき生まれるものこそが、語らず。
呪いによるブーストと制約がかかっているとはいえ、この世界でこの魔法は彼女のみしか使いこなせていない。ゆえに漆黒の女王こそが大陸最強の魔法使いの名をほしいままにしているのだ。
「貴殿はどうする? 隠れていてもいいがそのときは巻き添えを食わぬよう注意しておくことだ」
「なに言ってんです水くせーです。それに前回と違って腕も治ってるですし羽虫退治ていどなら手伝うです。大技さえ使わなけりゃ良いってだけです」
ヘルメリルが感謝の言葉を伝えようとするも、すでにタストニアは飛び立っている。
白き羽の1枚のみを残し本体は戦闘をおっ始めていた。
「おらおらおらです! ヤベェ天使のお通りです道を開けやがれです!」
少女の見た目のくせに、奮う糸鋸は凶悪。
びゅうびゅう、と。高速で動き回る天使によって撫でられた敵の首は自愛なく分断されていく。
しかも地上というに重しに縛られぬ超軌道で駆使する。美しくも残虐な翼が羽ばたくだけで作業中のアンドロイドたちが薙がれていった。
その苛烈さに煽られるようリリティアの殲滅速度も増す。
「ご助力感謝します! かの有名な断罪の天使様と肩を並べられるなんて光栄です!」
また1匹の首が撫で切られた。
切断箇所は赤々と熱され、すでに火炎の刃効果を付与した剣が幾数もの残骸を築いていた。
「こっちにも思うこと多いってだけです! なによりアイツさんを失うことは痛手でしかねーんです!」
対して天使の実力も剣聖に引けをとらない。
武器は澄んだ鋼の色彩だがおそらくは神具の類であろう。縦横無尽な鋸刃が風を切るだけで衝撃が疾走り――敵も床も壁も――あらゆる物を分断していった。
鮮烈でいて強烈。なのに美麗さも備えながら舞う。他世界の文明のなかで彼女たちは己を誇示していく。異質さに呑まれることすらなく敵と定めた赤目たちを削いでいった。
敵アンドロイドたちも、こう自由にされては黙々と作業をつづけていられないらしい。
『複数、ニヨル暴力的、ナ破壊、工作ヲ確認』
『当船デノ破壊活動ハ処罰対象トナリ容認サレ、テ、オリマセン。直チ、ニ、投降ス、ルコトヲ強ク推奨シ、マス』
ヨウセイチュウ、ヨウセイチュウ、ヨウセイチュウ。工場内の至るところで赤く眩い光が点灯回転を始めた。
それに伴うようアンドロイドたちは無機質な合唱を発しだす。身体の1部に引っついた赤目をぎょろぎょろさせる。
「言葉を介しているけど理解しているという感じじゃなさそうだね。あれはおそらくそうなるよう設計された上での行動だ」
戦えぬディアナは物影に隠れて敵の様子を伺う。
傍から見れば女に洗浄を任せ平穏無事な安全地帯でぬくぬくとしているように見えるのだ。
少なくともヘルメリルには。そう見える。
「――へあっ!? ちょ、ちょっとなに!?」
闇まといし腕が、彼の襟首をむんず、と掴んだ。
「なにではない女が戦っているなかで徹頭徹尾に尻を眺めるバカがどこにいるというのだァ?」
黒に浮かぶ血色に見下されたディアナは「ひぃっ!?」小さな体をぷるりと震わせる。
闇のなかにはニンマリと赤き月が弧を描いて存在していた。
「ぼ……僕は現場に赴くタイプじゃないと思うんだよねぇ? ほ、ほら僕がでていったら余計な苦労が増えちゃうかもだし?」
ディアナがいちおう引き剥がそうと抵抗は試みる。
しかしヘルメリルは離さない。
どころか闇から生みでた黒い腕で小さな身体を宙吊りにしてしまう。
「せっかくいるのだからなにかしらの役に立ってみせろ」
「なにかってなに!? 僕は戦いに来たんじゃなくて冒険にきただけだよ!?」
「虎穴に己の意志で立ち入っておきながら傍観者気どりが許されると思うなよなァ?」
有無を言わさず夜蝶の羽が開かれた。
そして良い声で啼く駒鳥を手にしたヘルメリルは、飛び立つ。
「にゃあああ!? 離してえええ!? 荒事とかホント無理だからぁ!?」
