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【完結】あの子は剣聖!! この子はエルフ!? そしてオレは操縦士-パイロット-!!!  作者: PRN
12章 第4部 Remake the world ~瞬くような世界で~
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503話 そして白き混沌の生きザマBlues

挿絵(By みてみん)

ひた走って得たモノ

ひた走って失ったモノ


大きな覚悟

そして権利


天使からの依頼


その

成功報酬は?

 食事を同時に食べ終え、肩を並べて皿を洗う。

 珍しいことや新しいことはそれほど話題にあがらない。ただ今日あった出来事を微笑み混じりに話し、経験して気になったことを語らうだけ。

 窓から差す光はしだいに光量を落とし、日は地平線に呑まれ、茜色の余韻すら残さない時間帯となってしまう。

 そうして当たり前なんてことないのなかで時間が歩くような速さで過ぎ去っていった。

 夜のうちにこなしておく仕事なんて1人いればなんてこともないのだが。2人いれば尚の事、あっという間にやるべきことなんてなくなってしまう。

 そうなると自然と、杯をかたむけながら微睡まどむ。チークタイムがやってくる。


「リリティアにちょっと聞いてほしい話があるんだ」


 明人は唐突に麦酒の注がれた小樽の杯の底をゴトッ、とテーブルにつけた。

 波紋を描く黄金色の液体が揺らぐ。中央に置かれたキャンドルの臙脂えんじ色を散らした。

 微かに開いた窓からそよいでくる夜風が屋内に冷を送ってくる。引き換えに晩餐の余韻を外へ送りだす。

 明人は、口内に満たされた穀物特有のコクとともに息を吹いて、高鳴りを落ち着かせる。


「たぶん結構大切な話で……」


「また私のつけた名前に文句を言って意地悪するつもりです?」


「意地悪なんてしないよ……っていうかはじめからしてない」


 対面に座ったリリティアは、まだ先ほどのことを根にもっているようだ。

 口元に透明なベルを逆さまにしたようなグラスをあてがったまま、眉をちょっぴりしかめている。

 丸白い頬にほんのり桜色を浮かべ、瞳も若干ほろ酔い気味に潤んでいた。

 明人は文句を麦酒とともに飲み下す。そして勇気を奮い立たせる気つけとした。


「実は、ミルマさんのことを助けてほしいって頼まれたんだ。それでオレは明日からその依頼に手をつけていくつもりなんだよ」


 するとリリティアは、グラスの葡萄酒をかたむける途中で手を止める。


「……助ける必要なんてあるんです? それに邪龍自身が自分の力で家族の死を乗り越えなければ快方へむかわないんじゃないですか?」


 ややうんざりとした感じでため息を吐いた。

 見るからに辟易とした様子である。いつまたですか……、の言葉がでてきてもオカシクはない。


「オレも、ミルマさんは喪に服してるだけだと読んでる。だから時間が経てばおのずと自分で決着をつけるだろうね」


「なら明人さんがでるまでもないですよね? せっかくだしのんびりしろってメリーに言われてたじゃないですか。しかもあんな決闘の後なんですから邪龍を助ける義理とかないですよね?」


 リリティアの饒舌な否定を耳にした明人は、たまらず頬を掻いた。

 困ってしまったというべきかもれない。先ほどまであんなに親しげだったリリティアが刹那のうちにご機嫌斜めになってしまった。

 しかもどうやら酔っているためか、少々説教モードに入っているらしい。


「はぁ……海龍とでかけるって聞いていたあたりでちょっぴり嫌な予感はしてたんです。しかも土龍まで交えてそんな話を企てていたなんて……。アナタはどこまでお人好しなんですか……」


 テーブルに肘をついたリリティアは、頭痛をこらえるみたいに頭を抱えてしまった。

 それから勢いよくグラスを煽ると、紫色の気泡がぷかぷか浮かんでは弾ける。あっという間に2杯目が空になってしまう。

 そして虚ろげでなお吸いこまれそうなほど優美な金色の瞳が、キラリ。鋭敏に光る。


「そういうところが明人さんの美点であると私も認めています。しかし邪龍に対してなにも遺恨はないと言うのですか?」


「……う、うん? ちょっとおっかないとは思うけど。あともっとちゃんとした服を着てほしいとも強く思ってる」


「はぁぁ……。じゃあなんでそんなことに手を貸すだなんて思っちゃうんですか?」


 「それは……」言いながらも、明人は少しばかり上の空だった。

 リリティアから見えていないであろう足の辺りがそわそわとして落ち着いていない。膝を上げて落として、踵が上下に揺れている。


――がんばれ……オレ! このままだと言いだせないで作戦がパーになる! 


