560話 【蒼VS.】絶界の檻 ヴィーナス・アンジョーマ 3
『GYAEEEEEEEEEE!?』
槍の突き刺さった箇所から泥のような黒い液体が噴水の如く吹きでた。
ヴィーナスアンジョーマは口から結界を吐くのを止める。代わって奇声混じりに絶叫をする。
『EEEEEEEEE!? YAAAAAA!?』
己の体液と聖水の入り混じったを混合液を踏み荒らした。
ヌメッとした光沢が目立つ表面。遠間から見た際は珊瑚のようだったが天然石で凹凸に枝分かれした形状をしていた。
とても痛覚が備わっているようには思えない。あるいは体内に異物が入ったことを本能的に拒絶しているのか。どちらにせよ炸裂槍は見事に敵の装甲を打ち崩した。
ロマン砲は、天使からの評価も非常に高い。
「お、押しつけてから打ち込んだです!? なんつー無茶苦茶な発想をしやがるです!?」
タストニアは仮面へ齧りつくように前のめりになって目を見開いている。
殴る撃つの炸裂槍だ。機構の力をふんだんに用いてゼロ距離から高速射出をキメる。
しかし敵の強固な外殻すら貫く力の元は、非常に安易な仕組みである。
「硬いものを突き通すときは後ろからハンマーで叩くのが基本だ。鉄杭に衝撃を与えて装甲を撃ち抜く。こう言うとなかなかに原始的な仕組みじゃないか」
「げ、原始的、です? そ、それにしたって……こんな……それ、いったいどういう屁理屈です?」
タストニアは口を鯉のようにまぐまぐさせた。
前髪を振って画面と明人を素早く交互に目を配ったりと、忙しい。
明人が懇切丁寧に説明しても、現実を受け入れづらいのか。納得のいかぬ感じ。
しかしこれでは浅い。貫くまではいったが、貫き通すまで至っていない。2射目の準備に入る。
「最低限でも効くことがわかったんならこっちのもんだ! もう1発いくぞ!」
右の杭を高速で格納し、今度は左の杭を振りかぶった。
ヴィーナスアンジョーマの穴が空いた箇所から血止めが抜けてどぷりと体液が漏れでる。
と、殴ろうとした瞬間。ワーカーの液晶に歪な巨体が猛烈な勢いで迫ってくる。
『――OHMAEEEEEEEEEEEEEEE!!』
ズンッ、という衝撃が操縦席にまでビリビリ伝わってくる。
左の拳を振りかざしたワーカーが押し戻される。ガリガリと4脚で床部分を削って後退させられてしまう。
「ぐっ――頭突きだとッ!?」
明人は即座にギアレバーを1速へ入れ直し、敵との距離を詰め直す。
アームリンカーから手が離された。ワーカーの振りかざした拳が力なく初期位置へと下ろされる。
懲りずに接近する。しかし敵もようやくこちらを驚異と認めたらしい。
『OHMAAAAAAAAAA! OHMAAAAAAAAAAAA!』
ヴィーナスアンジョーマは奇声を上げながらズン、ズンと2足で身を翻す。
そのまま膝の曲がらぬ不思議な走りで逃げていってしまう。
「あーくそ……手がないからって油断した。ところでなんで知能すらないやつが逃げるんだい?」
「ありゃあアイツの本能です。地べたを這うアリンコだって危なくなったら走んのと同じことすってす」
明人もアクセルワークを駆使して逃げる巨体の後を追う。
満足のいく結果でなくとも効くとわかればこちらのもの。当てれば倒せるということがわかった。
しかも先ほどの槍は最低保障の武器である。まだ使っていない機構がまだ残されているということ。このオーバーマテリアルワーカーの真の実力はこんなものではない。
『OHMA! OHMA! EEEEEEEEEEEEEEE!』
なんとも軽やかなステップでヴィーナスアンジョーマは逃げていく。
闘争ではなく逃走。迷いのない判断力と切り替えの早さたるやだ。感情がない、脳がない、と言われても頷けてしまう。
ズズズン、ズズズン。ワーカーもエンジンを唸らせ後を追う。4つ脚の生みだす揺れが操縦席越しに操縦者の尻を叩く。
