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440話 そして月はやがて満ちる

挿絵(By みてみん)

死線

邪なる者の内に宿る

底無き恨み


欠ける仲間たち

踏み越えたとき


その力は

目覚める

「ハァっ――ハ、ハッ、ハッ……!」


 肺が冷えるほど、胸が裂けるほどに荒々しく呼吸を刻む。

 過度な睡眠不足と過労もあってか、意識は朦朧とし視界が明滅する。

 蒼の能力はすでに消えかけの蛍光灯のような点灯している。

 だが倒れたら積み上げたモノが崩落し、ここまで築き上げた無駄となってしまう。

 だからこそ明人は倒れるわけにはいかなかった。

 倒れたら終わる。倒れるくらいのいい加減な覚悟ならばはじめから立ち上がらない。

 乾ききった歯が鳴るほど顎を食いしばりながら意識を無理やりにでも保っている。


「こんなッ――こんな中途半端な場所でッ――………終われるかあ!!」


 雨と夜で疎かだが目的地まではおおよそもうすぐ。

 胡乱な聴覚の端では激しい攻めぎ合いと騒音が轟いている。


「させるものですか! たとえヒューム如き矮小なる存在が相手であろうとも1片の加減も許しはしない! アタクシたちの野望を打ち砕こうと画策するのであれば息の根すらも止めてみせましょう!」


「アタシたちが身を挺して築き上げたこの地の道理を決して曲げさやしないッ! 龍血の最後の1滴までを神に捧げうるまで! キャハハッ!」


 彼女たちの原動力はいったいなんなのか。どれほどの憎悪を溜め込めばそこまで非道になりきれるのか。

 ミルマの信念は執念と呼ぶにふさわしい。そう評価せざるを得ないほど執念深さ。

 龍という強者でありながら身が泥に塗れようとも、弱者相手でも。全身全霊でへし折ろうと立ちむかう。


――しつこすぎるッ! 同族ですら滅ぼそうとする理由はいったいなんなんだ!? 


 明人は――別種だが――同族嫌悪した。

 作戦に生まれたただひとつきりの綻びイレギュラー。その執念の根源を見誤ったこと。

 ミルマの歪な腕が振りかざされる。


「道半ばで朽ち果てなさいッ!!」


「イヒヒヒッ!! 志を捨て輪廻に呑まれるといいよおッ!!」


 手爪は龍爪りゅうそう。鎌首をもたげる様な爪はあまりに凶器じみている。

 脚力はあちらのほうが数段上。まずもって種としての性能の桁が違う。みるみるうちに間合いが詰まっていく。

 対して明人の視界には一瞬死の文字がチラついた。


「まず――!」


 担い手は龍。その剛力と殺意が真っ直ぐに振り下ろされようとしている。


「まだだ! ぼくがいる間は好きにさせないよ!」

 

