618話 【VS.】赫眼のヒトガタ UN.Resident ●●●●●●
破壊されたと思しきアンドロイドたちが広大な工場を行き交う。
己と同じ身体を肩に背負いなんらかの箱に放りこむ。すると舌のように伸びた幅広の道から部品となって陳列されてでてくる。
それをまた盆のようなものに乗せ、別の場所へと運んでいく。すれ違うように別の身体が組み上げられたであろう部品を別の機械へ配置していく。
まさに流れるような作業。動く足場が河川のように作業の効率を上げているのだ。
そして完成されたアンドロイドたちが流れ着く先には、もれなく亀裂が口を開けている。
しかもアンドロイドたちを造り上げる側には特徴的な印。額には、肉々しい赤目がギラギラと光っていた。
「どうやらこの船で完成させたものを闇へとりこんでるっぽいです。しかし動力とやらが破壊されているってのにこれだけの規模の稼働が可能とは……です」
「こんなに大きな施設なんだからなんらオカシイことはないです。なにせ僕だったら主動力が落ちたときのために補助を用意しますし、人種族ならもっと上手くやるに決まってます」
頭が痛くなりそうな騒音に苛まれながら物影と物影を縫って歩く。
幸運なことに落ちた天井の瓦礫や壁、機器のガラクタが多く、身を隠すのに困らない。
とにかく状況を整理する必要があった。現状の情報を得て適切な対応をするため、一党は広大な施設を巡りながらの観察をつづける。
「あっ、そうか。もしかして壊れた補助動力も自分たちで修理したんだなぁ?」
ひょっこり、と。ディアナは瓦礫の隙間から兎のよう顔をだす。
潜伏という緊張感を孕みつつも饒舌。壊れた機器1つ1つに触れてみたり眺めてみたりと、忙しい。
「そうなると操られている子たちって製造担当のアンドロイドとやらなのか。そして製造担当の子たちが造ってるのはまた別のタイプだね」
遅れて横から透き通りそうな面差しの微笑が、ぬぅと覗く。
タストニアは、艶やかな小さい尻をぷりぷりと突きだしながら四つん這いの姿勢で、物陰へ身を隠す。
「なんでそう言い切れるです? 言われてみれば確かに今まで連れてた子と連中は見た目も形も違うです?」
「見た目が違うということは造りかたも変わってくるということです。それなのにわざわざ同じ機能を搭載する理由が僕にはわからない。きっと無駄を拒む人種族がそんな非合理的を許すはずがありませんからね」
「たしかに船のなかを見た感じ非の打ち所がないほど人種族は効率的です。おぞましいほどに……です」
そうやって彼女は、やや乱れた呼吸を整えているようだった。
その間にも眼のついたアンドロイドが闇のなかからまた1体と這いだしてくる。製造の手となる新品が増えていく。
まるで悪夢と対面しているような気分だった。おそらく製造して送られたモノから順に、闇をくぐり、眼を植えつけられて戻ってきているのだ。
敵は人の技術を利用し、戦力を自分たちの手で量産している。しかも種が生まれ育つという仮定をまるまるすっ飛ばすほどに恐ろしい速度で増殖している。
そんななかディアナは誰よりも熱心に観察へ励む。
「たぶんだけど連中はとり憑いた子たちの機能を使いこなす。こうして僕たちにすら理解し得ない技術を使いこなし、なおかつああやって仲間を増やしていくんだ」
頭半分を覗かせながら利口そうな目立ちを怜悧に細めた。
技術者たる慧眼。彼もまた創造側に立つ者。であるからこそ未知の装置を前に冷静な分析。
先ほどまで誰かの背後に隠れるほど怯えていたというのに、今は先陣に立つほど情報収集に張り切っている。
「そいつぁたんまりヘビーでダークな情報です。しかも信憑性は十二分にありやがんです。人種族の技術を手足のように操ってるってことは厄介極まりないです」
と、ここでようやくしょげ眉のタストニアにユエラが追いついた。
物影で中腰になりながら天使以上に表情を険しくさせる。
「正直見たくも知りたくなかったわね。でもこれを放置した結果未来がどうなるのかのほうがもっと知りたくないわ」
まさに最悪の状況と言えた。
墜落したはずのヴィシュヌが限定的に生きていた。そして水面下という状況にも関わらず船を修理し、仲間を量産しているのだ。
おそらくは墜落してからというものずっと。種族との戦いで失ったぶんの補充を今この場にて行っている。
「こうなったら敵さんに乗っとられた施設を利用できねーほどボコボコに破壊するしかねーです。じゃないと堂々巡りの徒労を繰り返すことになんです」
