590話 【異世界VS】終焉と常闇の訪れ -UN.residents- 5
モッフェカルティーヌは、ドワーフたちが作り上げた至高の名作である。
ドドドン、ドドドン。雄々しき歩みは大地を穿ち世界を置いていく。
ドドドン、ドドドン。驕り高ぶる暴慢さを前にして行く手を阻めるものなぞ存在しない。
「感慨深いものだ」
中途半端に衣服をはだけさせたヘルメリルがぽつりと呟く。
最前線に立ってだいぶ派手にやられたようだ。怪我こそはないにしろ白玉の如き艶めく肌が切れの隙間から覗いてしまっている。
山岳級移動兵器モッフェカルティーヌは、エルフ国を滅ぼすために発明されたもの。彼女にとっては仇敵のような忌まわしき過去まである。思うことも多いはず。
「滅ぼすための爆弾が今や我々の切り札として使われるとは……長く生きてみるものだ」
ヘルメリルは、モッフェカルティーヌの甲板から戦場を眺めながらどこか遠い目をした。
黒くツヤツヤとした髪が強めの風によって深い河のように流れいく。
「なにもおかしなことなんぞないわい世は巡るっちゅうことじゃ。これを因果と形容することもあるがのう」
ゼトも髭をしごきながらどっかり鉄の地べたに腰を落とす。
筋骨隆々な身体は汗で濡れそぼる。ふぅぅ、と吐く長い吐息に疲労が滲んでいた。
ニーヤもまたんんっ、なんて。伸びをしながらも大あくびだ。
「しかも魅了されていたとはいえ作ったのはドワーフのおっちゃんらにゃ。きっとこのでっかいのはきっちりいい仕事をしてくれるはずにゃ」
ひさかたぶりの合流を果たしたLクラスたちは、とりあえず生きている。
ただとりあえずというのは揃いも揃い、どいつもこいつも、酷い格好だったから。ゼトの甚平羽織もほつれが多いし、ニーヤの和装だってところどころが狐色に焦げてしまっている。
襤褸のように血やら土やらよくわからないものに汚されながらも、戦場に煽られた体温を冷まし冷まし黄昏れる。心安らがぬしばしの休憩。
とはいえ打ち身擦り傷を肌に浮かべていても、心と骨は折れていない。全員が錦を飾るが如き凛々しい顔つきで戦場を眺めていた。
「ユエラ!」
リリティアが慌ただしく駆け寄っていく。
それからユエラの身体をくまなく見て、振れて、三つ編みを踊らせる。
「け、怪我とか別にしてないですよね!? 痛いところとかないですか!?」
「はぁ、もし怪我をしたとしても自分で治すわよ。ああもうスカートのなかまで見なくても怪我なんてしてないってば……」
「だって突然別行動をとるなんて言いだすんですもん!? こっちは内心かなり心配してたんですからね!?」
たとえ煙たがられてもだ。リリティアはおせっかいをそう簡単にやめようとしない。
しばしの別れ。とはいえ戦場での永遠の別れになっていた可能性だってある。
だからかリリティアは過保護なまでにユエラの無事を心から喜んだ。
「……私だって少しくらい強くなってるんだもん」
しかしユエラのほうはふてくされ気味である。
だから明人は札を通して彼女に問う、どうだった?