どうにも敵のほうが速度に長けているらしい。まさに死物狂いといった逃げ足である。ワーカーが最高速度に達しても一向に距離が縮まるどころか開いていってしまう。
タストニアは、膝上に乗せた男性より僅かに幅の広い尻をもじもじと左右に揺する。
「どーすんです? このままじゃ一生おいつけねーです」
人の上で振動は幾分か和らいでいるはずだが、座り心地は悪いようだ。
若干だが顔色もあまり良くはない。状況が状況で緊迫感があるということもあるだろう。それと、ワーカーほど酔い易い乗り物は、そう多くない。
「うーん……しょうがないな……」
明人はしばし逃げる敵を画面越しに睨んだ。
ヴィーナスアンジョーマはまさに脱兎の如くである。振り返ろうともせず、悲鳴と黒い泥を零し零し駆けずり回っていた。
しかも広い混淆の祠を縦横無尽に走られ、捕まえるのは容易ではない。
「ならアレを使ってみるか」
指を弾く乾いた音色が駆動の音に混ざって操縦室に響いた。
明人は、タストニアの白い生肩をぽんと叩く。
「あんです?」
「山脈。画面の上についてる赤いボタンが見えるでしょ?」
するとタストニアはつつ、と青い瞳を5枚モニターの上へ上へ滑らした。
その先には正方形のプラスチックがある。なかには|危険(DANGER)と書かれたボタンが配置されている。
「んー……あれのこと言ってやがるです? 文字の翻訳が終わってねーらしく読めねえんですが……あー、なんて書いてあるです?」
「そのへんはまあ気にしない方向で。景気よくグッと押してくれるだけでいいからさ」
明人が眼前で親指を立てると、タストニアは瞬きながらしばし小首をかしげる。
それからスカートを揺らめかせながら腰をすらりともちあげた。
「フムフム。しゃーなしです。天使をこき使うとは罰当たり、でも興味があるからやったるです」
なんだかんだとケチをつけながらも、やはりワーカーにご執心らしい。
その直後。ジャブほどの左ストレートが透明なプラスチック粉砕した。衝撃で赤の凸が凹へ切り替わる。
見た目の小柄さに似合わぬパワー解決だった。タストニアはしてやったりの笑顔で明人の膝に尻を落とし直すのだった。
「おいこら殴んな。なんのためにオレが親指立てたと思ってるんだ」
「どっちにしろやるこた一緒です。で、なにがどう変わったってんで……はぁ?」
そしてもう1度。今度は画面を中止しながらタストニアが「はぁぁ?」と、繰り返した。
操縦席に揺れはない。快適そのものである。代わりに轟々、ザブザブという環境音がスピーカー越しに鼓膜を揺らす。
タストニアは興奮気味に目を輝かせる。
「飛んでんです! デカブツが微妙にちょっとだけ浮いてんです!」
ワーカーが飛ぶ。4つ脚が地上から1メートルほど離れて浮遊しているのだ。
歩行脚部内側の蓋が開きなかから補助ブースターが顔をだしている。そこから蒼いバーナー状の炎を噴出し、若干浮いて進んでいた。
明人は成功を確信してニタリと企みのある微笑を深める。
「さっき押してもらったのは可変式脚部高速推進モードへの切り替えスイッチだよ。これぞオーバーマテリアルワーカーのホバー形態だ」
「す、すげぇです! こんなデカイ重いもんが浮くなんて信じらんねーです!」
夢叶うならば遠慮はいらぬ。だからぜんぶ乗せたのだ。やりたいこと、欲するもの、すべてを我儘に。
さらに先ほどタストニアにスイッチを押させたのにも意味はある。なにもスカート越しの天使の尻を至近距離で見たかったわけではない。
明人は、スイッチを押すのを確認するのと同時に、とあるモノを敵の背へ射出していた。
「せ、聖水の上をこの丸っちいデカブツが滑ってんです!? さっきまでとは比べ物になんねー早さで敵に迫っていくです!? しかもこれは――蒼い糸で敵に繋がってんです!?」
どうやらタストニアも画面に映るソレに気づいたようだ。
そう、打ち込んだのはワーカーの両端部から射出される2本のワイヤーである。
