534話 そして白龍で、剣聖で、家族で
ひとしきりの食事という工程を終えた会場は片づけの段階へ入っている。
しゅうしゅう音をたてながら短くなっていく導火線から火が消せるものか。会場の端では取り返しのつかぬ事態へ変貌を遂げていた。
「やーです! そんなのやーなんです!」
リリティアはイヤイヤしながらビートを刻む。
対してディナヴィアは冷静沈着だ。
「だが妾はやぶさかではない」
否、チョットムキになっているようにさえ見える。
あくまで確定させることはない。しかし子を設けるという点だけは譲れぬらしい。
するとリリティアはますますヒートアップしていくのだ。
「なんでですか!? こんなよわよわな明人さんのどこがいいっていうんです!? なし崩し的なアレなら許さないんですから!?」
青いリボンの巻きついた三つ編みを縦横無尽に振り乱す。
ガッシ、と。もうどうにでもしてくれ状態の明人を引き寄せる。
そしてついでとばかりにテーブルの上に置かれていた謎の瓶を手にし、喉を潤していく。
「――ぷはぁっ! 焔龍の言い分を聞いてあげようらないですか!」
さらには瓶をドンッと置きつつ返す手で相手へターンを渡すのだ。
「ソレは妾に勝利した。強き種を求めるのは女としての特権であるだろう」
「じゃ、じゃあソレはつまり明人さんを明人さんとしてみていないということです! そんな龍にうちの子を渡せるもんですか!」
「そういうわけではない。入り口はともかくとして徐々に相手と心を通わせつつこちらからも貰ったぶん以上の愛を注ぐつもりでいる。もし望まれるのならばだがな」
第1回争奪戦の模様はかなり逼迫していた。しかしどちらが優勢かと問われれば、圧倒的にディナヴィアだろう。
女と女の戦い以前にどちらも龍族である。こんな恐ろしい戦いもそうはない。
板挟みとなった明人も、オレのために争わないでくれ、なんて。言ってみたいが怖すぎて震え上がっている。
――どうおとしまえつけてくれるつもりだよ! おい!
だから横目でじろりと元凶を呪うのだ。
あと、出来れば早急に助けて欲しいという念も送る。
戦いの様子をじぃっと見つめているムルガルも、それに気づかぬはずがない。
「労せずに授かれると思っての提案だったのだが……すまない。俺が浅はかだったらしい」
無感情な顔だがいちおうの責任を感じているらしい。
「でも黄龍の目のつけどころはなかなか良かったよ。白龍がいなかったらって話だけどさ」
その隣でスードラもまたなにか複雑そうに苦い笑みを浮かぶる。
手にした骨付き肉を齧りながら、よそよそしい。マリンブルーな瞳はなにやらディナヴィアのほうをちらりちらり。
「……んー、ちょっと複雑だなぁ……」
そして渋そうに唸りながら尾っぽをしならせるのだ。
確定しているわけではないが、意中の相手である。
それが子供だなんだと争っている。きっといい気分はしないだろう。
「でもまっ、こういうのも味ってやつだね! 興奮するから別にいっか!」
どうやらスードラのなかでなにか別の良くない決心がついたらしい。
それからナニゴトもなかったかのようにして残飯処理へと生白い足を伸ばすのだった。
この世界は――とある種族を除き――死を願わなければ寿命という縛りが発生しない。そのうえ魂の制限というものがあるため子を宿すのに数10年単位を必要とする。
そんななか縛りの枠外から発生した唯一種族――人間の希少性とくれば破格だ。なにせ1人しかおらず、過去に例が存在しないのだ。
しかも人間を求めて争うのは、大陸最強と剣聖である。なおさらタチが悪い。
「妾は愛というものがどのようなものなのか知りたい。安易に子を宿したいというだけではなく、ひとつの命と共に築き広がる未来を見据えているのだ」
利己的であるディナヴィアはロジックで説き伏せようとする。
そしてリリティアはどんどん追い詰められていった。引っ掴んだ瓶をごくごく煽るたび、ふにゃふにゃになっていく。
