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【完結】あの子は剣聖!! この子はエルフ!? そしてオレは操縦士-パイロット-!!!  作者: PRN
12章 第4部 Remake the world ~瞬くような世界で~
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543話 そして大陸に愛の歌を

挿絵(By みてみん)

天使の依頼


声重ね

歌うのは


種族たちの

愛の歌


人生は

ほろ苦く

蒼い

 空は広すぎる。さらに空域が邪龍ミルマを追跡するフィールドである。

 かと言って海龍となってみなを運ぶスードラを急かすことはしない。なぜなら天使の声を聞き逃すまいと意識を研ぎ澄ましている。

 語り終えたエルエルは重力に逆らって膨らむ胸からほう、と熱い吐息を吐く。


「通常であれば運命の予言は1度きりなのです。このように運命の血路が導きだされた後に新たな運命が間に挟まり更新されるということは極めて稀な例と断言できます」


 彼女の見た目は成熟した女性とはいえぬ。だからか囲われてしまうだけですっぽりと周囲の背丈に隠れてしまう。

 それでもどこか厳かな佇まいで清き教えを種に与えていく。


「これは地上だけではなく天界としても希少度の高い事象と言えます。であるから天使たちの足並みを揃えることも難しい事態であり対処に遅れが生じているのです」


 語られたのは、予測された世界の未来、その切れ端……一端の部分。

 多くは語っていない。しかし確信めいていて、どこか芯を食わぬ感じ。全体を伝えるというよりは、今回の1件に関わる情報のみを上手く抽出しているように思えた。


「ですので……」


 説明の途中、おもむろにエルエルは言葉を詰まらせた。

 そして面々から唯一の死角となっている下へと、顔を伏せる。

 直後、バッと。眉らへんで切りそろえられた前髪を振りながら表をむく。


「この世界のためにも貴方様がたには是非ともか弱き天使と共闘を図っていただきたいんですのよ! 時の女神の妨害を躱しつつ、貴方様がたの目的でもあるミルマ様を全身全霊でお救いいただきたいんですのよよよ!」


 エルエルの瞳は露骨なまでにうるうると滲んでいた。

 そのうえ、まるで同情を誘うかのように傲慢な胸に両手を添え祈りを結ぶ。


――コイツ肝心な場所で演技がザルだな!


 泣きたいときに涙を流せるというのは女優級だ。

 しかし演技がまだまだ卵である。もし舞台上ならば客が眉をしかめるくらいの棒だった。


「邪龍ミルマ様という壊れかけの魂が世界を変えうる決断を秘めているんですのよ! 彼女の行動次第ではルスラウス世界の予測線を容易に捻じ曲げることが可能ですのよ! たぶん」


 悲痛な叫びであるあたりどうやら真実らしい。

 そして明人もまた聞き逃さず、心のなかで横槍を入れる。


――最後……空耳か? いや絶対にたぶんって言ったよな?


