525話 そして聖都ナンバーわん!
テーブルに頬杖をついたジャハルは、ゆらゆらとクリーム色の尾を揺らす。
レィガリアによって語られる、寄る辺なき悲しき運命を背負った話に興味があるようだ。
「それで聖女の強かさと淑やかさに心奪われたというわけか。まさか冥より賜りし宝物が天界の伝え手に恋するとは……なんとも言えんな」
「あの御方のお口から直接聞いた話ではありません。ですが我々に見せた行動から推測するに遠からぬかと」
ジャハルはレィガリアの語る王の話に表情を渋くしかめた。
複雑な心境だろう。完全悪だと決めつけていたものが死を望んでいたと聞かされるのだから。
「フン。死に怯え、癒やしを女に求めるか。戦の元凶とはいえ存外、心は脆いものだったのかもしれんな」
「神より賜りし宝物とはいえど心の強度は私たち種族と同様だったのでしょう。少なくともあの御方は……私たちのように笑い泣くことが可能だったのです」
蘇る悲しみの火が再燃したか騎士たちは下をむいて鼻を啜りはじめてしまう。
ジャハルは落ち込む男どもへ「おい、しみったれるな」喝を入れる。
「感情があれど異形の者には違いない。オマエたちだってアレが消滅するべきモノであるという道理くらいわきまえているだろう。好いていたのであればこの結末を笑って受け入れてやるのも優しさだぞ」
肝いりの母の如く一蹴する。
「それに事情はどうあれ種を滅ぼすという結論に至ってしまったのは弱さ以外のナニモノでもない。たとえ境遇が過酷だとして同情はすれど共感することは愚かだ」
若干だが声色はなだらかであった。さながら親が子に言い聞かせるみたいな感じ。
未だ迷いある騎士たちへ、彼女なりに主の死を受け入れさせたいのだろう。
「今ある世界で悔いなく生きてみろ。悔やむのは死んでからでも遅くはない」
そう、やや強引に話を締めくくるのであった。
騎士たちよりも彼女のほうが遥かに気風良く、よほど男らしい。発情さえ発症していなければリーダーとしての素質があるのかもしれない。
――こんなでもいちおうは、狼一族のお姫様か。
「なにか言いたそうな目をしているな? 話があるならついでに聞いてやるぞ?」
獰猛な瞳がギロリとこちらを見据える。
睨まれた明人は「いえ、なにも?」知らぬふりでグラスの氷を齧るしかない。
試合中あれだけのことがあったにも関わらず。ジャハルはとうにけろりとしていた。
気絶は一時的な昏倒だったらしい。それにさほど深手ではないことも起因しているのだろう。
ジャハルは湿っぽい話に――獣耳は寝ているが――聞き耳を立てつつ、運ばれてきたドライソーセージを豪快に貪る。
「まったく……目覚めたら試合がすでに終わっているとはな。また美味いところを食いそびれてしまった……」
ぶつくさ文句を垂れながら「追加の肉を頼む!」まだ英気を養うつもりらしい。
すると店の奥からは「ほいよぅ!」活気の良い売り子の声が響いてくるのだった。
面々からはすっかり試合の余韻も冷めている。あれだけ敵意をむけあっていたというのに卓を同じくブランチを楽しむ。
――それにしてもまさかグラーグンの想い人が、テレーレ……聖女だったとはなぁ。
軽食を終えた明人もぐぐっ、と伸びをし背もたれに体重を預ける。
この事実は読み違えたというより思慮が足りなかったと猛省すべきであろう。グラーグンの狙いは、リリティアではなく、淑やかで強かな聖女だったのだ。
天界の伝え手である聖女は、輪廻にて浄化され、記憶を失い生まれ直す。そして必ず似た性格を宿すらしい。
現聖女であるテレーレもまた、過去聖女であったテレジアと同じく王の座についている。つまり名は巡れども魂の色だけは変わらぬということだ。
変わらず導き手となる聖女に、グラーグンは恋をしたのだろう。
真実を知るには遅いが、明人とてアレが恋をしていたという物的証拠を握っている。