「なるほど。ニーヤがいれば確かに役にはたっていただろうな。なかなかに良き采配を思いつくものだ」
「そういうことじゃなあああい!?」
ここからは本格的な戦闘の開幕だ。
異界より現れし種族たちと機構を備えた未知による枠を超えた戦闘。どちらの世界もが予測したであろう概念を次々に打ち砕いていく。
地上では白き衣が紅を羽織って銀閃を煌めかせている。
「なぜそこまで私の大切な人をつけ狙うのです!? あれほど尊く懸命な種族をどうして滅ぼすようなマネが出来るのです!?」
リリティアだって相手が応じるとは思っていないはず。
それでも人に救われた彼女だからこそ叫ばずにはいられないのだ。
憤る感情を剣に乗せながら疾走とともにアンドロイドたちを斬り伏せていく。
「貴方達はどうして執拗なまでに人を貶めるのですかッ! 無闇に私の夢を奪わないでッ!」
落雷の歩が稲妻の如き軌道を描き、灼炎の剣が物質を溶解させ、暴風の刃が彼女に触れることを許さず。
創造神に創られし龍の血脈を前にアンドロイドたちは為す術もない。赤目どころか身体の大半を欠如してガラクタと化すのみ。
しかし戦場となる1室は狭いようで広いため標的の数は氷山の一角と言えた。
しかも至るところに壊してはならぬと定めた機器が配置されている。そのためリリティアも全力で舞うことが制限されてしまっている。
「明人さんは渡さないッ! あの人だけは連れて行かせたりしないッ! だから貴方達はこの世界にいらないッ!」
ただ願いを叶えるために猛進した。
だが闇からはあふれるように別の個体がわらわらと湧いてきている。
製造用とは異なる別種だろうか。姿はおおよそ2手2足。滑るように移動をし、手の部分に筒のようなものが嵌め込まれている。
『警告通達後ノ停止、ナシ。マニュアルニ従イ、モード変更。暴徒鎮圧ヲ、開始』
そして別種アンドロイドたちは横並びに隊列を整えた。
無機質な声を発しながら両腕を前に突きだす。
『暴徒鎮圧用非殺傷性高圧電流ノ使用ヲ開始シマス』
狙いを定めるような奇妙極まりない動作。
まるで魔法を発現する直前の動きにとても良く似ていた。
当然のようにその先にはリリティアがいる。
「《《異彩調合・桜花・防壁》!」
その狭間へ青葉の風が吹き込むよう滑り込む。
リリティアの危機を察知したユエラは敵との間に割って入った。
両の手に調合したマナを床へ打ち据えると花弁の壁を張り巡らされる。
『斉射、斉射、斉射』
張られた花弁へ紐つきの飛翔体が無数に刺さっていく。
花弁を貫くどころか表面に軽く刺さっただけ。攻撃としてはそれほど威力があるようには思えない。
ユエラは花弁に刺さった棘のようなものをおずおずと眺める。
「防いではみたもののよね? これって毒を注入する針かしら?」
恐る恐る紐付きの棘に触れようとした手が、タストニアによって阻まれた。
「たかが鎮圧に毒なんて上等なモン使うわきゃねーです。十中八九触れたモンの行動を阻害するための武器です。なにがあるかわかんねーですから触れね-ほうが得策です」
彼女はすでに攻撃してきたアンドロイドの駆除が済ませていた。
戦いながらもよく周囲を観察している。荒事には慣れているのだろう。
「こちらからしてみれば異世界の攻撃はほぼ初見です。大事をとるに越したことはないです」
対してユエラは「ん、わかったわ天使さん」真剣な眼差しをタストニアへ返す。
そうしている間にも敵のほうは着々と反撃の準備を整えていた。よほどこの生産拠点を渡したくないのかもしれない。
似た顔をしたアンドロイドの別種がわらわら、と。逆流するかのように闇のなかから這いでてくる。
『目標ノ活動ガ停止サレルマデ一般市民ハ案内ニ従ッテ避難シテクダサイ』
そこへ魔法の矢がひゅう、と放たれた。
『目標ノ活動ガ停止――ッ、wげg……』
正確な魔法の矢が赤目をピタリと見事に貫き通す。
