4話 ともかく彼女の飯はうまいが、破壊力もある
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暖かみのある丸木の建築物だった。
どこを見ても埃すら見当たらないあたり家主の几帳面さが垣間見える。
席についた明人は目の前に広がる豪勢さを詰め込んだような香り豊かな料理の数々にゴクリと喉を鳴らした。
一方で、テーブルを挟んで対面に座った少女は頬杖をついて苛立たしげに眉をしかめている。
「なに見てんのよ」
「いえ、なにも?」
「アンタさっきもそれ言わなかった?」
明人は、少女からの突き刺すような眼光に恐縮し、姿勢を正した。
使い捨ての重機操縦士如きが高位高官の愛人と食事をとるなんてあってはならないことだ。もし生存者キャンプを牛耳っている軍人の機嫌を損ねれば前線に送られかねない。
明人はそういった人間を何人も見てきた。
数少ない物資に、日に日に増える避難民。男は粗末なクジを引いて死地へ趣き、女は体を売って日々の糧を得る。
そんな空港の滑走路に設けられたキャンプに住まう人々を虐げて笑う軍人たち。
力なきものに人権はなく、ただ世界の終わりを待つだけの生活。
そんななか明人は、建設用重機ワーカーの操縦と整備の嗜みがあったためまだ生かされている。
が、いつ見捨てられるかと夜な夜な悪夢にうなされていた。支え合える友がいなければとっくに心折れていただろう。
「……気に食わない。気に食わないったら気に食わないわ……」
――針のむしろとはまさのこのことだな。
訝しげにちらちらと視線をむけてくる少女をよそに窓の外を見れば、庭の草花が会話をしているかのようにしなやかに揺らぐ。奥では緑萌える木々が半端に上がった陽光を透かしている。
平穏。まだ夢を見ているのだろうか。
「ねえ」
考えてみればここには友人どころか隊のメンバーもいない。
イージス隊の面々ならば明人含め誰かが怪我をしたという報告を聞いた瞬間、押し寄せ笑いにくるだろう。
明人はここにいる理由がどうにも思い出せず、腕を組んでうんうんと唸る。
「――ねえってば!」
ドンッとなにかを叩くような音に驚き明人が窓から視線を戻す。
と、むっつりと口をへの字に結んだ少女が真っ直ぐこちらを見ている。
「な、なんでしょうか?」
「なんでさっき泣いてたのかって聞いてるのよ!」
「泣く? 誰が?」
「アンタがっ!」
明人には少女の言っていることの意味が理解できず困り果てた。
「……ハァ、もういいわよ。下位ってろくに会話もできないのね」
優雅な振る舞いで自身の髪をかき上げると作り物のような緑色の髪が手の甲に沿ってさらさらと流れた。
明人は心のなかで「めんどくせぇ……」と思ったが今は波風をたてないことにする。
「はーい! できましたよー!」
奥から不穏な空気を切り裂くはじけるような声が鳴り響く。
白裾の少女のニコニコとした表情から伝わってくる。今にも歌いだしそうなほどに晴れ晴れとした笑顔だった。
そしてあきらかに分不相応な巨大盆を手に、スカートを揺らしながらこちらに歩いてくる。
「おとといも言ったけど作りすぎよ。パーティーかなにかを開きたいわけ?」
「そうです? なにせ数も増えましたし、それに男性もいますからこれくらいぺろりですよ!」
ブロンドの髪の女性は、うんざりとする少女を華麗に受け流してしまう。
それからテーブルに料理の載った皿をどんどん敷き詰めていった。
――とりあえずこの2人は姉妹……ってわけではなさそうだな。
一方は大きな三つ編みで、もう一方は前髪の端で小さく作った三つ編み。
一見して美人姉妹とも思えたが、ところどころに大きく違いがうかがえた。
鋭く凛々しい目つきに起伏のある肢体の少女。対になるかのように物腰柔らかな背も高くすらりとした体型の女性。共通項を上げるとするならば大小の三つ編みと、どちらも大輪の花のように美しいということ。
明人が目の前で繰り広げられる仲睦まじい光景に戸惑っていると、澄み渡った金色の瞳がこちらをむけられていることに気づく。
「あっ、えっと……」
心臓がドキリと跳ねて舌が回らなくなってしまう。
なにかを言わねばと口を開くも、今までの環境がほぼ男所帯だったからか二の句が告げない。
それに相手があまりにも澄んだ目をしていることで緊張し、言葉に詰まってしまう。
そんな小心者の様子を見かねてか、配膳を終えた女性が盆をテーブルに立てかけ、スカートの裾からちらりと見える白く細い足を繰り出して近づいてくる。
ぼんやりとイスに座る明人の前で女性は止まり胸の前で手を結ぶようにして、たおやかに微笑んだ。
「ご挨拶が遅れてしまいごめんなさい。私はリリティア・L・ドゥ・ティールといいます。もし、よかったら貴方のお名前を聞かせていただけませんか」
大人びた口調に透明感のある声だった。
明人はのぼせた頭を冷やすように深呼吸をして、立ち上がって一礼をする。
目上の人間に礼節を欠けば仲間共々特攻隊に組み込まれることを知っていた。たとえ相手が高官の愛人であったとしても。
「こちらこそご紹介が遅れて申し訳ありませんでした。オレはイージス隊所属イージス3ワーカー操縦士の舟生明人です」
あまり肩肘を張らず、しかし一言一句を丁寧に自己紹介した。
軍隊式の礼の払い方なんぞ覚えのない身の上、もし作法が間違っていたら挑発ととられかねない。
しかしリリティアは目をぱちぱちと瞬かせて淡い桃色の唇に指を添え、小首を傾げた。
選択を間違えたか。明人は手に汗が滲むのがわかった。
「珍しい名前ですね。えっと……ふにゅ~さんですか?」
「――ぐぉッ!」
無垢な瞳をしたリリティアに告げられた自身の名字に、明人は胸を貫かれる。
「ど、どうかしました?」
血縁のいない明人にとって名字なぞただの記号でしかないものだった。
つい数秒前まではだが。