「……不死薬なんて作ってる時点で狙いはリリティアじゃなかったわけか……」
ちらりと店奥を眺めると、キッチンのほうで金色の三つ編みが無邪気に踊っていた。
どうやらキッチンと食材を借りて新メニュー考案に協力しているらしい。
リリティアの料理に興味をもった面々もそちらで一緒になってワチャワチャなにかしていた。
「……龍の血脈を己の器にして転生する。あとは新しく生まれ直した次期聖女に偽りの記憶を埋め込んで永遠の愛を誓う……」
ふざけんなボケ。妹には絶対に聴かせられないような悪態を、つい口にしてしまう。
明人はソコにはいないと知りながらも、空へむかって恨み言をこめて睨む。
すると横からジャハルはからかうみたいに目を細める。
「ずいぶんとご機嫌斜めのようだな? 剣聖殿が獲られかけて冷や汗でもかいたか?」
「……そんなんじゃない。追い詰められたグラーグンが気の毒になっただけだよ……」
「ま、確かにだな。聖女様の処刑に剣聖様の確保。あまりに難度が高いにも関わらずやり遂げようとする信念には怨みのようなものさえ感じる」
なんて。明人に同意するようなことを言いつつも、ジャハルは笑いを噛み殺していた。
それにしても店の奥ではいったいなにがおこなわれているのやらだ。
うー、だの。ですー、だの。ですわー、だの。楽しげな会話が食器のぶつかる音と一緒になって聞こえてくる。
調理器具を片手に右へ左へ、白い裾をはためかせ、右往左往。控えめに言ってなかでは楽しんでいる。
そんなリリティアらを横目に、明人は大あくびをくれた。
「ま、リリティアに惚れてたんならそんな酷いことなんて出来るはずないだろうな。好きな子の悲しむ顔なんて見たいはずがないし」
食後の休憩。胃は満たされてすっかり瞼が重くなってくるころあい。
昼下がりに雑踏をよそに影の下で空を仰ぐとは贅沢なロケーションだろう。しかも店は奢りである。
だが、なにやら異変を感じてくつろげない。
「……なんだよ?」
明人がふとした様子でそちらを見ると、なぜか騎士たち視線が一斉に散らばった。
しかもレィガリアまでもがとても優しい顔でこちらを見ていた。
困惑しながら「え、なに……?」と問う声は、別の声によって上書きされてしまう。
「き、きき、貴様……ッ! い、いつも嘘ばかりついているくせに唐突になにを口走っているんだ……!」
口の回りを肉脂でてらてらにしたジャハルが、顔面を真っ赤にしながらあわあわしていた。
なにか言っただろうか。明人は記憶を辿って先の発言を思いだす。
「だってそういうものじゃないのか? 好きな子と結ばれるのは世界一幸せなことで、好きな子と結婚出来るのは宇宙一幸せなことなんだろう?」
一瞬だけだが静寂が場を包み込んだ。
同時に都の彩りが如実に浮かび上がる。俗に言う、こんなに賑やかだったっけ、という現象である。
こじれた感じの空気を払いのけるよう「オホンッ!」咳払いがひとつ。
「と、とにかく、だ! こ、今回はこれの方式で試合をおこなったわけだがな……団長殿!」
ジャハルは手にした肉叉を器用にくるりと回す。
それでもなにやらモゴモゴと通りが悪い。さらに少々頬に紅色を浮かべていた。
銀の先端で指名を受けたレィガリアは高い鼻をふふ、と鳴らす。
「お望みとあれば別の機会にまた舞台をもうけさせていただきます。あの試合で互いの力をフルに切ったとは思っておりませんので」
余裕ある微笑だ。
エーテル族ということもあって男すらも憧れさせるような美しさを秘めている。
「よしそうこなくてはな! もし次があるのであればエモノや魔法もありきでやりあいたいものだ!」
高笑いとともに毛束の尾っぽが振られ、「ええ。まったくです」と同意を返す。
今回は明人の意向によって剣と魔法を縛っていた。だが、おそらく次はそれすら使ってバチバチにやり合うつもりなのだろう。
