40話 ともだちと家族と
「私がこの子と出会ったときのお話でもしましょうか?」
上部ハッチから操縦室内に足を垂らしたリリティアが囁くような声で話かけてきた。
空を覆っていた黒鉛のような雲はどこへやらか。蒼い月が静かなよるを透かして静寂を並べ、のしのしと4脚は森を鳴らして道を征く。まさに静と動か。
ときおり左右中央3枚のモニターに映る木々の狭間から魔物が顔を覗かせていた。しかし、大小問わず相手が悪いと見てか一目散に帰っていく。
「んっ……別にいいよ。今が幸せならそれで」
ワーカーのなかで船を漕いでいた明人は、ぴしゃりと言い切った。
ゆりかごにしては大げさに揺れるが彼にとっては慣れたもの。
「そうですか……えぇ、そうですね」
そう言って、リリイティアは夜風になびく髪を掻き上げた。
と、自身の肩にもたれ掛かるようにして寝息を立てるユエラを膝に寝かせた。
ウッドアイランド村へでむき初めてエルフの生活に触れた。ユエラの友人であるシルルと出会い、キングローパーと対峙して後悔に苛まれ、祝勝会でルスラウスの謎を残す。
「ところでどこへキスしてほしいですか? 唇だと……さすがに心の準備が必要ですけど……」
「保留で」
「むぅ……」
リリティアはそっけない態度に頬を膨らませて抗議の姿勢を見せる。
も、そんなことはお構いなしにアクセルを踏む足に力を篭めた。
どたばたと。味の濃すぎる一日がゆっくりと深まっていく最中、明人は小さくため息をつく。嗅ぎ慣れた油と鉄の香りが鼻孔をくすぐった。
「そろそろ色々話してくれてもいいんじゃないかな?」
「うふふ~、なにをですかぁ?」
リリティアは悪戯っぽく目を細めながら操縦室に垂らした素足を明人の頭に乗せる。
しかし今回ばかりは明人も真剣だ。彼女は、すべてを知りながらもユエラを泳がせるような真似をしていたのだから。
「リリティアはオレになにをさせたいの?」
自身の指にはめられたブルーラインの入った小さな指輪を見つめ、頭上でしきりに足をぱたつかせる性別不詳へ問いを投げる。
どこの馬の骨かもわからぬ男を家族と称したり、細工の施されてた大判の本。そして、ユエラが寝静まってから渡されたこの指輪。
ここまでお膳立てされていれば馬鹿でも察するというもの。
「その指輪はオリジナルのアーティファクトと同様にマナを散らす効果が秘められています」
これはユエラが誘拐された際に、ヒュームの男が魔封じとして使用したアーティファクトの贋作なのだとか。
リリティア曰く、もう調査が済んだので必要ないらしい。
「それは魔法除けです。つまり、マナをもたない明人さんだからこそ持つにふさわしい指輪だと判断しました」
贋作はエピックレベルの魔法で壊れてしまいますが、と小さく付け足す。
それから彼女は空に浮かんだ丸い月を見上げた。
問いに対して芯のない、要領を得ない返答。そして、なぜ左の薬指にはめたのか。
「ぐぬっ……で、これを……くそっ、はずれない……なにに使えっていうのかね?」
この位置に指輪がはまっていると色々と意味がでてしまう。
なので別の指に付け替えようとするも、指輪はがっちりと食い込んでびくともしない。
指輪の効果自体は明人にとっても舌を巻くほど喜ばしいもの。これさえあればもしヒュームの男と闘ったときのような場面に出くわしても立ち回りの幅が広がる。それに、ストライカーの弾薬も無限ではない。
「月が綺麗ですねぇ……あっ、そうそう。蒼の月はルスラウス神をつかさどる大変ありがたいものなんですよ」
リリティアは微笑を浮かべるばかりでやはり望んだ答えは戻ってこない。
対してこちらは知ったこっちゃない、だ。指輪がどうやってもはずれやしない。
「ぬぎぎぎぎっ……はぁ、ダメだ外れない……」
「ちなみに指輪の名前は、まなまなちるちるです」
明人は静止して尋ねる。
「……誰がつけたのソレ?」
「私ですっ」
フンスと。リリティアは誇らしげに、あるかないかわからない板胸を張って威張ってみせた。
明人は心のなかで『だせぇ!!』っと唱えて、指輪をマナレジスターと名づけ直す。
それにしてもいっこうに外れる余地がない。ねじって、ひねって、ひっぱって。明人は、思いつくあらゆる手段で装備した指輪との死闘を繰り広げる。
「ちなみにソレ呪われてるので外れませんよ?」
ぽつりと。リリティアが素っ気ない顔でこぼしたおぞましい一言に、明人は震撼した。
「ハァッ!? ユエラのときスポッて外れてたでしょ!?」
「なので、とある筋に依頼して物凄く濃ゆい呪いをかけて頂いたんです。一生外れません」
リリティアは月明かりに白ばむ手を打って猫のように目を細めた。
「今日置いていかれたこと根に持ってるよね? 気にしてない風を装ってるけど絶対に根に持ってるよね?」
彼女は語らない。自身の素性も種族も明人に求めるものも、なにもかも。
だから彼女に語らない。地球のことも、あの災害も、なにもかもを。語る必要はないと口をつぐんだ。
どっと。疲れが吹き出すのを感じて、ワーカーをオートモードに切り替えると明人は背もたれに体重を預ける。そうすると、しだいに今日の出来事が瞼の裏で映し出される。
「ちなみにですけど……」
心地よい重機の揺れに、子守唄のように頬を撫でる凛とした声。すやすやと一定のリズムを刻むユエラの寝息。
「ヒュームと同様の種であるアナタの寿命は、私たちにとって、刹那の灯火と同義です」
蒼の光を透かして彼の呼吸は少しずつ浅くなっていく。
「なにを成さずとも、アナタは私の大切な家族です」
リリティアは目を伏せて指で優しくユエラの髪を梳いた。
○○○○○
彼女は赤い瞳で蒼月を仰ぎ、瞳を閉じて浅く呼吸する操縦士に語りかける。
「変革は望みません。ですが……もし、叶うのであれば……この子のように救ってくれますか?」
世界は変わる。
彼の世界も変わり、彼女の世界を変えた。
ならば変えられるかもしれない。そう思って、彼女は願った。
「あの子のことも」
3章 あの子の親友 この子の思い出 そしてオレはあっづぅぅぅ 【END】
【NEXT】4章 あの子の性別 この子のパンツ そしてオレは荒野に猛る




