588話 【異世界VS】終焉と常闇の訪れ -UN.residents- 3
時とは残酷なまでに早く過ぎ、時として牛歩の如く遅くなる。
あとどれほどの数の敵をその眼に収めれば気が済むのか、なんて。疑念が生まれてもオカシクはない。
さらには敵の湧きだす数が無数。というより無限に等しい。降りしきる雨の如く闇のなかから流出しつづけていた。
このままであればきっと10や20ではきくまい。ならば100か1000か……あるいはもっとか。
そうなると兵たちの気力集中だって限りが存在する。
「は!? ――つっ!?」
するとやがて綻びが生まれた。
それはおそらくここだけではない。眼の届かぬところでも同じ光景が繰り広げられているはず。
少女は、敵の攻撃を察知してから飛び退くまでに若干の遅れを生じさせてしまった。
「どうした!? 足をやられたんだな!?」
うずくまる獣種族の少女の元へ、エルフの青年が血相を変えて駆け寄っていく。
どうやら少女は腿を切られ傷を負ったらしい。白く清らかな肌がざっくり裂けてしまっている。そこから鮮血がつぅ、と滴って草を赤く染めていった。
しかし戦場は常に流動する。しかも少女を傷つけた粘体は未だ健在。
「このっ――《ハイフレイム》!」
青年の掲げた杖から上級魔法が生みだされた。
業火の魔法。エルフとはいえ使えるものは少数であるところから考えるに、なかなかの使い手ということ。
業火を正面から浴びた粘体はグツグツに煮詰まって硬化する。そして他の死骸と同じく黒煙となって吹き消えていった。
この魔物たちの最後は――今のところは――同様である。行動を止めると気体となって跡形もなく消滅していく。まるではじめからなにもなかったかのように。
「あ、っ、ありがとう! 恩に着ます!」
少女は勝ち気そうな顔立ちを苦痛に歪めながら礼を口にした。
かなり痛むのか額には脂汗がびっしりと浮いて前髪を貼りつけている。さらには腿の傷を押さえながら立ち上がろうと藻掻く。
どうやら傷はかなり深いらしい。少女はなかなか体勢を立て直すことが出来ずにいた。
「このていど礼には及ばない。どうしたんだ立てないのかい?」
見かねた青年が少女へ手を貸そうとする。
だが少女はなかなかその手をとろうとはしない。
「だ、大丈夫ですから! このていどの傷如きで――うぅっ!?」
ひとりで立ち上がろうとするたび膝がへし折れ地べたへ吸わていった。
「大丈夫なもんか! この傷かなり深いぞ! 待ってろ今すぐ治癒魔法で――」
心優しき青年は無下にされても諦めようとはしない。
少女を治療しようと杖を掲げた。
直後に少女の絹を裂くような悲鳴が響く。
「う、後ろよッ! 危ないッ!」
「なっ――しまった!?」
ここは戦場である。疲弊から生まれるものも、負傷から生まれるものも、油断は油断でしかないのだ。
青年が少女の声に振り返った。そのまさに今というタイミングで、別の軟体から打ちだされた棘が青年へとむかっていた。
しかも額の中央に向けて。当たれば確実に死ぬ。防御をするには遅すぎるし、躱せば辛うじて避けられるも少女が貫かれる。
「ッッ!?」
青年が最後に出来たのは、目をぎゅうと瞑ることくらい。
少女を助けに入って後悔くらいは覚えただろうか。それとも己の不甲斐なさを呪ったか。
「……へ?」
しかし待てど暮らせど青年に死は訪れない。
代わりに攻撃の動作に入っていた粘体生物は攻撃を終える。
正しく言うなら彼の使った業火以上に火力のある炎によって存在のほうを終えたのだ。
黒き蝶がフリルと裾をひらめかせ、上空より降下してくる。
「おい、仮設救護施設まで後退は可能か?」
ヘルメリルは枝の如き白いパチリと鳴らす。
すると瞬く間に青年を少女共々、ヘックス状の防御魔法がとり囲んだ。
「か――語らず様!?」
彼らにとっては黒翼の天使にでも見えたのだろう。
青年がそんな表情で呆気にとられているも、少女は歯を食いしばるようにして毛束の尾を立てる。
「は、はい! 私は――グッ、まだ……戦えます!」
どう見ても懸命だ。戦えるようには思えない。