「ダメなものはダメなんですう! 明人さんは焔龍のものりゃありまへん! ……私のれもないれすけど……」
「では互いに対等な位置にいるという認識で構わんのだな?」
「うぐ!? れも……れもぉ……告白したのはわらしがさきなんですもぉん……!」
そして考えることをやめた明人にしがみついたリリティアの、緋色の瞳が潤みを帯びていく。
所有権という話題になった途端だった。目のフチにたっぷりと涙を浮かべてすんすん鼻を鳴らし始めてしまう。
これにはディナヴィアでさえも困惑を隠せていない。
「は、白龍……お、落ち着け。1度こちらも落ち着く、だから……」
涙ぐんで意気消沈するリリティアへ、恐る恐る、腫れ物を触るように手を伸ばす。
しかし伸ばした手はバシッ、と弾かれてしまう。
「わぁー! 焔龍は明人さんにさららないれくらさい!」
ろれつも壊滅的に回っておらず。
ただ不機嫌であるということだけは伝わってくる。
「さ、さららら、ら? な、なんと言っているのだ?」
「あきとはんにははららないれくらはい!」
「よ、余計にわからなくなった……これはいったいどういう状態異常なのだ……」
こうなるとディナヴィアはどうあつかったものか。手をこまねいた。
決して暴力的なことには至っていないのだ。ただリリティアがちょっとした暴走をしているだけ。
「いっ、く……ぷへぁ……?」
――そういやさっきからなにを飲んでるんだ?
「明人はぁん!? わらひのはなひきいてまふかぁ!? もひもひー!?」
――ああくそ! すごいうざい絡みかたしてくる!
訝しむ明人へ、リリティアは四肢を絡めて全身で引っついてきた
頬にもちもちと桜餅色の頬がこすりつけられる。いつもより体温の高い肌、微かに香るホットミルクのような匂い。
そしてキツめのアルコールの余韻が口臭となってぷぅんと鼻腔を貫く。
ひとしきりダル絡みをし、それから忘れていないぞとばかり。濡れた緋色の瞳がディナヴィアをキッと睨む。
「ぶぶー! ここから先は焔龍の立入を禁止ですー! 明人ひゃんに指1本でも触れたらユエラです!」
支離滅裂。指を幾度も差し向けながら――いちおうの――警告を飛ばす。
しかしすでにディナヴィアとて学んだのであろう。もうこの状態になって半刻以上経過しているのだから。
「わ……わかった。とにかく逆らうことはしない……ソレにも触れない……」
女帝と呼ばれる者でさえ後退を余儀なくされた。
なんとも緩めの修羅場である。
そんなだからか周囲からも生暖かい視線が横目がちに、ちらちら。だが、関わるほど愚かではないらしい。
有様に周囲の姫も給仕も一緒くたになって、笑いを噛み殺し、遠巻きに見守っていた。
「ん~? うひっく! ほういえら喉が渇くんれすよぇ……?」
そしてリリティアは明人を開放してふらふらと離れていく。
解き放たれた鳥のような――千鳥――足どりで会場を彷徨う。
「おみずぅ……? おみずはろこれすぅ……?」
そのまま夢遊病患者の如く会場の詮索を始する。自由すぎた。
「ねぇ、ユエラちゃん? 白龍っていつもあんな感じなの? 僕の知ってる白龍のイメージとだいぶ違う気がするんだけどさ」
スードラに問われたユエラはすでに頭を抱えている。
「いや、その……さっきからぶどうの強いお酒を飲んでいるからと思うんです。っていうかソレ以外に考えられないというか……」
どうやら見ていないところでなにかしらのトラブルがあったらしい。
明人は発言から疑問を覚えた。
「……ぶどうの強いお酒?」
何気なく、食事の置かれたテーブルを順繰りに、確認する。
「ん……あれは酒瓶?」
すると先ほどからバイブルのようにリリティアが飲んでいた酒瓶が、空の状態で転がっていた。
おもむろに近づき、中身が飲み干された瓶を拾い上げる。
「ぶどうの強い酒って……――これまさかッ!?」
青ざめるには十分な代物だった。
