55話 ならば、ドワーフ族は業が深い
「あ、ありがとうございますっ! ほんとうに、ほんとうにありがとうございました!」
ぺこぺこと。褐色肌の幼女たちは幾度となく頭を下げながら去っていく。
「ふぅ、今ので最後かな?」
舟生明人は、額に浮かんだ汗を拭いながら肩に掛けた散弾銃を背負い直した。
腕には蛇が絡み合うような光り物が、きらり。デザインの決して趣味がいいとは言えない腕輪が装着されている。
空には立体感のある綿菓子のように白と影のコントラストが素晴らしい入道雲が浮かぶ。抜けるような青に照りつける陽光は肌をジリジリと焼き焦がす。
先遣隊は、現在ドワーフ種の住む山颪の街イェレスタムを訪れていた。
山から吹き抜ける風と山岳を削って作られた崖。木工のエルフと異なり、ドワーフ種の街並みは石工や鉄工などの技術によって栄えていることがよく伺える。
地球で闘っていたときと違い、近頃は技術者や操縦士ではなく、女性ふたりの住む家で土木作業に順次している。よりよい暮らしを求める明人が興味を持たないわけがない。
花の植えられていない花壇、欠けた石畳、砂塵をかぶって薄汚れた石造りの建物。それでもやはり隅々まで目を見張れば熟練の技がきらりと光る。心が踊るとはまさにこのこと。
と、どこかからか大人びた女性の声が不意に耳を打つ。
「そっちも終わったー?」
1人で妖しくニヤつく明人の背後に、長耳の少女が近づいてくる。
艶めく青竹のような長髪と晒された白い肉感的なふとももが眩しい。
「終わったよー」
明人は親しき友人と接するかの如く、近づきざまに自然に互いの手をパチンと叩く。
遠巻きにでもヒュームとエルフの混血であるハーフエルフの彼女はよく目立つ。
ユエラ・アンダーウッドは肩をほぐし、ほぐし明人の元へと歩み寄る。
「けが人の治療は終わったわ。ま、大半は長時間労働のせいで腰痛やらの職業病だったけどね」
うっすらと頬をゆるめてやれやれとよくあるポーズをと決めた。
「オレのいた日本でも職業病の3割は腰痛っていわれてたなぁ」
「アンタのいた世界どんだけ過酷なのよ……」
懐かしむように遠い過去へ思いを巡らせた。
それでもこのルスラウス世界にやってきて3ヶ月ちょっと。それほど遠い過去ではないのだが、遠感じるのはなぜだろうか。
答えは簡単である。もう帰れないから。
噴水広場に仮設された簡易救護テントが敷き詰められるよう配置されている。
魅了解放班、医療班、そして炊事班にわかれてドワーフの救出作業を開始していた。
班とはいえ、魅了解放が可能なのは明人のみ。対する相手は街の住人。ヘルメリルによって託された魅了の状態異常を吸収する腕輪を使ってもなお、半日は掛かった。腕を掲げるだけとはいえ、数千人を任されて疲れないはずがない。
一方で、医療班と炊事班はほどほどに盛況といったところ。今なお炊事をおこなっているリリティアは、三角巾とボロのエプロンを身に着け、嬉々とした顔で大鍋でドワーフたちに料理を振る舞っている。
飾り気はないが決して質素には見えない純白のドレスの裾をゆらゆら。尾っぽのように大きな金の三つ編みを右に左に右往左往。あれが剣聖と称される最強の剣士だと幾人のドワーフが気づいただろう。
大半は屋外調理なのにやけに豪勢な飯にありつける喜びのほうが大きいようだ。
「ねえ、明人。私……ドワーフの街を見るのは生まれてはじめてなの」
彩色異なる瞳で料理に舌鼓を打つドワーフを眺めながらユエラは語りはじめる。
その目は限りなく虚ろ。当然、明人もドワーフのある一点を見るのは初体験だった。
「うん……いいたいことはわかる。でも、口にだしたらだめだよ?」
100年にも渡って何者かに操られ、意思なく働かされていたドワーフたちだ。