ワイヤーは、ヴィーナスアンジョーマの枝分かれしたような表面にピッタリとくっついいている。これによってピンと張ったワイヤーがホバーしたワーカーを引く仕組みになっていた。
「ふっふっふっ……これぞ敵の力と早さを臆面もなく利用した水上スキー。追いかけっ子は楽しい楽しいアクティビティに早変わりっていう寸法さァ」
「考えることがマジゲスのソレです! あとその邪悪と狡猾さをまぜこぜにした顔をイマスグやめろです!」
駒鳥のようにぴぃぴぃ鳴く喚くの天使なんて無視だ。
明人がワイヤーの巻とりスイッチをちょいと押してやれば、ワーカーの速度はぐんぐん上がっていく。
必死になって逃げるヴィーナスアンジョーマの背は、もうすぐそこ。あっという間に画面からはみでるほどの距離まで詰め切ってしまう。
のっぺりとした丸い兵器が蒼い眼光5つを迸らせて急速に迫りゆく。
『OHMAAAAAAAAA!? OGYAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
逃げども逃げども振り切れるはずがない。もうワーカーと繋がってしまっているのだから逃げられる道理がないのである。
泣いて喚いてもすでに踊らされているのだ。思考というプロセスが存在さえしていれば気づくことなぞ造作もなかったはず。
「さあこれでいよいよ仕上げだ! 準備はいいな!」
明人は、どこぞへ語りかけた。返事を待たず、とりかかることにする。
アームリンカーに追加されたもう1つの機構を手早く起動させる。そしてソレこそが今作戦のメイン兵器である。
ワーカー腕部のシリンダーが横にスライドした。ガチャンと次の兵器へ切り替わる。
「しっかり食らっていけよ! なにせこれはオマエの口に入れるもんなんだからな!」
明人は画面越しに狙いを定めた。
アームリンカーを握る手に力が籠もる。狙いは、穢らわしい不快な音を奏でつづけている口である。
そしてタイミングと角度を蒼の瞳が測る。機体が波打つ船上の如く揺れ動いても操縦士と兵器の動きに迷いはない。
構想したのは、龍だ。この大陸で最強と名高い生物の力を、ワーカーへと注ぎ込んだのだ。
だからこそ小さきものを怯ませるために吠える。どれほど硬度のある岩だろうが貫く。そして空の覇者の名を借りて飛ぶ。
「《龍爪効果ォォ》!!」
それが人の見た新しい世界である。
このオーバーマテリアルワーカーこそがルスラウス大陸という土壌で培った最強のカタチだった。
敵の正面へ回り込んだワーカーは、ガナリ上げてエンジンを唸らせる。
『GIッ――OEEE!?』
新兵装がヴィーナスアンジョーマを捕らえた。
可変したL字の両腕で上顎と下顎を逆側にこじ開けていく。
『EHOOOOOOOOOE!? OOOOOOO!?』
どれだけ敵が顎を閉じようとしてもすでに支えが完成していた。間の抜けた母音のみを発すことしか許されない。
醜い両足で地たたらを踏んでもワーカーの重みで碌に前へ進めていない。ホバー状態で上から重さを押しつけるようにして敵の行動まで制限させた。
「唸れワーカー! オマエにはオレの夢を託した! もっと道をこじ開けてやれ!」
アームリンカーを握る手に汗が滲み熱が籠もる。
溶け込む蒼と蒼。明人の叫びに応じるよう、鉄の塊が腹の底から唸りを上げて呼応した。
爆発の連鎖によってエンジンピストンが押され力に還元していく。アクセルをニュートラルで吹かすたびグォォ、グォォと男泣きをし、鉄の両腕が軋みあげる。
『EEEEHOOOOO!? OAAAAAAAA!?』
ヴィーナスアンジョーマは絶叫しながらそれを拒む。
あれだけ大口を開いてもくもくと黒煙を吹いていたとは思えぬほどの嫌がりかただった。
「ここがオマエにとってのウィークポイントなんだろう! だからオレの放ったミサイルが当たる瞬間口を閉じて防御したんだよなあ!」
明人とワーカーも譲らない。まとう蒼の光を瞬かせながら貝を口を開くようにして少しずつこじ開けていく。
