527話 そして女帝として叶えたかった夢の在り処
聖都の民に巡礼者や旅行者が蔓延る彩り豊かなフラワーガーデン。
紙包みからバケットを覗かせ日常を送るエーテルの女性が、連れたピクシー族の少女へ林檎を手渡す。
あちらでは影に潜むような風体の男がいて、足元をドワーフ族の少女がうろちょろする。
どうやらそのふたりは資材の買い込みにきたカップルだったらしい。少女にフードを剥ぎとられたエルフ族の青年は恥ずかしそうに赤らんだ指で頬を掻く。
それ以外にもここから見える世界は、迷い込んだ人間の目を飽きさせることはない。
尾を触りたくば金をよこせとせびるラクーンの少女がいて、冒険を終えたであろう混合の一党たちが討伐の証の入ったズタ袋を交代で抱える。
まるで世界創造のようだ。
明人がはじめて訪れたのもここ聖都である。
そのころはエーテル族と目から光の失せた奴隷たちで構成されていた景色が、こうも劇的に変わるとは。
夢どころか現実味すら希薄になってくるというもの。
「さてと――」
それらを横目に昼食を終えた一党は遂に動きだす。
明人は名残惜しいイスから薄く硬い尻を、よいしょとあげる。
目的はミルマの堕ちた心を癒やすこと。腹も満たされ、いよいよ旅行の本番へ繰りだす。
「と……て、さ……」
のだが、袖が引かれて名残惜しいイスへと引き戻されてしまう。
犯人はすぐ横のリリティアである。なにが楽しいのかニコニコと頬をほぐしたまま。座った姿勢で両足をぱたつかせている。
ためしに明人がもう1度出発しようと試みてみる。しかし袖は異常に強い龍の力によって即、引き戻されてしまう。
「あー、そろそろいかない? このまま時間を無限に使ってられるほどオレの寿命は長くないんだよね?」
「あら、添い遂げられるなら私としても本望です。でも、もう少しのんびりしててもいいじゃないですか。なにもそんなに生き急ぐことなかれですよ」
どうやらリリティアはまだゆっくりを所望であるらしい。
「そうはいってもなぁ……」
明人はしばし空を捉える。日が高いことを確認した。
それから目を閉じ、頬を掻き、ご所望通りに腰を据える。
彼女がこう、ワガママを言うのは珍しい――……わけではない。しかし大抵の場合は理由が付随する。
――ユエラがいないからお姉さんぶらない感じかな?
ちら、と見ればだ。
明人がそちらをみればだいたいの確率で金色の瞳と目が合う。
――そうだなぁ。でもそろそろ合流しないとなぁ。
「ゆっくりしましょっ。ね、明人さんっ」
そしてリリティアが慈愛の笑みをかたむける。
一緒に女の子らしい華奢な肩がすくめられ、後部で結われた三つ編みがゆらり揺れる。
そうなるともう明人にとれる手段なんて1つくらいしかないのだ。
「ゆっくりするかぁ。でもこのままだと良い天気だから眠くなりそうだなぁ」
「ふふっ。もし眠くなったら膝枕してあげちゃいますからご自由にどうぞっ」
立とうとすることをやめると、摘まれた袖も自動的に解放される。
根負けとは少し違う。なんとなくだが明人も、リリティアに言われ、ゆっくりしようという気になっただけ。
それになにより日はようやくかたむきだしたばかり。急ぐには、まだ、急ぎすぎだ。
「リリティアはユエラが上手くやれてると思うかい?」
「上手くやっているはずです。きっと今ごろ邪龍はユエラのバイタリティにひれ伏しているところですね。運動不足ならば汗まみれのバテバテのバテです」
「おおすごいなユエラとミルマさんふたりの光景が簡単に想像できるぞ。……あと、ちょっと同情しちゃう」
ユエラとのつき合いは、明人よりリリティアのほうがかなり長い。
そのため……まさか経験談か? とにかく彼女への信憑性というか信用が厚いのだ。
しかもミルマのエスコート相手は、あのユエラであることも大きい。
今ごろは種の身体に慣れぬミルマを、本来の意味で引きずり回しているころだろう。
女性同士だからこそとれる心の対話もあるという。ならば無粋な男が割って入って邪魔をするのは忍びない。
