『※イラスト有り』524話 そして月下騎士のブランチ
燦々と降り注ぐ黄色い日差しに白い肌が浮かぶ。
「ふぅ……天は二物を与える、かぁ」
物憂げな吐息が桃色の唇からこぼれた。
黒地の胸巻きをはたはた。送った風が普段当たらない部分へ触れる。付け根辺りから晒した小生意気な脚をゆっくりと組み替えた。
すると道行く種族たちが彼の生意気さに目を奪われていくのがわかる。
「んふっ」
日に当てられた小癪な微笑が浮かんだ。期待されたら応えようとする性質である。
調子に乗ったスードラは横たわる椅子の上でホットパンツの腰回りを緩めていった。
それに合わせてフラワーガーデンを流れる少年少女たちが危ない場所へと視線を集める。
親指を引っ掛け、さらに奥へ。より深遠に近い位置へとパンツの縁を下げていく。
「なら僕は二物どころじゃないよねぇ。だって男に生まれた時点ですでに1つ生えてるんだもん」
アイスカップの上に置かれたチェリーレッドを拾い上げる。
それから長い舌先でちろひろ弄んでから頬張った。
旅行者一行は現在、月下騎士団の好意に甘える形で昼食にありついている。
店内で焼かれたパンを、フラワーガーデン沿いのテラスに運んで提供するという。聖都でも珍しい形式の店である。
くだらぬ試合が終われば本筋に戻る。オープンスペースに建てられたパラソルの下で優雅な小旅行がつづく。
小麦の焼けるふっくらとした香りに吊られるよう、談笑がおこなわれる……はずもなく。
「あんな試合を正式な勝利と認めるものか!」
「騎士たるものと剣を合わせず勝利とは甚だしいにもほどがある!」
小癪な少年のストリップショーの背後では、喧々諤々だ。野太い男たちがよってたかっていた。
彼らは全員元月下騎士団たちである。そして試合の結末が気に食わぬらしく憤慨しているのだ。
当然のようにその男臭い輪の中央にいるのは人間である。
「つまり……断腸の思いで団長の仇を打ちたいわけだな?」
明人は煩わしいという感情を隠しもしない。
しょっぱいやら酸っぱいやらのトマトスープにコッペパンをちぎって浸して、がぶりと噛みついた。
「上手いことをいったつもりか!? 団長に勝ったからとそうそうに調子づいたな!?」
「別に断腸というわけではないわ! これは月下騎士団としての総意! 汝の勝利を認めぬという意思表示に他ならない! つまりはこの後に尋常に我々と勝負をすべし!」
治癒魔法のおかげで頬傷は全治し、おかげで食事を楽しめるというのは非常に助かっている。
しかし健康体になったからといって明人もこうウザ絡みされてはたまらない。
おそらく健康体であるからあちらも絡みやすいのだろう。こちらに腫れ物のひとつでもあれば手負いとして遠慮したはずだ。
「断・じて断る!! 野郎共がよってたかって弱い者いじめとは女々しいぞ!!」
真っ赤なスープを飲み干し、群がる騎士たちと真っ向からやり合う。
あの試合は売られた喧嘩を買って勝っただけ。ただし特売だからといって幾つも勝ってやる義理ないのだ。
「物凄い断にこだわってくるのは我々月下騎士団への当てつけかなにかなのか!?」
「先ほどから己を堂々と弱者に位置づけるな!? 貴様がそう言っては団長の沽券に関わるであろう!?」
しかし騎士団の結束は高いらしく。言いくるめても断っても腰の長剣をチャキチャキ鳴らして群がるのだ。
ひとつの主の元に集った夢を共有した者たち。誇りを賭けた闘いの挙げ句、あの結末では煮え湯を飲まされるようなものか。
憤慨はますますヒートアップしていく。
「魔法を封じ剣を封じ卑怯な手法で2対1だ! あんなものは決闘でもなければ試合でもない! それだけははっきりとしてもらわねばならん!」
このままではおちおちブランチを楽しむ暇もありはしない。うるさすぎて断・食したくなってしまう。
いい加減飽き飽きしてきた明人は、レモン水をぐいっとやって、イスから立ち上がる。
こうなれば最終手段を使うのもやぶさかではないというもの。
「つまり魔法を使って剣も使った勝負でこっちが勝てば納得がいくってわけだな?」
これだけの数に凄まれてもお構いなし、明人は順繰りに睨み返す。