凶悪タッグに目をつけられたのが運の尽きというやつだ。操縦士は執念深く、兵器はなによりも凶暴で勇ましい。
幾何学模様の端を切りとったような口がじわじわと開いていく。奥には光沢のある黒真珠の如き巨大な球体が存在していた。
「道は開いてやったぞ! 頼んだ戦友!」
明人がマイクにむかって呼びかけた。
すると左肩の辺りからとん、と鉄を蹴るような音がスピーカーを通して僅かに聞こえてくる。
「お任せあれ。英雄」
紋章の描かれたマントをたなびかせたレィガリアが、画面向こうで敵の口腔内に侵入していった。
『OEEEEEE!? iiiiiiiiiiiiii!?』
「まあまあそうやって騒ぐなよ。もう少しここで大口開きながらゆっくりしてろって。誰かを乗せるのも悪くないってうちの兵器も言ってるぞ」
『AAAAAAA!? OHEEEEEEE!?』
ここからが根比べである。
神聖マナで創造されたワーカーが消えるのが先か、レィガリアが巫女を連れて脱するのが先か。
これが賭けである。神具の奥がどうなっているのかなんてことの情報はなかったのだ。果たして彼はヴィーナスアンジョーマのなかから冥府の巫女を連れ戻せるのか。
「あの奥から冥府の巫女を攫ってレィガリアは帰ってくると思うかい?」
額にじっとりと汗を浮かべた明人は、膝上で大人しくしているタストニアへ問う。
戦いに息を飲んでいるというよりは、案じているように見える。相変わらず表情は笑っているのに伝わってくる。
「あくまで可能性の話ですが……」
「可能性でもいい。こっちは天使様のご信託をいただきたくてたまらないんだ。道を示して欲しい」
「……あのなかも(留置式制約結界)の影響をモロに受けてるかもしんねーです。冥府の巫女がでてこねーのもそれが起因していると考られるです」
タストニアは自信なさげな声で粛々と語った。
細首から吊り下げるようなワンピースの胸布をきゅっ、と握りしめている。
傷はないが肩の近くの布には未だに血が滲んで染みを作っている。
「でもあの団長さんは結界のなかでも自力で動けるだけの実力を備えていたです。そんで治癒魔法をかけてくれたです。だから……なかで動けなくなるよりも早く巫女を見つけることさえできれば、可能です」
希望的観測というやつだろう。天使のタストニアでさえ縋るようにして画面をじっと見つめていた。
不安と暗雲渦巻くなか。明人はニヤリと苦し紛れな笑みを浮かべる。
重く押してくるアームリンカーを押し返し、「それさえわかれば上等だ」より力を籠めて友の出口を確保しておく。
そうやっている相手にもプリズマビーストたちは続々と召喚されていった。足を止めて同じ場所にいるため、ワーカーの周囲は7色の獣にとり囲まれてしまっている。
「……まじぃです。さすがにこの丸い巨体でも数に押されりゃガリガリに神聖マナを削られるです。こんなんひとたまりもねーです……」
タストニアがぷるりと身を震わせた。
見れば頬だけではなく背中にもじっとりと玉の汗を浮かべている。本格的にヤバいと察したのだろう。
すでにMLRSも弾切れだった。両腕のガトリングも今は使えない。
魔法で呼びだした重機なのだから、だそうと思えばだせる。しかしここで神聖マナを使い切ることこそ下策である。
オーバーマテリアルワーカーの存在が消滅してしまえばレィガリアは檻に閉じ込められてしまう。明人とタストニアは獣に食い散らかされることだろう。すべてが終わってしまう。
「さあそろそろ締めといこうか。グラーグンと踊り明かした夜明けのつづきを楽しもう」
明人は、汗の香るタストニアの肩越しに、前へ屈んでマイクへ語りかけた。
もうひとりいる。もうひとりほどあの夜をともに踊り明かした戦友がいる。
そしてレーダーに反応があった。水平線の向こう側から蠢く影が無数やってくる。助太刀が百鬼夜行とばかりに登場する。
『そのお誘いお受けしますよ。今度は最後の最後までお付き合いしますから』