 とにかく簡単にだが要約すると、ミルマを救え。

 あと、つべこべ言わず力を貸せ。

 長々と遠回しにエルエルは語ったが、この2つに尽きる。

 しかもこのバカバカしくもある悲劇気どりの説得は、説得のようで説得ではない。言葉を選ばぬのなら強引や脅迫の類に近い。

 なにせ一党の目的は今現在も尚、目的から背くことがないからだ。ミルマを救うという任務は限りなくはじめから変わりなくずっとつづいている。

 ゆえに選択肢はない。審判の天使に協力せざるを得ず。それでいて協力こそが最適解なのである。


「ねえ、おっぱい天使さん? クロノスって確か龍玉を奪ったのよね?」


 ただそれを鵜呑みにしたとして解消できぬ疑問は多い。

 なによりミルマの友……だったユエラにとっては。


「はい、ですのよ。だからこそ時の女神は尋常ではないほど手強い存在へと生まれ変わっているんですのよ」


「なら私はいく。それから説得しても日の下に連れ戻す。私はあの子を助けるって約束しているの」


 一切の迷いなく言ってのけてしまう。

 するとエルエルも丸くした目を、瞬きとともに眼差しへ。


「こちらからお願いしておいて無責任な話ですが……一筋縄ではいきません。邪龍様の精神も極まって危険な状態と言えます」


「ダメなら簀巻きにしてでも引きずりだしてやるわ。世界はアナタの敵じゃないって身を以て叩き込んであげなきゃいけないわね」


 ユエラはリリティアをはじめとして全員に、決意じみた視線を投げる。


「お願いみんなの力を貸して! おっぱい天使さんだけじゃなくて私からのお願いよ!」


 情熱と覚悟、優しさと慈愛。2色が、ヒュームとエルフの彩色異なる瞳へ交互に宿っていた。

 こうも示されて黙っていられるはずがない。龍族たちは一同に介し首と尾っぽを縦に振る。


「アイツには言いたいことが山ほどあんだよ。ユエラっちに頼まれるまでもねぇやな」


 タグマフは指の骨を鳴らして気合を入れた。

 薄い被り物の影で紅色の明かりが灯って、口元が鮫のように弧を描く。


「邪りゅーを助けたいのはみんなも同じ! もう誰ともお別れなんてしたくない、一致団結! おー!」


『たぶんこの状況だと僕に選択の余地とかないよね。まあみんながいくならいくよ。それにもうこれ以上悲しい色は見たくないしさ』


 残る2匹の龍だって、そう。聞くまでもない。

 龍族たち全員が心をひとつにした。彼らは追い詰められている友を黙って見過ごせるような性格をしていないのだ。


「だけど、協力する代わりに天使さんに教えてほしいことがあるの」


「にゅん? どうされたんですのよ?」


 卒然、と。満足そうにニコニコとしていたエルエルが目をパチクリさせた。

 ユエラは鋭い目尻をこれでもかと鋭角に逆立てている。


「私にはここまですべての出来事が偶然だと思えない。もし本当のことを知っているのなら教えて欲しいのよね」


「……と、申されますと?」


「ぜんぶ話して。もし私の考えていることが事実なら……辛すぎるわ、世界もミルマさんも。天使さんの言う運命に巻き込まれた子たち全員の流した涙が無駄になっちゃうんだもの」


 押し殺した声に怒りのような感情が入り混じっていた。

 ユエラは天使が相手でもまったく引くことはない。頑固なまでに真っ直ぐ背筋と長耳をピンと伸ばして対等に振る舞う。

 するとエルエルはつま先立ちをしてユエラの頬へ、そっと手を伸ばす。


「運命とは言葉と言葉を連ねて歌にするようなもの。たとえどれだけ残酷な言葉を重ねたとして作り手に愛があったのなら未来は変革する可能性がある。その完成した歌が称えるべきモノであるかを決めるのは我々の信仰する神ですら難しいのです」


 まるでバラードを口ずさむような音色だった。

 滑らかな頬を包む手は小さく、優しく、穏やか。


「ワタクシたちは全知ではありません。なのでユエラ様の求める解答へ導くことは出来そうにないのです……たとえ既知であったとしても」


「どうして? だってアナタたちは世界の未来を知ることが可能なんでしょ?」


 エルエルはちらりとどこぞに目を背く。

 しかしソレも刹那の間だけ。すぐさまユエラへ視線を戻した。

 己が見られたことに気づいたのは、きっと明人のみだろう。


「おっしゃる通り主神ルスラウスは確定された未来を知ることが可能です。ですが……すべてを見通せるほど万能ではなく、現在の形態は歪で不完全なまま。使用するたび長き休息を必要とし、回数も限られ、また完全な予知能力とは言えないのです」


 微かに言い淀みながらも、もち直す。

 憂うよう眉を潜めつつそれでも彼女へむける笑みは曇らせない。

 辛いときに笑うような感じ。答えられないことに罪の意識でも感じているのかもしれない。


「もっとも大切ななことは運命を辿る道筋、つまり貴方様がた大陸種族がどのような言葉を重ねて紡ぐかが重要です」


 まるで子を慈しむような手つきで、迷える少女へ言い聞かせるかのよう。

 語ることに嘘はないはず。少なくとも創造神も天使も種族を愛してくれている。

 だからこそそんな表情でなのだろう。エルエルは微笑みながらも、純粋なまでに透き通った瞳を滲ませている。


「すべてを……救ってくださいませ。その様々な種の奏でる歌はいずれ世界を変えうる大きな愛へ成長するはずです。実を結んだ愛はやがて世界すら、運命であっても捻じ曲げてしまうだけの力となるはずです」


