540話 そして天からの予言(前編)
男子禁制と伝えられ女性陣と行動を別にして、しばらく。
旅人やら旅行者が骨を休めるべく置かれた屋外公共ベンチの上に1匹ほど。
若き龍には少々退屈な時間が過ぎようとしている。
「女の買い物超なげぇ……」
タグマフは辟易とした表情で大空を仰ぐ。
それから重ったるいため息とともに薄い背を丸くした。
すかさずレィガリアのフォローが光る。
「そういうものです。男性とはまた異なる時間の使いかたを好むのが常であり、待たされるのもまた我々男性の宿命なのですから」
やけに分け知ったる感じの物言いだ。
騎士団長とは言え彼も年頃のエーテル族。そういう経験も味わい尽くしていてもなんらオカシなことではない。
この違いは年輪の差だ。タグマフもそれを理解しているのか子供らしくぶすくれながら噛みつく。
「いいもん見っけてぱっと買うってんじゃダメなのかよぉ?」
「女性にとって下着とはエンチャント品と同義でございます。ゆえに防具の良し悪し見た目だけでの判断は安直。剣もまた握って奏でて選別するもの。装備を選ぶ我々となんら遜色ないということです」
さすがは騎士団長といえる諌めかたである。あえて男性の視点に絡めて理解度を高めている。
そんな話をタグマフは聞いているのか聞いていないのか。若き龍に今現在必要なのは説法ではなく暇つぶし。
「ふぁぁ……どうせ脱いじまうのにご苦労なこったぜ」
涙を浮かべた目のフチをぐしぐし。さらには欠伸をしながら伸びを交える。
そもそも説得されるつもりすらないらしい。ただ中身があってもなくても良いから雑談をしているだけなのだ。
「逆を言えば初いものです。殿方の視線に晒されることを考慮してまで飾るというのですから」
対してレイガリアはふふ、と傷のある頬を緩ませる。
大人の余裕というやつかあくまで紳士で、佇まいは剣士だった。
「ならついでに海龍もついていったほうがよかったんじゃねぇか?」
「え? なんで?」
ひとり分ほど間を開けた長椅子で生意気な生足が交互に揺れた。
蒸れるブーツを脱いで日に晒す。そんなくつろぎ状態のスードラからさも意外とばかりの反応が返ってくる。
「僕は迷惑にならないよう最小限着てるじゃん?」
「オメェの場合は最大限着てねぇとも言うんだよ」
そうやって男たちは日がなのんびり管を巻く。
ここはフラワーガーデンから道を外れているから種族の往来もまばら。芝や民家などの緑もあってか地元感といった空気感が漂う。雑踏の壁がないため本来の都の風情に浸れている。
頭の天辺から抜けるような高い声を温もる風とともに楽しむというのも休暇の醍醐味だ。ふとあちらのほうではヒュームの少年らとエーテルの少女らが追いかけっ子をして子供らしく楽しんでいる。
そしてどうやら子どもたちは少し離れた場所の冒険者たちへ興味があるらしい。遊びながらも座組のほうへ視線をチラチラむけて伺っていた。
地球の世界ならば木の棒を振って魔王退治に明け暮れる年ごろだ。幼き瞳には鉄の武器が伝説級の財宝に映っても仕方がない。
「あ、そうそう。そういえばさっきトイレでこんなものをもらったんだよね」
そんな幼き日に似つかわしくない格好をした龍がいる。
スードラは思い立ったかのようにレザーパンツの内側を弄りだす。
「じゃんっ! なんでか鼻息の荒い男曰く、色んな感度が300倍になる薬なんだってさ」
危険な場所からとりだしたるはどう考えても危険な小瓶だった。
見た限り、紫色をしたかなり劇薬臭い代物である。聞く限りでもそうとうな代物なのは確か。
類は友を呼ぶといやつか。スードラの格好を見て変な態度の仲間が彼を別の意味で同族と目をつけたのかもしれない。
「うえっ、なんだよその碌でもない効果の水薬はよぉ……。オレっちはそういう自分に自身がない系の邪道嫌いだぜ……」
「そういえばこちらの薬効は龍族にも効くのでしょうか。そのあたり私も多少の興味がございますな」
タグマフが岩色の尾っぽをしんなりさせ、レィガリアは多少興味をもったらしい。
要するに全員が暇なのだ。男同士を暇にさせておくと、たいがいこんな感じで良くわからないことになる。
