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【完結】あの子は剣聖!! この子はエルフ!? そしてオレは操縦士-パイロット-!!!  作者: PRN
12章 第3部【VS.】勇敢なる世界へ 焔帝ディナヴィア・ルノヴァ・ハルクレート
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492話 そして夢の先へむかう虹

挿絵(By みてみん)

龍玉の消失

神より賜りし宝物の全消去


それらが

生んだえにし


それが

生んだ絶望


夢の先へ歩む

手と手を合わせて

 1ヘクタールの決闘場では儀式が始まっていた。

 淀んだ雰囲気、沈痛めいた表情の龍族たちが囲うなか粛々と執り行われる。


「…………」


「…………」


 真一文字に口を結び、両手もしっかと結ぶ。

 膝立ちになって額に祈りを当てるものもいれば、目を背く者もいた。

 これが送るという儀式であれば温かみもあっただろう。しかしここに和やかさはなく、ただただ悲壮のみが漂っていた。


「……むにゃむにゃですのよ……もにょもにょですのよ……」


 祭場の中央で白く清らかな羽根がばさりと開かれる。滑らかな手に多角形の宝玉を包んで天へ掲げられた。

 幕引き役エンディングプランナーは、審判の天使エルエル・ヴァルハラ。神の御使いたる天使によって慎ましやかに龍玉の浄化が進められていく。

 しかし魔法文化の素養がない明人にとっては不思議な光景である。


――前も霊魂の廃都ファリーズで似たようなことやってたけど……あれって詠唱なのかな?


 祈祷を捧げるエルエルを眺めながら横に首をひねった。

 すると隣からふわりと柑橘系の爽やかな香りが、ぐいっと頭を寄せてくる。


「……ねね、あれって前もやってたけど詠唱なのかな?」


 ユエラはつま先立ちで背の高い明人へ耳打ちをした。

 長耳をひくひくさせながら、いちおう静寂な雰囲気で目立たぬように配慮している。


「……あれってこっち側でもサブカルなのか。ちなみにオレに聞かれてもわからないぞ……」


「……そっか。っていうかなんでエルエルさんはあんなにボロボロになってるのよ……」


 そっちの答えは知っている。

 なぜなら決闘中、たびたび副音声のように熱いー、だの痛いー、だのと耳に入ってきていた。

 その結果、エルエルは大嵐に見舞われたかのようにぼろぼろなのである。

 純白の清楚なワンピースはあちらこちらに穴があき、膨れた胸囲のせいでそうでなくとも短いスカートは2割りほど失われている。さらには眉あたりで切り揃えたブロンドの髪もぼさぼさに跳ね散らかされていた。

 しかし明人が答えようとしたところで、祭事進行をとりもつテレーレの視線に当てられてしまう。


「……」


 人差し指をちょいと唇の前に立てられてしまった。

 ちんと澄ました表情だが、これには明人とユエラも慌てて黙るしかない。

 そうやっている間にもエルエルは龍玉を消滅させるために奮闘する。


「……我が主よ、偉大なルスラウスよ。前世代の主神たるラグシャモナ様より賜りし宝物を、審判の高名なる囁きによって大陸から回収したもう……」


 そして操縦士の耳が声を潜めて紡ぐ天使の囁きを聞き漏らしてやるものか。


――……。ま、いっか。


 とりあえず明人は甘んじて聞き逃すことにした。

 それからしばらく祈祷をつづけると、龍玉がさらさらと砂のようになって砕け、跡形もなく消え去る。

 まるで遺灰のようだった。見送る龍たちは流れていく光の片鱗を眺めながら、改まるよう手を結び直す。


「…………」


「…………」


 おそらくはもう2度と賜らぬことを祈っているのだろう。さらに3度目を賜らぬことは世界の願いでもあるのだ。

 とにかくこれにて大陸に賜った宝物アーティファクトの一掃が完了した。ようやく長きに渡る戦いの果てに掴んだのは平和と安息だ。英雄たちの活躍によって再びルスラウス大陸は種の隔たりなく栄えることだろう。