 頬を撫でる手がまるで落ち葉の如くするりと落ちていく。

 季節は初夏だと言うのに風は強い。ブロンドの前髪のむこうでも終わったはずの雨季が訪れる。


「……ごめんなさい。ワタクシたちだけでは実を育てきることが出来ませんでした……」


 以降、エルエルは語ることをやめてしまった。

 うつむきがちに、唇を引き結んで、不定期に細身の肩をひくっ、ひくっと揺らす。

 天は尽くしてくれていたのだろう。知るすべはないが、きっと……おそらく。

 降臨してまで道を示す天使の涙を嘘と訝しがる者はいない。

 するとユエラは天使にかしずくよう、丸い膝をそっと龍の背に落とす。


「わかったわもうなにも聞かなでおくことにするわね」


 そして受けた恩を返すみたいに、天使の頬を両手で包む。

 エルエルははっと目が覚めるように眼前の彩色異なる瞳と見つめ合う。


「だって、今度はアナタたちがなにも言わずに差し伸べてくれた手をこっちが握り返す番だもの」


「ユエラさまっ。……ありがとうございますっ!」


 深刻な空気は露と消え和やかさが戻ってくる。

 ユエラはくしゃりと猫のように目を細めた。

 それから細く長い指で天使の頬をぐにぐに、容赦なくもてあそぶ。


「おぉ、リリティアほどじゃないけどもぷにぷにお肌だわ。天使さんってみんなこうなのかしら?」


「えへ、えへへっ。ちょっとくすぐったいんですのよー」


 エルエルは嫌がるどころか嬉しそうに腰を揺らがせなすがまま。

 じゃれる少女に、満更でもなさそうな天使。この光景をユエラの友である聖女が見たらどう思うか。

 立場を遵守するのであれば無礼者と叱りつけるだろう。しかしテレーレならば輪に加わるのかもしれない。

 そうやって微笑ましい一幕が繰り広げられるのも僅かばかり。なにせ今は火急の用がある。


『色々申し訳ない空気なんだけどさ! 邪龍の目的地っぽいものが見えてきたよー!』


 突然、足場がぐるると唸り声を上げた。

 言うまでもなくスードラである。ただ1匹だけは蚊帳の外でミルマの追跡をつづけてくれていた。

 遠く離れた地上。眼下に広がる雲海の先のそのまた先には青々と茂る森の絨毯が敷き詰められている。


「なんだありゃあ? 森のなかになんか刺さってんのか?」


 タグマフはスードラの背から身を乗りだし、目の端を渋く細めた。

 どうやら森の中央に刺さった物体を見つけたらしい。しかし龍である彼が知らぬのも無理はないだろう。

 さらにはミルマが両翼を畳みながら一直線にソコへむかって降下を開始していた。


『とにかく僕らも着陸するよ! 落ちないように捕まっててよね!』


 後を追うためスードラが蛇状の体をうねらせた。

 あっという間に雲の高さを下回りぐんぐん高度が下がっていく。

 水に掬われるような不安定さのせいで一党は僅かによろめきながらも、落ちぬようしがみついた。

 それと同時に先ほどタグマフが見たであろう物体の輪郭が鮮明になっていく。


 ミルマの目指した場所、時の女神の逃げた場所。

 それこそ一党――戦場を渡り歩いた面々――にとっては、――いい意味でも悪い意味でも――非常にゆかりのある多い場所でもあった。

 ディナヴィアはスカートを揺らめかせながら背から大地へ降り立つ。


「……理想郷への神槍門ユートピアグングニール、か」


 まるで魂を吐きだすかのように真っ赤なルージュが交差する槍の名を告げた。

 横でも白鳥の羽の如きスカートをはためかせて着地する。


「まったく嫌な場所へ連れてきてくれますね。私、この宝物にいい思い出があんまりないんですから」


 リリティアは辟易としたため息を漏らす。

 そこにはすでにミルマの影も形もありはしない。どうやらこちらが降下している間にくぐり抜けたのだろう。

 双槍で交差する。よりにもよってというやつだ。薄くまばゆい光の壁こそがミルマの目的地だったのだ。