「……良い天気だなぁ。こんな風に聖都でゆっくりするのなんてはじめてだねぇ……」
「……ですねぇ。というか明人さんがゆっくりしているところとか私そんなに見たことないんですけどねぇ……」
波長が合う。2人は隣り合って同時に茶をずずずっ、と啜った。
しかし平和なのは切りとったいち部だけ。先ほどから威圧的に鱗の尾っぽが揺らいでいた。
明人が急ぎたかった理由はソレ。今まさに目の前の光景が原因である。
「なぜ黒龍がここにいる? 選出されたわけではないにも関わらず、なぜクレーターの外にいるのだ?」
感情の読めない1つの表情の周囲に火の粉が舞う。
紅のドレススカートのスリットから、ぼろり。野太くムチムチの龍の尾っぽがハミでた。
追随するようにスードラも腹の減った子豚のように文句をつける。
「ぶーぶー! 僕ですら外へ自由に行き来することは自重してるっていうのにぃ! これじゃただのルール違反じゃないかあ!」
この状態を名称づけるならば、第1回聖都龍族談話会といったところか。
お題目は、オマエなんでここにいる、だ。
「んー……おしごとっ!」
しかしセリナはまったく悪気のある素振りすら見せず。
ピースサインを顔の横に当てて2匹の龍へ、キュートなウィンクで星を飛ばす。
「それにわたしはもう聖都に住んでるしね! 他のぐうたら龍と違ってお賃金を稼がないとお家賃が払えなくなっちゃうもーん!」
「あっ! 開き直ったなあ!」
スードラが食ってかかるも、気にする素振りすら見せやしない。
どころか「見て見てこれ! 似合うっしょ!」その場でステップを踏みながらくるりと回って制服を見せびらかす。
さらに意外や意外。オープンテラスの他の客席からはウーファーの歓声が舞いこんでくる。
「いよっ! 看板娘っ! 武運の女神っ!」
「今日も1日の後半を乗りきる元気を貰いにきたぞぉ!」
「くぅぅ! ムチムチの尻尾と腰の翼が目の保養になるぜぇ!」
とにかく兵士が多い。しかも男が大多数を占めていた。
どうやらこの店には常連が多いようだ。昼時から満席なのは彼女を目的として来店しているからか。
セリナはそんないきり立つ客たちを順繰りに巡って、次々笑顔を振りまいていく。
「いえーいぴーすぴーす! もっといっぱい食べてい~っぱいセリナちゃんポイントを溜めてってよね!」
煽られた客たちはまさに燃える炎の如し。
割れた薪を消し炭にするような勢いで注文した皿のパンやらピザやらを口に詰め込んでいく。
「よぉし! こっちは完食だぞ! いつもの頼むぜ!」
「いいねいいね男らしいぞぉ! じゃあご褒美にぃ……セリナちゃんポイントひとつあげちゃうよね!」
どうやら1つの注文を完食するたび謎のポイントが貰える仕組みらしい。
客の完食を確認したセリナは「うーっ!」と唇をすぼませた。
そして客のテーブルの上に置かれた謎のカード拾い上げ、キスをしてマークをつける。
――ぽ、ポイントカード商法だと!? ま、まさかセリナのやつ独自にその商売法に行き着いたのか!?
明人は雷撃に打たれた――ことはないが――ような衝撃を全身に覚えた。
まさか現代人ですら見落としていた、もとい忘れていた商売法らしきものが、異世界で確立されているとは。
しかもカードには、パン屋『ツェーデエーフ』特製セリナちゃんポイントカード、と書かれているのである。
――いや、だがしかし待てよ。ポイントカードの魅力とは特典にありだ!
「どうしたんですか明人さん? さっきからなにやらガクガクしてますけど?」
横でリリティアが茶をすぴすぴ啜るが、明人はすでに思考の海を彷徨っていた。
セリナ如きに先どられたという悔しさを覚えつつ、冷静かつ迅速に状況を分析にかかっている。
――ポイントカードにポイントを溜めるのであればそれ相応の対価を用意しなくてはいけない! それを疎かにして陳腐な皿なんてものでもくれようものならそれこそ看板の評価が落ちるだけだァ!