 しかし爪が振り下ろされることはなく、別の影が風を薙いで邪龍の横腹に飛びつく。

 九死に一生を得た明人は足を止めずに振り返る。


「スードラ無事だったんだな!?」


「ふっ、ふぅ……ぶ、無事かと聞かれるとちょっぴり微妙な感じだけどね……」


 救ったのはスードラだった。

 龍と龍の衝突で互いに無傷で済むはずもない。どちらも種の姿であれど大陸最強種族。

 しかし彼の側に吹く風むきが悪すぎた。防衛しながらの攻防となれば攻めに集中できるミルマのほうに軍配が上がる。

 しかもミルマのほうがスードラよりも種の体の扱いに長けていたのだ。まるでこのように特異な状況ですらも予見していたかのように仕上がっている。


「これだけ痛めつけてもわからないというの? 龍玉へ魂を捧げる覚悟ができたということかしら?」


 ミルマは胴にひしっとしがみつく彼を見下ろす。


「これはぼくの見落としだったね。まさか……っ、公平と公正を盾に生きるだけのきみが……こんなにがんばり屋さんだったなんて……意外だったよ」


「焔龍の傘下でなければ容易に組み伏せられるでも思っていたのでしょう? アタクシはどうやらアナタを買いかぶりすぎていたようね。はっきり言って……興醒めよ」


 凍てつくような声色。視線は同胞へと送るような目つきではく侮蔑に値するほどさめざめとしている。

 しかしスードラも負けじと下から青い眼差しで睨み返す。


「たかだか種の体で勝ったていどなのにずいぶんと言ってくれるよねぇ……?」


 艶やかに起伏だつ衣服に手をかけ、上へう上へと、よじ登っていく。

 そして胸ぐらを掴むようにミルマを引き寄せ、鼻先がぶつかるほどの近距離で紅の瞳をむけ合う。


「フンッ、真の姿でやり合うのならば受けて立ちましょう。そこの弱者すらも巻き添えにしたいのであれば、だけども」


 蠱惑な薄目が地を駆ける青年へを写す。


「ねぇ、どうしましょう?」


 試すように問われたスードラは大きなため息を吐いてやれやれと首を横に振った。


「……まったく……安請け合いするもんじゃないね……」


 それでも彼は両手でミルマの腰辺りをがっちりと掴んで離さない。揺るがない。

 スードラの肌の多い着こなしは戦闘によってはだけ、素肌部分はところどころが傷つき痛ましい。

 それでもがむしゃらにミルマの攻撃が明人に及ばぬよう妨害を試みている。


「スードラ! あと少しなんだ! 辿り着けさえすればどうとでもしてみせる!」


「いいからきみはぼくに構わず走りつづけてッ! きみが魅了魔法に乗せて伝えてきた感情をぼくは信じる! だからきみはきみにできることすべてをやりぬけばいいさ!」


 いつだったかスードラが口にした言葉とまるで同じセリフだった。

 しかし今は内包する意味が異なっている。出会ったばかりの利用し合うものとは違う。互いに結びついて同じ到達点を目指している。

 切れた額のあたりから赤い血まで垂れている。鮮血に片目を潰されながらも、それでもスードラは怒リ散らすように彼へ叫んだ。


「成し遂げるんだッ! きみの止まってしまった時間を前に進めるためにもッ!」


 その叫びが折れかかり消えそうになっていた炎を呼び覚ます。


「言われなくてもッ!!」


 スードラとミルマの争いを視界から外し、明人は再度前をむく。

 勢いよく頭を振る。前髪から雨やら汗やらの露飛沫を飛ばして気合を入れ直す。

 代わりにこみ上げる感情を薪としてより蒼が迸っていく。


「せっかくきみからの教訓メッセージを信じて新たな未来に賭けたんだ。こんなところで……ガッカリさせないでよね?」


 小さな小さなスードラの願いをしかと聞き届け、鈍った脚に力を籠めた。

 喝を入れられた明人は内に宿る力の可能な限りを振り絞って加速する。

 そしてその背後では喉から絞るような悲鳴が聞こえた。

 2つ燃えていた赤い光のうち1つが雨のカーテンのむこうで、消失する。

 人間に気配なんて高尚で不可解なものなんてわからない。しかしスードラが力尽きたことだけは明人ですら理解できた。

 それでもうつむくのは1度きり。


「があああああああ!!!」


