604話 【イージス精鋭部隊VS.】宙間移民船型UNresidents 『Vishnu―ヴィシュヌ―』 4
上空。どこまでも広がる空の隣。
「キシシシッ! ずいぶんド派手にやってんだなー!」
ご笑覧あれ。龍の頭には炒った豆の如き粒がひとつほどあった。
成長限界を迎えてなお、その身は成人男性の腰上ほどの背丈しかない。
彼女は獰猛な魚類のような鮫歯を天日に光らす。布が波打つ愛らしいフリルミニ。
スカートが大波のような強風に煽られめくれ上がる。
みずみずしい褐色脚の付け根を覆うチェック柄を平気で晒さして隠すこともしない。恥じらいすらかなぐり捨てていた。
「そろっと出番が回ってきそうな感じだー! これ以上あのメリーを待たせたらあとでグチグチと小うるせー文句を垂れられんのがオチってなもんだーな!」
分厚くぶかぶかな作業用革手を一丁前のくびれへ置く。堂々としすぎた佇まい。
戦場となっている遥か上空で、今まさに開始の幕をぶった切らんと大斧片手に――いる。
そしてその両隣にも、雌ドワーフである彼女より当然ながら背丈の高いふたりが――いた。
「打ってでるならここらが最高の塩梅かもしんねーんだなッ! せっかくでっけぇ囮がせっかく器用に踊ってくれてんだッ! 全員が踊れなくなっちまったらドデケェショーの客がみーんないなくなっちまうんだッ!」
「そう急くでないわ。これほど犠牲を払って失敗じゃあ下のモンに冥土で顔向けできんくなっちまう」
「旋回が終わるまでもう僅かです。それと旋回後にヴィシュヌの姿勢が安定するまでは待つべきです」
3者共々、遙か高みの上空から機を伺う。
どれほど待ち焦がれたか。地上付近で戦っている面々もだが、こちらだって炸薬前の火札くらい急いている。
くすぐられてるみたいに脚はソワソワしてくるし、瞬きを止めた眼球と舌が緊張で乾いて仕方がないのだ。
こちらが初手では思慮が浅すぎる。もし敵に勘づかれたら最後2度と同じ手は通用しなくなるということを懸念した。
なにより規格外の大きさかつ再生する巨大な船体を落とすことは非常に難しく、首の皮1枚でも残せば修復されてしまう。
だから呼吸をぴったりに合わせての同時でなければならない。それでいて最高かつ最大の火力を見舞う。
そして間もなく待ちに待った永遠とも思わしきその時がようやく訪れようとしていた。
「敵船首の反転を確認です。そろそろ準備に入るとしましょう」
「一世一代の伸るか反るかの大博打じゃ。と、くりゃ気ぃ引き締めていかんと孫への申し訳がたたんわい」
腰に履いた鞘から銀閃が抜き放たれ、鉄鋼を組み上げた大柄な巨大槌が筋骨隆々の肩へ乗せられた。
すでに瞳と三つ編みは紅色に滾っている。身にまとう質素な白いドレスの上にも、老父とは思えぬ張りに張った肉体にだって、補助魔法がしこたま重ねがけされている。
そして遥か遠方で戦う仲間たちのほうへ宙間移民船型が船首を回し切って数秒ほど。
その姿勢が沈むと同時に青いリボンが、ぴょん、と跳ねる。
「――ここっ! メリー準備を!」
直後にリリティアの白翼がわあと広げられた。
手を添えているのは丸い耳。軟骨に念話の札が貼りつけられている。
そしてヘルメリルからの返答すらまたずリリティアは空に向かって身を投じた。
共にゼトとアクセナは足場の龍の鱗を蹴る。
「しゃあいくぜいくぜだーなァ! あの正面から向かってくる精鋭がまさか囮だったなんて敵は思いもよらねーはずだー!」
「全員己が最も得意なことだけをこなすんじゃ! 狙うは1点突破のみ! 最大で最強の火力を異世界の客に納品してやらぁ!」
各々が最も得意であろう武器を構えた。敵めがけて落つ。
風すら追い越す。白髭も、三つ編みも、踊るようにばたばた激しく揺れ動く。なれども視線はそれぞれ目指すべき場所のみを捉えつづける。
