547話 【VS.】時の軍勢 7色の獣プリズマビースト
「貴様が熱を認識したならばとうに冥へ辿り着いていることだろう。《プロミネンス》」
ディナヴィアは地を駆りながらダンスに誘うが如く差し伸べた。
ネイルを施した手から眩い白炎が現出する。
「YYYYAAAAAAAAAAA!?」
「YEEEEEEEEEEEE!?」
白光に巻かれた獣たちは瞬く間に灰燼と化していく。
存在すらも消滅し、跡形もない。ディナヴィアの魔法によって敵そのものが焼かれ消し飛ばされた。
しかし数匹の獣は壁を蹴ることで上空へと逃げおおせている。
「keeeeeeee!!」
「kiki! keeeee!」
直感的に白炎を危険だと理解したのかもしれない。三角飛びの要領で白炎を飛び越し、術者であるディナヴィアへ狙い定めた。
ばっかりと広げた大口の奥からなにか光のようなモノが溢れていく。
「ほう……? 果たして期待して良いものか……心地の良い闘争を繰り広げようぞ」
ディナヴィアは闘意欲剥きだしの笑みを浮かぶる。
攻撃の予兆を前にしてもこの余裕だ。甘んじて受けるつもりか防御をする動きすら見せない。
そこへすかさずスードラが横入りする。
「ざーんねんでした。不幸なキミたちにはハズレ賞をプレゼントしてあげるよ」
サイドステップで青い尾と三叉の槍が払われた。
次いで、槍を奮いに合わせて詠唱する。
「そんな奥まで見せちゃうなんて誘ってるようなものじゃないか! 《アクアダーツ》、2連!」
艶めかしく唇を濡らしながら矢よりも細長い水を放った。
放たれた水の棘はプリズマビースト2体の大口を喉元から容易に貫いた。
攻撃の動作に入っていた2匹は「Kiッ!?」、「gyaッ!?」晒した喉奥から首の後部に風穴を開けられて撃ち落とされる。
そのままガラクタの落ちるように石畳の上へ転げ落ちた。
それでもまだ辛うじて意識があるらしい。破壊部位から霧状の気体を噴出させながらも立ち上がろうとしている。
「どぅ~ん!」
「しぶてぇ!」
そこへネラグァとタグマフの遠慮のないストンプで頭部を砕く。締めとなる。
道を開く火力役をディナヴィアが担い、その援護を他の龍たちが務めた。それぞれが役割をまっとうする。
「ふっふーん、だ! 僕の焔龍を傷物にしようだなんて許さないもんね!」
「戯言を口にしている暇があるのならば手を動かせ。もっと過敏に援護を行ってみせろ」
ディナヴィアは、意気揚々と槍を振り回すスードラへ喝を飛ばした。
とはいえ彼女もしたたかな笑みを隠そうとしていない。
「ちぇー。でも、そういう焔龍だって楽しそうじゃないか」
「久方ぶりの狩りだ、許せ。これほど長く平穏に浸かっていたのは初めてだったのだからな」
「ふふっ、まったくまったくだよね」
2匹の連携はまさに阿吽の呼吸である。
ディナヴィアの攻撃で隙が出来ようものならスードラが細やかにサポートに入った。まるで同じ卵からでも生まれたかのような息の合いかただった。
さらには2匹の打ち漏らしを、また別の2匹が掃除にかかる。
「チッ! 硬ぇ早ぇうぜぇんだったらまとめっちまうぜ! 《ロックストーム》!」
タグマフが唱えると出現した岩岩が次々にくるくると舞いだす。やがてそれは巨大な竜巻となった。
まるで岩の掃射。巻き込まれた獣たちは大地を手放し岩の洗濯機へと呑まれていく。
「あとはテメェがやれ! 巨龍!」
「あーいあいさぁ!」
気の抜ける返事の後。両手を広げるみたいに巨大な翼が開かれた。
そしてそのままぐるん、と。踵を落とすような動作で長く白い足が振り落とされる。
「《どぅ~んミラクル》はぁ――ミラクルなどぅ~ん!」
空に現れたのは巨岩とも思えるほどの足、現界せしめるは鱗に覆われた龍足だった。
それが上からズンッ、と圧する。タグマフの魔法によって集められた獣たちを容赦なく叩き潰した。
「へへっ、相変わらず足癖がわりぃなぁ。獣共が床材になっちまったじゃねぇか」
「一網だじーん! 集めてくれればネラグァが踏んじゃうんだから!」
それでも押し寄せる敵の大群を前にして一党にひと息つく暇なんてありはない。
どれだけ有利に戦ったところで氷山の一角である。敵の数は減るどころかますます増えるばかり。
すでに進行方向は7色のプリズマビーストたちよって堰き止められてしまっている。
「全員気を引き締めていけよ。敵は造作もない矮小なる存在だがその数に押されて死ぬるは龍の恥よ」
ディナヴィアは不安定なヒールで駆けた。
紅の燐光と赤いドレススカートが踊ると、白炎を吹かれて敵を灰燼に化かしていった。
他も追随するよう拳やら魔法やらで立ちはだかる敵の壁を強引に引き剥がす。
まさに破竹の如き進軍模様。眼を紅色へ変えた龍たちに立ちはだかる敵はいない。