 本能を剥きだしに獣の如き雄叫びをあげて腕を振るう。

 後悔幾らでも後からできる。現状ではくよくよしている暇なんて1秒たりともありはしない。全身全霊で願いを形にする努力を絶やすことなく前へと進撃するのみ。

 さらには不確かな感情が腹の底を熱くする。脳がチリチリと灼けるような感覚が全身に滾る。

 石柱に誘われるよう一心に駆ける。辿り着く先に佇む建造物は塔門だろうか。

 台形の高い壁がそびえ立ち、門が大口を開けて待ち構えている。


「はっ、はっ、はっ……?」


 明人は壁の絵があまりに不可解で一瞬だけ眉を引き寄せた。

 牛のような角の生えた種族の壁画のような。見たことのない羽の形をしている種族の絵。蝙蝠……あるいは悪魔に似たなにか。

 門を挟むように佇む台形の建造物に描かれた特殊な絵。抽象画のような絵と島々に暮らすが角の生えた種族たちが描かれている。


「ダープリ……後ろ……! 後ろを見て……!」


 すると横ではフィナセスが手から綱をぶら下げ操ることすらおざなりに呆けていた。

 背後を振り仰いだまま銀の瞳を揺らめかせる。雨に濡れた白い頬をひくひくと痙攣させている。

 彼女の背に張りついたムルルも同じ方向を見つめたまま、まんじりともせず。いつもは眠たげな琥珀色の瞳が爛々と輝いていた。

 明人も気が進まぬといった感じでおそるおそる背後へ目をむける。


 「なにをこんなときに余計なことを……ッ!? 龍族の群れ!?」


 散漫かつ霞がかった意識が、光景を目の当たりにして、鮮明に蘇った。

 わっさ、わっさ。地を叩く雨粒の音に拍車をかける国旗の如き翼の風を裂く音。

 それも1つや2つていどどころではない。その羽音はさながら絶賛する拍手の嵐のよう。

 一党のむかっている逆側の空は数多の龍によって埋め尽くされている、彩られている。

 そのあまりにも荘厳な景色を前に圧倒され硬直しているのは、なにも明人たちだけではない。


「貴方たち!? これはいったいどういうことなの!?」


 再度追いついている途中のミルマですらも、同胞たちの不可解な行動に激昂している。


「散りなさい! とうに儀式を始めていなければならぬ頃合いでしょう! それなのになぜこのような場に群れているのですか!?」


 どれほど叱咤を飛ばしても、龍の群れたちが散ることはなく。

 空を抱かんばかりに巨大な翼で雨風を追い払いながらわっさ、わっさ。一定の距離をとってついてくるだけ。

 さらにそれだけではない。

 地上にも鱗の尾を生やした種の群れがぞろぞろとひしめき合い、追ってきている。

 誰も彼も食い入るように脇目も振らず。実直に前方だけを見つづけて2本の脚で駆けている。


「きっと……きっとみんなに届いたのよッ! 助けてあげたいって願った優しい思いが龍族の心に届いたんだわ!」


 詰まり詰まりそう言ってフィナセスは明人へ猫のように目を細めた。

 手をきゅっと胸甲の稜線の辺りで握りしめる。頬には雨粒かはたまた僅かな湿り気が浮いている。

 想定外サプライズ。こんな逼迫した状況だというのに彼もまた目が奪われてしまっていた。

 それらとは別にガラスを引っ掻くようなヒステリックな悲鳴が響き渡る。


「まさかこのていどの揺らぎで壊れかけているというの!? アタクシたちが作り上げた完璧な計画プランが――お父上の仇が――たった1匹の例外によって!?」


 ギチギチ、と。ミルマの奥歯を噛み潰す音とともに紫煙色の瞳が見開かれた。

 そして明らかな殺意が一党へとむけられる。


「アタクシの作り上げた安寧の地が貴様ら如きに弱者に揺さぶられるなんてあってはならないことなのよォッ!!」


 容姿端麗な在り方はなく、そこにいるのは邪魔者を滅するという確かな決意があった。

 その視線に射止められただけで血が凍るほどの死を錯覚させられる。


「――隙ありぃ!!」


 そんななか闇のヴェールのなかからスードラが飛びだす。


「邪魔をスルナアアア!! これは貴様らの犯した罪の精算なのにッ!! お父様を閉じ込めた貴様らがアタクシの崇高なる計画を邪魔する権利なんてどこにもありはしないッ!!」