上空からの奇襲。そして精鋭を囮にしてまで狙うは――敵の急所。それでいて最高の威力を急所へ見舞うには速さと高さが必要だった。
「しゃあこらぁ!! 《ジャイアントキリングウェポン・タイタン》!!」
そしてアクセナは長時間の詠唱でマナをたんまり蓄えた魔法を叩き込む。
リリティアとゼトのもちうる武器が革手によって叩かれる。
すると光を放ってみるみるうちに巨大化していく。ぐんぐんにょきにょきぐんぐんにょきにょき。質量が増えるにあたり落下速度も2倍、3倍と増していく。
ふたりは「ゼト!」「おうよ!」声掛けのみ終えて左右へと道を分かれた。
あれだけ小さかったはずの敵船体がもう手のなかに収まらぬほど。あまりの巨大さにLたちですら僅かな恐怖を覚えさせられる。
ようやく敵部隊がこちらに気づいて反転したようだが――もう遅い。速度、気合、準備、やる気、その他もろもろ、すべてがもう十分を越えて高まっていた。
そしてふたり共が宙間移民船型の急所まで差し掛かり、至る。ゆえに放つ。
「《激流落下効果》ッ!!」
煌々と熱滾る100mにも及ぶであろう巨大剣による魔法の1撃。
対となるは――豪の激流。激発と炸裂のどちらもが与えられる、解体の槌。
「《解体巨槌ガンダラアアアアアアアアアアアア》ッ!!」
命中とともに巨大な槌が爆ぜて空に光輝を咲かす。
巨剣と巨槌がまったくの同時に敵両翼のどちらもを捉えた。
「いやああああああああああああ!!!」
いっぽうの急所は、前部根本を撫で切られ、風よる抵抗によって自壊を開始する。
「どおおおらああああああああああああ!!」
もういっぽうの急所は、大穴がばっかり開いたことにより風を受け止めることすら不可能となった。
するとヴィシュヌの巨大すぎる船体が支えを失う。
鉄軋みの悲鳴を上げながら前方へ傾いていく。
「お膳立てはしましたよ! あとはお気に召すままにお料理してあげてください!」
「翼をもがれたとあっちゃまな板の上の鯉同然じゃて! 煮て焼いて打ち捨ててやれぃ!」
「あひぃぃ……久しぶりに大満足なきるきるだったなぁ……今日はよく寝れそうだー」
やりきった面々は遅れて降りてきた龍によって即座に回収された。
傾いていくヴィシュヌに生えた毒毒しい瞳の数は、船首に5つ。それと船体左右に4つずつ。
大きさも尋常ではなかった。その1つ1つに村か町でも立てられそうなほど巨大。
ならばこちらはもう全身全霊を注ぎ尽くすのみ。全員が得意のことだけを占めるだけ。
「超大詠唱☆ 超開始ぃ♪」
砲塔の如き虹円環より放たれた栄えある1射目は、狐族だった。
太鼓の叩きと笛の音が苛烈な戦場を豊かに奏でる。
1匹の龍の背には狩衣と巫女。焦げ色尾耳がぞろりと揃う。
そしてニーヤ含む一族郎党は印を切りながら詠唱をすでに始める。
「おー、我が祖父ルスラウスよ。友よ住まいし天空に。
あー、我が祖母ラグシャモナよ。友よ備えし冥界に。
翼をわけた偉大な天使よ。種は祈る、其の幸を。
故に友よ祈りたもう、必ずや我らはいずれ其の地に至ろう。
大陸よ永遠なれ、主よ永久に謳え、ああ運命よ」
狐一族が勢揃いで神讃えし詩を紡ぐ。
そしてこの場にて望まれるのは創造神ルスラウスではなく、前神ラグシャモナのほう。
なにしろ大詠唱の総指揮をとり仕切る術者は仙狐なのだ。
7本の尾を山なりに背負い蓄えたナコ・シギ・オルケイオス・ランディー。冥府を冠する狐族族長。
「今日はちょっち奮発して6本いっちゃうかなァ↑ ダーリンにみっともないとこ見せらんないじゃ~ン↑」
黒々とした冥府を宿す瞳が瞳孔を狭め獰猛さを孕む。
扇子片手にゆるりと舞う姿は戦場に咲く可憐そのもの。綺羅びやかな十二単に着飾ったナコは狂気の笑みをニタリと深める。
貯蔵した尾が言葉通りに6本ほど萎びていく。と、同時に狐族全員が詠唱を完成させてパンッと手を合わす。