 ひとまずは一件落着といったところ。


 そう、ひとまずだ。


 厳正な祭事が終わっても龍族も種たちもいっこうに解散する気配がない。どこかソワソワとして足並み揃わぬ様子。

 そのなかでもひときわ愛らしい影が手で日差しを作りながら、きょろきょろ。


「あれぇ? どこいっちゃったのかなぁ?」


 クロトはどうやらなにかを探しているらしい。


「クロ子ちゃんどうしたのー? なにか探しものー?」


 そこへユエラが軽い足どりでリズミカルに歩み寄っていく。

 気づいたクロトもまた細い足で黒布のスカートを蹴るようしながら合流する。


「あの、サナルナを見ませんでした? ここにくるまでは一緒だったんですけど。それと……まあ、あのふたりは別にいいかな?」


「サナルナってあの酒場で働いている子たちよね? んー……私は見てないかも?」


 「アンタは?」なんて。捨て鉢気味に聞かれた明人も、遅れて隣へ並ぶ。


「親方とかがラキラキに腕を直してもらうとかで別の場所にいってるし、双子もそっちにいるんじゃないか? よく見るとわりかしここにいない連中も多いからさ」


「ふうん? まあ確かにドギナさんやヴァルハラの子たちもいないわね。それ以外にシルルとかも退屈だからかどこかいっちゃったみたいよ」


「ううん……サナルナが危ないことになってないといいんだけど……」


 そんな光景を前にしてクロトはもじもじ膝をこすった。

 しかしこれほどの数が群れていればそうそう魔物が入りこむこともあるまい。なにせ龍たちが一通り揃っているのだからむざむざ餌になりにくることはないはずだ。

 一帯では決闘が終わり、祭祀が終わり、ついには社交の場と化している。


 とある一部を排除しては、だが。


「……いないか」


 明人としてもクロトと似て非なる心境だ。

 なにせ決闘が終わってからリリティアとまともに話ができていない。謝罪にお礼に、と伝えるべきことは幾らでもある。

 しかしいざ探していると見つからぬもの。種族たちに混ざって談笑する龍族たちの笑顔が夜でもまぶしい。

 そうやって代わりに別の龍を見つけてしまう、というか見つかろうとしている。


「ふにゅうくんってばずいぶんヤってくれちゃったみたいだね。とりあえずは決闘の勝利お疲れ様とだけ言っておくよ」


 しなり、しなり。腰と青いヒレ尾を揺らしながらやってくるのは海龍スードラだった。

 どうやら龍玉に1度は魂を吸われたらしい。だが、そんな素振りは微塵もない。なんというかいつもの変わらぬ小癪な笑みを浮かべている。

 餌食となった他の龍たちも魂が戻って目覚めている。つまり今回の決闘で犠牲者は0ということだ。


「わ、わわっ!? あわわっ!?」


 スードラが夜闇をまといながら近寄ってくると、突然クロトの顔がボッという音がしそうなほど真っ赤になった。

 充血した視線は僅かに下へ下へと降りていく。それから横目でちらちらもじもじとなにやら照れている。

 そんなクロトへ、スードラは「んふっ」という蠱惑な一瞥をくれ、さして気にした様子もなくつづけた。


「んで、大陸最強と呼ばれる龍族を統べる立場になった気分はどう?」


「知ってて聞いてるだろ。オレが送った記憶の中にこれからどうするのかも含まれてたはずだぞ」


 臀部を狙って伸びてくる手を弾きながら明人は唇を尖らす。


「そうは言っても決闘勝利権限でやりたい放題できちゃうんだよぉ? しかも焔龍だけじゃなくて龍族の全員がキミの手ごま――手篭めになる条件だったわけだしさぁ?」


「そのまま手駒で良かったのになんで言い直したんだ? それといちいち喋りながら人の尻を触りにくるんじゃないよ」


 しぶとく伸びてくるスードラの手を背部に決め、ついでに首も固定する。

 この間僅か1秒の出来事。流れるように明人の関節技が決まった。

 そして抵抗できぬよう固められたスードラに、熱い視線が降り注ぐ。


「クロ子ちゃんなにをそんなに熱心に見てるの? さっきから様子がおかしいわよ?」


 ユエラに覗き込まれたクロトはビクゥ、と魚のように跳ねる。

 髪を振り乱さんばかりによそへ逃がす。


「い、いい、いえなんでもないんですよ!? その、ちょ、ちょっとお刺激がお強かったもので!?」


 ユエラはキョトン顔で「……お刺激?」と、前髪の端で結った三つ編みを横に流した。

 確かに見慣れぬものにとってスードラの格好は刺激が強いだろう。というよりも龍族全体といったほうが正しいかもしれない。

 しかしそのへんの事情も西側との交流を深める間に埋もれていくに違いない。狙ってやっていなければ、だが。


「それに記憶の共有をしてない部分があったみたいなんだよねぇ? もしかしてだけどふにゅうくんって……戦力拡充のため以外にも決闘する目的があったんじゃないかなぁって思ってるんだけどさ?」