ふたりはいつかまたより苛烈に競り合う約束を、固い握手とともに、とり決めたのだった。
「それにしても……団長殿を仕留めたという技を我も見てみたかったのだがな……」
ジャハルはむむ、と白細い喉を鳴らし、こちらを見る。
明人は無言で両手を上げ、お手上げと伝えるだけ。
「なぜだ? 受けてみたいという欲望を押さえて見るていどにしてやっているんだぞ?」
だから見せろ。さらにテーブルを叩いて明人へ詰め寄る。
さらにはレィガリアまで彼女と同じらしい。
「私も完璧に見切れたわけではありません。伝授とまでは言わずとも是非また拝見させていただきたいものです」
だが、明人はけんもほろろに手を振ってふたりの視線を追っ払うのだ。
「あれは女子相手には使わないって決めてる技だ。それに同じ技を何度も使って見せびらかすっていうのもスマートじゃないだろう」
どれだけ熱意をむけられても嫌なものは嫌。
請われるうちが花とは言うが花なんていらないの姿勢である。
頑なな態度にふたりはやや残念そうに眉尻を下げた。
「うぅむ……貴様はいつもそうやって我を女扱いするのだな。同種に女として扱われることは少なく嬉しくないわけではないが……正直少しばかり悔しさもある」
ジャハルは肉の厚い尻をすごすごとイスに戻す。
そのまま当てつけのように棒状の肉塊へ肉叉を振り下ろして齧りついた。やはり納得はいっていないようだ。
当事者が望まぬとはいってもいちおうは婚約相手を探す身である。それがこれでは父のカラムも気苦労が多いだろう。
「ならせめて女として扱われる方向に努力しなさい。どうせならたまにはめかしこんでみればいいじゃないか。いつもプレートとスパッツ姿じゃ男だって寄りようがないだろうに」
そう、明人が助言してやるも「うるはい」咀嚼と否定が同時に返ってくる。
ジャハルの見た目は、個の主観からでも、とても良いほうだ。
チャーミングなミルクティー色の獣耳も愛らしく、輪郭がハッキリととれるシャープなラインも美として機能している。体型も手と足がすらっと長く、長身であり痩せ過ぎているわけでもない。
しかしそれらの美点を上回る欠点が存在していることも忘れてはならないのである。
「やはり雄は強くなくてはならん! そして我とともに肩を並べて戦士となるべきだ! そうでないのなら婿に迎える価値もない!」
食べこぼし。ジャハルは肉から滴る脂で口を光らせ、銀のプレートをどん、と叩く。
「ともに競い合い高め合う! それこそツガイを作るだけの価値があるというもの!」
違うか!? 勇ましい雄たけびである。
彼女を物件に例えるならば、姫という奥ゆかしい称号もあって、好条件であろう。
――これを聞く限り……住心地が良いのかは別の話だな。
明人に反してレィガリアは「おお!」と声を上げた。
しかも彼だけではなく騎士団全員が別の卓から彼女へ拍手を送っている。
「いやはや素晴らしいとても理想的な騎士道に似た価値観をおもちですね。生意気ながらまったくもってその通りであると賛同させていただきます」
「おおわかってくれるのか! さすがは名高き月下騎士団たちだ! そのへんのへニャへニャとはものが違うな!」
唐突にこちらが少数派閥へと早変わりする。脳筋の集結である。
騎士と戦バカ、類友というやつか。ジャハルと騎士たちの間で謎の共鳴が始めってしまう。
「揃いも揃ってやめなさいよ。ジャハルの嫁入りが遅れたら責任とれるのか」
見かねて説得するも、石に灸だ。
レイガリアでさえすでに乗り気である。
「いやいや彼女のような女性こそ騎士にふさわしいと言えますよ。いつ輪廻が誘われてしまうのかもわからぬ身であれば尚更です」
「……ジャハルは騎士じゃなくて姫だよ。勝手に姫騎士にするんじゃない……」
明人とて別に先ほどからクールを気どっているわけではない。