『ミリミもね、がんばっちゃうんだから。《カモンマイサーヴァント》』
見ただけで薫る腐臭の数々。
スケルトン、グールなどを始めとした大群である。錆鉄の鎧、紅の襤褸、目の飛びでた獣の群れ。とにかく腐臭と腐肉の大行進がこちらへむかってきていた。
そのなかでも異彩を放つのは、やはりアレ、である。
ズン、ズン、ズズズズ。
ズン、ズン、ズズズズ。
まるで大地を泳ぐように両腕で巨躯を引いてヤツがくる。
『 V O O O O O O O O O O ! ! ! 』
尋常ではない音圧によって聖水が一瞬だけ周囲から霧散した。
ハリムは隠し玉を容易すると言っていた。それも秘策中の秘策だとか。
「ま……まじです? だってあれ……あ、あ、あれ……」
「う、うーん……オレもちょっと予想外でビビってるからノーコメントで……」
タストニアは冷や汗とわかるものを痙攣する口角の端に滴らせる。
明人もまた血の気の失せた白い顔でそちらを呆然と眺めた。
呼んでいいものと駄目なものの2種類が存在したとする。ならばアレはきっと後者――駄目なものであろう。
その龍骨の鼻先に乗った兄妹はあまりに小さい。なにやらこちらへ手を振っているということだけはわかった。
『いやあ、詠唱の時間稼ぎご苦労さまでした! 明人さんたちが倒したあれよりちょっと小さいんですけど、我慢してください!』
『ううん。やっぱりオリジナルにはほど遠いかも? 骨の欠片くらいじゃやっぱり完璧には作りきれないかなぁ?』
指向性マイクがハリムとミリミ声を拾う。
その存在は、あの明人含めLクラスが総出してやっとの代物である。大陸種族複合のイージス軍が一丸となってようやく討伐したスカラヘッジドラグコアが、再臨していた。
その活躍のほどは語るに及ばず。
『 V O O O O O O O O O O O O O ! ! ! 』
振り上げた山裾の如き龍の手がビタンと叩くと、プリズマビーストの群れが粉微塵になっていった。
それ以外の腐肉死肉の活躍も非常に目覚ましい。なのだが、スカラヘッジドラグコアがすべての活躍を掻っ攫ってしまう。
歩いてきた道が、未来を開いていく。
「……すべてを救え、か。エルエルがオレになにを伝えたかったのかようやくわかってきた気がするよ……」
明人は魂を抜かれたようになっていた。
それでもアームリンカーからは決して手は離さない。
膝上のタストニアがこてん、と濡れた背を明人へ預ける。
「救ったものが、足跡が、未来に道を作る剣となるです。それを天界は望み、種に期待し、見守っているです」
上を仰ぎ、大輪のような笑顔を顔に貼りつけた。
「アンタさんらはときに愚かな行動をとるです。でも愚かな行動の先に光を見つけようと足掻く連中も少なからずいるです。そんなヤツらなら天界は間違っても断罪を命じたりしないです」
それはタストニアとしてではなく、断罪の天使としての言葉なのだろう。
そしておもむろに膝上で立ち上がる。と、両腕の塞がった明人の黒い頭を薄い胸の内側に閉じ込める。
「だからすべてを救ってほしいです。こっちじゃ手に負えない事象も、アンタさんらならばきっと乗り越えられるです。なんせアンタさんら大陸種族は、創造主フィクスガンド・ジアーム・ルスラウスの希望なんですから」
白く艶のある手が黒い髪を梳くくらい優しく撫でる。
あながち天使というのは間違っていないのかもしれない。そうされているとこんな状況なのに母の胸に抱かれるような安心感が芽生える。
タストニアが、すっ、と離れ柔らかな笑みと見つめ合う。明人は僅かに頬に熱を感じて目を逸らす。
「なんか……汗臭かったよ」
ちょっとした照れ隠しだった。
タストニアはしばし目を閉じ、刮目する。
「ほお? なら嫌がらせでもっとやってやろうかです? それと乙女心に亀裂が入ったんで1発ビンタさせてもらうです、オッケーです?」
「ごめんうそうそ。春の花のように甘くていい香りがした」
「うっ! そ、それはそれで……正面切って言われると少し照れんです……」