 この外を知る教育役のようにわざと布地を増やさぬ龍もいる。いわゆる見られたいというやつだ。

 明人は「どういう意味だよ……」油断できぬ存在に注意しつつ話を掘り下げた。

 するとスードラのイカサマ臭い笑みに、より磨きがかかる。


「だって扇動陽動奇襲暗殺、龍族を騙せば幾らでもやりようはあったのにだよ? なんで1番手間がかかる決闘を選んだ理由はいったいなんだい? そこまでして焔龍を生かす理由が別であったんじゃないのかい?」


 ヒソヒソ声を潜めるだけで少年とは思えぬほどの色気を孕んだ。

 やはりというかスードラを敵に回さなくて良かったと、いまさら思い知らされる。

 明人は根負けしてスードラへかけていた技を解く。


 「ま、そのうちな」なんて隠す理由もないが、言う理由もない。

 それもゆくゆくわかる話だった。しかしそのためには役者が足りていないのが現状だ。

 解放されたスードラは意外なものでも見るかのように海色の目を丸くする。


「ありゃりゃ? ちょっと拍子抜けだね。もっとキツめにやってくれてもよかったのにな」


 残念そうな受け身体質マゾを無視して話が戻される。


「今はやることがあるんだ。オマエの相手をしてる場合じゃない」


 一党は揃ってもう再度、1ヘクタールの決闘場兼祭祀場に目をやった。

 そこいらじゅうで西側と東側の種族たちが縁を深めあっている。未開文明との交流はさぞ目新しい発見も多いだろう。

 ようやく大陸が1つに繋がったことを嫌でも実感させられる。龍を欠いた7種がひとつとなって虹のように連なった。

 神より賜りし宝物という道理を無視した品が呼んだ惨劇も、これにて終劇。最高の幕引きと言っても過言ではないはずだ。


「んーやっぱりいないわねぇ? リリティアのことだし決闘が終わったら明人のところに突っこんでくるかと思ってたんだけど……」


「その言いかた怖いからやめてー。リリティアに突っこまれたらたぶんオレの体が無事じゃすまないから、大怪我しちゃうから」


 ドゥ家の面々が、きょろきょろと大勢のなかから白い影を探す。

 なにせ決闘が終わってからというものリリティアの姿すら見ていない。

 しかし探してもどこにも彼女の姿が見えない。まるで意図的に避けられてしまってでもいるかのような。


「っ……気のせい気のせい。きっとたまたま行き違いになってるだけだ……はぁ」


 極度に疲れているからかどうにも気が滅入ってしまう。

 そんな様子をスードラは後ろ手組んで体をかたむけながら眺める。


「白龍を探してるならあっちにいるよ? っていうか僕、白龍と焔龍に頼まれてキミたちを呼びにきたんだもん」


 そう言って少女のように細い手指をあちらへと差しむけた。

 明人とユエラは同時に目を見やり、これまた同時に表情を暗くする。

 それもそのはず。スードラの指した方角には重機が鎮座していた。そして龍族たちの密度が特別に高い箇所を示していた。

 しかも津々浦々の王たちすら混ざって深刻そうに顔を突き合わせているのだ。

 あのなかにリリティアが混ざっていないで欲しい。というのが、明人とユエラ、同居者としての心境である。


「アレだけのことをやっておきながら謝罪すらないの!? さっきからどこ見てるのよ!? こっち見なさいってば!」


 ひときわ甲高い声が放たれ、離れたこちらの鼓膜をも貫く。

 その人だかりもとい龍だかりは1匹の龍を囲って揉め事を起こしている。

 さらには重鎮たちも集結して剣呑とした様相で荒みきっているのだ。


「僕としても協力をお願いしたいかな。正直、あのままだと邪龍は……悲惨な末路を迎えることになる」


 スードラは普段のニヤけた表情に影を重ねて歩きだす。

 そうなっていることはわかっていた。それでいて関わり合いになりたくないということもある。

 しかしリリティアがいるとなれば話は180度代わる。明人とユエラも誘われるがままその後につづいた。


「なんの騒ぎなんです? 内輪揉めとかですかね?」


 ただクロトだけは状況がまるで掴めていないらしい。

 わけもわからずといった様子で目をぱちぱちさせながらついてくる。

 そうやって辿り着く間にも喧々とした怒号が響き渡っていた。