どこぞの操縦士たちもそうだったように。どうやら男とは、地球世界でも大陸世界でもあまり変わらず、そういう生き物なのだ。
――感度300倍ってことはきっと痛風になる薬だな。後でとりあげておこう。
日差しを遮る樹木の影に座った明人もまたユエラたちの帰りを待つ。
優雅な時間の使いかたである。Lだのなんだのとちやほやされるのも悪くはない。しかしこうやって他者の目を憚らずくつろげる。故郷の田舎に似た情景が心安らぐ。
『甘くてほろほろで美味ですのよー! やっぱり聖都エーデレフェウスにきたらこれを食べなきゃはじまらないんですのよよよ!』
目の上のたんこぶの如き物体が浮遊していなければ昼寝でも決めこんでいただろう。
微風に挑発的な白の短尺スカートが渦を巻くよう揺らぐ。その都度みずみずく肉のついた太ももが光った。
明人は芝の上でのんびりしながらエルエルのおやつタイムを眺める。
――買ってやったのはオレだけどそれなに食べてんのさ。
『聖都の名産きゅーぶぜりーですのよ! ひと口サイズの立方体のなかにはなんとフルーツが入ってるんですのよ! 苺だったりメロンだったりと味が変わってそれはもう美味なんですのよ!』
斜め上からにゅっと伸びてくる子供っぽい手に天使からの施し物が摘まれている。
いわゆるあーんというやつ。明人はとくに感情もなく欠伸するみたいに口を広げて受け入れた。
『ね? 甘くて口のなかで溶けるようで美味しいですのよ?』
――ふんふんフルーツ寒天のノリか。普通に美味しいな。
パインと砂糖が良い感じ。忌憚ない高評価を下す。
聞いたエルエルはにんまり微笑む。
『こちらの世界の食べ物だってきっとそちらに負けてないんですのよ。なにせ種族たちの努力の結晶。すべてが種族たち作り出した愛おしき宝物ですのよ』
――紡がれる歴史が種より賜りし宝物ってか。わざわざ否定こそしないけど、こっちの食文化だって負けてないとだけ言っておくよ。
『言ってくれますですのよ! なら貴方様の紡ぐ歴史がどのような文化を生むのか高いところから拝見させていただくんですのよー!』
言うだけ言って翼を羽ばたかせながら木の枝に昇っていってしまう。
喧嘩のような物騒さはない。言うなればちょっとした小競り合いを楽しむ遊びのつもりだろう。
暇な天使は、小川のせせらぎを耳に子どもたちを眺めがながらおやつを楽しむつもりのようだ。
「もっくもっく……もっくもっく……」
そしてこちらも時間的にはブランチか。蒸したての芋がほこほこ蒸気を上げている。
てっきりユエラの警護とミルマの監視を務めるかと思えば、入店直前で身を翻し、ここにいる。
「もっくもっく……もっくもっく……」
一心不乱とばかりに芋を貪るリリティアが横にいた。
明人が足を組み替えがてらにそちらの様子を伺う。
「もっくもっく、明人ふぁんもじゃがばた食へまふ?」
「昼前だしガッツリ系の芋は遠慮しておこうかな。あとオレそんな空調に使えそうな作りしてないよ」
ほうれふは。リリティアは最後のひと口をぱくりと頬張るのだった。
「タウロス族直売所のじゃがばたです。乳製品の濃厚さと塩っぽさが蒸した芋に良くマッチしていい味してます。こんどお家でも作ってみましょうか」
「じゃあオレはとっておきのバターマヨネーズを作るよ。炭水化物にカロリー爆弾がよく合うことを証明してみせよう」
青草の上に隣り合ってすることと言えば実にも種にもならぬ他愛もない会話だった。
ここに敵とよべる物騒な手合いはいない。だからかリリティアも腰の剣を地べたに寝かせて身を軽くしている。
喰う寝る遊ぶ。考えてみれば旅行だろうが暇だろうがやることはそれほど変わらない。気を揉まされる龍が遠のいているなら尚の事気も抜ける。
「…………」
明人はしばし頬を撫でる涼やかな風を浴びながら目を閉ざす。
そうやって間という溜めを作ってから思い切ってリリティアに問うてみることにする。
「いつからオレがミルマさんの件をユエラに頼ってたことに気づいてた?」
「ほぼはじめからです」
あいまりの返しの速さ。