しかもとある卓の上。同様であるであろう瓶のなか。その液体は美しい琥珀色をしている。
さらにはご丁寧なことに新作試飲とまで。異世界文字で書かれたラベルまで貼られているのだ。
「ぶどうを原料にした蒸留酒ってことか!? つまりリリティアの飲んでたのはブランデーか!? しかも生地のやつ!?」
明人の予測が正しければ最悪の事態である。
瓶の中身は度数40%を超えるアルコール飲料が保存されているはず。
蒸留酒。通称火酒とも呼ばれ、醸造酒とは比べ物にならぬ強力な酒でもあった。
さらに樽の色が滲んでいるということは、しっかり寝かせて薫りを与えた、いわゆるブランデーだ。
そしてそれは明人が珍しく許され広めた技術のうちのひとつでもある。
「明人はぁん! 勝手にどっかいっちゃだめれすよぉ!」
「オレはずっとここにいるよ! それよりお酒が弱いんだから水を飲んで薄めなさい!」
そうこうしているうちにすっかり出来上がった酔っ払いが帰ってきた。
明人が慌てて水を差しだす。
求めていた水を手に入れた手に入れたリリティアは当たり前のように彼の腕へぴったり身体を引っつけるのだ。
動きを制限された明人には、原因がわかったところで成す術がない。
「んくんくんく……ぷはぁ……」
「……お水美味しい?」
リリティアは落とさないようしっかり両手でコップをもつ。
コクリコクリ、と。たかが水をだが美味しそうに喉へ流していった。
「お水はお水れす。明人さんもほひます?」
「……ほひまへん。だからその――ッ! 唇をすぼめて近づいてくるのを今すぐやめなさい!」
「今日の明人さんは2つぶんれすねぇ? ろうひまひょう? 1回へ2度美味ひい感ひの進化れすよぉ?」
「それはたぶん退化だ! しかもリリティアのな!」
リリティアは介抱されながらも、しだいに虚ろ虚ろと小舟を漕ぐのだ。
幸か不幸か。こうなっては論じるどころの騒ぎではない。
ディナヴィアは「……ふむ」神経質そうな眉を寄せつつ吐息を漏らす。
「これが世に聞く酔いというものか。あの白龍がここまで崩れるとは恐ろしい効果だな」
ここで戦いは引き上げとするようだ。
というより熱くなっていたのはリリティアだけ。彼女はただ受け答えていただけに過ぎない。
スードラも試しに瓶のなかをぺろりと舐めて「まずぅ……」どうやら口に合わなかったらしい。
「酔っ払っただけでしっかり者があんなことになるんだね? なんか壊滅的な壊れっぷりに見えるよ?」
きょとん、と小首を捻ってリリティアを眺めた。
しかしその認識自体が間違いなのだ。
龍たちですら彼女を点でしか知らぬ者。そう、彼女を剣聖やら白龍と呼ぶ者たちに限って、彼女のことをなにも知らない。
そしてそれは距離をとる者たちと、リリティアの頭を膝に乗せて介抱する者たちの違いでもあった。
「まったく……羽目を外しすぎよ。でもリリティアがこんなに油断するなんて珍しくない?」
「同族と一緒に旅行ができて前の晩からわくわくしてたからなぁ……よほど嬉しかったんだろう。しかも目に見えて今日1日中浮かれっぱなしだったしさ」
なーるほどねっ。ユエラは呆れつつ歌うように明人に同意を飛ばす。
どちらも決して怒ることなく、リリティアの穏やかな寝顔を見下ろすだけ。額に貼りついた髪を散らしたり、頬を優しく撫でたりした。
昔々、とあるところに1匹の同胞から追放された龍がいた。
女性の姿を得た彼女は、澄んだ金色の瞳をしたとても美しい女性とだった。
龍という血筋から、柔軟かつ強靭であり、さらには剣の腕にも優れる。物腰も柔らかく、料理が得意な上品な性格だった。
それがあってか種族たちから一目置かれる伝説級の称号を得る。剣聖それが彼女の2つ名だった。
眉目秀麗、質実剛健、そのうえ凛々しさすら備える。
しかし彼女は誰とも接することがなかった。
どころか群衆から遠のく誘いの森という危険な地で居を構えていた。
まるでわざと自分の姿をくらますように。