しかしどうやら青年もまたそう思っていないようで。
「いや、ここは僕がキミの尾を引いてでも後退させるぞ! せっかく語らず様からいただいたこの命! なんとしてでもキミを生かしてみせる!」
するとヘルメリルは「良く言った」帰り道となる大扉を作ってやった。
そのまま礼を幾度も呟きながら青年は少女の腕を無理やり肩に回す。
「このご恩は決して忘れません! いずれまた!」
「……う、くっ!」
少女にも青年の熱意が届いたらしい。
もう戦うなどとは口にせず。肩を借りて尾を垂らしながらよたよたと扉のなかへと消えていった。
こちらは運良く助かった負傷兵の背を見送る。
「ふぅ……これでは手が足りぬな。もう4、5本ほど生えてほしいものだ」
仕事を終えたのだ。愚痴くらい許されるべき。
そしてエルフ女王である黒き衣の蝶は、背にはやした夜色の羽ばたかせ次へむかうことにする。
兵も民も等しく同じ生命。なのだから休む暇なんてあるものか。こうしているあいだにも自国民を含む大陸の民は輪廻へ惑っていく。
――しかしなぜだ。なぜこうもしこりの如き違和感が腹の底で渦を巻くのか。
ヘルメリルは、大空を飛翔しながら親指の爪をぎりりと噛んだ。
思考するときの癖のようなもの。それも苛立たしいときに限る悪癖である。
それでいて仕事もこなす。彼女の通った空の下では無詠唱の魔法によって幾つもの敵が撃ち抜かれていく。
「これでは聞いていた話と異なるではないか? なぜこうも殺意のみで我々大陸の民を討ちにかかろうとする?」
どこまでも胸糞の悪い話だった。
ヘルメリルは戦場の真っ只中で試しに召喚してみる。
現出したそれは、なんてことない黒い1本の物理的な攻撃を可能とする武器。血の如き紅色の装飾が施された蔓薔薇の槍である。
「貴様らは学ぶのではないのか? それとも――」
おもむろに手を払う。浮遊した槍は弓引かれた矢の如く、びょうと射出された。
そして槍は1直線に、いくらでもいる粘体の1匹へと吸い込まれていく。
「……ふむ。やはり物理的な攻撃は効かぬか……」
ヘルメリルはさぞつまらぬといった吐息を見下げながら吐いた。
軟体は、槍が表面に触れる辺りで謎のフィールドを発生させ、弾き返してしまう。
しかしついでとばかりに放たれていたヘルメリルによる轟々とした火球のほうは異なる結果を生む。
容易に軟体へ直撃する。ねとねとはしばらく火炎のなかで蠢いたが、やがて蒸発して滅された。
「魔法が引き起こす現象は通用する、つまり物理攻撃を弾く装甲はあちら側の世界で学習したということなのだろうな」
件の生命体がまとっているものは学び得たことだろう。
幾度という攻撃の雨ざらしに打たれ生命としての防衛本能が進化したもの。
しかし論点はそこではない。ヘルメリルが腹の底をイライラさせる理由は別のところにある。
「なぜ攫わん? なぜ躊躇なく殺す? すでに進化を止めたか? あるいはもう進化の必要がなくなったということか?」
表情に忌々しいという感情を貼りつけ隠そうともしない。
口のない連中に問うことは無駄だとわかっていても問うてしまう。
なぜかと言えば気に食わないから。それのみだ。
『……リー。空、きてるけど、どうする?』
思考しやや下を向く長耳へ、根暗な声が滑り込んできた。
どうやら考察の時間はここまでらしい。
ヘルメリルは黒い髪を流すようにしてから長耳の札に手を添えた。
「まだ出番ではない待機しておけ」
短くひとことだけ。あちらからも『うん』最短の返答が札を通して返ってくる。
待機中のエリーゼ・コレット・ティールから通信だった。
これはワーフォックス族が得意とする札による会話、それを軍用に転じたもの。環境マナへ声を溶け込ませ札を通じて声のみを相互に送るための術。
――便利なものだな。こうして離れていても相手の声が聞けるというのは。
種族が交わる現状だからこそ可能な新たな対話の形だった。
『それにしてもメリーの考えた新兵器とっても凄い。これさえあればあの黒いのだって楽々』
エリーゼの声はいつもぼそぼそとなにを喋っているのか聞きとり難い。