タストニアがうんと眉をしかめながら糸鋸をもった腕を組む。
「ええ。天使様の言う通りこのまま無作為に数を増やされたら本当に手の施しようがなくなる。やるなら急ぐべきかも」
ディアナもあちらから目を逸らすことなく口元を手で覆った。
ふたりの言うことは限りなく正しい。一党の目的は人間を救うための技術捜索からとうに一転している。
敵の量産を無視すればいずれ災いとなって大陸へ降りかかることは誰にでも理解できた。ならばここで息の根を止めるのが必定であろう。
しかしこの事態に転じもっとも失望している者がいる。
「おい白銀の舞踏あまり無茶をするなよ。事態が逼迫しているとは言え、この数だ。焦れば未知の技術が多勢で襲いかかってきかねん」
ヘルメリルが心配になって声をかけるも、あちらは果たして聞いているのかいないのか。
リリティアは明らかに慎重さを欠いている。冷静ぶっている横顔からもひしひしと伝わってくるほど。
「……私は、冷静です」
「ならばその瞳の色をどうにかしろ。先ほどから色が瞬きつづけているぞ」
「……っ」
最後の希望を求め、絶望を見た。
明人を救うために潜入したというのに、辿り着いてみればこの惨状。しかもこれらの敵すべてが彼の命を蝕む元凶。
そんな彼女の内情は、長き友であるヘルメリルですら窺い知れず。ただ暴挙にでぬよう見守ることしか出来ずにいた。
「私は、っ! 私はいったいどうしたらいいんですか……! こんなことになってどうすればあの人を助けられるというのです……!」
すでに抜き身でもたれている剣の芯がかたかた震えた。
泣きそうな悔しそうな、それでいて怒りを堪えきれぬような。複雑を煮て固めたそんな表情で複製されていく敵の行方を睨む。
「このすべてが明人さんに牙を剥く! だからといって破壊したところで敵の根源へ直接打撃を与えることは無理! じゃあいったい私たちはなんのためにこんな場所へやってきたというのですか!」
悲痛な叫びも発するも、響くことはない。
なにせ敵を生みだす機器が怒号の如き騒音を間髪なく発しつづけている。だからリリティアのどれほど不幸を嘆こうとも掻き消されるだけ。
こうなっては本当に打つ手がない。敵の親玉を討伐する術を探すことも出来ず。つまり完全に勝機を絶たれたということになる。
元より可能性に縋っていただけにすぎないのだ。だが、それを簡単に受け入れられるかはまた別の話であって、リリティアを責めようとするものはいない。
「……とにかく施設の破壊が先決よ。私たちが今ここで成すべきことはソレだけなんだから……」
代わりに弱々しくも騒音に通る澄んだ声が聞こえてきた。
ユエラはゆらりと立ち上がる。それから気を動転させるリリティアと向かい合うよう佇む。
「これ以上連中の好きにさせてたまるかってのよ……! それに私たちがここへ辿り着けたのはきっとなにかの導きあってのことだわ……!」
閉ざされた両の眼を開く。エメラルドと琥珀色の彩色異なる瞳が顕になる。
自然女王になるための魔種を口に放りこむ。
その姿は凛然とし、それでいて覚悟を固めたという眼差しをしていた。
「ユエラまでそんなことを言うのですか!? もしこれを破壊してしまったらもう明人さんを助ける唯一の手段が――」
「だったらこのまま敵が増えていくのを黙って見てろっていうの!?」
「ッ!?」
ユエラから詰まりが炸裂するみたいに噴出し、リリティアはあまりの衝撃にたじろいだ。
現実を理解した上で施設破壊を選択しているのだ。
そしてそれはきっと抗い尽くし、ようやくだした苦渋の決断。
「大陸種族のために戦ったアイツが守ったものを、この兵器は破壊しようとしているのよ!? だったら1秒でも早くコイツラを止めることこそ私たちがアイツのためにしてやれることじゃないの!?」
それでも諦めのつかぬリリティアは「ッ――! そ、それは……」言葉を詰まらせるも、「私の言ってることって間違ってる!?」まくしたてられてしまう。
守るべき者が、守った者たちのために、破壊する。たとえ守るべき者を救うための光明が絶たれようとも。
ヘルメリルは野うさぎのよう白目を真っ赤した混血少女の頭に優しく手を触れる。
「私はデュアルソウルに賛成だ。民を導く女王としても、アレの友としてもな。良く決断したなそれでこそ我がエルフの民だ」
「……っっ」
ユエラは撫でられる手を払おうともせず。
