59話 ならば、世界は踊らされていると知る
○○○●●
「はいっ。サービスドリンクよんっ」
コトリと。カウンターにグラスが置かれた。
なかには美しい琥珀色の液体がなみなみと注がれている。
「ちょっ、これ酒じゃないか」
ミブリーは接客が忙しいだろう。こちらの疑問に答えることなくキャットウォークで去っていってしまう。
夜の帳が降りきった頃。エルフの大隊が街へと到着し、酒場はふたつの種族の交流の場として賑わっていた。
仕事を終えた筋骨隆々のドワーフと長耳色男のエルフたち。汗と酒と多く色気で賑わう。
「おーい! ねーちゃんこっちにも酒くれやぁ!」
「はいはーい! ただいまー!」
ぱたぱたと。酒を酌み交わしている横では、下着同然の姿をした店員たちが忙しなく転がるように駆け回っている。
夜用の制服なのだろう、幼子特有のひと回り幅の広いもっちりとしたふとももをさらけだして給仕に励むさまは目のやり場に困るというもの。
そして、ミブリーの周辺にも集まる者たちも異質だった。
ビキニパンツとベストのみを着たマスターの体に熱い視線を送る屈強なドワーフたちが異様な雰囲気を醸し出している。
この酒場では2種類の層に対しての供給を成功させているということだろう。互いの趣向を押し付けることなく棲み分けができているということが、大切である。
――なんか落ち着かないなぁ……ユエラとリリティアもどっかいっちゃったし。
リリティアは、合流したエルフの女王ヘルメリルとこれからの方針を固めるための会議へ。
ユエラは男が多いのを嫌ったのだろう。ミブリーが厚意で貸してくれた酒場の2階、そこにある寝室に籠もっている。ヒュームの男に押し倒されたトラウマは未だ根深い。
そして彼女は今頃きっとリリティアへのサプライズプレゼントの作成に取り掛かっていることだろう。
――ま、笑顔が多いのはいいことではあるんだけどさ。
そして明人はひとり。酔った男たちのがらがらとした笑い声を背に、カウンターでグラスの酒をくゆらせた。
ふわりと。燻された木とアルコールの香り。鼻孔をくすぐる甘さはきっと穀物のもの。
切なげに一口含めば大人の味わいがいっぱいに広がる。
「……」
舌と喉を焼くような刺激の後にやってくる果実のような甘味が仄かに香った。
人生はじめての異世界の酒を飲み、どっしりと腕を組む。
「よくわからんっ! うまい気もするし! まずい気もする!」
たったの一口で酒の嗜みかたがわかるわけもなく、アルコールでちょっぴり体を火照らせた。
「ふにゅ~よ。なぁに唸っておるのじゃ~」
すると、ラキラキが酒瓶とを抱えてこちらにやってくる。
とろん、と。への字になった目、千鳥足。どこからどう見てもただの酔っ払いだった。
ただ、違和感を覚えてしかたがないのは偽幼女の腰に巨大な白槌を帯びているからだろうか。しかし、もっと根本的な間違いがあるような。
「……ラキラキは、自分のじいさんの安否が気になったりしないのかい?」
「そりゃあするにきまっておるじゃろ、っと」
ラキラキは自身の肩ほども高い丸イスにぴょこんと飛び乗る。見た目に似合わず大した脚力。
「でも、じいちゃんは無敵じゃからきっと無事なはずじゃ!」
聞くところによれば、双腕のゼトは伝説級の鍛冶師であり大槌で戦闘もこなすという。
「鍛冶の金槌と戦闘の大鎚だから双腕ねぇ……」
「しかも両手持ちじゃぞ! 大嵐のように敵をばったばったとなぎ倒すのじゃからな!」
ラキラキは酒を瓶ごと煽り、ぶはぁと喉を鳴らしながら口を拭う。
もはやただの小さいおっさんである。
謎多きドワーフ。孫に白槌を託して首都カカココ山にむかった理由とはなにか。なぜラキラキだけが魅了から解放されたのか。そして、件の男はリリティアの初恋相手とは。
明人は激しく首を横に振って雑念を飛ばした。
「なあ、ラキラキ。じいさんの話を聞かせてくれないか?」
「ええぞぉ~」
ラキラキは、勢いよく酒瓶をカウンターに置いた。
……………
はるか昔、この大陸はヒューム種によって支配されていた。
魔法の不得意なヒュームは弱者にも権利があるというでたらめな理由で周辺国から領土を奪い、繁栄したのだという。
そして、その裏では秘密裏に多種族を誘拐して禁忌である人体実験により洗脳科学や魔法の研究に勤しんでいた。
それにいち早く気づいたドワーフ種のゼトは、降りかかる火の粉を払うために世界中からL級を募って開放戦争で勝利した。
それは奴隷解放の日。ではなく、終戦をもって大陸中に覇道の呪いが開放されたた忌むべき日ともされている。
「しかし、その頃にはすでに覇道の呪いがヒュームたちを蝕んでおったとおじいちゃんは言っとったなぁ~……」
偽幼女による小さな身振りと大雑把な説明。これが酔っ払いの戯言でなければ衝撃の事実ではある。
腐敗した個の意志は今なお大陸に沈殿している。拡散する覇道の石は受け継がれている証拠。
「おじいちゃん……」
酔いつぶれて眠るラキラキの横で、明人はぬるくなった酒を口に含む。
宴もたけなわ。過去を洗い流すようにドワーフとエルフは酒を煽り合い、高笑いをして、時をともにしている。
『私たちヒュームに与えられる魂の数が目に見えて減っているんだ』
明人が覚えたのは、通信機越しに聞こえてきたあのヒュームの言葉だった。
そのヒュームと結託して、ユエラを攻撃したエルフの女。
多種族が手を組んで実行されたという、今回のドワーフ魅了計画。
様々な思想と理念が入り混じったなにかが裏で蠢いているのかもしれない。
珍しくオチなしの説明回でした
そして、絵が間に合わない
このままでは文章が先にネタバレをしてしまうっ!