ただこのふたりの勝負熱が暑苦しすぎるだけ。
それになにより闘った相手と何度もやり合うべきではないという考えもある。なにせ必勝の技は散弾銃と同じく弾切れなのだ。
「ところで……話を少々戻します。貴方様の使われたあれは……そちらの世界の技なのですか?」
ひとしきり盛り上がって気が済んだのか。不意に好気の銀眼がちらりとむけられる。
レィガリアが受けた側ということもあるのだろう。どうやら地球の技に興味があるらしい。
「鉄山靠も海老蹴りも、どっちもオレの住んでた世界の技だよ」
明人が答えてやると、彼はまるでクリスマス朝の子供のように目を煌めかせた。
「おお、やはりですか。どうりで珍妙ですが洗練され様々な派生を終えた形跡があったわけです」
――ソコまでは知らん。なんだ派生の形跡って……月下騎士怖いんだけど。
どうやら気になるのは彼だけではないようだ。
騎士たちもイスから身を乗りだすようにしてこちらへ注目を集めている。
しかし明人は少々忍びない思いを胸に秘めていた。なにせあれは技であって技ではない。
「期待させて悪いんだけどそんな大層なものじゃないよ。ただ読んだ知識を自己流に詰めただけ。技なんて大仰に言えるものじゃないんだ」
「つまり伝承された技ではないということか。よくもまあ師なくして実践に導入できたものだな」
それでそれで? ジャハルはテーブルから身を乗りだし尾を振って急かす。
銀のプレートを木机に押しつけ、線の浮く大きな尻をぷりっと空にむけた。
「妹の学習のために読み漁った記憶デバイ――あー……本に書いてあったことを真似しただけなんだよ」
「なるほど文献を読み漁りながら古の武を体得したということか。我も今まさにその方法で兵法を学んでいるところだ」
語られるのは他世界の技術である、
しかも戦闘のためのもの。と、くれば武を嗜む者たちにとっては眉唾ものだ。
しかしこのまま悦に浸ってつらつらと語られるはずもない。
こうなってくると少々マズイのが人の立たされている立場なのだ。
他世界の技術をこちらの世界に流入するのは止められている。禁じられているというわけではないが、天界との約束がある。
しかし「ではあの背で打つ技は?」どうやら「私の顎を砕いた足技はいったい?」好奇心に火が点いたらしく「我にはじめて敗北を味わわせたあの技は?」食い気味に問い詰められてしまう。
これには己の招いた事態とはいえ明人もたまらずイスから立ち退く。
「ちょ、チョット待ってくれ! このままだと色々マズイからいったん落ち着いてくれ!」
根掘り葉掘り聞かれてしまってはどこぞの天使がむくれかねない。
罰を下されるわけではない、はず。しかし約束を違えるのは男して許しがたい。
「せ、せっかくなんだしまずオレの質問に答えてくれ! 実は気になって仕方がないことがあったんだ!」
代わりにそれぞれが興味を惹かれそうな話題を提供する。
「レィガリアはナンバー2って聞いたけど、聖都のナンバー1っていったい誰なんだい?」
すると狙い通りというかジャハルの目端がキラリと光った。
「む……それは我も気になっていたぞ! 剣なくしてあれだけの強さを見せた団長殿がよもやナンバー2だったとは信じがたいな!」
戦バカなら気になって当然だろう。なにせ対戦相手を更に上行く存在なのだから放って置けるはずがない。
わかりやすく尾っぽがぶんぶん左右に揺れた。
――危ない危ない。つい試合後のテンションで色々話すとこだった。
ひとまずこれで注意は逸れる。短絡思考を読み切った作戦勝ちというやつ。
とはいえ明人も気にならぬ訳ではないのだ。順当にいうならナンバー1は剣聖のはず。しかし聖都という括りならその限りではない。
しかしどこか重苦しいと言うか、思わずため息が漏れるような不思議な緊張感が満ちていく。レィガリアと月下騎士団たちはたちどころに口を閉ざしてしまう。