するとユエラは「良くぞ聞いてくれたわ!」なんて。長耳をピンと伸ばして背を弓なりに大きく反らしてみせる。
「視界に映る子たちの守護も怪我もなにもかもよ! ぜんぶ治療したし、全員守り抜いてあげたんだから! だから私の周囲での死傷者はゼロよ! これなら自然女王の名に恥じない働きっぷりでしょ!」
鼻高々にふんぞり返えると押しだされた女性らしい突起がふわりとたわむ。
自分の仕事を十分以上にこなせる実力がユエラにはあるということ。
そしてユエラもまたその実力をわかってほしいのだろう。
「ほうら! これならリリティアも私の実力を認めざるを得ないでしょ!」
誰でもない、自分にとって掛け替えのないリリティアにわかってほしいのだ。
しかし相手は剣聖である。大陸最強の剣士で龍だ。
「……ううん。でもユエラがひとりっきりだとやっぱり心配になっちゃいます……だってすごく弱いじゃないですかぁ……」
「リリティアが異常に強いのよ!? ハードルが高すぎて私このさき一生飛べる気がしないんだけど!?」
とにかく全員が生き残ったし、各々に貸せられた役目をこなせたのである。
戦場で聞ける吉報にこれ以上のことなんてありはしない。
「おおすごいにゃ! さすがユエにゃんにゃ! まさに尻軽にゃ!」
「なにを言い間違ごうてヌシは唐突にお嬢を侮辱したんじゃ? まさか尻じゃのうて身軽と言いたかったんか?」
「そうそれにゃ! あと細かいこと気にしちゃイヤンにゃ!」
こうしていつも通りに騒げるのだって全員の生存が確認できているからだ。
束の間の安息が訪れる。だがそれは真に束の間。ようやく敵主力を誘いだせた、ここからが本番となる。
敵宙間移民船型は未だ闇のなかからで出港の準備をしているに過ぎない。しかも麓には山のように重機型がたむろしていた。
このままモッフェカルティーヌの巨体で進撃したところで足元に群がられるがオチであろう。
それではつまらない。そのためにこれほどまでモッフェカルティーヌはドレスアップしているのだから。
「こちら甲板上。間もなく敵主力軍勢が射程に入る」
『ん、了解。どれくらいの出力にすればいい?』
「そうだな……まずは10秒ほど実質全力で効果を目視したい」
出来るか? なんて。聞くまでもない。
札を通して明人の耳に聞こえてくるのは、喉を奏でる音だった。
『ふふ、よくばりさん。なら私もこの子もその期待に応えてあげる』
短いやりとりの後のこと。
モッフェカルティーヌの全身から歯を軋ませるような異音が響き渡った。
それは歯車を回す音と、巨大なソレの照準を敵に合わせる音である。それらが幾重にも重なると、まるでこの鋼鉄が敵を威嚇しているようにさえ聞こえてくる。
『《シュート――マイユニオンモッフェカルティーヌ》』
その色香漂うさえエリーゼの命令を起点とし、鋼鉄の巨体が呼応した。
直後、巨大な鋼鉄が針山へと化けたのである。否、巨大鋼鉄から無数以上の紅の針がしどと打ち放たれる。
それはモッフェカルティーヌほどの質量をした化け物にとっては針であった。しかし実際は人如きの範疇を越えた極太の矢である。その上、強化魔法によって結果強くなった魔法の矢。
これは乗算である。技術×魔法×暴力の掛け合わせ。
そして固定砲台によって打たれた紅のレーザーが、こちらへ進軍途中の重機型を容赦なく襲った。
掃射される巨大魔法矢は結果的に矢という概念を覆す。重機たちの薄い装甲を貫くだけにとどまらず。その後方に広がる大地すらも穴だらけにしていく。
モッフェカルティーヌの光点に睨まれたら最後。瞬く間に黒い霧上の粉末が完成していった。軍勢ですら即刻すり潰す。
「で、この結果を見て貴様ら龍族の感想はどうだ?」
ヘルメリルはしたり顔で戦果を眺めた。
ちらりと横目にリリティアのほうへ血色の瞳を仕向ける。
「あれは大陸の民が作りだした叡智の結晶です。大型弩砲改魔型は私たち龍すらも恐れ慄く威力を秘めています。このていどの結果を生むことをはじめから予測済みですよ」
対して凛とした横顔だった。
甲板に吹く轟々とした風に白波と金色を流しながら鞘にしまった剣に体重を預けるように立っている。
それを聞いたヘルメリルはさも意外とばかりに長耳をひくりと揺らす。
「負けず嫌いにしては珍しいことを言うものだな。ずいぶんと潔く同種の敗北を認めたではないか」
「だってあれは明人さん……いえ、人がこの大陸の民となった証でもあるんです。大陸に伝わる魔法と技術、そして人によって解明された新たなる魔法の力。それらをこの大陸に住まう民たちが洗練させたんですから」
当然の結果です。金色の瞳がうっすら細められる。