「《妲己備え》★」
ナコの詠唱によって黒光の大狐が招来した。
大詠唱による狐族のマナと仙狐のマナ。それらすべてをたんまりと蓄え育った黒大狐――妲己である。
顕現せし妲己は敵を定める否や微塵の迷いなく空を蹴る。そして瞳のなかへ身を沈めるなり、侵食し、内側から食い破った。
身に赤赤とした粘液をまといながらおぞましい遠吠えが戦場を揺らす。
『KEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!』
役目を終えた妲己は光の粒となって帰っていく。
一族のマナと仙狐のマナを喰らってこのていどの現界時間。あまりに強力だが燃費は限りなく絶望的と言える。
ナコは、長いまつ毛の影を伸ばしながら偉大な狐の消えゆくさまを、見つめていた。
「あ~あ……神獣妲己またの名を9尾狐。ちょ~っちあの域に至る道のりが険しすぎんだよねぇ↓↓」
美しい召し物を用済みとばかりに脱ぎ捨ててしまう。
淑やかさの欠片もない抑揚ある裸体が日差しの元へ現し、最後の1本となった尾をゆらり揺らす。
先の詠唱で魔機のマナも使い果たし、体内マナもだし尽くした。精神を疲弊した狐たちを乗せた龍は後に託し、早々と戦場から退いていった。
「狐共に遅れをとるな! 連中の破壊した瞳の復元具合を指標としつつ、復活される前にケリをつける!」
残されたヘルメリルたちは、狐族たちに託された襷を繋ぐ。
そして攻撃部隊の準備はとうに済んでいる。空からの奇襲と護衛役たちの奮闘がここにきて生きる。
大量の敵を掻い潜り宙間移民船型の残る瞳へ――各々が――到達した。
予定通りの位置へ散開した攻撃部隊たちは、矢継ぎ早に詠唱を終えていく。
「我を細々とした隕鉄落としと侮ってくれるなよッ! 異界より来たりし未知なる敵よ我が荘厳なる魔法にて伏すことを許そう! 《弩級隕鉄》!」
「リリティアに私の力を認めさせてやるんだから! 《異彩調合・桜花・吸魂》!」
ヘルメリルとユエラが、それぞれ別の瞳の前へと全力の魔法を放つ。
そしてそのどちらもが身に余る以上の巨大な魔法を生んだ。
町1つ消し飛ばせるだけの大きさをした隕鉄が敵目掛け、轟々と瞳の1つを消し飛ばす。
おびただしい量の美しくも儚き花弁が無数に瞳へ貼りつく。そこから花弁1つ1つが種の如く根をはって瞳の1つを枯らしていく。
「語らず様と自然女王殿に遅れをとるな! 私たちを見送ってくれた他種族の兵たちへ大手を振って勝利の報告を届けるぞ!」
大部隊を指揮するは、エルフ国女王側近カルル・アンダーウッドだった。
彼が率いるのは3龍の背にぞろりと乗った長耳エルフ部隊。それもエルフ族のなかでもとくに魔法に秀でた精鋭たち。
エルフ族こそが数々の精霊と対話しながら融和を図る、大陸でもっとも魔法に長けた一族。
さらに卓越した采配を成す女王の元だからこそ宝物戦争を生き残れた。
戦士の集い。言うまでもなく全員が魔法のエキスパート。
「放てぇぇ!! 《全属性一斉解放》ッ!!」
掲げた杖先から――聖・冥以外の――存在し得るすべての属性が一斉に現出された。
かなぐり捨てるが如き全身全霊の大魔法。その全属性が詰まりに詰まった光の渦は敵の瞳の大きさすらを容易に上回る。
放ち終えたエルフたちは精魂尽きるようにして龍の背へ倒れ伏していった。
「はっ、はっ、ふぅぅ。貴方様から受けとった民たちへの愛……お返し、出来ましたかね?」
「ハナから貴様らに返礼を期待したことなんぞ今の今まで1度たりともありはしない。が、足りたとだけ言っておこうか。ご苦労だった我が側近カルル・アンダーウッドよ」
「ははっ、僕の名前やっぱり覚えくれているじゃないですか。まったく……貴女らしいです」
敬愛する女王からの御言葉を賜ったカルルは、膝を折りながらもふっ、と頬をほころばせた。