「いい加減にしろよな! オマエの言うことを聞いてたのは龍玉があったからだ! 龍玉さえなければこっちにだってやりようはいくらでもあるんだぞ!」


 尾羽を生やしたひとりの青年が食って掛かった。

 おそらくミルマの胸ぐらでも強引に掴んでいるのだろう。 

 慌てて別の者が青年をそこから引き剥がす。


「俺の友だちも、その仲間も、その血の繋がってた家族だったかもしれないやつらもだ! 龍族の端から端までがオマエひとりのせいで大変な目にあったんだ!」


 青筋立てて怒鳴る彼は、確か天龍エスナの回りに良くいた青年だった。

 さらに先ほどの声。頭の天辺からでるようなキンキンとした声の少女にも見覚えがある。


「そうだよ! そうやって龍玉に恐怖してるみんなを使って逆らう子たちに酷いことしたじゃない! そんなの許せるはずがないよ!」


 鍋を囲っていたときに泣きだしてしまった少女だった。

 龍たちは鬱屈した怒りをぶちまけるように尾を揺らがしてミルマをまくしたてている。怒り心頭の2匹を筆頭に、軽蔑の眼差しがとある1点へ注がれていた。


「……だったら……もう、好きにすればいいじゃない……」


 大してミルマはまるで夢遊病患者かなにかだ。あるいは呪詛を紡ぐ女型の人形。

 邪龍ミルマは両側から同族の龍たちによって捕縛されていた。とり囲むよう同種に包囲されているのだから抵抗すら無駄だろう。

 しかし彼女に抵抗しようとする素振りは微塵も見られないない。それどころか同族が気を使って彼女を支えているような構図ですらあった。

 そのなかには操られていたはずのディナヴィアもいる。


「邪龍……もう良いのだ。もうすべてが終わってしまったのだ……共に罪を償おう」


 生膝をついてミルマの塗れて乾いた頬にそっと優しく手を添えた。

 しかしミルマはどこでもない場所をじっと見つめたまま。支えられた両腕もだらりと垂らされてしまっている。

 紫陽花のようなふわ髪も枯れ落つよう墨色の地面に広がっている。それどころか瞳からも生気が感じられない。

 ミルマは唇からくつくつという音を小刻みに吐いて肩を上下させる。


「この世界も……この身体も……魂も……もう、なにもいらない。だから……したいようにして……」


 自笑気味だが唇が弧を描くことはない。

 崩れ落ちたままの姿勢で頭を垂らすだけ。


「殴って刻んで潰して……アタクシの魂がこの世界から消え去るまで……アタシを消して……」


 ようやく一党が到着したタイミングで寒気すら覚えるような単語が聞こえてくる。

 決闘後、およそミルマは虚脱状態と化していた。すでに縄で縛る必要がないほど失意の果てに追いこまれている。

 子と旦那を龍玉に奪われた不幸の龍。その忌まわしき記憶のみに突き動かされた末路が、これ。

 おそらくは龍玉を無断でもちだした辺りから限界はそう遠くなかったのだろう。そして龍玉を失った今、生きる理由をも失った。


「ねえ……なんとか出来ないかな……」


 スードラが振り返りながら懇願してくる。

 ユエラは下唇を噛みながら足を止め、クロトも察したか場から目を逸らす。

 いっぽうで明人もようやくリリティアを見つけるが、彼女は辛そうに目を伏せてしまっている。目が合わない。


――自分を苦しめた元凶でもあるのに生かしたのか。やっぱり同族を救いたいんだな。


 明人としてはなんとなくわかっていたことでもあった。

 そのきっかけとなっているのは、夢の話。理想郷への神槍ユートピアグングニールで見た夢の話。

 リリティアの夢は、生きている者も失われてしまった者も す べ て が笑顔になるという夢。


 人間がこちらの世界に馴染んでいなかったころには知りえなかったこと。

 追放された龍の心を汲んではじめてわかる、その夢の意味。


――スードラが誘いの森にきたときは楽しそうだったもんな。なんだかんだでムルガルが家に遊びにきても嫌な顔しないしさ。


 明人は気づいている。あの夢は西側だけで叶わなかったことを。

 するとリリティアが頭を上げる。今気づいたかのように、ちら、とこちらを見た。


「…………」


 あからさまに作られた微笑みだった。