貫かれたアンドロイドは脳漿の代わりに生々しい血しぶきに似た黒煙を飛び散らせた。
それからも次々と魔法の矢が上空より放たれ征く。穿たれた昏倒するみたいに膝から崩れ落ち、以降2度と動くことはない。
「フンッ。大技が使えないとはちと面倒なことだ。が、しかし祭屋台の的あてに良く似て面白いな」
ヘルメリルは、さも下らないとばかりにフン、と鼻を鳴らす。
彼女の周囲に浮くのはオーブだ。そこを発射口として魔法の矢が無尽蔵に打ち放たれていく。
見敵必殺、一発必中。狙うは憎き紅の眼光のみ。それによって転がされたアンドロイドはゆうに50を超えていた。
意図せず奇襲となったため、今のところ流れはこちらにある。
しかし敵の数も増すばかり。決して余裕と予断の許される状況ではない。
もしこの状況で一瞬でも攻撃の手を休めればアンドロイドたちの波によって押しこまれてしまう。
「……むっ?」
ふとヘルメリルは闇の根源に変化を覚えた。
湧いてくる敵の形に――やはりというか――見覚えがない。しかも他の有象無象とはどこか違った無駄のない動作で隊列を整えている。
連中が手にしているものはなにか、なんて。聞かずともわかる。
武器だ。
――連中、なにかしてくるつもりのようだ。警戒をしておけ。
ヘルメリルは無声会話で仲間たちへ注意喚起を促す。
鮮明に聞きとれる無声会話の声は騒音や戦場のなかでこそ発揮されるというもの。
と、壁を背に隊列を整えたアンドロイドたちは、筒を一斉に構える。
『銃撃ヲ確認。暴徒ヲ罪人レベルヘ引キ上ゲ。殺傷武器ノ使用ガ許可サレマシタ』
斉射、斉射、斉射。筒の先端より間断なく火花が飛び散る。
「――ッ!? 猪口才な武器を使う!?」
高速の鉄の礫が上空にいるヘルメリルへ襲いかかった。
予め矢反らしの魔法をかけていたので鉄の礫は彼女を避けるよう狙いを反らしていく。
そのためこちらが傷つくことはない。だが、学習の機会がなかったらこの攻撃で間違いなく辛酸を舐めさせられていたことだろう。
「ああっ! あれがそうなんだ!」
闇の手にぶら下がったディアナが、わあと高い声を上げた。
宙ぶらりんの姿勢のまま短い手足をバタバタと泳がせる。
ヘルメリルは眉間にシワ寄せ、手近な物影へとディアナごと身を隠す。
「おい暴れるな。次やったら意図的に落っことすぞ」
軽く脅してやると、「やめてようっ!?」少年は半べそで鳴く。
しかしそれも一瞬のこと。顔中に無邪気な笑みが咲く。
「でもあれ見てよ! そこらじゅうに転がっていた金色の筒がどんどんでてきてるんだよ!」
どうやら戦いのさなか一丁前に敵の考察をしてくれていたようだ。
敵が火花を散らすたびキラキラとした金筒が弾かれるよう飛びだしていた。
「つまりところ地上でもああやってアンドロイドたちが抵抗したんだよ! だからあんなに筒が転げ回ってたんだ!」
ディアナは解答を導きだしてよほど嬉しいらしい。
幼気な目を金筒と同じくらいキラキラに輝かせている。
だが、ヘルメリルにとって敵の攻撃は攻撃だ。
火花が散るたびに発する鼓膜に刺さるような音が気に食わなくてしょうがない。
「金筒の原因がやかましく品のない武器だということだけは良くわかった。しかも今となってはこちらが抵抗される側とは因果なものだな」
「わっ、わっ!? あれっていったいどういう仕組みなんだろう!? なんで攻撃するたびに金色の筒がぴょんぴょん飛びでちゃうんだろ!?」
「あまり物影から頭をだすな。考える脳みそが外に飛びでる羽目になるぞ」
ヘルメリルはディアナの頭をぎゅう、と物影へ押し込めた。
敵の攻撃はさながら矢衾の如く。攻撃というより暴風雨に近いかもしれない。
隙間のない怒涛の攻勢は魔法使いにとって少々鬱陶しくもあった。
矢反らしも集中力を切らしてはならぬため万能ではない。防壁だって打たれつづければマナも減るし、やがて抜けてしまう。
ここは一時停滞のとき。一転攻勢ならぬ一点劣勢である。