するとセリナは、とある客のカードをひょいと拾い上げて尾をぬるりと揺らす。
見ればそうとうな常連らしい。すでにポイントを刻む枠部分がキスマークだらけになっている。
「むふふっ! 兵士さんなかなか溜まっちゃってるよねぇ!」
「んふっ! セリナちゃんポイントの特典が楽しみでつい毎日通っちゃったわ!」
しかもエーテル族の女性である。
彼女の座るイスにはしっかりと剣鞘が立てかけられており、装具も他の兵たちと似通ったものを帯びていた。
セリナは、舌先で唇を湿らせながら「じゃあ……」と。エプロンのポケットからとりだしたるは淡い桜色のリップグロスである。
そして鱗尾の生えた腰を揺らしつつグロスの先端を薬指でなぞる。湿った唇へと塗りつけ、カードへキスマークをつける。
「きゃー! あと1セリナちゃんポイントで全部埋まるわあ!」
受けとった女性は愛おしそうにセリナちゃんポイントカードを抱きしめた。
そんな光景を海色の瞳と漆黒の瞳が怪訝そうに観察している。
「ふにゅうくんふにゅうくん。ちょっと僕は思うことがあるんだよね」
「なんだいスードラくん。今思っていることを答え合わせしようじゃないか」
セリナという少女を知っている者たちだからこそ共感が生まれるのだ。
あの、色欲の権化のような褐色女に限ってその域を凌駕することはないはず。むしろ期待通りの結果を生むことだろうと予測する。
「絶対にあれエッチなヤツだよね。ぜんぶ溜まったら溜まったアレをアレしちゃう系のアレだよね」
「指示代名詞づくしはやめなさい、でも今日は許す。アレは間違いなくアレだろうしな」
明人の思う答えとスードラの答えが、悲しいことに一致した。
しかもダメ押しとばかりにセリナは、大事そうにカードを抱える女性の耳元で囁く。
「あと1セリナちゃんポイントが溜まったらぁ……バトルだからね?」
「は、はひぃ……! セリナちゃんとのバトル楽しみにしてましゅぅぅ……!」
囁かれた女性はぞくぞくと背を弓なりに反らして震えるのだ。
それは――明人とスードラの予想なら――公序良俗を侵害する行為に他ならない、行為である。
いわゆる風営法違反というやつ。このままではパン屋がパン屋としての面目を失ってしまうだろう。
「……止めてくるか……」
「……そうだね。さすがに黒龍を野に解き放つのは危険だもん……」
男共が正義のために立ち上がった。
その直後「ああなるほど」と。横でリリティアが白枝の如き手を打つ。
「黒龍が龍としての力を振る舞って兵たちの鍛錬をするというポイントですね」
男共は意味なくあげた腰を同時にもう1度落とすのだった。
「ところで、おふたりは立ち上がってどうしたんです?」
「……いえ、なにも?」
「……う、うん。まあ立ちたくなる日もあるよね?」
どうもこうも、心が汚れているだけだ。
よく見ればここに集まっている大半が兵士である。
もし男共が想像しているような状況ならば女性がいることの説明が――つかないわけでもないが――つかないのだ。
「明人さんも海龍もさっきから変ですよ? さっきから青くなったり赤くなったり忙しいですし?」
リリティアの無垢な黄色に見据えられ、明人とスードラは力なくうなだれる。
「うん……まあ確かにオレは変だったよ。やっぱり先入観ってダメだわ……」
「でもさ……普段の黒龍を知ってる身としてはそう思ってもしょうがないと思う……」
不埒な男共は己等の無粋な邪推を呪うのだった。
そうなると話は変わる。セリナは上手く西側に順応していると言える。明人やスードラよりも、よほど。
「いらっしゃーい! ツェーデエフパンの新商品かれかれぱんぱんはいかがって感じー! ちょっと辛いけど甘口もあるからちょー安心だよねー!」
尾と翼を隠さぬ龍の珍しさもあってか満員御礼だ。
活発な笑顔で接客をこなしていく。分け隔てない対応は次第に行き交う種族たちの足を止めさせる。