紳士と天使の間で鉄と油と甘酸っぱい香りが充満した。
とにかく血路は開いた。ハリムとミリミが外でプリズマビーストたちの気を引いてくれているおかげで安全も確保されている。
あとは月下を名乗る騎士が颯爽と囚われの姫を捕まえて脱出するのみとなった。
『ふっ――』
しかしそれも間もなくだ。
鱗鎧の光をまぶしながら黒い球体から飛びだす影が1つほど。
少女を姫のように抱えた騎士レィガリアが聖水のなかへ着水した。
『お待たせしてしまいましたかな? これでも早馬の如く、生涯でもっとも早急に案件を消化したと自負しておりますがね?』
なんともクールな男である。
黒い瘴気をまとい、肩で息をしながらも決して弱音を吐こうとはしない。
ただ明人は歓声を堪えながら「おかえり」すると「無事帰還を果たしました」丁寧な帰還報告が返ってくる。
「で、助けたは良いもののどうやってかたすです。こっちの神聖マナは9割くらい翻る道理に注いでんです。だから……《不退転の判決》は店じまいです」
そう言ってタストニアは足元に立てかけてある弓のこを拾い上げた。
細かいギザギザの刃がついた西洋式弓のこである。和式と異なる点は握りの形。和式は押して切る、洋式は引いて斬る。
江戸中期まで鉄を斬るのにヤスリを使用していたため、その名残だ。つまり天界はどちらかといえば洋式に偏っているのだろう。たぶん、おそらく。
「自分で言うのもなんですが大艦巨砲主義なんです。細かい技とかもってねーんです。マナがねーとさすがにもう力になってやれねーです」
タストニアが悪びれているとは思えぬ笑顔でやれやれと肩をすくませる。
すると明人は「ほう?」感心したように喉を鳴らす。
「大艦巨砲主義ね。なら良いものを見せてあげよう。きっと天使のタストニアも気に入ってくれるんじゃないかな」
「まーた悪い顔しやがんです……。次はいったいなにしでかそうとしてやがんです……」
首をぐるんと横に傾げるタストニアの後ろでは、すでに準備が始まっている。
明人は、タストニアに片側のアームリンカーを支えるよう指示をだし、開いた片手でコンソールを叩く。
そして黒い指紋認証センサーのフィルムに指を押しつける。
「認識コード840、舟生明人」
『確認。おはようございます。操縦士』
「オーバーマテルアルワーカーへ指示、ホバーモード解除――本気だせ」
抑揚のない電子合成音のアナウンスが静かに、それでいて機械的に『了解しました』と告げた。
認証を済ませ、安全装置を解除する。
なんてことはない。ただ変形するだけだ。くぉぉんという電子制御の音が足元、ワーカーのちょうど腹部辺りから響いてくる。
徐々に、徐々に、姿を現す。画面下部からにょっきりとだ。
生え伸びていく。太くて硬くて黒光りするとても長い男らしい一品がにょき、にょきと。
そして砲のロックが終わったことをシステムが画面上へ表示して通達してくる。
「な、なんです? これ?」
天使の疑問ももっとももだろう。
おそらく現在のワーカーを外から見たら図太いものが下腹部分に生えている。
威風堂々とした佇まいに男らしさ、というより象徴のようなものが1本、追加されているはずだ。
明人は質問に答えず。タストニアのブロンド色の小さな頭に手を置く。
「口を開いて、耳を塞いで、腹にギュッと力を入れて」
「は、へ? ど、どういうこってす?」
タストニアは言われるがまま耳を塞いで口をあー、と大きく開いた。
どうやらちゃんと腹にも力を入れているらしい。背中が微かに弓なりに曲がっている。
きちんと耐爆体制をとらせたことを確認した明人は、画面向こうを眺めた。
時の牢獄ヴィーナスアンジョーマはなおも暴れつづけている。
『OEEEEEEEEEEEEEEEE! OE、OE! AAAAAAAAAAA!!』
諦めようという考えにすら至らないらしい。
ガチガチと口を開いては噛む。ワーカーの鉄腕を噛み潰そうと歯の部分を摩耗させながら顎に力を加えている。