すると騎士団たちもなにかを感じたのか、微かな動揺を見せる。
「そ、そうだ! 団長との再戦をしろとまでは言わない! だが、そなたには我ら月下騎士団を納得させる義務がある!」
「そうか。ならいいだろう。……じゃあチョット待っててね」
ビッ、と。服の合わせを整えた明人は風を巻くように踵を返した。
それから待たせること1分に満たぬ数秒ほど。その間の待たされている側は居ても立っても居られないのか落ち着きがない。
言って、明人は団の長を仕留めた人物である。さらには仕えるべき主すらも討伐せしめたのだ。騎士たちにも簡単な戦にならぬことくらい容易に想像がつくだろう。
「僕は彼に喧嘩腰になるのはやめというたほうが良いと思うなぁ」
騎士団の面々は一斉に声のした方角に注目を集める。
声の主はゆるりとシートに横たわり脇のくぼみに日光を溜めている。
か、海龍様……? ひとりの男が恐る恐る口を開いた。
「スーちゃんでいいよっ。この可愛いあだ名をこっち側に広めたいんだよねっ」
スードラはにしし、と歯を見せ笑い、白い太ももを大股気味に回し組み替えた。
それからくいっ、くいっ、と。ヒレ尾と指でそちらを見るよう仕向けた。
またも騎士団たちの視線が戻ると、ようやく待ち人が店の中から帰ってくる。
「さあ、文句があるならやりあおうじゃないか。もしまだ文句があるのならだけどさ」
明人が戻ってきた。
と、同時に。月下騎士団の顔色はこの世界の月より見事な蒼白に染まる。
「《真・龍盾効果》ぉぉ……!」
技、というにはあまりにも慈悲がない。
こちらが1歩詰めると、騎士団たちは狼狽するように2歩下がっていく。
なにせ彼を両側から挟み込むのは、白と赤の質素――貧相――と豪華――業火――なドレスの女性たちである。
「あの、私は剣聖なんですから剣ですよね? 盾って呼びかただとなんかすごい嫌というか癪に障るんですけど?」
「ふむ、これは肉と野菜を麦で挟んだ料理か。……甘じょっぱいぞ」
いい感じの言い訳とハンバーグで連れてこられたのは最強と最強である。
この大陸に住まう民ならば100いて100が怯む者たちが召喚されたのだ。
「今まで手加減をしてやっていたんだがなァ! そこまでオマエたちがオレとの闘いを熱く求めるのなら相手をしてやろうッ!」
これで一転攻勢である。
剣聖と女帝を両側に構えた明人に敵はない。
「ひ、卑怯だ己の実力で勝負をしろ!? 誰かの手を借りるといより完全に寄りかかる態度ではないのか!?」
「これがオレの実力だァ! 追加で服屋の娘もつけてやるから喜べェ!」
「ワタクシはなんの関係もないんですわあ!? どちらかと言えばアナタの敵になる覚悟がおありなんですわ!?」
これは卑怯ではない。本人が卑怯ではないと思うから断じて卑怯ではないという理論が展開されている。
そしてなぜか引っ張りだされたルリリルが、ディナヴィアの手によって回収される。リリティアもキッチンから響いた女性の声に呼ばれてそちらへパタパタ戻っていく。
遂には大通りの端で明人と月下騎士団の睨み合いが勃発した。
「ぐぬぬ……! 白髪イケメン種族共が調子に乗るなよぉ……!」
「ぎにに……! 冥を象る黒色が聖なる都を穢しよってからにぃ……!」
だが一触即発というより子供と子供の些細な喧嘩模様である。
どうにも緊張感がないのは……それもそうだろう。なにしろ勝ったほうが勝ったと思っていないし、負けたほうも負けたと認めていない。
そうなると先の試合に勝者はいないのだ。ただひとりの男が1歩前に進むために開かれただけの茶番に等しいもの。
「はーいはい! そこまでですわよー!」
すると手の拍を打ちが睨み合いを妨げた。
ゴージャスな巻き髪が揺れる。コツリコツリとヒールの音が間に押し入ってきた。
「まったくのまったくですわ! 他の方々の迷惑になっていることを少しくらい自覚したらどうなんですの! 騎士ともあろう御方たちが公衆の面前で荒ごととは品がないにもほどがありますわよ!」
丸みのある腰に手を添えたリルブは、目尻をうんと吊り上げた。