 激しく抵抗されながらも「イヤだね!」彼は傷と腫れ物だらけの顔でニヤリと笑む。


「いくらなんでもぼくが手伝えるのはほんっっとにここまでだからね!? あとは自力でなんとか――ぁぐッ!?」


 ミルマの鋭く放たれた膝がスードラの薄い腹部にめり込んだ。

 ツバやらよだれやらが鮮血に彩られ、雨水に濡れた石畳を染め上げる。

 それからミルマは、まるでボロ布を放るように無気力になった彼を投げ捨てる。

 転がされた小さな体は硬い石畳の上でゴム毬のようになんども跳ね、もんどりを打つ。そしてあっという間に置きざりにされて見えなくなってしまう。


「もう遊びは――オワリニシマショウ!!!」


 ミルマは怒りと愉悦を混ぜっ返した形相で身を沈める。

 露出した太ももの辺りが隆起し血管が浮きでる。ビキビキと筋の切れるようなおぞましい音を奏でた。

 清く麗らかな腕の肉が醜く逆立ち、変化し、岩石の如き鱗に覆われていく。

 生えた翼は真の姿へと変貌する。身の幅どころかゆうに10mは超えている。

 種の姿にはおぞましすぎる両のかいなの先端には、世界すら砕かんばかりの大爪が顕現する。


「愚カナル神ノ御心ノママニ!!!」


 すでに聡明だった面影はどこにもない。

 ただなりふり構わず、現れた障害を排除しようという目的しか見ていないのだろう。

 彼女はすでに種ではない。しかし龍ですらない。ただなんらかのどす黒い念に侵された怨恨の権化と化した。


「リリティア……ユエラ……! ……すまないッ!」


 明人は純粋な恐怖で身を震わせた。

 脳裏にはもはや遠く触れらぬ家族の顔が浮かぶ。


「消エ去レエエエエ!!!」


 背後から木霊する爆発のような轟音を耳と体でもって聞く。

 真なる龍の爪が振りかざされるだけでその周囲の雨が止む。

 最後の抵抗を試みて明人がありったけを籠めて地を蹴るも、もはやここまで。

 諦めかけ、すべてを投げだそうとした刹那。


「ごめんなさい邪龍さん!」


 馬上から夜闇を弾く白き影が飛びだす。

 そのままミルマの首に手を回し、抱きつくようにフィナセスが組みついた。


「フィナセスやめろッ!! 龍族を相手にするなんて無茶だ!!」


「無茶だってわかっててやってるのよお!!」


 明人が止めてもいっこうに言うことを聞こうとはしない。

 彼女は龍ではない。種の姿でもあるていどの耐久力をもつ龍族ではなくエーテル族だ。

 もしミルマが全力で対応しようものなら紙を破るよりも容易にフィナセスの身体を裁断することすら可能だろう。


「私は誉れ高き聖騎士よッ!! それなのにアナタをみすみす死なせるわけにはいかない!! もし守れないならもう2度と聖騎士パラディンって名乗れなくなっちゃうもの!!」


 フィナセスの宣言を耳に、明人は震える手を握りしめる。

 そして汗やら雨やらで貼りついた前髪を散らすように前をむく。


「きゃあっ!?」


 短い悲鳴とドシャリという落下の音。


「っっっ……!」


 それらの意味するものを知っていながら明人は振り返らない。

 ただ走る。この世界を駆けずり回ったようにひた走るのみ。

 託してくれた仲間たちの思いが背に覆いかぶさっただけ、より早く。迅速に対応する。


「アタクシたちの崇高なる復讐を邪魔する余所者アウトサイダー共ガアアア!!」


 しかしそれでも人如き、そのていど。

 間髪入れず背後から龍の咆哮がおぞましい速度で迫る。

 目的は目前。すでに目と鼻の先といっても良いほどの距離。あとは階段を数段ていど駆け上がるだけ。

 距離はあと、3歩、2歩、1歩。

 大股でのスプリント。もはや呼吸は止めた。霞む意識と揺らぐ視界のなか最後の1歩を刻む。


――頼むッ……頼むよイージスッ!! もし本当に見てくれているのならあと少しだけ待ってくれッ!!