彼女たちを止められるものか。さすがは大陸最強と評される種族である。
しかも単純な身体能力だけでも目を見張るものだが、連携も相まってより強靭となっている。
「これでは我々は走るだけですね。上位エーテルの名が廃るというものです」
レィガリアは薄ら笑いを浮かべていた。
手にした剣も時折降り注ぐ敵だったものを切り伏せるくらいにしか使われていない。
ユエラも手持ち無沙汰で滑走する。
「やっぱり龍族は頭2つくらい抜けて強いわね。こっちとしても温存が出来るから助かるんだけど」
外套がバタバタと風を孕んで膨らむ。軽やかな足の動きに合わせて前髪の端で三編みが踊った。
すると眼識を測るようにレィガリアの瞳が龍たちの背を映して細められる。
「しかも彼らはかなり戦闘に慣れておいでのようで。それぞれが魔物の動きに適時反応、適宜対応と、素晴らしい戦果を上げておられます。月下騎士たちも是非見習っていただきたいものです」
「あっちもこっちも生きるのに大変だったってことよ。とくにぃ――……」
「ユエラ様……みなまで言わずともお察ししておりますよ……」
ふたりが恐る恐る振り返る。
後方は、前方以上に、劇的なのだ。
舞い踊る。白裾が波打つ、青蝶が羽ばたく、編まれた金が揺らぐ。
「ふっ!」
飛ぶ。
空中で振り返りざまに追手と対面し、着地と同時に腰を低く落とす。
「あとでレティレシアに通路を散らかすなと怒られそうですが――致し方ないです」
それは戦いではない、もはや露払いだ。
襲いくる100の者に対して銀閃が50ほど。
鞘より抜かれた剣の切っ先は、目視することすら不可能。
敵にもしも知性という上等なモノが備わっていたならば引くという選択もあっただろうに。
「Kyaッ!?」
「Kiiii、ッ!?」
己が斬られたことに気づいたとき、すでに冥府へ旅立っている。
実に美しく華麗な剣技だった。しかも無駄がない。ひと振りごとが確実な致命となっている。
「剣聖様如何です? 支援や援護の類はご入用ですかな?」
いりません。レイガリアへの返答は理路整然として清らかなもの。
「しょせんは獣といったところです。数だけは多いですけどこれといって敵ではありませんね」
まるで剣のドレスだ。リリティアの舞う美しさに見惚れて手を伸ばした者から巡に死を迎えた。
先行する一党に1匹たりとも追いつくことはない。なぜなら近づこうものならば瞬間で赤黒い霧のみを残して朽ち果てていた。
「みなさんは前だけに注意していてください。後衛は私ひとりで壊滅させます」
瞳を赤く滾らせたリリティアの――剣聖の敵ではない。
武神の如き戦いを見せられて騎士団長はなにを思うか。
「軽んじていたわけではなかったのですが……よもやこれほどとは。聖都で猛威を奮ったときは本気ですらなかったということですか……」
悔いて捨てるような、侘しさすら感じ入る声色。
いまにも剣を投げだしてしまいそうな。リリティアを振り見るレィガリアの表情は乾いていた。
「あはは……たぶんだけど魔物相手だから気兼ねなくやれてるのよ。あとヘタに邪魔がいないからやりやすい、のかも?」
ユエラは形の良い眉をしかめながら「……きっとね?」自信なさげに、そう口にする。
身近にいて勝手知ったるだけにだ。フォローを入れようにもリリティアの強さを否定することは出来ず。
ただ確かなのはレィガリアが未熟なのではない、後ろのアレが成熟しすぎているだけ。その証拠に先に見せた剣技は初見の敵に対応した見事なものだった。
「相手に同情の念すら覚えまする鬼神ぶり……私たちの追っている剣聖という極地とはここまで遠き道ですか。とかく天地神妙にかけてあの御方だけは2度と敵に回したくない相手ではありますね」
「そうしてもらえると私も嬉しいわ。もう聖都に雪崩込んで乱戦なんて絶対にやりたくないもの」
一党は群れなす獣を蹂躙しながら石畳を蹴るようにして走った。
ゴールが見えてこない。無限と錯覚しかねぬほどに回廊は長く、険しい。
今のところ圧倒的でも敵の進攻は絶え間なく凄まじいのだ。逆に龍族たちがいたからこそこの窮地を戦い抜いているともいえよう。
滑空する翼から羽が1枚ほろりとこぼれる。
「おーおー。等級外の天使が苦戦する連中をこうも容易くねじ伏せるとはやるじゃねーですか」
タストニアが龍たちの戦ぶりに舌を巻く。
まるで対岸の火事とでも言いたげな口調である。手にした武器らしき弓のこは未だ1匹の敵すら仕留めていない。
「おいこら、ちょっとくらい手伝いなさいよ。なんのために降りてきたのかわかんなくなってるでしょうが」
「んー、別に手伝ってもいいですよ? どうせ相手は時の軍勢ですしね?」