ただじっと濡れた長いまつ毛の影を下げ、桃色の唇が白くなるほど悔しさを噛み締めていた。
竹色をした髪の表面はふわりと柔らかい。それでいて置いた手が流れてしまうのではないかと思うほどにみずみずしい。
手を通してユエラから微かな熱と震えが感じられた。我慢しながらも気丈に振る舞うこの子らしい強さがあった。
ヘルメリルも同種の女王であるエルフとして、彼女を支えてやらぬ理由はない。
「天使よ、助力を願えるか? これだけの例外規模ともなれば貴殿の力を借りても申し分ないはずだが?」
そうやって事の経緯を無言で眺めている天使へ問う。
するとタストニアは翼の先端をはためかせた。そのまま首を真横へ90度にギギと捻る。
「つまりソレは根こそぎ屠りてーってことと同義です。言っとくですが断罪に頼るってことは草の根すら残らねーってことです。アンタさんらのお求めのもんは世界から存在しね-無と化すだろうです」
途端に愛らしさ誇る笑みに、幽鬼的な凄みが浮かんだ。
そしてそれはきっと洒落や冗句ではない、真実。なにせ彼女は断罪の天使。有を無とするのではなく、罪という無を皆無へ裁くのが本懐の存在。
おそらく彼女が暴れればなにひとつ残らず消滅する。ならばこちらとしても「上等」。見る者によっては恐怖する微笑で返すだけ。
「フンッ。合目的的とはこのことだ。人種族の忘れ形見、其の大いなる裁きの力にて還すのもまた一興ではないか」
「大陸のことは基本種族たちに任すことになってんです。アンタさんらが望んだという既成事実さえありゃ天界を丸め込むのは楽勝になるです」
どうやらタストニアも力の行使に前向きらしい。
事態を重く見たか、あるいは船内が地上という範囲から逸脱しているのか。もっと天界的な意向があるのかもしれない。
それら天界規定を置いておくとしても、一党にとって天使の協力を得られたのは非常に大きな助けとなる。なにせ船が大きいのだからこちらだって相応の力がいる。
――と、なればあとひとりの強情をどうするかだな。戦力なだけに無視もできん。
ヘルメリルはチラと様子を伺う。
しかしリリティアは未だ黙ったまま。こちらへつむじを晒しながらうつむいてしまっていた。
「…………」
眼差しでの問い掛けに帰ってくるのは、沈痛めいた無言だけ。泣いているわけでもなければ怒りを忍ばせているわけでもない。
ここで今すぐ決断をしろというのはあまりに酷というもの。しかしだからといってこのまま待ってやれるほど楽な事態ではない。
ヘルメリルとて、彼女が人をどれほど偉大で愛おしい存在と括っているか、わかってやれる。だからこそ急かさず考えが少しでもまとまるようしばし待つことにした。
「……それ、なら……」
そしてリリティアがようやく動く。
携えている剥き身の剣が、ゆっくりと腰の鞘におさめられる。
――……それが決断か。
ヘルメリルは僅かな失意とともに浅い吐息を漏らした。
そう思って幾ばくもせぬうちに一変する。銀閃が騒音満ちる空間をびょう、と駆ける。
空切りの居合い。共に舞うは、燐光の如き朱色をした蝉時雨。
「やれるところまでは私たちの力のみで駆除しましょう。天使様のお力を借りるのはそれでも駄目だったときにしてください」
白き龍の血が闘争を前に滾っていった。とうに瞳も髪も炎色。
質素なれど貧相ではない白いドレスの裾より尾を捻りだし、両翼が生地の鱗を裂いて生えそぼる。
「施設の破壊と敵の殲滅。それらすべてをこの極少数で行うということになるぞ?」
「構いません。それに長き戦争を生き残った私たちには、それらすべてをこなせるだけの力があると信じています」
いいですね? 信に満ちる紅玉の瞳がすらりとユエラのほうへ向く。
無論、すでに花々しく身を着飾った彼女からの返しは、こう。
「ふんっ、ようやくマトモな意見がでたじゃない。それに私はもう混血を忌み嫌って怯えていたあの頃の私じゃないわ。自然女王を舐めないで」
一党が結託してからの流れは尋常ではない猛即であった。
なにせやることは破壊1つ。あとは高度な柔軟性を維持し臨機応変にという詭弁があればこと足りる。
あとは好き勝手、自由に舞うだけ。
「ハァァア! 《秘技、一心破砕効果》ッ!」
「《廻れ巡れ捧げよ! 伸びろ花めき散りゆく命! 自然よ精霊よ! あまねく時を歩む森羅万象を御身に体現せよ》!」
ドゥ家を名乗る2匹の伝説が、ただ1人の家族を守るために、猛火へと出撃する。
(区切りなし)