 明人はテーブルの下で動きつづける膝を押さえ、痛いほど握りしめた。

 リリティアの指摘は、もっともである。一理あるどころではないのだ。

 ミルマの件について明人もまるっきりの同意見だった。エルエルに求められなければ放置するつもりだったのだから。

 だが、これは彼にとって転機でもあるのだ。臆病者の背を押す1歩目の足がかりとなる案件だった。

 しかもミルマはつい先日まで龍族にとって恐怖の対象でしかなかった龍である。

 そんな者を助けたいなんて。同様の被害を被っていたリリティアからしてみれば正気の沙汰とは思えぬのだろう。


「明人さん……私のお話を聞いていますか?」


 死や暴力の臭わない、とても清流の如き透明な問いかけ。

 しかしリリティアの声色は怖いほど冷淡でもあった。

 耳の奥に木霊する聞き慣れた声。その時になって明人は、はじめて己が彼女から目をそらしていたのだと気づかされる。


「……っ、ちゃんと聞いてる。でも……今日はオレの話を聞いてほしいんだ」


 怯みながらもグッと堪えた。

 心に鞭を入れて彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。双眸に蒼の軌跡が宿る。


「今日、リリティアにどうしても言わなきゃいけないことがある。そのためにオレは――」


「私は、いつもアナタのお声を聞いてます。ずっと心待ちにしてました。だから一言一句聞き逃さない自信すらあったんです」


 ました。過去形。

 明人は彼女の口から飛びだした諦めの音に心臓を剣で貫かれた気分だった。

 そしてイスを蹴りつけるように勢い良く立ち上がる。


「だからオレの話を聞いてくれ! 色々後回しにはなってたけどようやく踏ん切りがついたんだ!」


 声を荒げる。正面にいる大切な人リリティアへと手を伸ばす。

 しかしテーブル越しの彼女へ届くことはない。


「もういいんです。これほどアナタに与えていただいてしまった私からは、もうアナタになにかを求める資格なんてないんです」


 もういい。その、たったひとことだった。

 たったのひとことだけで勢い余った明人の手が壁を隔てるように止められてしまう。

 リリティアは半端に開けたグラスを置くと、やや急ぎ気味に立ち上がる。

 質素なれど気品あるドレススカートが白裾を翻す。


「おやすみなさい明人さん。穏やかで良い夜を」


 そうやって背中越しに夜を終える言葉を紡いだ。

 足先が寝台のある部屋へむき、少しづつこの場から遠ざかっていく。

 足音が遠のいていってしまう。


「――クッ!」


 明人に迷っている暇はなかった。今まで迷いつづけていたのだから。

 迷いつづけていた間にだって、彼女を待たせつづけていたのだから。

 こんな自分が、彼女の隣にようやく立てたと、胸を張って言えるようになったのだから。

 そして蒼が迸る。室内に風が巻い、蝋の火をかき消した。


「仲間にあったんだ」


 明人は、厚く固い胸板を押しつける。


「ずっと悩んでた……いや、きっと怖かったんだ。大切な約束を果たせないでのうのうと生き延びてることに罪悪感を覚えてた」


 決して離すつもりはない。少なくとも話が終わるまでは。

 その小さくて暖かいモノは一瞬だけ翼をぱたた、と羽ばたかせた。

 抵抗すればいとも容易く抜けられるだろう。しかしじっとしたまま、なにも語ることすらしないでいてくれている。。


「起きてても寝てても関係なく、ずっと酷い夢を見てた。たぶんこの大陸に来てからずっとなんだ」


 明人は、リリティアの頭と肩を胸に抱きしめながら、つづけた。

 逃さぬよう強く、しかし痛まないように気を使いながらしっかりと捕まえておく。そう、全身で感じてはじめて彼女のか細さがわかった。

 微かに酒の香る暗闇に、2人だけ。

 夜に支配された空間に囁くような声だけがあった。


「でも、そんなさなか仲間に会って生きろって言われた。それも夢だった。この大陸に来てはじめて見たそんなに悪くない夢だった」