「なら……」と。明人が助力を乞おうとする。
すると視界でタストニアの滑らかな手がひらひら流れた。
「でも重大な過失に繋がる恐れがあるってだけです。ワタシは対大型にめっぽうつえーんですがね、そのぶん周りを巻き込みかねねーってな感じです」
重大な過失ということか。
これには明人も口からでかけた言葉を止め、飲むしかない。
「……なんでエルエルはタストニアさんを連れてきちゃったんだろうね?」
「知らねーです。あと上司が呼び捨てでワタシが敬称つきってのも居心地悪ぃです。だから呼び捨てでいーです」
いっぽうでとうの天使はどこへやらだ。
この逃走劇がはじまって以降エルエルは姿をくらましていた。
――大事なのは近くにいるってことか。タストニアさ……タストニアを連れてきた理由もなんとなくわかってきた気がする。
エルエルは目的があると言っていた。
そしてそれは最上位とやらの天使が大陸に出向くほど。莫大な事象と見て然るべきであろう。
明人は天界の意図を深読みしながらも、スニーカーの裏から蒼を散らす。
進攻スピードは早く、龍たちの身体能力は人のそれと比べ物にならない。ついていくためにはF.L.E.X.の使用は止む終えなかった。
しかし身体能力向上効果のおかげで疲れはなく、息すら上がっていない。
――もし空色の水薬を飲んでいなかったらと思うと背筋が凍るな……。
いつの間にかこの超異常能力にも慣れつつあった。
解明されていない力。操縦士に成り下がるための資格。魔法とはまた異なる異端の蒼。
「そういうアンタは戦わねんです? さっきから走ってばっかで暇じゃあねーです?」
固まったような微笑み顔でなかなか痛いところをついてくるものだ。
代わりに明人は出来る限り最高の渋顔でタストニアに応じてやることにする。
「おいこら無茶言うなよ。人は犬にすら勝てない生き物なんだぞ。なにを喜び勇んで食肉加工されにいかなきゃならんのよ」
重機のワーカーもなければ、翻る道理という素敵アイテムも現在力を失ったまま。
このまま単身敵群れに突っ込めば数秒で息絶えることだろう。弱き人は死の淵で常に谷底を見つめているような状態なのだ。戦えるわけがない。
するとタストニアはおもむろにくるぅり、と宙で半回転をしながらこちらへ距離を寄せてくる。
「ほんほん。そういうことだったわけですか。なるほど通りであの先輩が目をかけたがるわけです」
じぃ、と。品定めするような感じで明人の全身をタストニアの視線が舐めた。
見られる側としては不快ではない。が、あまり気持ちの良いものでもない。
「……なにさ?」
「んー、可能性の獣ってとこですね。かなーりおもしれぇ能力です」
エルエルほどではないにしろ幼さの残る顔のフチを手で撫でさすっている。
ブロンドの長髪が風に流れ、瞬くブルーの瞳が美しい。清潔なシーツの如き白い翼も光を返して眩しく輝いていた。
ある意味で明人の出会った天使のなかでもっとも天使の見た目をしているかもしれない。
「今後の成長に期待できるのか断言は難しいです。でも伸びしろはかなりあるんで、あとはそっちさん努力次第ってやつです」
タストニアは変わらず笑顔を崩すことない。
その代わり白く平らな喉を高めに唸らせた。
「成長? オレにまだ身長伸びる余地があるんだったら凄い嬉しいんだけどさ? 二次性徴終わってから結構経つよ?」
希望を抱いた端から「いやそういうこっちゃねーです」否定が早い。
そうやっている間にも前方で朽ちた亡骸が前進の邪魔をしてくる。その都度、飛ぶか避けるかしてまるで障害物競走のよう。
同じ景色が連なりつづける。金色の空も色を変えず、時間という概念すら疎かになってくる。
「しつこいんだからさ! ならまとめていくよ! 《清浄なる水の刃》!」
スードラの呼びだした水刃が前方の敵を一閃する。
回廊と同じ広さの刃である。薙がれたブリズマビーストたちは口を堺に上下に分断されていった。
掃除されたというか、死骸が散乱したというか。とにかく水刃のおかげで回廊の見通しが一気に良くなった。
その時、眼球の中央に蒼が灯る。
「ん……? なんか、いるのか?」
なにかがいる。
まるで狭まるように長い遠く、遺跡の奥に見慣れない物体が存在している。
「どうしたの、明――」
そして束の間。明人の脳がそれを認識した。
同時に一瞬のうちにして前進の毛穴が開いて汗が吹きでた。
身体が、ユエラからの問いかけすら無視して叫んでいる。
「――避けろおおおおおおおおお!!!」
直後。アレが、こちら側へ手をかざし、なにかを口にした。
唱えたのは魔法でしかない。現れたのは煌々と燃える大玉。いっさいの逃げ場を与えぬ大食らいの火球だった。
一党を焼き潰さんばかりに轟々と飛来する。




