602話 【イージス精鋭部隊VS.】宙間移民船型UNresidents 『Vishnu―ヴィシュヌ―』 2
『とはいえ飛ぶだけで反撃してこねぇってんなら楽に終わりそうではあるがのう。勝手に回復するつってもこの火力を前にどれほどの――』
そうゼトが言いかけたときだった。
聖都方面へ両腕を広げるよう直進していたはずの宙間移民船型に異変が起こる。尻から幾本も吹いていた炎が瞬きをするみたいにボッ、ボボボッ、と強弱を繰り返す。
そして巨大すぎる船体がゆっくりと横へ傾けられた。飛翔しながらぐるぅり大きく回る。船首を背部へむけるよう180度の回転を開始した。
「よう、良かったではないか。老骨が心配せずともあちら側もやる気みたいだぞ」
『そんならば願ったり叶ったりじゃな。ケツ引っ叩いて起こす手間がはぶけたってなもんじゃ』
ヘルメリルは念話の札に乗らぬていどの「……チッ」不満を奏でさせられた。
あらかじめ斥候にちょっかいをかけさせていたが、相手が大きく反応を返してきたのはこれが初めて。
そうなってくると反撃してこないという通達は今作戦において忘れるべきということになる。楽な戦いなんてない。
『そういうことか』
念話を通じてなにか不穏な音が聞こえた。
風はまくしたてるように轟々と喧しく、最後までその潜められた声を聴きとることは誰にだって難しい。
――NPCか? そういえばアレはいったいどこにいるのだ?
ヘルメリルは首を回して周囲を探してみるも、可視範囲内に彼の姿はない。
少しばかり強くなったとはいえ未だ発展途上に過ぎないのだ。調子に乗って最前線にいる、というわけではなさそうではあるが。
「……む?」
脆い人間を案じるヘルメリルの思考が止められた。
半回転中の敵宙間移民船型へ明らかな動きがあった。
どうやらディアナも別の龍の背でそれを察知しているらしい。
『なんか船体の下部が徐々に開いていってるね。アレって絶対ろくでもないことしようとしてるでしょ』
「ずいぶんとしょぼくれているではないか? 発明者としてこれ以上ない目まぐるしい発見をむこうから晒してくれているのだぞ?」
『わくわくはするけど、どの道敵なんだよねぇ……せめて敵じゃなければなぁ。しかも技術に差がありすぎて理解できるとかいうレベルじゃないんだよねぇ……』
ヘルメリルが試しにちょっかいをかけてやると、ディアナから返ってきたのはずいぶんと不貞腐れるような物言いでだった。
無理もない。あの異形生命体が大陸に唯一もたらしてくれたのは破壊くらいなもの。
と、なれば次にやってくることの予測だって簡単である。今まで同様ろくでもないものとして然るべし。
「あれは……粒? いや飛行型の群れか?」
ヘルメリルは遠見をしながら意図せず鼻筋に険を寄せてしまう。
あのミサイルとか言う飛行型の子が記憶と本能にこびりついてならない。
前日はアレに手痛い反撃を貰ってしまった。もし判断が遅れていたら腕の1、2本は吹き飛んでいたかもしれない。
腹立たしい記憶に腹を立てていると、答えは札を通して返ってくる。
『あれは小型のドローンだ。この世界基準に合わせて言うとバカでかい蜂が群れで針を飛ばしまくってくるみたいなもんかな』
きっとルスラウス種族よりも優れた視力で捉えたのだろう。
当人は気づいていないがそれもれっきとした蒼力の恩恵。意識的ではなく潜在意識下で力をもたらすほうのやつ。あと操縦士の資格とやら。
「とどのつまり敵の親玉がこちらを察知し兵を吐いたということか」
『そういうこと。つまりあちらさんからしたら戦いはもう始まってるってことだな』
軽くいいやがる。ヘルメリルはじっとりとした視線をそこにはいない明人へむけた。
ああ気に食わない。龍の背は思いの外乗り心地が悪いし、編み直した魔装のスカートが風で押されて膝に張っつくのだって気分が悪い。
なによりも無機物だか異生物だかが真似事のように理知的な行動すること。それがヘルメリルに胃もたれを覚えさせるほど、気に食わない。
細耳に巻くよう貼ってる札を白い手でしかと抑える。
「小型の敵を知っているような口ぶりだったな。わかるていどで良い特徴や性能くらいを教えろ」
『おそらくはすばしっこい。おと見て分かる通り数も多い』
見れば、ざっと……数えるのが嫌になる数がすでに空へ放られていた。
まるで塵芥である。山火事か森林火災、そのへんから待っている灰のようなつぶさ。1つ1つが蜂に形容するていどの火力だとして、数のみで暴力になり得た。
「ならば弱点はあるのか? 貴様ならばどうやって対処する?」
『ローコストロークオリティ。つまり1機1機がおそろしく脆い。飛行機やらそのへん全般に言えることだけど、どれも鳥がぶつかったくらいの衝撃で大混乱だ』
ヘルメリルは、実りを強調するみたいにふんと背を反らす。
そこまでわかれば釣りがくるというもの。わざわざ1機単位で考えず払えば良いということだ。
なによりこういう事態を想定していないはずがない。無血開城を望むことの浅はかさたるや、無能の極みである。はじめからこうなることくらい織り込んで然るべし。
――これ以上距離を詰められ隊列を崩すのは愚策。出し惜しみは悪手。ならば……迷う理由なんぞあるものか。
龍の背よりふわりと飛翔したヘルメリルは、夜蝶の羽を存分に開いて止まる。