 去りし戦友への懇願とは裏腹に、彼を覆う蒼が安らいでいく。

 上の半身から力が削げ、前のめりに倒れ、階段の角が近づいてくる。


「血肉となって輪廻に迷えエエエ!!!」


 僅かに届かなかった。

 明人の視界はすでに砂嵐だ。F.L.E.X.を使い切ったときの感じによく似ている。

 それでも前のめりになりながらもスニーカーの靴底が最後の気力を地面へ伝える。だが同時に死神の鎌が振られようとしている。

 神とは残酷だ。願い叶えば神の報酬、願いが叶わずならば己の罪。底意地の悪さで言えばどんな卑怯者にも勝るだろう。

 蒼が弱まって消えかかるとともに明人の意識が薄らぎ、閉じていく。

 これで終わり。終わり無き安寧という終幕だ。

 だが幕が閉まる直前。


「チャムチャム! お願い!」


『あいよォ! マイマスター!!』


 円盤状のなにかがふわりと宙に浮かんだ。

 それから盤だったはずの部分が爆発的に伸び、最後の審判をくださんとするミルマの足首を捕らえた。


「御魂となりて滅びなさい――ッ!? 小賢しいッ!!」


 強引に足を引かれたまま彼女の爪が振り下ろされる。

 その死を配るであろう爪先が明人の背を撫でた。

 それだけで流動生体繊維パイロットスーツの生地が裂け、撫でられた肉が割れる。

 鮮血舞う。千と降り注ぐ雨露とともに石畳を濡らす。

 血しぶきは瞬く間に薄まってそこに流血があった痕跡すら残さない。


 とばりは落ちた。


 ここまではただ運が良かっただけ。


 この強者のみが生ける大陸世界で人の命なんてそれほど薄っぺらいもの。


 ひとたび出目が悪ければこうも簡単に命の灯火なんて吹き消える。



「《汝、生涯を賭して勇猛な盾であれ》」



 とうに明人は明人ではない。


 背を切られた痛みすら感じてはおらず、自分が何処に立っているのかすらも定かではない。



「《我らはイージス》」



 それは脳が電気信号を送っているだけにすぎない。


 あるいは脳ですらないのかもしれない。首をもがれた肉が動くのと同じ原理かもしれない。


 それでも反射的に、彼の体が最後までその足を止めようとしていなかった。



「《天上に至りて世に個の歴史を刻む者》」



 どこまでも泥臭く生きるからだろうか。


 消失したはずの諦めの悪い蒼がある1点へと収束を開始する。


 いつしかF.L.E.X.の蒼白は片側の脚部だけに集約していた。



「《汝と共にあらんことを》」



 戦友との誓いに準じて人間はひた走る。意図せず唱えたのは魔法ではなく、たった1つの約束。


 そして遂に踏み込まれた1歩が、次の領域へと至ったことを証明した。


 発生したそれは音なんて生易しいものではない。もはや衝撃波。


 踏みしめられた大地が崩壊し、強大な震源となって地を穿つ。


 踏むという動作によって生みだされた圧が、降りしきる雨すらも弾き飛ばす。


 ぐしゃりとひしゃげた石畳だったものが幾億もの断片となりて舞い上がる。


 そして空色の蒼が閃光となって真っ直ぐな軌跡を描く。



「そんなまさか!? マナすらろくに使えないはずのヒューム如きがこれほど強大な力を操れるというのッ!?」



 ミルマが歪に膨れた鱗の手をかざすも、もはや射程に獲物はおらず。

 残されたのは蒼の残滓。それと抉られた巨大な穴だった。


「…………」


 置きざりにした明人は、もっと高く、地面と平行に飛翔する。

 その速さは、即座に立て直しを図ったミルマですらも遠ざかる彼の背中を諦めるほど。

 たったの1歩だった。されど無心の極地よって生みだされた力による跳躍は、龍ですらも置き去りにした。

 存在しうる有象無象すらも置き去りに驚異的な速度で神殿のなかへと飛び込む。

 神殿の支柱が通り過ぎていく。光が遮られてカビと埃臭い薄闇を慣性のみで突き抜ける。


「なに、が……?」


 ひゅんひゅんと風を切る音で明人は辛うじて意識をとり戻す。目覚ざめる。

 だが未だ状況が掴めず。まるで糸の切れた人形のようにだらりと両手は垂らされたまま。

 受け身をとろうとしても、すでに指ひとつすら動せないほど。まったくといっていいほど体に力が入らない。

 そして抵抗することもできず。体が固い地面に接触しそうになったときのこと。


「今宵はいやに騒がしいと思えば珍妙なこともあるものだ。少なくとも妾にはこのように浮遊して訪ねてくる者を知らぬ」


 ふわり、と。なにか柔らかいものに包まれた。

 同時に尋常でなはい速度が緩やかにおさまっていく。


「ひとまず遠路はるばるよくぞこの地へと辿り着いたと褒めておこう。しかし……フフ、汝のような不躾な来客は他に類を見ぬぞ」


 今にも途切れそうな意識のなか明人は遂に辿り着いたことを知った。

 その身を抱きとめてくれた彼女こそがチャプター3への鍵である、と。



♪♪♪♪♪

第2部末 @1


挿絵(By みてみん)


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