 普段のふやふやとした温和な彼女らしくない、辛そうな偽りの表情だった。

 明人はスードラの肩を軽く押して、横をすり抜ける。


「ふ、ふにゅうくん? どしたのさ?」


「助けられる保証はないけど、やれることはやっておく。これで貸し借りはなしで頼むぞ」


 体は決闘を終えてボロボロだ。辛うじて動くが乳酸漬けの足は1歩すら億劫だし関節だって軋む。

 それに頭だってマトモに働くかわからない。先ほどからぼんやりと視界が抜けているのは睡眠を欲しているからだろう。

 しかしそんな苦しい笑顔を見せられて黙っていられるものか。少なくとも今の彼にこのまま今日を終えるという選択肢はない。

 すると龍たちもまた、歩みでる勝利者へ、自然と道を譲っていく。


「これは解離性同一性障害かな。空、友だちの姉がもっとひどい状態だったからまだマシかもしれない」


 明人はミルマの頬を包み、無理やり前を見るよう仕向けた。

 それからじっと目を合わせながら己の記憶を探っていく。


「おそらく3つ目の首と呼ばれるものは莫大なストレスあるいは心の傷トラウマ下で生まれたと見るべきだな。この3本目の首とやらが前にでているときは本心、双頭の当人からすれば現実自体が夢としか感じていないはず」


 このドラゴンクレーターはとても良く似ていた。

 彼の住まう故郷茨城ではこのような病は日常茶飯事、というより操縦士界隈でこの類は珍しい話ではない。

 決死から逃げようとするあまり新たな心を生みだしてしまうこともザラによくあった。

 しかもそれらが不安を解消するためには、癖になる薬へ頼るものもいれば、他人に依存するという行動がよく見られた。

 そうして夜船空の姉は、依存に逃げるあまり行為の途中で息絶え帰らぬものとなったのだ。

 死因は操縦士界隈で言う、着火剤依存死フィラメントバーン。そう、良くあることなのだ。

 だからといって明人も達者プロではない。あくまで医者ではなく、こちらは操縦士なのだ。


「結論から言うとオレたちにどうこうできることはなにもない。なにしろ心の傷を癒やすのは当人の考えかた次第だ」


 だったらどうすれば良いのか。

 どうやってミルマを救い眠りから覚醒させるのか。


 饒舌に語られる情報の群れに、龍族たちは慌ただしく落ち着きをなくしていく。

 口にだされる感想は、そうだったのか、だからなんだ、など。どれもこれも頼りになるようなものではない。


「しかも無心になりかかってたムルガルのときとは違ってミルマの心は刺激を求めてない。こうなると回りがなんとかしようとしてもただ聞き流されるだけ。やるだけやっても無駄ってことになる」


 そして明人は切り札を投入する。

 助けを求める。もちうるだけの経験という情報を授ける。


「という病状なんだけど……なんかいい治療方法はありそうかな?」


 おもむろにミルマから目を背け、蒼に縁どられた瞳がそちらへむけられた。

 そしてそちらではすでに予兆が始まっている。


「……とら、うま……いやせ、ない……」


「……むだ……ぼくたちじゃなくて……」


 ユエラとクロトが朦朧とした表情で佇んでいるのだ。

 そしてヒュームの血を引くふたりの瞳へ、すぅ、と色が戻ってくる。

 パチン、という乾いた音が両方向で弾けた。


「うん、この方法を使えばなんとかなるかも。でもそうなると……この子の生きたいっていう意思が強くなければ逆に悪化させちゃう原因にもなり得るわ」


「それでもやらないよりは良いと思います。それと、もしやるならこの場にいる種族さんたちと、僕、フニーキさん、師匠の力が必須ですね」


「ならみんなまだそのへんにいるから協力を募りましょ。しかも全員ぶんとなると結構な大仕事になるわよぉ」


 ユエラとクロトは互いを見つめながら深く頷き合った。

 そして東側と西側、さらには人間と天使すらも交えて、現大陸全種族が手と手をとり合う。

 たった1匹の龍を目覚めさせるために壮大な作戦が開始されようとしている。



♪♪♪♪♪

挿絵(By みてみん)


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