「あれ? 聞いちゃいけないことだったかな?」
「いやまさか……同種の武勇を尋ねてはいけないなんてことはあるまい」
これには明人とジャハルも首をかしげるしかない。
自分より強いから言いたくない、なんて。この寡黙で慇懃なレィガリアに限ってそれはないだろう。
しかしどうにも騎士たちの口はモゴモゴと動きが鈍いのだ。
「聖都のナンバー1は聖騎士。聖女様をお守りする騎士様のなかにいらっしゃいますわ」
突然現れた肉が、あちらのテーブルの上へズンッと置かれる。
リルブが冗談のような大きさのハンバーガーをもってきたのだ。
しかも極大ハンバーガーを前にして涼しい顔をしているのはディナヴィアである。
「ああ、あれか。あれは確かにそこそこのマナを内包していたな」
「あら、女帝様もご存知でいらしたのですわね?」
「聖女を守護する騎士には会って対話をしたことがある。連れていた少女が愛らしかったのでな、記憶に根深かっただけではあるが」
そう言ってディナヴィアは膝上でうたた寝をするルリリルの頭をなでり、なでり。まるで眠る猫を起こさないような感じで髪を梳く。
すると諦めたかのようにレィガリアはやれやれと頭を抱えて首を横に振った。
「……御二方はフィナセス・カラミ・ティールという聖騎士をご存知でしょうか?」
とても、すごく聞き馴染みのある名だった。
秒すらかからず、すべてを察す。騎士たちの悩みが、自分自身にあることを明人は即刻理解する。
「その、大変伝えづらいのですが……私は過去にフィナセスという男を……」
左遷したことがあるのです。
レィガリアはとても深刻そうに、そう語った。
当時、彼は覇道の呪いによって蝕まれていた。だからフィナセスの恵まれた剣の才に嫉妬を覚えたのだという。
その結果、己の月下騎士団長としての権力で奴隷街へと追放したのだとか。聖女と剣にのみ生きた聖都ナンバー1の 男 が過去にいたらしい。
そして呪いが解けた今となってその暴虐さを悔いている。
「まさか私が追い詰めてしまったばかりに……あんなことになってしまっていたとは……ッ!」
レィガリアは己を恨むような口ぶりで嘆く。
彼の語るように、聖騎士フィナセス・カラミ・ティールという 男 は、すでにこの世にはいない。
明人は静かにイスから立ち上がると、嗚咽に似た音を奏でるレィガリアの肩にそっと手を添える。
「……あれはあれで幸せにやってると思うよ。だからあんまり自分を責めないほうがいい……」
そして自分がフィナセスを女に变化させた犯人である。
と、いうことだけは口が裂けても言わないと決めた。
「くっ……! 慰めのお言葉痛み入ります……!」
レィガリアからすればたまったものではない。
なにせ戦争の集結と同時にフィナセスは――なぜか――女になっていたのだから。
その真実を知るものは多くない。少なくとも月下騎士団たちは、彼が彼女になってしまった事実を重く受け止めているようだ。
「フィナ子……元気にやってるといいなぁ……」
明人は目を細め、遠い空のむこうへ視線を投げる。自称スーパー美女を尊ぶ。
防衛戦争の乱戦のなか確かにフィナセスは普通に生き残っていた。
もし性転換薬なんてものがなかったら彼――彼女――にも別の道があったかもしれない。
しかし今のフィナセスが不幸であるかはまた別の話。幼子ひとりと2匹の龍を引きとり、とても賑やかに生きている。
「え、フィナセスさんですか? まあ私から見ればよわよわですけど、エーテル族のなかで言うならかなり強いほうですよ?」
キッチンから大量の料理をもって現れたリリティアは、後にそう語った。
どうやらフィナセスはとてもすごいヤツだったらしい。
彼女――彼――をテキトウに扱っていた明人の認識が改められたのである。
……………