「…………」


 抱きとめられたリリティアは身じろぎひとつしない。

 深い呼吸で肩が軽く上下している。闇を弾く白の尾っぽが床へ流れ落ちていく。

 明人は構わずつづける。以前では伝えきれなかった思いを、彼女の耳元で伝えることのみを考える。


「あの決闘以降嫌な夢を見なくなった気がする。ただ忘れてるだけかもしれないけどさ」


「……きっと1歩前に進めたからじゃないですか?」


 嘲笑するように笑う明人の耳に、くぐもった声が胸の中央辺りから聞こえてきた。

 それでも離してやらない。今宵は――伝え終わるまで――逃がすつもりがないから。


「わからない。自分では前に進んでるつもりだったけど、本当はあのころから1歩も前に進めていなかったのかもしれない。でも今オレに言える確かなことが1つだけあるんだ」


「それを……良ければ私に教えてくれるんですか?」


「ああ。今オレはここにいるオレは今生きてこの場所に立ってる。妹も、イージス決死隊のみんなも、ワーカーも、ぜんぶ失った。だけどオレは生きてる。だから失ったモノはとり戻せないけど、それ以上に大切なものだけはこれからも守りつづけたいんだよ」


 1枚の盾イージスとして。

 伝え終わった明人の口内はもうカラカラに乾いていた。

 しかし好きだと言ってくれた子に、ようやく伝えねばならぬことを伝えきることが出来た。強引でロマンの欠片もないが思いの丈をぶつけることだけは出来た。

 そして我に返ってみれば自覚せざるを得ない事態に陥っている。

 嗅ぎ慣れているはずの甘い香りが顔の横にあって、衣服越しに弾力のある柔らかい肌の感触がわかった。

 1人の女の子が己の腕のなかにすっぽりとおさまっている。


「え、と……つまりなにが言いたいのかというと……」


 明人は慌てて両手を上げてリリティアを開放した。


「ミ、ミルマさんの気晴らしを手伝うために聖都へむかいつつ……それが終わったら流れで聖都でリリティアと一緒に遊ぼうかなぁ。……なんてね?」


 さらには蒼の喪失とともにとことん男らしくなくなひよる。

 デートとでも言っておけば良かったものの。この臆病者には、これで限界だった。


 だが実のところリリティアに言いたかったのは、たったこれだけ。

 すなわち聖都でデートがしたかっただけなのである。

 エルエルが依頼をもってきた際に、明人がまずはじめに思いついたのは気晴らしだった。

 前例はある。黄龍ムルガル・カラミ・ティールの心を救ったときもそうだった。だからこそ真っ先に思い至ったのが旅行である。


 秘策の全容は、こう。

 ミルマを檻の外にだして気晴らしをさせ、ついでに依頼の流れでリリティアをデートに誘う。と、いう計画だった。

 そしてついに誘い文句を口にした明人は、銃をむけられたみたいに手を上げている。


「っていうのは……ちょっと真摯さに欠けたかなぁ……?」


「…………」


 なのに、リリティアは黙ったまま回答を口にしない。

 かといって拒絶かと思えば、なかなか離れようとしない。明人の腰にがっしりと手を回して停止していた。

 怒っているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。さらにデートがOKかNOなのかもハッキリしてくれない。


「うう……」


 だが、明人にはわからないためこれ以上声をかけることが出来なかった。

 すると胸板に顔を埋めたリリティアが、小さな動きを見せる。


「それって……つまり邪龍を助けた報酬が私ってことですか?」


 じっとりと細められた上目遣いだった。

 誘いかたが気に障ったのかもしれない。

 そう思った明人は、鞭の柄で殴られたかの如く身を跳ねさせた。


「そ、そうとも言えないし、そうかもしれないけど! でも今日エスナがいきなり結婚は突飛しすぎてるって教えてくれたからさ! ま、まずは一緒に遊んだりとかしてお互いの関係を築きたいなあと思っただけで!」