昼の空に浮かぶ黒き蝶は日夜問わず美しく輝く。
在りかたは高貴である。その身は一国を統べる驕り高ぶる王である。
「では遠慮なんぞ捨ててしまってかまわんぞ! こちらのほうから先手を打って堂々と開戦の狼煙を上げてやろうではないか!」
ヘルメリルが指示を飛ばすと編隊飛行をつづける龍のなかから青き鱗が戦闘へ突出した。
さながら大河の如き雄々しき身。流れる川。長き巨躯を優雅に流し、流し、海龍が吠える。
『大規模戦闘の先陣を切れるなんて光栄だねェ! これはちょっと僕でも滾ってきちゃうかもッ!』
そしてその背にも、もう1匹ほど。
盲目杖の柄が乗った青い鱗を叩く。
『成すべきことを成して進ぜようではないですか。しかし細々とした敵の御姿ときたら、龍へ挑むにしてはちと食い気が足りませぬな』
僧衣を激しくはためかせながら一層照り輝く丸頭が佇む。
騎乗する海龍の速度がぐんぐん増していくなかで揺らぎすらせず。盲目であることなんて――無――毛ほどにも気にした様子はなく。
『なら前菜ってことにしておけばいいじゃないか! 主食はもちろん奥にいるあのデカイヤツさ!』
『ほう、海龍はハイカラな言葉を知っているな。では……――そのように参ろうかッ!!』
開戦の幕開けを命じられた海龍と土龍は、それぞれ別の姿で挑む。
敵はすでに空を埋めんばかり。巨大船は腹部辺りから小型をげぇげぇ吐瀉しつづける。
このままでは壮観な景観が台無しだ。ルスラウス大陸の美しき空をこれ以上穢されては民たちの目覚めが悪くなるというもの。
そして敵の集合体もまた突出した海龍へと一直線に進路をとった。
敵は超複数。対するはたった2匹の尾をもつ龍である。
だからといって侮るなかれ。彼の者たちは大陸最強種族の栄誉をほしいままにする龍である。
『《仇なす者へ泡沫の安らぎを! 穏やかなる漣に没して揺らげ! 揺らげ! 揺らげ!》』
『《我祈るは信奉たる森羅万象の理! 息吹く生命の母よ! いまいちど我が御手にお宿りくださいませ!》』
2匹のまとう闘気が朱色を秘めた。
紡がれるのは意味ある言葉。顕現するは2本の意思。
『《海神の大槍》!』
『《紡ぎゆく地母神の鳴動!』
土龍の手には錫杖が、龍姿の海龍の手にも三叉の槍が握られた。
大槍とは言ったものである。魔法媒介として使うにはあまりにも長すぎている。
しかし海龍は険しけれども勇ましい龍の手で槍をくるりと回してみせる。
『さあ龍すら敬う自然の驚異を好きなだけ味わうがいいさ――ノミアキルマデネェっ!!』
差し向けられた三叉の先端から水嵐が渦を巻いて発現した。
あまりに巨大。その水量は巻き込むというより呑むと形容すべきだろう。
1本の水嵐によって敵の集合体が削がれていく。削がれた先からもうもうとした黒煙に化けていく。
しかしそれでもまだ超数の敵が残っていた。いずれは殲滅できるであろうが、ことこの場においてそれはあまりに愚鈍。
戦況を見るヘルメリルの耳へ雅やかな錫杖の音がしゃん、と風の音を割って聞こえてくる。
『フゥゥ……飽きがこぬよう色を混ぜましょうな! とびきり重く貼りつくが如き命の源を!』
土龍がもう1度しゃん、と錫杖を鳴らす。
すると三叉の槍から放たれつづける水嵐がみるみるうちに色濃き黄土へ変貌を遂げた。
しかもそれは敵を薙ぐのではない。大きな大きな球となって膨れ上がっていくではないか。
泥が膨張する。膨張しながら大地へ落とす影をどんどん大きく膨れ上がらせる。いつ破裂してもおかしくはないほどみちみちと張り詰めていく。
『くぅぅ……! これ思ってた以上にむらむらしてくるね……! 気を抜いたら今にも爆発しちゃいそうだよ……うっ、ふぅ!』
『発案者は少々頭が角ばりすぎていると言わざるを得ませんな――ぬぅぅ!』
誰が考えた、なんて。聞かぬが花であろう。
そうやって2匹が耐えている間にも敵の小型は群れなしながらむかってきていた。
もはや一刻の猶予もないほど差し迫るいっぽうで、泥玉のほうもまた言葉に出来ないほど育ちきっている。
水が、泥が、巨大な球体のなかで、ありえないほどの力で、圧縮されていく。手のなかに握り込まれるが如く、強く、硬く、隙間なく。
そしてそこへ影を横切らせながら現れたもう1匹の炸薬が、球体へと触れる。
『ヘヘッ! ずいぶんとでっかく育ってんじゃねーかおい!』
『おおおー! マジででっけぇんだー! やっべぇぇなー!』
急に興奮気味な別の声が念話へ挟まったが、どうやら若き龍はやるべきことを乱されていない。
全身をゴツゴツとさせた龍の手が、硬く圧された泥玉へ触れ、唱える。
『《形成――ROCKS》』
すると泥玉は触れられた部分から彼の者の鱗と同様の鼠色へと物質そのものを変形させていく。
海龍と土龍によって育て上げられた泥玉は、呆れ返るほどの巨岩へ。城1つでは足りぬほどの膨大なる壁が完成した。
そうなると、もはや子も同然である。
なにせ岩龍である彼は生まれもつ。全身に岩を帯びる岩の化身なのだから。
『お硬くにいくぜェェ!! 超特大半端ねぇ空前絶後の――《巨岩大嵐》ってやつだァァ!!』
「BRWOAAAAAAAA!!」
若き猛りに煽られるよう大岩爆ぜる、爆砕す。
まるでどこぞからもちこまれた超過技術―― 散弾 の如く。
(区切りなし)