「誰よりも寂しがり屋のくせに……さ」
「しかもお姉さんぶってる癖に甘えん坊なのよね」
明人とユエラだけは理解している。
リリティアには己を封じこめなければならない理由がありすぎたことを。
機転も利くし、剣術だって常軌を逸して戦闘能力も尋常ではない。しかしそれはぜんぶ彼女なりに身に着けた……身に着けねばならなかった処世術である。
「すぅ……すぅ……すぅ……」
ひとたび眠りについてしまえばなんてことはない寂しがり屋で、ただの甘えん坊。
楽しいことが大好きでちょっとはしゃぎすぎてしまうくらい普通の女性なのだ。だから本当に彼女が必要としていたのは支えてくれる、誰か。
ずっと見てきた者たちだからこそわかる。そんな彼女が生きたから、生きる命がある。
「しかも超がつくほど面倒臭がりなんだよなぁ。後に回すのが面倒だから先にぜんぶ片づける。だからしっかりしてるように見えるっていうさ」
「そうそう。見えないところでは物凄いテキトウなのよね。脱いだ服とかそのままだし、自分ひとりのときの料理なんて1分もかからないで作れるテキトウ料理ばっかりだもん」
「髪だって誰かが云わないと寝癖のままだしなぁ……」
「明人がきてから少しはましになったのよ……? 昔は日向でずっとごろごろしてたこともあったし……」
明人とユエラは思い出を語るような口ぶりだった。
しかし頬に触れる手は優しく、声も同じくらい控えめ。
この1人とひとりに限っては周囲と違うのだ。
リリティアを龍としてではなく、剣聖としてでもない。ひとりの女性として扱うことが出来ていた。
「さて、オレはこのモチモチを寝室に沈めてくるよ。いくら暖かい季節って言っても寒がりだからさ。布団くらいかけてやらないとな」
「じゃあ私は明日の旅行の行程でも洗っておくわね。リリティアとミルマさんのためにも楽しいイベントとか組んじゃうんだから」
朝寝坊し、やりたいことをやりたいだけやって、1日を終える。
それが出来るのも家族がいるから。
リリティアが救った命は2つ。確かに彼女の横でしっかりとした輝きを放っている。
そんな人間と混血もまた、はぐれ龍の幸福を祈りつづけていた。
「あきとは、ん……ゆえりゃ……ずっろいっひょが……いぃん、れふ……」
青いリボンと三つ編みが、ぴょこんと揺れる。
きっと明日は彼女にとってもっと良い日になることだろう。なにせ彼女以上に、もしくは彼女と同じくらい、彼女のことが大好きな者たちが、ずっと傍にいるつづけるのだから。
「……すぅ……すぅ……すぅ……」
「……まだここにいてあげられるからさ。今はゆっくりお休み……」
操縦士は、あったか物体を背負って会場を後にする。
明日も目まぐるしく、そして愉快であることを望んでいた。
○○○…………★★★
以前に貼っていた画像紹介のコーナー
※私事有り
目隠し用両性女より巨乳審判のですのよ天使の詰め合わせ
ということで遅ればせながらの紹介です
こちらお世話になっております『羅鳩』様よりいただきました
時の女神
時の支配者
やがて来る者
龍玉を手にしたクロノス・ノスト・ヴァルハラです
美しさと狂気、そして狂喜の入り混じった微笑がたまりません
見てくださっているかたがたには彼女がどのように映っているのでしょうね
ちなみに私は彼女の格好を「乳カーテン」と読んでいます
あと目の形は置いておくとして肩車をしたいです
・・・・・
『チョット真面目なお話』
本編中でも説明があったように玉とは宝石という意味合いですね
明人いわく「カラットした感じ」ってやつです
実はクロノスという女性は物語を書き始めるに至ったキーパーソン的キャラでもあります
そしてそのキーパーソン的な鍵キャラは
あと3キャラ、あるいは2キャラほどいます
登場していますし、登場していない可能性もありながら、登場しないかもしれません
そしてその事実を伝えるのに
それほどお待たせすることはないと思います
それでは