額に汗を浮かべながらせかせか。テーブルを足繁く回る姿に龍もなにもあるものか。スカートが異様に短いこと意外は誠実だった。
そんな働くセリナの流れる尾っぽを、じぃっ、と。紅玉の瞳が追っている。
「……これが……なのだろうか……」
聴力の良い明人でも聞き逃してしまいそうなほど。
ディナヴィアの硯を磨るが如き小さな囁き。
「本来の姿というのはあるべき形です。もしも現状に広がる風景が本来だとするならば過去を責める理由にはなり得ません」
その肩がけのドレスに覆われた肩へ、リリティアは手を乗せるような感じで支えた。
「とある工程を経て現状に至ったんです。そしてそれは工程を経なければ私たちの前に姿を現すことはありませんでした」
「……では白龍は工程を経ずに現状を見ることは不可能だったと言いたいのか? もっと早くにこの光景を目の当たりに出来ていたかもしれぬというのにだぞ?」
「必ずしも私の言うことが正しいとは言い切りません。ですが、過去を移す鏡というのは現在です。現在が満たされているということは過去の暗い場面があってこそようやく満ちるものです」
少なくとも私はそう思って生きています。そう、言い切ってしまうのも……きっと強さだ。
リリティアは、ディナヴィアの頬に頬を添え、瞼を閉ざす。
腕は彼女の首に回して、まるで落ち込む後輩を慰めるように頬を擦りつける。
――過去の辛いことがあったから今がある。今があるのは過去に辛いことがあったおかげ。そうじゃなければ今の形は本来ありえない。
先ほどディナヴィアは、これがあるべき姿なのだろうか、と言ったのだ。
その後悔へ、リリティアなりの答えは過去を許容するものである。
明人にとってはなんとも詭弁であることには変わらない。たとえリリティアの言ったことだとしても答えのない問答にかこつけた優しいだけの回答としか思わない。
「オレもリリティアと同意見だよ。ディナヴィアさんの龍玉を使うという決定を正しいとは言わない。でも、間違っているとも思わない」
だが、リリティアの回答で十分だとした。
罪の行方は神にある。神の暴虐がなくば誰も傷つくことはなかったのが今宵の戦争なのだ。
明人は完全に冷えた茶を啜って喉を湿らせた。
「もし龍族がこっち側にいたら覇道の呪いの影響を受けていたかもしれない。もしそうなっていたら……」
「僕たちが他種族を蹂躙しちゃってたかもしれないもんね! 僕たちは種と関わることに焦がれて種を愛しつづけられていたんだ! だからきっと焔龍が僕たちを鍵のかかった檻に閉じこめてなければ、こんな素敵な世界はこなかったのかもしれないね!」
割って入ったスードラが、明人の言いたいことをだいたい言ってしまう。湿らせ損だ。
後ろ手に屈んでディナヴィアを下から覗き込む。そうして歯を見せるようにしてにしし、と小癪な笑みを浮かべた。
明人が「おいこら」軽くスードラの生白い脇腹へ肘鉄をすると、「ごめんごめんっ」反省する気はないらしい。
ここにいる全員が、女帝だった彼女を攻めたりしない。かといって龍族全体がそうであるとは言い切れないが、言ったところでしょうがないのだ。
還った命は返らない。それは世界が変わっても世の理でなくてはならない。
「……過去があるから今がある、か……」
すると視線すら動かそうとしなかったディナヴィアは僅かに表をあげた。
本当に僅かに紅色の踊る瞳が光を帯びて日に揺れる。
腕のなかではルリリルがすぅすぅ寝息を奏で、なんとも穏やかである。
「ならば妾は……妾自身と邪龍を罰さなくても良いのか?」
しかし口から飛びだした言葉は穏やかさを凍りつかせるものだった。
そしてそれこそ彼女の尊顔がいつまで経っても晴れ渡る空のようにならないでいた理由。そうだと知るにふさわしいもの。