「うっへぇ……めんどっちぃ攻撃です。途中まで弾いてたけどバカらしくなってやめたです」
するとヘルメリルのみならず分散していた面々が再度集結していく。
どうやらタストニアは正面切ってあの連弾の相手していたらしい。衣服を汗で貼りつかせ、スカートが貫かれほつれてしまっている。
「こりゃさすがに予定外です……。あんながむしゃらな攻撃がいつまでもつづいたらあっという間にバテんです……」
どこか愛らしい笑みにげっそりとした疲労が滲む。
僅かに遅れてリリティアとユエラもまた合流を果たす。
「ユエラ怪我はないですか!?」
「ひぇぇ……ッ、大丈夫。なによあのバカみたいに速い攻撃はぁ……目が滑っちゃって仕方ないわよぉ」
どうやら今のところ致命的な事態に見舞われているわけではないらしい。
だが、このまま敵が増えつづけてくるのであればとれる行動も限られてくる。
撤退――あるいは全破壊。断罪の天使の力を借りて、敵もろとも工場ごと消し飛ばすほかない。
旗色が悪いことは重々承知の上で作戦を強行したのだ。ここで引き際を間違えればドツボにハマっていくだろう。
――……止むをえん。ここが分水嶺……か。
そして運命の決断を下さねばならなくなった。
このまま躍起になって食い下がれば引き際がわからなくなる。つまり思わぬ犠牲がでてるまで引けなくなってしまう。
「リリー、悪いがもう……」
ヘルメリルは、そっとリリティアの肩へ触れようと、手を伸ばす。
だからもうここらが潮時。やれることはやったのだ。結末は変わらずとも。
1人を救うために多くを失ってはならない。それはなにより明人自身が望んでいること。だからここで犠牲を伴っては彼に対しての裏切りに他ならないのだ。
無論、ヘルメリルとて無情という女王の役割を演じているだけ。可能ならば……――生きてほしいに決まってる。
「さてどうしたものかなぁ? このままでていっても穴だらけになっちゃうよねぇ?」
「さてどうすればいいのかなぁ? 多分あれって当たったらチクチクじゃ済まないよねぇ?」
ふと、雑音が混ざった。
よくよく考えてみれば一党らのなかになにか、不純物がいる。
一党らの隠れ潜んだ装置の影に、いなかったはずの者らが、いつの間にか混じっているではないか。
「まあ痛いと思うけどねぇ? でも僕はああいうのなれてるからいいけどぉ? ほら、聖都でもっとひどい攻撃を真正面から浴びたからね?」
「私も別に痛いのとかはいいんだけどぉ? お洋服ビリビリになっちゃうから恥ずかしいんだよねぇ? あと内蔵とか見えちゃうのもちょっとアレでしょ?」
兄妹は、声を潜めながら物騒なことを耳打ちし合う。
そしてさらにもうひとつほど。
奥の影より別の足音が、のんびりとした歩調で、こちらへ歩み寄ってくる。
「でしたら鉄礫ごと消し飛ばし、ゆるりと前線を上げていくのは――如何でしょう?」
しゃなりしゃなり、と。雄を誘うみたいに肉よかな腰が揺らぐ。
御姿に慎ましさの欠片もありはしない。強烈に発される雌の匂いを隠すどころか得意げに振り撒いている。
紫煙の如き髪も空気を孕んでふわり、ふわり。主張する房もたわみ、たわみ、波を打って弾む。
「あ、アナタは――!」
むかってくる彼女の姿を目視するや、ユエラの長耳がぴょんと跳ねた。
諦めかけた一党らの前に現れたのは、ゾンビ兄妹。ハリム・E・フォルセト・ジャールとミリミ・E・フォルセト・ジャールの2名。
そして1匹の邪龍ミルマ・E・ジュリナ・ハルクレートだった。
「アタシの吐息ならあのていどの攻撃なんてことないわ。むしろアタシたちにこそ適任な役割だと思うの」
「アタクシの言う通りね。この邪を冠するアタクシたちだからこそきっと貴方がたのお役にたてるはずですわ」
棺の救世主たちが窮地に馳せ参じた。
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