向こう側に紅の矢が吸われていくも、その瞳は甲板の先頭に堂々と佇む背を見つづけていた。
そしてヘルメリルもまた「……ふ、そうに違いない」前をむいて薄く微笑む。
それはまるで牙城を崩すかのよう。
行進する重機の群れは、モッフェカルティーヌより放たれる弾丸の如き大矢を前に、為す術もない。
明人の蒼い瞳は戦場に固定されたまま、瞬きすら忘れている。
「…………」
静寂でもって確かな手応えを感じていた。
なぜならこの光景とまったく逆の戦局を地球で見てきたからだ。
命の追いたてにくる重機の波へ飛び込んだ操縦士の数は数知れず。戦友たちが奮い立ちながら向かい、呑まれ、やがて蒼い閃光となって命を爆ぜさせていった。
だからはじめて仲間を報いられたような達成感を無言で噛み締めている。これは操縦士として生きてはじめての反撃だったから。
だが敵も馬鹿ではない。馬鹿でなかったから人は食い尽くされかけた。
「にゃ!? 空からまた速いのが襲ってきてるにゃ!? あっちは撃ち落とさなくてもいいのかにゃ!?」
ニーヤの尾の毛が、ばぁっと膨らんで倍ほどに膨れ上がった。
獣の本能が殺気に反応しているのか。身をかがめていつでも飛びだせるよう犬歯を剥きだしにして威嚇する。
しかし他は誰ひとりとして1歩たりとも動じず、戦場を高いところから睨むだけ。
――そうだここだ。オレはここにいるぞ。もっとよく狙えよ。
さらには敵主戦艦である宙間移民船型も動作を開始する。
ところどころの船体がミサイルハッチ部分を展開していく。最新鋭の防衛システムを起動させたのだ。
そして無情なる追尾弾がモッフェカルティーヌ目掛けて一斉に射出された。
直撃すればモッフェカルティーヌとて無事で済むはずもなく。甲板上の連中はもろとも肉塊に化ける。
「セブンスがうちもっとも誇り高き歌――《不可侵なる漣の歌》!」
水球に沈んだアルティー・メル・ランディーが甲板上で煽情的に歌を紡ぐ。
合わせてその後方に待機していた魚族たちも喉で美しきを奏でる。
さらには魚族女王と姫であるピジャニア・ナルセル・ランディー、ピチチ・ナルセル・ランディーまでステージに居合わせる。
「どれほどの怪奇で挑もうとも決してこの船を傷つけさせはしません! たとえこの声が枯れようとも種のために歌いつづけてみせます!」
「もっともっと歌うッす! 歌って歌って守るッす! ここからが本番ッす!」
女神を模した煽情的な白き衣に包まれた彼女らは聖歌隊である。
水球に集い尾を踊らせる姿は絶世の作品そのものだった。熱情なる旋律がモッフェカルティーヌという舞台で重なる。
すると正面に現出した音の壁が襲いくるミサイルを次々と撃ち落としていった。
「日月を進んでいたのは人種族だけではありません! 今やこの大陸は1つの生命となって互いを支え合っているんです!」
「この世界でも日と月は巡っているわ! それをたかだか1つの世界を食べたていどで超えられるなんて思わないで!」
火花と閃光に照らされたリリティアとユエラが亀裂に向かって叫ぶ。
阻害されてなおも折れぬ美しき2輪の花があった。彼女たちがすべてをはじめた。
移民船型とモッフェカルティーヌが打ち合う。地球世界とルスラウス世界による鮮烈な鍔迫り合いのはじまりだった。
大弓が黒き大軍を貫き、ミサイルと爆撃を音の壁で防ぐ。異なる技術と技術の応酬が互いに1歩も引かず繰り広げられる。
「……ここはオマエらのいて良い世界じゃない……」
世界を越えた人間が、ここにいた。
時空の亀裂より迫り来る恐怖、アンレジデントと呼ばれる異形の生物。人は発現したF.L.E.X.という未知なる能力で抵抗を試みるも、総人口20万人まで追い詰められた。
しかし、未来を予見していたかの如く方舟計画発動された。世界各地で建造されていた宙間移民船によって選ばれた人類は地球からの脱出を図るというもの。
そんななか臆病者は、イージス隊によっておこなわれた決死のオペレーション――BraveProtocolで死に損なってしまう。
そして臆病者が降り立った世界は争いの絶えぬルスラウス大陸という奇妙な世界だった。
その臆病者の名を、舟生明人と言う。
「ここはオレたちの生きる世界なんだァァァ!!!」
だがそれはもう過去の話である。
舟生明人・L・ドゥ・グランドウォーカーは、腕に帯びた魔機の光沢を発散させた。
出会いと世界とパズルを1つに繋げた英雄が、最後の欠片を呼ぶ。
「魔龍機兵隊ッ!! 出撃ッ!!」
人にはもう帰るべき大切な場所があった。
そして空に8色目の色が集う。
……………