 強い光の奥で邪念と怨念が渦を巻く。奥に待つのは父子を失い惑う未亡の龍と、誘い。

 こここそがワーウルフ国で行われていた戦渦の終点であって神より賜りし宝物アーティファクトの鎮座する森の広場である。


「今回は、というより今回もですか。どうやら覚悟してかかるべきなのかもしれないですね」


 リリティアは腰の剣を抜きながら決を採った。

 信の籠められた確かな眼差しだった。

 むけられたユエラもまた力強く訴える。


「大丈夫よ。それでもちょっと怖いけど、やるべきことはわかってるもの」


「ならばユエラは邪龍のことだけを考えてあげていてください。私はいざというときに動けるよう後方で警戒をしていますから」


「出来れば穏便にすませたいところではあるけどね」


 そしてふたりは同時に小さく頷いた。互いの意思を測り終える。

 すでにここにいるのは戦場を渡り歩いた勇姿である。大陸の西側をひた走って種に平穏と安寧をもたらした伝説級――Lクラス。その剣聖と自然女王ネイチャークイーン


「…………」


「…………」


 だがしかしひとつだけ足りていない。

 2名はじっとりとした湿っぽい眼差しをそちらへ仕向ける。


「いってらっしゃい!」


 明人はすでに決戦の地を前にして降り立っていた。

 さらには比類なきと見紛うほどに笑顔だった。それはもう他人事と言わんばかりの壮快さである。

 なにせここにいるのは武器もない魔法もないのないないばかり。つまり雑魚。

 しかも本人がもっとも自覚しているのだからついていく理由がない。ついていったところで足を引っ張るだけなのは日の目を見るより明らかなのだ。

 聞こえていないのか? 危惧しつつ見送りの言葉を繰り返す。


「……? いってらっしゃい!」


 そんな彼へ、冷ややかな視線が四方八方から注がれる。

 仲間たちの反応は当然と言えよう。心まで貫くようなさめざめとした在りかただった。

 しかし明人はメゲないし動じない。こればかりは本当にどうしようもないのだからしょうがない。


「いってらっしゃ――」


「なぜついてこないのだ?」


 するとディナヴィアがずいと大股気味に歩みでた。


「だって――」


「汝は妾に勝利したのだぞ? それほどの男が何故に臆し足をとめるというのか?」


「それは――」


「邪龍と時の女神が妾以上に汝を燻ぶらせる存在である。そう言いたいのだな?」


 言い訳せつめいすらさせてもらえない。こうなると得意の口車が封じられてしまう。


「閉口とはどうかしたのか強者よ? 妾と踊ったあの日の汝の口先はそれはもう見事としか言いようのない饒舌さだったがな?」


 炎粉舞う。情熱の赤色をしたディナヴィアの髪から感情の飛沫が漏れだす。

 それでいてディナヴィアは足を止めず彼の元へ詰めていく。

 明人は首を巡らせて周囲に救援を求める。


「だ、だれか――誰でもいい!? ディナヴィアさんにオレの弱さを説明してくれない!? あ、あれは制約ありきだったし、しかも結果的に勝ったような感じだったってだけでしょ!?」


 黒い瞳がむけられる。が、求められた者たちの視線がすべて逸れていってしまう。諸行無常。

 そうしている間にもディナヴィアは炎髪とベロア調のドレスを波立たせて近づいてくる。


「さあ、妾の同胞のため力を貸してくれ、強者よ」


 表情が変わらない。目鼻立ちが力強く、愛嬌というより美のほうへ振り切れているかのような美女だ。

 ディナヴィアはまるで美を飾る仮面のように清潭としていて、それが明人にとっては恐怖でしかない。


「力を貸したいのは山々なんですけどね!? オレにはあのときみたいにワーカーもいないし、魔法とかもっての外な感じなわけです!? ついていったらそういうビデオのモザイクくらい邪魔な存在になるだけなんですよ!?」