一族が最愛の王へ贈ったもの。それは勝利の系譜。
巨大な瞳の生えていた場所には、もうなにもかもがなくなっている。大魔法の直撃によって抉りとられるよう大穴が存在しているだけ。
これで先ほど狐族たちが潰したものと合わせ、4つ。
つまり残るは片面に4、そして正面に5。
ここまでやって折り返しにも届かない――それは否だ。すでに折り返しはとっくに通り過ぎていた。
こちらの側面が終わったのと同時進行であちらも終わっている。空に浮かぶ巨大な壁のむこうから1匹の双頭が合流してくる。
『こちらはもう終わりましたわ。ユエラちゃんが心配になって援護に駆けつけましたのですが、どうやら杞憂だったようでなによりです』
『キモい、ウザい、そして邪魔。アタシたちはアタシたちを遮る邪魔者を肉片1つ残したりしないのよ』
混血とは別の奇跡を賜った双頭がいた。
彼女らの総称は邪龍という。
邪を狩る龍。司るは龍の炎と破壊。
遅れて彼女の護衛に入っていた海龍と岩龍も合流する。
『相変わらずキミらの吐息って独特で凄まじいよねぇ。透明なのに触れただけで分解するってどうなってんのさ』
『しかも見えねぇ吐息を2本同時に吐くんだぜぇ? 吐息だけで言やぁ焔龍とどっこいどっこいじゃねぇのか?』
首尾よくいったらしいのだが、なにやら邪龍へ思うことが多いらしい。
『あらあら? なにかおっしゃりたいことがあるのならば実際に体験してみるというのは如何かしら? 望むのなら口づけして肺に直接注ぎ込んで差しあげますわよ?』
邪龍のいかつい目がうっとり細められた。
その眼差しによって2匹の雄が『ひぃぃ!?』『勘弁しろよ!?』と、震え上がる。
『それに岩龍は知らないからそんなこと言えるの。このアタシ如きじゃ焔龍の吐息の足元にも及ばないって』
『そうね、アタクシ。炎と炎の掛け合わせの吐く吐息はなにものも抗うことなんて許されないんですもの』
飛行型の苛烈な攻撃を掻い潜りながら軽く互いの戦果を称え合う。
そしてイージス精鋭部隊は迅速に退く。
護衛も攻撃も細かな敵を好きに迎撃しながら移民船から距離をとる。
これほどの速さで退くのは役目は終えたから。それと巻き添えを食うのはごめんだから。合理的に考えれば逃げの一択なのだ。
「HUUUUUUUUUUUUUUUU――」
昼なのにやけに明るいのはなぜか。
それは中天とその下に日が2つでているから。
日輪を背負う1匹の龍が炎袋へ大気を注ぎこんでいく。
『貴様と競い合うのを楽しみにしていたぞ。そちらの最強とこちらの最強、どちらが最強か競ってみようではないか』
コントロールを失ったヴィシュヌの堕ちる先には、天照す光が満ちている。
すでに胸の炎袋は倍かそれ以上にまで膨れ上がっていた。十分に送られた空気によって内側で煌々と白光が渦巻いて見える。
彼女こそが大陸最強種族の頂点なのだ。神によって創造された炎と炎の巡り合った炎帝なのだ。
光鱗に無数の幾何学模様を浮かべた焔龍ディナヴィア・ルノヴァ・ハルクレートは、ヴィシュヌの残る5つが残されている船首正面へ――吐く。
『――――《消滅》』
「WVAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
その瞬間。世界が白1色に染め上げられた。
始まりなき終わりの白光。炎の形をしているがそれはきっと炎とはまた異なるもの。
その神なる吐息を前にすればどれほど炎に強い素材であれど関係はない。
なにせ光に触れれば無と化す。熱さや痛みを感じる間もなくなお理不尽に。理ごと消滅するという理のみが存在した。
『存外最強とて脆いものよな。しかし胴まで焼けぬのは妾の射程、力量不足であろう。これを機に妾も精進するとしよう』
ふっ、と。焔龍は最後のひと息を吹く。
光が収束すると、周囲の細々とした小型や飛行型すら塵も残さず消えていた。
