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5話 ともかくあの子はなんか変だし、この子には嫌われてる

「では、呼びかたは明人さんにしましょう! だから私のことはリリティアかリリちゃんって呼んでほしいです!」


「じゃあその呼びかたで結構です。なのでこちらはそちらをリリティアと呼ばせていただきます」


「……リリちゃんのほうがおすすめだったんですけどね」


 失礼のないようリリティアの問いかけに応じた。

 その間でも食事の手は止まらない。明人はカチャカチャと食器を鳴らし怒涛の勢いでテーブルの料理を胃に収めていく。


 普段、缶詰(レーション)の乾パンくらいしか口にできない。そんな貧困者にとって目の前の料理のすべてが未知だった。

 しかもどの料理も旨い以外の評価が思い浮かばないほどの絶品。男ならば残すは恥。

 明人とて、相手が高官の愛人だということを理解して遠慮くらいはしていた。しかし、手を合わせて一口食べればもうとまらない。

 なんの料理かはわからないがともかくとめどなくなっていた。

 明人は食器を手慣れの武器のように巧みに操り、戦場の如く食卓を駆け巡った。

 そんなマナーの欠片もない無作法ものをさげすむでもなくリリティアは目を猫のように細めて見守っている。


「それで、明人さんはどちらの出身なんですか?」


 先ほどから合間を見るようにリリティアから明人への質問が度々繰り返されていた。

 彼女の口調はさながら会話を楽しんでいるよう。咀嚼そしゃくという絶妙な隙をついている。

 その気づかいを知って、明人も口のなかのものを飲み下しくだらない質問にも言葉を選んで丁寧に応じた。


「生まれも育ちも日本の百里基地です。あぁでも今は生存者キャンプと呼ぶべきですかね?」


 こちらが言い終わるかのあたり、リリティアは呟くように「にほん……?」と口にした。

 このわかりきった他愛もない会話は場を繋ぐためのものであると明人は理解している。ただ客人をもてなし、意思疎通をはかるだけの雑談。飯が空前絶後の旨さでなければ、茶で口を湿らせつつ花を咲かせてもよかった。しかしやはり、もうとまらない。


「……?」

 

 ふと、リリティアの隣で上品にスープを口に運んでいるユエラと目が合う。

 青竹のように滑らかな長髪を片手で掬いながら髪が料理を食わぬよう気を使っているらしい。

 濡れた宝石のような瞳だった。鮮やかなブラウンと宝石のようなグリーン。そしてリリティアとユエラの不可思議な格好から察するにあれはカラーコンタクトなのだと、勝手に断定する。


――ずいぶんと変なコスプレさせられてるんだなぁこの子たち。


 壁のフックに掛けられている三角帽子や装飾の施された剣までもがよく出来ていた。

 そこから導き出される答えは、衣装。変態軍人に飼われ、趣味趣向をその身に帯びた2人の美女。


――生きるのってのは男も女も大変なんだなぁ……。


 彼女たちは彼女たちなりに必死に生きているのだ。

 そう、わかっていても明人は少しばかり心に影を落とす。

 ぼんやりと銀食器を手にぶら下げて世の中に対する不平不満を巡らせていれば、耳に届いた小さな不満。舌打ち。


「なんなのよさっきからじろじろじろじろって!? そんなにハーフエルフがめずらしいわけ!?」


 ユエラと言う少女は、整った顔に怒りの色を浮かべ、跳ねるように立ち上がった。

 ほぼ初対面の人間に食事風景を凝視されれば怒るに決まっている。しかも女性ならなおさらだろう。

 それに明人は、どうやら少女が自分のことが嫌いらしいと勘づいていた。

 だからこそこの食事の誘いを断るつもりだったのだが、いかんせんリリティアの押しが強すぎた。そのときの絵面はまるで獲物を見つけて舌なめずりする猛獣と、虚しく抵抗をこころみる小動物の如く。全力で抵抗をしてリリティアに打ち負けたことはもはや過去の話。


「いや、べつにそんな……」


 フーッフーッと。ユエラが顔を真っ赤にして息を荒げている。嫌悪の数値が尋常ではないことが見てわかる。

 別に好色の目で見ていたわけではないと言いかけ、聞きなれぬ単語が耳を通りぬけたことを思いだす。


「はーふえるふ?」


 珍しいどころか聞いたこともない。

 すると憤慨するユエラとは別の透きとおった声が間に割って入ってくる。


「明人さんにひとつお聞きしたいことがあるんです」


 そう言って、リリティアは手にもった湯気の立ち昇るどうみても淹れたて熱々であろう紅茶を一息で飲み干してみせた。

 その異様な光景を垣間見てしまい狼狽えるも、当の本人は「どうしました?」と涼し気な顔でティーカップをカチャリと置いた。


「は、はい! なんでしょう!」


 明人が慌てて我に返ると、リリティアはコホンと小さく咳をつく。


「ルスラウス。貴方はこの言葉に聞き覚えはありますか?」


 この問いかけに明人は目線を宙で彷徨わせる。

 「ルスラウス? るーすらうすぅ……」ぶつぶつと繰り返す。

 記憶を辿っても知らない。しかも聞いたことすらない。


 若者たちは生存者キャンプで特別教育を受けていた。いちおう大人としての責務として若者を育てようとはしていたのだろう。

 ただ悲しいことに明人は技術を専行して学んだせいでお世辞にも賢いとは言えない。そしてこの教育は優秀な人材を見極めるためでもあり、授業じたいが一種の洗脳でもあると知ったのは卒業後の話。


 ともあれ知らぬものを知っていると答える理由がない。

 張る見栄もなければもはや恥も外聞もない。そんなものはすでに犬に食わせた。


「聞いたことがないですねー」


「はあッ!? アンタ正気なの!?」


 間髪入れずユエラがテーブルを叩いた。

 それに対して明人もどうせばかですよと、へそを曲げて波紋の浮かんだスープをひと口啜る。

 僅かな静寂だった。ひんやりとした空気が室内に充満する。


「じょ、冗談でしょ? ルスラウスって……主神の名を冠した大陸の名前なのよ?」


 ユエラは愕然とした面持ちで、ふるふると震えながら助けを求めるようにリリティアへ視線を送る。


「ねえ、これってどういうことなの? まさか私たちミナトを拾ったってこと?」


「その可能性もありますし、一時的なことかもしれません。ですが、私はもっと素敵なことが起こる予感がしていますけどね」


 リリティアは淡い色の唇に一本だけ指を添えていたずらっぽく微笑んだ。

 それからティーポットを手にキッチンと思わしき場所へ去っていってしまう。


「ど、どういうことなのよ……?」


 2人の親密さは、傍から見ていても家族と見間違うほどに親しげだった。

 遠からずこの生存者キャンプをさらねばならぬ身の上でさえ仲睦まじくたわむれる2人の幸福を祈る。

 明人には少しでも長くこの時間がつづけばいいと願うことしかできない。


――なーんかオレ大事なこと忘れてる気がするなぁ……。


 地球の終焉は、さして遠いものではない。

 そんなことを考え、明人は再度食事の処理にとりかかった。




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