無論、女性のドワーフがいるならば男性のドワーフもいるのは至極当然であろう。
「でも……」
「それ以上はいけないぞッ! 口にだすことで幻覚は現実に昇華することもあるんだ。ユエラは魔法を使うんだからわかるよな」
その華奢な肩に手をおいて優しく諭す。
ユエラはしょげるように長耳を下に垂らしてうつむいた。
「みなさん順番にならんでくださーい! お料理なら無限にありますから慌てないで大丈夫ですよー!」
あちらではリリティアの極上料理を前にドワーフたちが列を成す。
ドワーフたちの味覚も他種族と変わらないらしい。食材が魔物であるということですらスパイスになるほどに極上の品である。
うまいうまいと満面の笑みを浮かべ、なかには目を滲ませてドワーフたちが飯を貪る。100年ぶりにまともな食事にありついているのだから無理もない。
大きな噴水広場の地べたに三々五々。解放されたドワーフたちの笑顔と涙に彩られた感動的ですらある光景だった。
「でもやっぱりダメ! なんで女性は子供みたいな体型なのに――」
「や、やめろ! それ以上は禁忌に触れるぞ!」
伸ばした手はひらりとかわされ、明人の静止も虚しくユエラは真実を口にする。
「なんで男性は全員ムキムキなの!? 身長も私たちとたいして変わらないどころか筋骨隆々しかいないってどういうことッ!? 女子は全員幼女なのに!?」
「あああっ! オレだけが見えてる幻覚じゃなかったあああ!」
長寿であるがゆえにこの世界の種族は繁殖率は低い。
そしてハーフであるユエラは例外であるが、同種でなければ子を宿すことはほぼ不可能という。
つまり、ドワーフは強制ロリコン種族。これが種の特徴であるとするならばあまりにも業が深すぎる。
吹き抜けたうそ寒い風に撫でられ、明人とユエラは血の気の引いた顔で広場を眺めていた。
幼女、筋肉、幼女、筋肉。視界の端でこちらに走ってくるのも褐色の幼女か巨漢である。
「ふにゅ~! ユエラー! ヌシらを長がよんどった……ど、どうしたのじゃ? 目がゴブリンのように死んでおるぞ?」
ぱたぱたと。ラキラキは自身の影を踏むようにして駆けてきた。
「ちょ、ちょっと疲れただけよ。ね?」
「そうだね……うんちょっと、疲れたかなぁ……」
ヘルメリルの見立てによれば目の前にいるラキラキも100才を超えているのだとか。
世界が異なれば、目に見えるものが真実ではないということ。
明人は少しだけ大人になれた気がした。
「あっ、そうじゃ! これを返しておくぞ」
そう言ってちっちゃな手に握られた薄緑色の布が、明人へ手渡された。
広げて見れば見慣れた布だ。とある事情から貸し出されていたはずの女性用下着。ユエラ愛用のパステルグリーンスキャンティー。
「おいこら。人通りの多い場所でなんてもの渡してくれちゃってるの? オレに渡したら変な意味になるでしょ?」
「うむっ。家に帰ったから換えがあるのじゃ」
ふんす、と。ラキラキは短いタンクトップに包まれた平坦な胸を押しだした。
話が通じていない。そして、生暖かい。
「それいる? ほしいならあげるわよ?」
ずいっと。本来の持ち主が半目になりながら顔を寄せてくる。
前髪の端で結った小さな三つ編みが、やや揺れた。
「色々とアンタには借りがあるしどうしてもっていうならあげなくもないけど」
他人の履いた脱ぎたてで、友のパンツ。あまりに歪すぎた。
明人は童貞ではあるがノーマルだ。幼女にも興味はないし、履かれていない布地如きにも興奮はしない。はず。
「こんな俗物的なものはいらん。洗濯してから鞄のなかに戻しておく」
「あっそ」
そう言って、ユエラははにかむように頬を緩めたのだった。
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