無論のことあれだけ巨大であったヴィシュヌすら例外ではなく。頭が完全に失われた状態となって沈黙している。
魅せられた岩龍のあんぐりと開いた口が、いつまでも塞がらずにいた。
『な、なんだよそりゃ……炙られた部分が焦げすら残されてねぇじゃねぇか……』
『だから先ほどからそう言っているでしょうに。アタクシの吐息なんてあれに比べたら愛らしさすら漂う奥ゆかしいものですもの』
若き龍は、小刻みに岩の鱗を震わせながらも、最強を知る。
そしてその最強の龍にとってあちら側の耐熱性なんて知ったことではない。
ヴィシュヌから発生する敵増援も止まり、瞳もすべて破壊された。ゆっくりと宙間移民船型は地上に向かって墜落していくのみ。
幾らかの犠牲は要したが完勝である。
異世界を破滅へと至らしめたという敵居城が種族たちの手によって沈む。因果応報。
しかしこちらの疲弊はかなりものとなった。もうコレ以上の戦闘は御免被りたいほどに。
いつしか生き残った者たちは一同介し、異界の地へと沈みゆく巨大すぎる異物を眺めつづけていた。
「ね、ねぇ? ちょっと待ってよ……」
「ユエラ? そんなに青ざめてどうしたんです? それに長耳までしょんぼりさんになっちゃってますよ?」
剣に鞘をおさめたリリティアは、ユエラを覗き込んだ。
勝利を祝うにしては彼女の顔色があまりに悪すぎた。
他の面々にも念話を通して聞こえている。他の龍たちの背からその異変を心配そうに眺めている。
「だ、だって、あ、あれ――……」
するとユエラはか細くもすらりと美しい指をあちらへ差し向ける。
あちら。今なお沈みゆく異界の異物――宙間移民船型ヴィシュヌを指差す。
「オカシイじゃない……なんであれだけ霧になって消えないのよ?」
ハッ、と。血の気の引く思いを共感する時間はあまりに短すぎた。
ユエラの指し示した先ではすでに予定外の事態が進行している。
指標とするためナコたちが先陣きって破壊したのだ。その瞳が白い面をブクブク泡立たせながら少しずつ戻ろうとしている。
「なんで!? ぜんぶちゃんと壊したじゃない!? ぜんぶ壊したのに復活するなんて聞いてないわよ!?」
ユエラのヒステリックな悲鳴が聞こえるも、応えようがない。
もう戦えない。だし尽くしたから。たとえひとりがふたりがまだ余力があったとしても、それまでである。
種族たちが覚えた勝利の達成感は、そのまま絶望へと裏返った。
誰ひとりとして言葉なく翼の接続を開始するヴィシュヌを眺めることしか出来ない。
「わ、私が今からあの瞳を潰してきます! きっと少しだけ……ッ! ほんの僅かに瞳の修復が間に合ってしまっただけ!」
リリティアは鞘にしまった剣を抜き直す。
まるで元からない光を求めるような頼りなさ。作戦失敗という敗北を認めたくはない悪あがき。
このまま同じことをもう1度ほど繰り返すことは可能だろう。2度目だって可能。3度目だって可能なはず。
でも必ず犠牲はでてしまう。今回がそうだったように。そしていずれは……
『もう十分頑張ってくれたよ。ありがとうな、みんな』
「――明人さんッ!?」
どこからともなく聞こえてくる音にリリティアがぴくりと青いリボンを羽ばたかせた。
聞き覚えのありすぎる声が絶望の渦中で惑う一党らの元へ届いてくる。
『本当にみんなは良くやってくれたよ。これは歴史上初の快挙と言うべき大戦果だ』
風の音が混ざるような。そんな雑音混じりの念話。
イージス精鋭部隊の耳へと届けられる。
『だからトドメは人間代表としてオレがもらう。この人種族だけのもつF.L.E.X.でヴィシュヌに引導を渡してやる』
空の端で昼に見えぬはずの小さな光が瞬いた。
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