58話 ならば、愛は優をもって成り立つとする
しれっと。なにくわぬ顔で場を仕切る。
いつの間にやら、その回りには店の女の子たちが黄色い歓声をあげながら群がっていた。やはり、剣聖という存在を認知しているのだろう。
「うふぅんっ。じゃあ、キューティーちゃん。ちょっと辛いかもしれないけど明人ちゃんたちに話してあげて」
正面で男気あふれるオカマが腰をくねらせた。
右にはなにやら機嫌の悪いハーフエルフがいて、左にはすべて任せると言わんばかりの剣聖。針のむしろとはまさにこのこと。
明人は、ミブリーの一挙手一投足がいちいち気色悪いと眉をしかる。しかし、腕にしがみついたままの偽幼女を見ることで、心の安寧を保った。
「じゃあ頼むよ」
「――あ、はいっ! では、お話させていただきます!」
わたわた、と。キューティーは健康的な色をした丸耳を赤く染めて、ことの顛末を語りだす。
その内容たるや。あまりに悲惨で、店内の浮ついた空気を凍りつかせるには充分なものだった。
この幼い見た目の少女は、身体の自由の一切を縛られて、およそ100年もの間ずっとこの店に勤めていたという。
客は、謎の一団だとか。命令されるがままにしか動くことしかできない女性たちは、昼と夜の奉仕を強制されていたらしい。
その証拠にドワーフたちが復興に尽力しているにも関わらず、この店だけは食事をできるほどに形を保っていた。
100年。人間ならば誕生から終焉までをざっくりと表す長い年月。その間ずっと食事はおろか排泄までのすべての行動を定められた決まり事に従うようにコントロールされていたという。自我を失っていたほうが救われただろうに。
「ずっと覚えてて、なのに身体が言うことを聞いてくれなくて……本当に辛かったです」
うつむきがちに話すキューティーの頭を明人は優しく撫でてやった。
緊張からか髪はしっとりとしていて、手でなぞるたびに艶が増した。
「それで、その一団に見覚えや、なにか心当たりは?」
「いえ。というより、どうやっても顔だけが思い出せないんです。それと、お客様としていらっしゃったのはおそらく初めてかと……」
「そう、ですか。つまり、魅了の強力な暗示で記憶に残らないようにしたのかもしれませんね……」
さすがのリリティアも居直り、話を聞く表情は真剣そのもの。
ユエラも、凄惨な想いをした少女を辛そうに見つめている。
やけに肌を擦り付けてくる少女もといたったひとりきりという孤独を知る少女だ。風邪を引いているのではないかと勘違いしてしまうほどに体温が高く、そして柔らかかった。
――だいたいわかってきたぞ……くそったれ。
ここで、あらかじめ明人のたてていた推測が確信へと至る。
なにかを作らされていたというドワーフ。そして、数日前から姿を表さなくなったという謎の一団。導き出される答えはひとつ。
ドワーフたちに証拠を残さぬように命令をした、というリリティアの予想は遠からず。だが、真実ではない。
すべての工程が終了したため破棄したと考えるべきだろう。
「もうオレたちがここにくる少し前に全部終わっているんだ。そいつらの目的もなにもかもが」
「つまり、100年かけてそいつらの目的は達成されたってこと?」
「……そう考えるのが妥当ですね」
発注された製品は、納品された。
まるでライン工の機械の如く働かされていたドワーフをそのままに。
怒涛の感情間欠泉の如く湧き上がってくるのがわかった。小胆な心をプレス機で押しつぶすようなこの現象はユエラ救出の際にも顔を出した激怒に似た感情だ。
歯の根ではなく表面がギリギリと鳴って、無意識に拳が露出する。
そんな明人の異常を見てか、キューティーがこぶりな唇から僅かに声を漏らした。一方、リリティアとユエラはその姿を静かに見守っている。
「あっ……! わたしは大丈夫ですっ! 明人さんに助けていただいて――」
そっ、と。振り払う形にならぬように注意を払ってキューティーを押しのける。
そして眼前には、魅了を吸収して後に真相究明に使用するべく渡された、腕輪を突きつけた。
「助けたのはオレじゃない。こいつはエルフの女王から預かったもんだ」
「ひぅっ」
口調の変化から苛立ちを察したのだろう。
たじろくようにキューティーは明人から距離をとった。
ドワーフ、ハーフエルフ、リリティア。気がつけば、店内の視線はすべてこちらにむけられていた。
思い起こせばすべてはリリティアの意思を汲んだ、恩返し。
ならば、今はどうだろう。明人は目を細めてぐるりと異世界人ひとりひとりの顔を見た。
凛とした表情。心配そうにこちらを見つめる少女たち。よくわからない筋肉だるま。どこか期待を孕んだ彩色異なる2色の瞳。
ゆらりと。明人は立ち上がり、問いかける。
「リリティア。オレの命はそんなに重かったのか?」
「ええ。少なくとも私にとっては今も宝物です」
嘘偽りのない透きとおった金色の瞳だった。
しばらく睨み合うように見つめ合い、やがてどちらともなくため息に似た吐息を漏らして、頬を緩める。
「ははっ、値段をつけるのはそっちだ。しっかり精算はするよ」
「ふふっ、義理堅いところがアナタの素敵なところです」
「1回は1回だからね。リリティアのやりたがっているドワーフたちの借りを返すための手伝いを請け負おうじゃないか」
商談成立だった。
やや詐欺じみた過大請求な気はしないでもないが居候代とするならば、とんとんといったところ。そしてなにより、両隣に座るふたりが望む選択でもある。それも含めれば釣りがこよう。
そうなれば、思い立ったが吉日。ごめんね、と。怯えながらこちらを見上げる幼女の髪をぽんと叩いてから、猫耳をずらさんばかりにわしゃわしゃと撫でくりまわす。
はじめは戸惑い、こちらが怒っていないことを察してかキューティーは目を猫のように細めて受け入れた。
人間による偽りの幼女懐柔の光景を、リリティアとユエラは唇を尖らせてやや不満気に眺める。
「あっ……! そのっ、いい忘れていたことがありました!」
髪をぼさぼさにされ前髪から潤んだ瞳が覗く。
やはり、どうみても年上には見えず。もしこれがすべて演技だとするならば一流の舞台女優になれるだろう。
「その方々……色々な種族が混じっていました!」