 もうここまできたらなるようにしかならない。

 鼓動が不整脈を起こし、両手が踊り、目が泳ぐ。嫌な冷や汗が背中一面にびっしりと浮かんでいく。

 しかしてリリティアは、混濁する明人を上目がちに見つめつづけていた。


「じゃあその日は1日中ずーっと私の手を離さないと誓えます?」


「ト、トイレとかあるから無理なんじゃないかなぁ!?」


「むうっ……。ならそれ以外のときはずーっと手を繋いでいてくれるということでいいんですよね?」


「ぜ、善処します! とり急ぎご連絡を入れた上でそのように出来るよう努力する所存です!」


 もはや明人の脳は湯だったかのようにのぼせていた。

 口にだしていることはすでに脳を介していない。焔龍との決闘のときより冷静じゃなくなっていることだけは確かだった。

 いっぽうでジト目をしているはずのリリティアの尾っぽは、激しく揺らいでいる。


「じゃ、じゃあ例えばですよ!? 私があーんしてって言ったらそっと肩を抱きながら食べさせてくれるんですね!?」


 まるで餌を前にした犬のよう。むっちりと肉厚の白い尾がぶおん、ぶおん。部屋の空気をかき乱す。

 さらにはつま先立ちになって兎のようにぴょんぴょんと両足を浮かせている。


「それでデートの終わりには夕日をバックに私の顎のところを、こう――ぐいっとしてそちらをむかせるんです! それで少し……その、無理矢理な感じで唇を奪ったりとか……――しちゃうんですかっ!?」


 リリティアの鼻息がどんどん荒くなっていく。

 照れながら身をよじるも、要求は秒を増すごとにエスカレートしている。

 対して明人も正気からは、ほど遠い。


「可能な限り発注通りの納品を心がけていきたいと現場には伝えておきますッ!!」


 要求はすべて呑まねばならぬという闇にとり憑かれ、承諾しかしていないのだ。

 用意周到なことに、彼の頭のなかにはデート――に誘う――用の台本が用意してあった。しかしリリティアのもういいですのひとことによって白紙となってしまっている。

 どちらもが静寂の夜を混沌カオスに染め上げていた。

 そんななか、ぽう、と。突如現れた紅色の明かりが灯され、混沌を照らす。


「海龍から邪龍を救うための策を練っていると聞き及んで礼を伝えにきてみれば……いったいなんの騒ぎだ?」


 焔龍ディナヴィア・ルノヴァ・ハルクレートが扉を開けて玄関先に立っていた。

 摩訶不思議なものでも見るような目つきで首を横に捻る。

 そしてもう1度。外からの冷風を浴びて冷え固まった2人へ、「なにをしているのだ?」と純粋な視線が飛んでくる。

 いまさら彼女の登場に気づいたところで、もう遅い。今宵の明人とリリティアには女帝の威光が眩しすぎる。


「あ、いえそのですね……これは西側で言うところの……」


「……恥を晒すという現象によく似てるというかなんというか……」


 あまりに眩しすぎて誰とも目を合わせられず。

 きょどきょど、と。挙動不審に陥っていた。

 とりあえず2人は近すぎる距離をいったん離して冷静になる。

 それから世間知らずの龍族にノックという文化を広めることを誓い合う。


「あー、それでリリティアさっきの話しナンダケドサー」


「全然いいデスヨー。聖都デートバッチコイデスー」


 無事に依頼後の約束が結ばれたのだった。

 天使から明人への依頼報酬はリリティアとのデートである。

 遠回しだがこうでもしないと臆病者には言い出せなかったのだ。

 あと残るは檻の外にむかうべくメンバー選び。ミルマを救うべく優秀な勇士を選抜するだけとなった。



○○○○○

挿絵(By みてみん)








いっぽうそのころのミニラさん

挿絵(By みてみん)

「葉っぱを探して食べるご飯は美味しいわっ!」

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