明人の心臓がドキリと跳ねる。驚きつつ瞼を開いて目を泳がせた。
するとあちらも長丈のスカートに隠れた膝を抱いて風に身を任せている。
「私だってそうします。あの子ならきっと底に沈んだ邪龍の心を救うことが出来るはず。邪龍に負けずとも劣らぬ環境でさえ真っ向から立ち向かってあの子は生き残りやり遂げたことを私は知っています」
どうやらリリティアは真実を知っていてなお怒っている感じではないらしい。
デートにこぎつけるための依頼を他者任せにしたということが気がかりだったのだ。
明人はほっとしつつ、リリティアの紡ぐ心地よい音色へ、耳を傾ける。
「それに私だってちょっとユエラに協力してあげてるんですよ。だから今もこうして部外者抜きで語らえる一席を設けさせてもらっているところです」
ツンと澄ました風の横顔は、身内感を抜いても、美しい。
もちろん女性的な美しさもある。が、ソレ以上に平和という風景に交わるようで美しい。
普段からニコニコとほぐれている彼女が見せる別の顔だった。清潭でいて冷たささえ思わす整然とした利発さ。
「あの子の性質上誰かが迷っているのをみすみす見捨てたりしません。やはり今回の邪龍の件は適材適所という形で言えばユエラにふさわしいんです」
明人は、無意識的にそんな横顔をじっと見つめてしまっていた。
ときおりチラ見せてくる知らぬ顔が……悪くないと思っている。とても、すごく、悪くない。
だからかガラにもなく照れくさくなって空を仰ぐ。
「そりゃあ抜け目がないことで。ユエラのことをオレ以上に詳しい相手へ問いかける質問じゃなかったみたいだ」
ユエラという少女への厚い信頼をのろけられてしまえば言い返す言葉もない。
リリティアもまた明人以上にユエラを信じているということ。
「はじめからオレの作戦は筒抜けだったわけか。それもミルマさんの監視役としてディナヴィアさんがついてるから抜かりないってことね」
明人は大げさに両手を上げて敗北を認めた。
ちょっと考えればわかった話だ。ふたりは人間が降ってくるよりずっと前から一緒にいたのだから。
「目のつけどころは一緒でも私のほうが付き合いが長いんです。明人さん相手でもそう簡単にユエラの姉ポジションは渡せませんよ」
「元からオレじゃ姉のポジションは無理だよ。目指しだしたらユエラに嫌われるだろうなぁ」
勝ちとったリリティアは得意げに筋の通った鼻をふんと鳴らし伸ばした足をパタパタ交互に揺らすのだった。
とはいえ懸念がないと言えば嘘になる。気分的には我が子に犬の散歩をはじめて任せるくらいなものではあるのだが。
ミルマが心を開いてくれれば万事解決、一件落着。もしそうでないのであれば……ユエラに辛い思いを押しつけてしまうかもしれない。
――がんばってもらうしかないよな。これがオレに出来る精一杯の手向けなんだ。
死人に口なし。どうとり繕うとも旦那と子を失った痛みから目を背けさせることしか出来ない。
そしてきっとユエラもまたそれを知っている。知っていて躍起になってくれている。なにより失うという辛さと痛みを理解しているからこそミルマを救うことを選んでいるのだ。
せめて天からの奇跡的な超凄いなにかで旦那と子に出会わてやれればスムーズにことも進むはず。
『今夜は久しぶりに晩酌といきたい気分ですのよ! ワタクシはこう見えて失敗から学ぶタイプなので前のように酔いつぶれたりはしないんですのよー!』
が、呑気な声におそらくは無理だろうという結論に至るのだ。
ああ見えてもやるときはやる。抜けていながらも肝心なところでは手を尽くす情の深い天使である。
魂を管理する審判の天使エルエルが傍観という立場を崩さないということは、つまりそういうことなのだ。
明人が思考に耽っていると、ふいに肩がついばまれる。
「そういえば今回ワーカーさんは一緒にこないんですね? なにかとあれば無駄に連れ回っていた気もしますけど?」
「ん、ああ……ちょっとワーカーさんは色々ガタがきててて改装中なんだよ。直ってもたぶん前みたいには戻らないかな」
聞かれて思いだしてしまう。
ワーカーはもう2度と立ち上がれない。
(区切りなし)




