553話 そして時の迷宮にて再び出会う、兄と兄
「ハハッ、おいこら! ハリムオマエ死ねよなんで生きてるんだよ!」
「あはは、そちらもおかわりないようでなによりです!」
明人とハリムはどちらともなく固く繋いだ。
互いに両手を使って熱い抱擁のような握手を結ぶ。今にも男同士で本当の抱擁でも始めてしまいそうな浮かれぶりである。
「その言葉まんま返すぞ! まったく生きてるときも迷惑だったのに死んでからも迷惑かけるんだな!」
「いやあ、この感じ凄く懐かしいですう! 明人さんは相変わらずゾンビの僕に対して恐ろしいくらい辛辣なんですね!」
今生の別れを終え、まさかの再会だった。
滅亡せし救済の導の目的は大陸の混乱と混沌。種として与えられた魂を創造主に返還することにある。一員として動けば死後に救いが約束されているのだとか。
優秀かつ荒くれた魂。天に捧ぐほどではないにしろ消滅させるには惜しい。そんな無頼たちはこうして冥府の巫女によって天へ至らず冥に回収される。
どうやらハリムの魂も例外ではなく、また救済の導として扱われたようだ。己の終焉を望んだゾンビは霊魂となりて再び明人の前に現れたのだった。
「その説は本当になんと感謝すれば良いものか! とにかくどうもありがとうございました! 翻る道理の力で無事妹ともども死ねずの身体から抜け出すことが出来ました!」
なお明人には一切意味不明な事態ではある。
だが、戦友が生きていたのだ。そんなのはもはやどうでもいい些細なことなのだ。
目のフチに浮いた涙を隠そうともせず。心の底からハリムの生還を手放しで喜ぶ。
「なんだよなんだよ! 生きてるなら生きてるって言ってくれっての! そうすればクロトもオレも盛大に祝ってやったのに!」
「そうしたかったのは山々なんです! でも僕らは主様のマナを借りて現界しているので普段は棺で眠っているんですよ!」
「ハハッ、なんだそれ! わけわかんないことばっかりいいやがって!」
ハリムは、声も見た目も、ともに聖都で戦ったあのころのままだった。
エーテル国に貢がれた神より賜りし宝物――拡散する覇道の意思との苛烈な一夜を踊り明かした記憶は未だ白ばむことはない。鮮烈かつ鮮明に明人の脳裏へ刻まれている。
ただ変わったことと言えばハリムの瞳の色が若干ほど血色をしていることくらい。死してなお外敵を作らぬ人の良さそうな形振りは健在だった。
「おふたりさん酷かもしれねーですが感動の再会はそのへんにしてもらうです。あのなかに冥府の巫女がいるってなると話が180度くらいアッツアツに変わっちまってるんです」
せっかくなのだから語りたいことはままあれど、だ。
タストニアの怒っているんだか笑っているんだか良くわからない顔をむけられ、1人とゾンビは再会の喜びを鞘へとおさめた。
その間レィガリアは凛とした佇まいで沈黙しながら敵の様子を伺っている。
「あれを破壊せず、さらにはなかの巫女様を傷つけずに救出する……ということですか」
これには騎士団長とて「……フゥム」深めの掘りをさらに深く、そして重く受け止めざるを得ないのだろう。
夕焼け色の環境光が鱗鎧の小札に反射してキラキラと輝く。黒煙は日を妨げ夕日色を作りだす。
タストニアの1撃が刺さっていれば収束していたのかもしれないが増えていくいっぽうである。石炭で動く鉄の馬以上に美しい環境を汚染しきっていた。
歪な身体を時折軋ませながら結界の素を吐きつづける。
『OHMAAAA!! OHMAAAEEEEE!!』
荒々しい呻きとともに上空へ広げた口のような割れ目からもうもうと、とめどない。
牢獄の体格はちょうどどこぞの重機とどっこいといったところ。生身で破壊するには大きすぎる。ワーカーと比べて冒涜的な見た目で棘だった球状のため攻めかたも一考すべきだろう。
鋭く絞った銀の瞳が己の剣鞘のほうをちらりとむく。
「非常に難儀ですね。根の絡むような形態の歪さも攻めづらく、硬度もかなり高いと見受けられます。剣の刃が通じるかすら自信がもてません」
レィガリアは柄を叩いて剣が使えぬと懸念した。
刀剣は人あるいは人サイズの者を相手にするために打たれている。あのように巨大な相手ともなれば少々荷が勝ちすぎて当然と言えよう。
「策を講じましょう。とはいえ術があるかは別の話ではありますが、ね」
レィガリアは真顔のままタストニアに伺い立てるよう片目を閉じる。
「こればっかりはしょうがねーです。神具だけならまだしも大陸の民が混じってちゃ振れるもんも振れねーです」
するとタストニアもやれやれと弓のこ片手に細身の肩をすくます。
ということで卓も椅子もない車座になっての緊急作戦会議の発足である。
招集された面々は、人、騎士、ゾンビ、天使。なんとも彩り豊かで偏りのないパーティだ。
それぞれの知恵を絞れば1つくらい血路を開くことが出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。可能性にかけるしかない。
「なあ、ハリム。本当にあのなかで冥府の巫女って生きてるのかい? やるだけやって仏さんになってたら苦労の甲斐がなくなるぞ?」
まず火口を投げたのは明人だった。
生死が確認できないのであれば助ける以前の問題である。日本人的な遠回し的角の立たない質問。だが本音は、とり越し苦労は勘弁願いたいということ。
「僕らは主様と目に見えないマナの絆で繋がってるんです。なので精神状態はともかくまだ彼女は生きていると確信をもって言えます」
