48話 そのため、よく語らぬ呪術師はよく喋る
ワーカーの上で、ヘルメリルはスカートの裾を長尺のマントの如くはためかせながら言い放った。
「――聞けッ!! 勇敢なる森の戦士よ! 我は女王! ヘルメリル・L・フレイオン・アンダーウッド!」
静寂を切り裂くは玉を転がすような美声。
斜面を埋め尽くさんばかりの草原の如く佇むエルフたちは静かに女王の言葉に耳を貸す。
「我々森の民は、今この時を持って盾を捨て剣となるッ! 長きに渡る山の民との戦の終焉を、汝らの勇猛な剣閃によって幕引きとするッ!」
正面を切って掲げられた陶器のような白い手に集う、地を揺るがさんばかりの喝采。各々が手にもった武器を押し上げ、その勇壮たる景色はまるで暴風を纏った草木如く。
間もなく、御光を背負った森から日が差す。
高鳴る心臓の鼓動は、もはやエンジンの音をもかき消すほどに収縮拡張を繰り返すだけ。
「はじまるわ」
膝の上に座ったユエラがモニターに映しだされた敵の群れを見ながら語りかけてくる。
この状況に怯えているのは明人だけではないらしい。密着している箇所からも小刻みな震えがつたわってくる。
明人は、座席両後部にあるアームリンカーをがちゃりと引っ張り出す。
「私たち……大丈夫よね?」
ふわりと。鼻孔をくすぐる汗と柑橘系の甘い香り。潤んだ彩色異なる瞳。長耳が情けなくしおれたように垂れ下がり、ふるふると揺れ動く。
華奢な肩にアームリンカーごと手を添えると、ワーカーごとユエラを勇気づける動きをした。
明人の視界は非常に良好。青竹の如く艷やかな髪のむこうにあるモニターのうち左右の2面しか見ることがかなわない。
「そのレバーを左右に動かせば上半身がその通りに回るから。オレはそれに合わせて連中をぶん殴る。オッケー?」
「うん……やってみる」
今搭乗しているワーカーは、形は変われど元重機。移動しながらアームを動かす事態なぞ想定していないため、二人羽織のようになるのはやむを得ないこと。さもなくば空いている左足で操作する。
操舵はいらない。両爪で固定した丸太をぶん回しつつ、愚直に土巨人の壁へ進撃するのみ。
ヘルメリルの見立てによれば近くに敵を御する仕手の気配はないとのこと。つまり相手は、領内に入った敵を攻撃することのみを命じられた烏合の土くれ。
一番槍で広範囲に散らばった敵を引きよせて大隊が囲い一網打尽にするという作戦。
務めるは、ワーカー、剣聖リリティア、精鋭たる数十のエルフ。
「リリティアもケガしないようにね」
ヘルメリルとともにワーカーの上でお披露目しているリリティアへの呼びかけ。
「はーい、だいじょうぶですよー」
姿は見えずとも笑顔であることが容易に想像がつく。気の抜けた返し。
「――では、参ろうッ! 我等の手に栄光をッ!」
再度大地を揺るがさんばかりの喝采が鼓膜を叩く。エルフの女王によるありがたい演説が終わった。
明人はすかさずコンソールを叩いて上部ハッチを閉じ、マイクのスイッチを入れる。
「イージス所属! イージス3! 舟生明人! ――出撃するッ!!!」
アクセルを目一杯に踏み込めば、鬨の唸りを上げて疾走する円球4つ足。最大時速は40キロ。
赤いベールを纏ったエルフの精鋭たちも《ストレングスエンチャント》による恩恵を受けて飛ぶように並走している。
御光の招来。風を切り、地面を蹴れば下生え抉り、後につづく数万のエルフの猛りは空を赤く燃した。
『明人さん。またお会いできて光栄です』
カメラに映しだされたひとりのエルフ。無数の傷跡があり、剣を片手にこけた細面をくしゃりと歪めて笑っている。
ピンと。ユエラのしおれた長耳に活が入った。
「あっ! アナタはシルルの代わりに取り引きにきた、世間話の!」
『おお! 自然魔法使いのユエラ様もご一緒なのですね!』
「や、やだっ……様だなんてやめてくださいっ」
緊張の面持ちはどこへやら。ユエラは耳の先まで赤く染め、両手で頬を押さえながらやんやんと恥ずかしそうに首を横に振った。
明人はアクセルを踏む足に乗った柔らかな感触を満喫しながら、思う。エルフってみんなかっこいいし薄緑色の髪してて覚えずらいんだよな、と。
しかし、記憶が正しければユエラ救出作戦に参加していた者のひとりであろう。でなければこんな最前線にいるはずもない。
深くゆったりと流れる国境までの距離は、あと僅か。
ふと、スピーカーを通して耳に入ってくる不穏な笑い声。
『クククッ……これぞ深淵を溶かす希望の宴ッ! このときをどれほど待ちわび焦がれた聖戦かッ!』
ヘルメリルも決戦を前にして気分が高揚しているのだろう。いつも以上に余計にバリっている。
『冷然たるは我が勤めなり! 冥界より這い出る怨恨の寒風は我に仇なす彼奴らを凍てつかせるにふさわしい!』
つらつらと。よく滑る口から紡がれる常軌を逸した単語の数々。
ヘルメリルの二つ名は語らずの呪術師。詠唱の一切を省略して魔法を現界させることで有名な世界最強の魔法使い。
ここでふと、明人の頭に疑問が生じた。
「あれ? コレ、唱えてる?」
『いえ、これはメリーがいつもやる前口上です。ちなみに、詠唱より長いです』
リリティアの捕捉を聞いて、明人はがっくり肩を落とす。
「サイレントのアイデンティティ死んでるよ……もう喋る呪術師で――げっ! 川が近いッ!」
ずかずかと。気がつけば石を砕く4本の鋼鉄。
もはや川のほとり。緑の斜面はリリティアの胸の如く平坦で、砂利となっていた。