途端に男たちは収縮の一途を辿る。しゅんと両肩を狭めて落とす。
そして明人が素知らぬ風で、彼女の後につづく気配に気づく。
「怒りの置き場がわからぬのは私も同様です。しかし総意を得ずに先走った私如きのためを思って下さる仲間たちがいる。それだけで救われているというものです」
治療を終えたレィガリアが小札と剣鞘を奏でながら歩み寄ってくる。
さすがは治癒魔法というべきか。砕かれた顎もなにもかもが元通り。変わらず男らしくも端正な顔立ちに戻っていた。
すかさずといった感じで騎士団たちは長である彼の周囲に群れていく。
「はっ――団長殿!? あの非道なる攻撃によって出来たお怪我は如何なのですか!?」
「おいこら。外道と卑怯は自覚あるから良いけど非道はやめなさいよ」
「心配をおかけしましたね。上質なる治癒魔法によって平時となんら変化のない万全の状態へと復帰することが出来ました」
明人は当然のように無視され、ぺこり。レィガリアが部下である仲間たちへ深々とした1礼をくれる。
騎士たちはわぁっというほどではないにしろ慎ましい歓声を上げるのだった。
人望があるというか。目下の者たちにも礼を欠かさぬ態度がが部下からの評価を高めているのかもしれない。
「舟生明人殿には世話になりました。それと我が騎士団がご迷惑をおかけ致したようで重ねてお詫びさせてください」
部下をたしなめ終えたレィガリアは優雅な動作で――ようやく――こちらへ1礼をくれた。
「スッキリした顔してくれちゃってまあ。……痛みとかはもう大丈夫なのかい?」
「白熱した試合でしたので痛みすら忘れさせていただけました。この通り受けた傷も痕すら残らず全治でございます」
明人が「なら良かったよ」手を差しだすと、「ええ、本当に」その手がゆるく握り返される。
どうやらレィガリアのなかでもひと区切りがついたらしい。
態度も温和で顔色も表情にだって優男が浮かんでいる。さながら憑き物が流れて落ちきったという顔をしていた。
――あーくそ……。結局オレは下請けみたいなことをやらされただけなのか、納得がいかんぞ。
「どうされましたか? 我々のご案内した店舗になにかご不満でも?」
「いや、白米がないこと意外に不満はないよ。あと……おたくさんとこの聖女様にちょっと込み入ったお話があるってだけさ」
「はあ……?」
イケメンの気心に触れ、明人は言い知れぬ不満を覚えた。
昨日の敵は今日の友、なんて。格が平等でなければ成り立ちにくいと学ぶのであった。
「もしご昼食がお済みでないのであればご同席させて下さい。支払いの方は私のほうでお持ちします」
レィガリアがイスをひいて同席を誘う。
だから明人は奢りという提案に誘われるがまま席に尻を落とす。
そして彼が騎士たちにひと目をくれる。すると騎士たちもなにかを察するよう、一同に頷いた。
「是非、貴方様のお耳に入れておきたいご事情がございます。ただし、どうか内輪話なのでご内密にお願いします」
明人が無言で首を縦に振ると、レィガリアは粛々と語っていく。
あの夜。月下騎士団たちもまた防衛戦争の勃発によって輪廻に彷徨い、生き戻ったのだという。
さらにそれを口火とし、装い新たに厳かな雰囲気で語られゆく。
内容は、体を変えて生き、ひとりの女性に恋をし、やがて王として役目を生涯を終えた道具の話だった。
……………
なぜか理由なく捕縛されたですわさん
※新イラスト紹介コーナー有り
ということでお待たせいたしておりました
新キャラクターイラストの紹介です
いつもお世話になっております
『仲田静』様よりいただきました
襤褸になっても心は錦
奴隷街の土に咲き誇った2輪の花
サナ・ロガー
そして
ルナ・ロガーです
この物語ではある意味での鍵を握る双子です
実のところこの双子はですね1話目の構想辺りからずっと登場を予定しておりました
なおこの構想というものは通過地点と個人的に読んでおります
はい、通過地点でございます
それではっ!
……………
もう1枚のシーン、新イラストも鋭意製作途中です
それとは別にスードラくん『の』あられもない支援絵をTwitterで大募集中です