なのだが今ばかりは少々興奮が入り混じっている。
「840機構とて詰め切れた発明とは言えん改良の余地が多すぎる」
ヘルメリルは声低めに「時期尚早な憶測はよしておけ」と、エリーゼへ釘を刺す。
『でも魔法と技術の混合、すごい。今までだって使える種族はいたけど、これは誰でも使える発明。誰でも強くなれると思う。本当にすごい誇るべき大発明』
「発明としては確かに世界を変えうるものではある。だがまだ青く硬い果実に過ぎん」
840機構とは魔法と技術を混合したモノの総称である。
クロスボウの前面に魔法を発動するための原理を置く。そして放たれた矢が強化魔法によって威力を増すという仕組み。
これはヘルメリルが女帝焔龍を倒す際に偶然完成した発明だった。
最後の1撃のとき。
歴史上類まれなる最弱と最強の決闘。
人間が最強である龍を撃ち貫いた――蒼く――龍の鱗による必殺。
あの瞬間。ヘルメリルは強化魔法を、彼自身にかけるつもりだった。
そのはすだったのに、人という種族は強化魔法の光を攻撃に転用してみせたのだ。本来であれば身体能力を向上させる技だったにも関わらず。
この勝利の美酒は、大陸種族にとっての敗北の味でもあった。
固定観念によって己等が縛られていたことに気付かされたということ。
『どうしてメリーが考えたのに、840機構? もっと良い名前があったはず? どうして?』
「もっと良い名前なぞあるものか。アレは我が盟友の名だ。それも大陸最強を負かした英雄のな」
こんな敗北ならば喜んで許容する。
だからヘルメリルは負けを忘れぬよう友の大切にしている840の名を刻んだ。
これほど誇らしいことがあるものか。成り上がりの臆病者がとうとう世に認められたのだから。
するとエリーゼは『……ふふっ』と、耳をくすぐるような声を札越しに聞かせてくる。
「……なにがオカシイ?」
『それくらい大好きなんだ』
っ!? 白く尖った長耳がビクンッと跳ねた。
一瞬息が止まったし、頬と頭がぼうとする。
しかしからかわれたとしても問題はない、とても忙しいから。
どれくらい忙しいかと言えば多事多端にてんてこ舞いなほどである。
「ククッ……そうなのやもしれぬな。兎にも角にももうしばし待機していろ。貴様は奥の手であるということを忘れるな」
『んっ、わかった。メリーも気をつけて。えっと……通信終わり』
ヘルメリルは、エリーゼの他愛もない話を一笑し、夜色の羽で空の移動を開始した。、
というより移動はすでに開始していた。無駄話に花を咲かせていても行動が縛られるほど2流ではない。
向かう先には当然のように闇が添えられている。地上の最前線ではなおも戦火と威勢がぶつかり合う。
そしてヘルメリルは最前線のちょうど真上に位置する空で静止した。
――確かアレは空を制すことを制空権と呼んでいたか? 遠方への攻撃で空にこだわる理由が戦場で学べるとは僥倖よな。
あるていどの敵減らしを終えた、空戦部隊への合流を果たす。
《フライ》の魔法で空を歩く兵たちは、大陸最高峰である彼女を恭しく迎える。
「語らず様おかえりなさいませ! 間もなく飛行型との接敵が予見される状況です!」
そして別の兵たちもどこか安堵の表情を浮かべた。
ヘルメリルは高い鼻をフンと鳴らして大毬の反らす。
親を待ち望みにしていたような孤独な雛鳥たちを順繰りに見やる。
「被害の状況はどうだ? 私が留守にしている間に落とされたものはいるまいな?」
「地上への支援も同時並行しておりましたが空戦部隊への被害はありません! さらには丘上からの援護射撃の準備も整ったとのこと!」
ハキハキ話す良きエーテル兵であった。空戦部隊の長を聖女に任せられただけの度量があるとみえる。
里が同じならば名前くらいは覚えてやれたものだが……、さすがのエルフ国女王とて他種族の名まで記憶していない。
並列に浮遊する空の部隊に、丘上で新兵器を構える数十万の援護兵たち。その下では未だ雌雄を決する押しつ押されつの戦闘が戦火を散らす。
そして遠巻きの空。割れた空の奥からぽつぽつと、赤い斑点が浮かび上がってきている。