「死を思い朽ち征くことは逃亡に等しいか? ならば生に縋りながら贖罪を重ねれば良いか? 妾はいったいどのように立ち振る舞う事を望まれているのだ?」
与えてほしかったのは幸福や喜び、ではなく精算。そういうこと。
つまり、本当のところディナヴィアは罰してほしかったのだ。そうなると聖都の旅行に同行したのも、己に科した罪の意識か。
――元凶は神だってことははっきりしてる。それでも苦しむのならディナヴィアさん自身が自分で断ち切らなきゃいけないんだよな……。
明人は腕組みして答えを導く努力をする。
正直言って面倒くさい。なぜなら自分も答えをもっていないから。
それになにより自分は被害をそれほど被っていない。戦力が必要だから決闘をしただけ、要するにただの勝手なエゴ。やはりその件は対岸家事に等しい。
となると彼女を真の意味で許せるものはいるだろうか。
――いない、死人に口なし。永遠に罪ならざる罪を背負いつづける。
オレのように。
否、明人は知っているはず。
是、彼だからこそよく知っているのだ。
追放され、道を斬り開き、己の居場所を定め、救う。そうやって孤独に高めた、ひと振りの優しくも勇敢な剣がいる。
「なにも望んでないです。だってこの私が許してあげているんですからその他が騒いでも雑音なんです」
「それに……」と。リリティアは遠間からこちらをもじもじ観察している者を、ちょいちょいと手招いた。
誘われるがまま。こちらに駆け寄ってきたのはベーカリーの店員。だが注文をとりにきたわけではないらしい。
「まー……なんていうかしょうがないっしょっ? 結束して焔龍を止めてあげられなかったわたしたちもわたしたちじゃん?」
セリナにしては珍しく、ほどほどに照れている。
上の空へ視線を逃しつつ、日焼け色の頬をぽりぽり掻く。
「それにわたしなんてかるく5匹は生んじゃったわけだし……捧げたようなもんだし? しかも途中からなあなあな感じだったしさ。邪龍に連れて行かれる卵に手を伸ばそうともしなかったからねぇ……」
そう言ってバツが悪そうな「たはは……最低だよね……」苦しそうに笑うのだ。
途端にディナヴィアはうつむいてしまう。ルージュのひかれた唇を真一文字に結んだままで。
「…………」
あいも変わらずというか、こういう状態でもなにを考えているのか読みにくい表情である。
しかしなんとなく明人には、声をかけて欲しがっているように見えた。
「夢、叶えてみたらどうだい?」
「……夢、か」
ディナヴィアは明人の言ったことを繰り返す。
きっと彼女は子供がほしいだけ。今まで産み捨ててきた龍たちとは違う。未来ある小さき命を得たくてたまらないでいる。
「夢……夢……叶える、か……」
「すぴー、すぴー……ぷふぅ……」
きゅっ、と。腕のなかで眠りこける幼子を包み込む。
開かれた龍の翼で覆われてしまうとあっと間に夜のなか。舞う焔の粉が星のように瞬いた。
日のある夜にまぎれる彼女の表情を見ることは誰にも出来ない。
だが、震える翼越しに肩へ手を置いたリリティアも、もう片側を支えるセリナも。どちらも等しく優しい笑み。
「夢が夢だけに叶えてから後のことを考えればいいさ。それでももし誰かに背を押してほしいのなら……」
自分の夢を追った人間がいる。
背負いきれなかった数多の夢を負った人間だ。
そんな人間がひた走ったからこそ彼女にソレを伝えることが出来る。
「オレが命令するよ、勝利者の権限ってやつを使ってさ。体面を気にせず自由に生きろってね」
優しい強さを――……
「幸せになってご覧。うんと幸せになったならきっと死んだやつも浮かばれるはずだから」
優しい嘘に包んで教えてやることが出来た。
操縦士の夢は、まだ叶っていないから。
こちらの交わした約束は、まだ叶っていない。
「……あり、が、とう……」
拙く聞こえたディナヴィアの礼で、罪悪感が薄れた。
そんな気がした。
○★★★★