 たまらずスニーカーが下生えをたどたどしく踏み、後ずさった。


「兄弟また力を貸してくれよ!? オレっちらはズッ友じゃなかったのかよ!?」


「別にズッ友でもいいよ! でも勝手に一蓮托生にするのやめてくれ! そうでなくともF.L.E.X.すら簡単に使えないんだから!」


 タグマフがここぞとばかりに追い打ちをかけるも、結果は変わらず。

 明人は着火剤フィラメントを容易く使う場面であると割り切れないでいた。

 今までは生き死にを賭けた決死の闘争だった。しかしこれはミルマを連れ戻すための説得のようなもの。

 あれを使えば人は覚醒しF.L.E.X.を発動させることが可能になる。だが中身は中毒性の強い薬品だ。身を滅ぼすだけの価値があるとは到底思えなかった。

 このままではミルマが遠く離れていってしまう。というのに面々たちは明人を置き去りにするどころか引きずり込もうとする。


「なるほどな……つまりこの期に及んで報酬をせびるということか。まあそれでも聖都への旅行を企画立案したも汝であるからこそ阿漕あこぎとは口が裂けても言えやしないのだが」


「もうそれ直接言ってるようなもんですけどね!? あと報酬とかはぜんぶ前払いでもらってるんで求めてないんですよね!?」


 とくに大陸最強ディナヴィアの圧が一番強い。

 見栄えは淑女然としていても烈火の影が隠しきれていない。


「その、もう少し冷静になってもらえればディナヴィアさんもオレの弱さに気づくと思うんですよ! あの決闘だって制約がなかったらオレなんて秒始末できたんですよ!」


 そして明人は、とうとう開けた森の端へ追い詰められてしまう。


「いい加減リリティアでもユエラでもどっちでもいいから助けてくれない!? このままだとオレがモザイクになっちゃうんだけど!?」


 もうすでにいい年をした男が涙目だった。

 なのに仲間たちはみな薄い目をしながら傍観しているだけ。四面楚歌とはまさにこのこと。彼の愛する故郷日本には窮鼠猫を噛むということわざもある。だが、たいていの鼠は猫に食われて終わる。


「……ッ!」

 

 もはやここまで。明人がポーチへ手を伸ばしかけた。

 その時。ディナヴィアはおもむろにざっくりと開いた胸元を豪快に晒す。


「ならばこれを邪龍救出の前払いとして渡しておこう。望むのであれば後に追加の報酬も加える。それで文句はないか?」


 その見た目から柔らかさが伝わってくる峡谷に埋もれているのは、青き小瓶。

 詳細にするなら青き薬液が注がれ封を施された空色の水薬だった。それがディナヴィアの豊満な胸の間から2割ほど顔を覗かせている。


「時間がもったいない。ほら、とっとと手なり顔なりで好きなように受けとるといい」


 グラビアアイドル顔負けの豊かな胸がふんと突きだされた。

 恥もなにもあったものではない。自分で手渡せばいいものをさも当然とばかりにお前がとれと言う。


「どうした? これは汝が蒼力という力を発揮するために必要なものなのだろう? ならば早くとって早く飲め」


 気圧されながらも明人は、ディナヴィアの肌に触れぬよう細心の注意を払う。

 慎重にだ。なにせリリティアとユエラの視線が酷く冷たく突き刺さってきている。

 僅かばかりハミでた小瓶の頭をクレーンゲームよろしく抜きとった。

 手のひらに乗せた小瓶はじっとりと汗ばんでいて生暖かい。人肌よりも微かに体温が高い龍族だからか冷めかけのホットドリンクくらいの熱を保っている。


「な、なんで……?」


 こんなを物もってるんだよ、と言えるのなら臆病者とは呼ばれない。

 ディナヴィアは、はだけた胸元はそのまま、フンと高飛車に鼻を鳴らす。


「エルフ女王からいざというときに汝へ渡せと授かったものだ。まさかこうも有用なものだとは予想していなかったがな」


 腕を組んでもちあげられた白房がゆらりと形を歪めた。

 そしてどうやらヘルメリルによって色々とはじめから仕組まれていたらしい。

 女王とは表の顔で裏では魔女でも演じているのだろうか。とにかく手回しが良すぎる。


「あー……そういうこと。そういうこと、ねぇ……ははっ」


 理解した明人はもうやぶれかぶれだ。

 鬱憤を晴らす勢いで豪快に、苦い苦い液体をぐいっ、と煽る。

 舌に痺れをもたらすひりつくような味は普段通りだった。しかしこの空色の水薬スカイブルーポーションは微かに甘く、魅力的な汗の香りがした。


 まるで酸いも甘いもあるような人生の如き風味だった。



○●●●★

挿絵(By みてみん)

 暖  か  い  !  !

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