ハリムは一切の動揺を見せず、あたかも見てきたかのように生存していると、はっきり自信満々に言う。
どうやらふざけて言っているわけではないようだ。
「なるほど、それが噂に聞く吸血系の魔法ですか。巫女によって回収された魂は彼女の血と繋がりをもつということですね」
レィガリアは興味深そうに首を揺らしながらハリムにそう問う。
「その通りです。救世主たちは彼女によって血を与えられた霊魂体の総称です。なので彼女に依存しマナを与えてもらえなければ僕らはすぐにでも現世から立ち退くことになってしまいます」
「フム。ハリム様の語りは大陸に伝わる冥府の巫女の情報と合致します。生存しているという信憑性は十二分にありましょう」
信頼に足る証拠まで揃った。
つまり1番大切な冥府の巫女は時の牢獄のなかで生存しているという確証はとれた。
これには明人も「そりゃなによりだ」遠い目で遠くを見るしかない。
「救助への異論なし。ならばここからはそれぞれが思いつく策を提示して精査する他なさそうですね」
そこからレイガリアが主導役となって意見の交換が行われる。
不死のハリムを飛び込ませたところで肉塊が1つ増えるだけ。引きずりだすにしてもやはりというか方法はない。八方塞がりだった。
あーでもないこーでもない、とやっていても時間だけが過ぎていくだけ。有効な手立てが一向に定まらずに重苦しい空気に包まれていく。
「ならタストニアがギリギリの辺りを切断するっていうのはどうだい? さっきのかっこいい技でさ?」
しかもでてくるのは、この通り。策と言うには少々疎かさが否めない。
なにせ敵の情報が皆無に等しい。そこにいるのに手の届かない雲を掴むような状態である。時間が追いかけてくるぶん熟考も難しいのだ。
「それはやっぱり危険だと思うんです。あの生命体のなかがどうなっているのかすら検討もつきませんから」
「そのうえこちとら本調子じゃねーです。自分で言うのもなんですが、 《不退転の判決》はかなり大雑把な技です。好調ならまだしも右手が不調じゃ狙い澄ますなんて至難です」
明人が捻りだした提案は、ハリムとタストニアによって却下されてしまう。
それからも粗雑な提案が幾つかでたが、どれも決定的とは程遠い。
なにより焦が思考を曇らせる。口数より踵で水を叩く回数のほうが増えていく。
「ところでハリム様は巫女の救出に動かず時の牢獄をずっと眺めていたのですか?」
「僕も主様奪還のために動いてはみたんですけど……。相手が固くしかも大きいのでまったく……歯が立ちませんでした」
「お気になさらず。多少の取っ掛かりでも得られればと問いかけただけです。ハリム様をお責めするようなつもりは毛頭ございません」
レィガリアに問われたハリムは申し訳が立たぬと言った様子で頬を掻く。
それはそうだろう。なにしろハリムはルスラウス大陸でも下位と呼ばれるヒュームなのだ。実力は魔法が使えるぶん人より少しばかり優れているだけ、それほど変わらない。
しばし面々は口を閉ざす。車座会議は平行線を辿る。
のんびりは出来ない。だが、こちらを有利に動かせば時の女神へ痛打を与えられるかもしれないという希望もあった。
そしてあるていど意見をだし尽くしたところで、レィガリアがおもむろに膝を打つ。ガチャリ、という感じで重々しい鎧ごと立膝に手を添えて立ち上がる。
「ならば1度突貫してみるべきでしょう。どうやら敵は使命に駆られる身の上。斥候に赴いてから再度計画を練るのも戦場の理というものです」
勇気ある決断が下された。
その手にはすでに抜き身の剣が握られ、勇壮な目立ちは敵のほうを見据えている。
しかしレィガリアの決断を裏返せば無謀とも言えた。霧がかったあちら側へ無策で挑むということに等しい。
「……了解」
だが、成さねばならぬ。
行き当りばったりで賽の目だより。もっとも縁遠い明人であすらレィガリアの策に同意するしかない。
「本格的な戦闘じゃないのならオレも足を使った撹乱くらいの協力はできると思う。それにこういう長時間の座り仕事は嫌いなんだ」
なによりリリティアとユエラの元へ戻らねばならぬ。帰らねばならないという使命を心に留めてある。
明人は意思の強さを見せつけるよう、蒼をまとった両拳を胸板の前でぶつけてみせた。
F.L.E.X.が発動しているからか不思議と震えはしない。どころかやれるという向こう見ずな気力さえ湧き、満ちてくるかのよう。
――今のオレにとってはまた失うことのほうが……怖いんだ。
蒼の宿った瞳を見て、レィガリアは浅く首を縦に揺らす。
「ではそのように参りましょう。基本は打ち引きで。危険と判断したならば即座に敵の射程から離れることを忘れずに」
「慎重かつ大胆にってことだな。それとタストニアはいざというときの援護を頼んでもいいかい?」
「それくらいならお安い御用です。が、また気絶しねーでもらいたいとこです。もし次も気絶したら膝は貸さねーですから」
一党の方針は定まった。
賽を振るのは天使かはたまた人間か。守るべき者たちを脳裏で案じながらも黒煙を映す鏡を征く。
出目によっては永劫の別れとなるかもしれない。それでも明人には引くという逃げは思い浮かばなかった。
少なくとも人を導き神の声を授ける天使は、こう言っていた。
すべてを救え、と。
命を賭けて挑むだけの価値は十分にある。
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