『飛行型だよ!! しかも物凄い速さでむかってくる!! 空戦部隊と援護部隊共に構えて!!』
少女だか少年だかもわからぬ悲鳴が札を通ってキンキンに響いた
しかもヘルメリルの鼓膜をつんざかんばかり。声からでも恐怖と緊張が揚々と汲みとれてしまう。
――戦場の指揮が焦りを見せてどうする。伝搬すれば役者の死を生むだけぞ。
今の指揮官は、未だ上に立つものとしての経験が少ないのだ。
新たに加わったLは若く、荒く、まだ青さが拭いきれていない。
「正面きます! なっ――早い?!」
「なんだアレは!? 鳥ですらあのような早さで飛ぶものはそういないぞ!?」
「後方から火を吹いているぞ! やつらは龍の類かもしれない!」
そして応対する敵を目視した空戦部隊は一斉にどよめきたつ。
アレはなんだ、と。聞かれて答えられる者はただ1人だけであろう。まるで黒き漆喰の如き大翼がぼうぼう呻きながら滑空し、むかってくる。
文字通り尻に火が点けながら1つ目の流線型がこちらめがけて複数突進してくるではないか。
どの魔物に例えたとして無意味である。歪すぎた、形容のしようがなく理解に至らない異物であった。
そんな新たな敵の感知によって兵の戦意が削がれつつあるようだ。
「総員手筈通りに敵飛行型の駆除を開始しろ! 1匹たりとも逃せば地上の兵の首が幾百ほど飛ばされるやもしれんぞ!」
心してかかれ! 新米ディアナに対してヘルメリルの指揮は手慣れている。
上に立つものとしての年季が違うのだ。指示を振る舞う動作にも優美さが滲むほど。その采配に焦りも恐れもありはしない。
兵たちもまた冷水でも浴びせられたかのようにして詠唱を開始する。
「ッ――《ハイプロテクト》!」
「ありったけの体内マナを籠めろ! その上あれだけの凄まじい量となっては1枚のみで足りないぞ!」
そして空中に大きく巨大な連鎖型の魔法壁の防衛網が築かれた。
しかもそれらは半透明で厚く、龍の拳であろうと苦戦するほどのマナが籠められている。
するとどうだ。1つ目をした敵飛行型は速度そのままに次々と魔法壁に突っ込んでいく。
「や、やった! 通用している!」
「な、なにが飛行型だ! ただ動きが素早いだけじゃないか!」
兵たちは爆発四散していく飛行型を眺めながら魔法壁を保持しつづけた。
表情にも僅かな恐怖と安らぎが浮かぶ。緊張が安堵に傾き満ちていく。魔法壁による効果のほどは絶大と評価しても良いだろう。
ただ気を緩めて良いものでは決してない。
すると、しばし魔法壁に突撃しつづけた飛行型の群れは弧を描くように旋回を開始した。
1度壁から離れ、再度接触をするような不可解な動きを始める。
「――ッ!!」
その敵の行動が、ヘルメリルへ凶悪な寒気を与えた。
まるで極寒。背を駆け上る雷撃の如き予感。
「即刻壁を張り巡らせろッ!! 《極級隕鉄》!!」
語らずが幾100年ぶりかに語らされる。それほどの恐怖が襲いくる。
ヘルメリルはこのときほど自身の行動を褒め称えたことはない。
現出させた隕鉄の群れが敵の生みだした 子 供 たちを撃ち抜く。すると刹那に兵も彼女もまたすべてを理解するに至る。
ズゴォォン、というそれは閃光と落雷に似た震撼である。
空が震える。耳も、目も、脳が焼かれ、怖じける。
隕鉄と衝突した敵の子たちは、閃光を発し、爆音を周囲に響かせた。
あまりに小さい、そうまるで子供のような攻撃だった。なのに破壊の度合いは桁を間違えていた。
「なんだよ……? いまの……?」
「ヒッ!? し、しらない!? あ、ああ、あんなのしらないィィ!!?」
兵たちは呆然と錯乱に対面した。
未だ目の奥に残る閃光を信じられずにいた。
しかも空戦部隊なかでも薄く壁を張っていただけの兵は、先の閃光に呑まれて数人ほどいなくなっている。
――フ、ザケルナヨ! なんなのだ……その悪食なまでに洗練された殺しの術はッ!
これには歴戦のエルフ国女王ですら冷静でいられなくなる。
歯の根が合わないことを隠すように奥歯で怖じ気を噛み殺した。
――なんなのだ今のは!? なぜ、なぜ私の兵が光に呑まれただけで消滅したのだ!?
