60話 【VS.】ちょっとした喧嘩 からかいの呪術師 ヘルメリル・L・フレイ・オン・アンダーウッド
○○○○○
冷えを感じる空模様。街は埃っぽいのは風向きのせいか。ここが町ではなく採鉱地区含めての街であるがゆえであろう。
「わぁ、すっごぉーい……」
つまり、たったの一日でドワーフたちは勤労に励めるほどに息を吹き返してしまったということだった。
なんたる胆力か。酒場から眠たげに外に出たユエラが舌を巻く理由も納得できる。
世界トップツー。剣聖、エルフ女王。位の高い数名のエルフとドワーフが一晩かけて協議した結果が伝えられる。
「というわけで、近隣の町や村の魅了状態に陥っているドワーフどもを救助する。貴様らにも手伝わせてやろう。デュアルソウルと……えぇ~と、NPCよ」
「おい、人の名前忘れるってすごい失礼だぞ。まあ……それは名前じゃないから許すとしてもだ」
「クックック……貴様がなにを言いたいのか私には理解できんな」
女王ヘルメリル・L・フレイ・オン・アンダーウッドは、早朝の風を身に纏うが如く漆黒の長髪とドレスの裾をなびかせた。
大軍の指揮をとっているにも関わらず疲れをお首にも出さぬのはさすがと言えよう。良くも悪くもいつもどおり。
そしてやはり尊敬の対象なのだろう。眠気覚めやらぬといった風体だったはずのユエラは、背筋を伸ばして姿勢をただしていた。
「むっ? 白銀の舞踊はともにおらんのか?」
ぴくりと。ヘルメリルは細く形の整った眉を動かして顎の下を見せてくる。
本日の天気と似たまっちろい肌が僅かに、より白く見えた。
それを受けてユエラはしおれたように長耳を垂らす。
「あっ……リリティアはちょっといま……難しい状態です。はい……」
「フンッ、どうせドワーフの男どもの肢体に見惚れておるのだろう」
さすがは付き合いが長いだけあってよく理解しているようだ。
一寸の狂いもない回答。そして、ご明答。
一方、明人は不満だった。
リリティアがドワーフの男にうっとりと見惚れているザマに僅かに、ぎりぎり、ほんの少しだけ、ささやかな不満がある。
「ところでなんで救出を優先するのか教えてくれないか?」
そしてなにより作戦の内容が気にくわない。
「ずいぶんとおもしろくなさそうな顔をしているな。クククッ、私の決定に唾でも吐きたいといった顔だ」
返ってくるのは赤い瞳。血をすすったかの如く真っ赤な笑み。
ヘルメリルは足元にまとわりつく魔法の影を針のように尖らせこちらを威嚇してくる。
相手は世界最強の魔法使い。語らずの呪術師。
恐ろしくないと言えば嘘になる。現に、ユエラはその光景を見て青ざめている。
明人は臆病だ。性質上裏を返せば慎重ということ。だからこそ胸の中で渦巻いているざわめきを、懸念してしまう。
「答えてくれ。なんでそんなに悠長に構えてられるんだ?」
「悠長だと?」
1日ていどで街の復興を終えてしまうドワーフが100年も掛けて完成させたであろう、なにか。首都へむかったラキラキの祖父、双腕のゼト。他種族が入り混じったという不明瞭な一団。ここまで怪しい点が揃っていてあまりにも鈍足過ぎる。
「違うのか? じゃあ慢心だな」
もしそれらをすべて見過ごせるのであれば、ただの阿呆だ。
明人は柄にもなく睨みを利かす。
「ほう……死にたいと見える」
と、ヘルメリルはこちらへ手をかざす。
「そういうアンタらは滅びたいのか?」
売り言葉に買い言葉。
互いに殺意の籠もった視線をぶつけ合っていた。
「なんで朝からそんなにスイッチ入ってるのよ!! アンタも相手が誰だかわかってるわけ!?」
ユエラの静止すら意味をなさない。
すでに明人は肩に下げた散弾銃を構えていた。
「リリティア! このふたりを止めてぇ!」
朝の街路に悲鳴が木霊する。
その刹那。ふたりの間に砂塵がぶわぁ、と巻い上がった。
咲くは一輪の白い花。金色の大きな三つ編みを浅い川のように振り乱し、抜き身の剣は銀閃をつくる。
「喧嘩ですか? ならば、両成敗しますけど?」
地味ではあるが清楚な純白のドレス。はためく裾から覗くスラリと細い足首。
浮かべた笑顔には、子供をいなすような淡い怒りが見え隠れしていた。
しかし、普段のリリティアを知っている明人には激怒しているように見えない。が、すっごい怖い。
「オレは質問をしただけだよ。なんで今すぐ首都にむかわないのか。敵の大本を叩かないのか、ってさ」
興が削がれた上に鬼より恐ろしいものが立ちはだかったため、両者構えた武器を下ろす。
「私はなんとなくNPCと戯れただけだ。よく吠えるのでな、興が乗って楽しかったぞ」
「おいこら、隙を見つけてまた服脱がすぞ!」
「フゥハッハッハ! 私に隙はないと知れッ!」
コルセットのいらぬくびれ細まった腰に手を当て、ヘルメリルは高笑いした。
対するこちらはいまさら震えがやってきたのでがっくりと肩を落とした。からかわれただけとは……
「とはいえ、私に逆らうほどの覚悟があるのであれば説明してやらんこともない」
明人は粗砂の散った石畳を歩いて近づいて左手を差し出す。
「ハア、わかったよ……じゃあ仲直りの握手をしよう」
「ムッ? んまぁいいだろう」
そして友好の印である握手が交わされる。
ふにふにと。バリってる性格のくせにしなやかで柔らかな手は、やはり女性を感じさせた。
そして明人はニタリと卑しい笑みをもって詠唱を紡ぐ。
「《マナレジスター》ァァァッ!!」
左薬指の指輪がマナ散らさんと転回した。
ヘルメリルの衣服が幾千の断片になって弾け飛ぶ。
沢山のふりふりが愛らしい魔力で作られたドレスが削げ跳ぶ。すると白昼のもとに晒される黒いレースのキワドイ下着。満月の如く豊満なふたつの膨らみと曲線の美しい丸みを帯びた腰。
まなちるちる、ならぬ衣服散る散る。可能性は無限大だった。
「ぴ――ぴぃっ!!?」
ヘルメリルは短く悲鳴をあげて、青白い肌を真っ赤に燃え上がらせた。これで勝負は3戦2勝1敗。
その後、1人とひとりは頭に両成敗のコブをこしらえて作戦説明会を聴く羽目となったのは言うまでもない。
 