あれだけ人を無視していたというのに、今やこんなに近い。頭突きはするし、尻尾を巻いて逃げるし、抗っている。
明人は、スイッチへと蒼い指輪のハメられた手を伸ばしていく。
「ようやくこっちをむいてくれたよな」
そして人差し指を立て、ドクロマークの描かれたボタンに、優しく添えた。
「ありがとう」
直後、カメラからあふれるほどの巨体が刹那の間に消えた。
正しくはぶっ飛んで爆砕した、だ。
五臓六腑を軒並み裏返すような衝撃が心地よい。しばらく世界が遠くなった耳も逆に静かでちょうど良い。
そして最後に明人が願ったのは、龍すら討伐せしめる最強の兵器だったのだ。
ワーカー式自走臼砲は――60mmではない――60cmの砲である。
超大口径の臼砲を搭載した砲の元は、カール自走臼砲。地球で過去、要塞を崩すために作られ使用された実戦兵器だ。
殺すのではない、跡形もなく崩す攻城兵器。それを、こんなに近い距離で受けたのであれば、それはもう――こうなる。
「……は……は、はわ……わわわ……」
タストニアはしばらく動けそうにない。
両手で耳を塞いだまま目を丸く、翼なんて両側にピンと伸び切ってしまっている。
こんなに愛らしい少女が怯えて固まってしまうなんて、非道いやつもいたものだ。
明人は軽く伸びをしてから上部ハッチを開いて、外へひょっこり顔を覗かせる。
「おーい、こっち終わったぞー」
すると外はもう言葉に出来ないほどだった。
あれだけ美しかった混淆の祠は、すっかり凄惨とした現場に早変わりである。
そこいらじゅうに7色のガラス片が散りばめられ、なかには腐肉の肉片やらなにやらのごった煮が転がされていた。
それになによりひとりの少女が正気ではない。レィガリアやハリム、ミリミも、全員が必死になって宥めにかかっている。
「落ち着いてください! 私はエーテル国から馳せ参じました月下騎士団長レイガリア・アル・ティールと申すものです! 此度は――」
「ガアアアアア!! あンの肉●●●ガアアア!! ●●●●●●●!! クソ●ッ●!!」
どうやら囚われの姫は長く深い眠りから目覚めたらしい。
しかも寝起きはかなり気が立つタイプのようだ。R指定だけでなく倫理的にも非常によろしくない叫びがあちら側を騒がせていた。
「殺す殺す殺す殺す殺すッ!! ぜってぇ許さねぇぞあの肉穴がよォ!! ぶっ殺したあと汚ぇ目ン玉引っこ抜いて腐るまで棺の上に飾ってヤるッ!!」
そしてレティレシア・E・ヴァラム・ルツィル・オルケイオスは、蝙蝠の如き羽を広げて飛び去ってしまう。
勝利を称え合う暇すらない。
全員は急ぎ、棺の間へつづく黒い扉の方角へとむかう彼女の後を追った。
「また乗せてくれてありがとうな。本当のオレの夢は……元気なオマエにもう1度でもいいから乗ることだったんだぞ」
ありがとう、ワーカー。左薬指の指輪の光が消えかけている。神聖マナが尽きようとしている。
それはまるでこの愛機との幸せな夢の時間が終わろうとしているみたいで……
もう少しの間だけこの揺り籠に揺られながら、明人は別れを惜しんだ。
もう愛機の姿は戻らない。
そう、理解していながら。
心のどこかでしこりが残っているのだから。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
マテリアルワーカー装備一覧表
・可変式アーム
・L字型こじ開けバールのようなもの
・望むのは空すら刻む龍の鋭爪
・パイルバンカー
・望むのは世界中の剣より硬い龍の鋭牙
・アヴェンジャー(A-10より)
・望むのは森羅万象を灰燼となす龍の猛炎
・マルチロックミサイル
・手動ロックなのはロマン
・可変式脚部ホバー(NEW!
・ホバーブースト
・マニュアル操作なのはロマン
・チェンジボディから
・変形する理由はロマン
ワーカー式自走臼砲(NEW!
・600mm
・8.45口径