消えたのだ。空戦部隊の兵の数人が――ヘルメリルにとっての大切な護るべき者たちが――光と音に呑まれ消滅したのである。
全身をまとう甲冑すらも、肌も、肉も、存在ですら、光がかき消していった。
そうこうしている間にも敵は再び旋回を終えて子供を、しゅおぉぉ、と生みだす。
呆然としていては死のみが待つ。ヘルメリルはヘタレた耳に芯を入れるよう指示を飛ばす。
「離れた場所に壁を作れッ!! 光に触れるなッ!! なるべく自分よりも離れた位置で受け止められさえすれば被害を被ることはないはずだッ!!」
だが、僅かに兵たちの反応が遅れた。
敵の子供たちは目視の限界すら凌駕する速度で襲いくる。
つまり僅かな反応の遅れは間に合わないことを意味していた。
『打て打て打てぇぇ!! 空を敵に渡しちゃダメだ!! 下で戦う兵たちの生命線を握っているのは僕らなんだ!!』
すると後方より紅の杭が飛来し爆発する子供を射抜いていく。
840機構によって強化された矢はそれだけにとどまらない。子たちを貫き、打ちだした親たちも丸ごと蜂の巣にしていった。
地上からの援護がなければ大惨事だった。酷ければ初見で空戦部隊が壊滅していただろう。
ヘルメリルは、ディアナに感謝しつつも、威勢を発す。
「壁を作り体勢を立て直せッ! あくまで我々が制空権を保持することに意味があるッ! 迎撃は840機構を装備した後衛に任せて我々はここで踏ん張りつづけるんだッ!」
終わりなき終焉の到来はなおもつづく。それは悪夢なんて言葉すら生易しいものだった。
こちらは万全のさらに上回る体勢で敵を迎えたはず。そのはずなのに敵はこうもあっさり万全の構えを砕いていく。
圧倒的な技術。それらが戦争にかまけて進歩を遅らせた種族たちを無情にも焼いていくのだ。
「――我々如きの血肉なんぞ貴様らにとってとるに足らぬとでも言うかアア!!?」
これほどの侮辱。これほどの蔑み。
ヘルメリルは今生に生まれ、初めて憎悪の奥を垣間見る。
確実さと正確さの両方を備えた隕鉄の群れが怒りのままに敵を居抜き、落としていく。
まさに獅子奮迅。鬼気迫るようにあちら側の技術とやらを超越した。
「生者を舐め腐るなよッ!! 過程を踏まぬ貴様ら虫けら如きが調子づくなッ!!」
黒き衣の周囲に豪炎の闇が顕現した。
血色の瞳が剥かれる。黒き羽ばたきと長い毛髪が外套の如く舞い踊る。
悪夢を悪夢で塗り替えた。そんなヘルメリルに追随するよう兵たちもまた奮起して恐れを知らず死んでいく。
時間の感覚はとうに消えた。
ここに良きも悪きもない。あるものは死と、それから儚き生のみ。
間断なく割れた空から闇が吐瀉されていく。無数に、無限に、終わりなく。
いつか繰り返されたであろう世界の景色も、もしかしたらこのような光景だったのかもしれない。
そしてあちらの世界には神がいないのだ。
こちらの世界のように温情ある神が存在しない、その証明。
『きたぞ!! あれがオレの世界を滅ぼした最終後継型だ!!』
その札から聞こえてくる友の声と光景が、ヘルメリルの絶望をより1歩先に進める。
狂気に呑まれた視界にそれはいた。闇の奥からまた別の新たな形態が頭をだしていた。
「なん、なのだ……ッ! 貴様らは、いったいなにを求め、現れる……!」
フザケルナアア!! ヘルメリルは破れた衣服をそののままに、身を翻す。
撤退の指示は早い。
あれはもうダメだ。あればかりはもう本当にどうしようもなかったから。
『宙間移民船型に備えろッ!! 後退した後に完全防御体勢を作れッ!!』
「蒼の指示に従え!! 足はこちらのほうが速い!! これは敗走ではなく最大の火力をぶつけるための撤退だッ!!」
イージス決死軍は闘争を止め戦略的逃走を一斉に開始した。
正面に目が5つと、長い身体の左右合わせて目が8つ。
そしてその奥では、巨大で禍々しい赤黒の大目玉が闇に浮かぶ。
ズズズン、ズズズン。
ズズズン、ズズズン。ズズズン、ズズズン。
ズズズン、ズズズン。ズズズン、ズズズン。ズズズン、ズズズン。
このとき種族たちは、はじめて自分たちが滅されようとしている自覚をもった。
敵は命の捕食者であるのだ、と。
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