39話 ともあれ、大団円となればゾクリッ
実包は尻を叩かれ、待ってましたと言わんばかりに大量の鉛を吐きだす。
別名ストリートスイーパー。リボルバー式の回転弾倉の残量は、あと7と2。
この過酷な環境下で地球人としての優位性を明人に与えてくれるもの。それがこの普段から忘れずに肩に下げている散弾銃RDIストライカー12だった。
4キロを上回る重量は決して軽いものではない。
しかし、この現代兵器があってはじめて彼はこの世界と対等に闘っていける。すくなくともこれまでは。
「いけええええええええ!!」
弾かれたように外へ飛び出した鈍く光る粒は透明な小瓶穿ち、薬剤とともに粘体へと吸い込まれていく。
地上より迫りくる炎蛇。時間は限られている。多少体がローパーの粘液で濡れていようともあの質量に耐えることは酷というもの。
抉られたように肉のはじけた傷跡からしとど吹き出す白濁色の汁が明人の顔を汚す。しかし彼は、お構いなしに空へと照準を合わせた。
「喰らえッ!」
再び銃口が火を噴いた。
1発目はポーションに満たされた小瓶。そして、2発目の射撃は自身の足に絡みつく血色の悪い触手を撃つ。
点ではなく面による制圧兵器。血霧を上げて鉛の群れは雲へゆく。
しかし、穴ぼこの空いた触手はまだ千切れるに至らない。
「クソッ! もう一発――」
照準を合わせようとした瞬間、明人は目を疑った。
流れるような銀光が触手を幾千の断片へと化かしたのだ。
ふわりと。内臓が浮遊するなんともいえない感覚。視界に入ってきた夜闇を切り裂くが如くなだらかで美しい金色の髪だった。
尾を引く大きな三つ編み。
「り、リリティ……」
リリティアは、自身の名を紡ごうとしている明人の口を人差し指で閉ざした。
驚き見れば、その彼女の顔は普段見せる穏やかさを放りだして、金の眼は紅の如く、目尻は鋭く、どこか咎めるような。
落ちていく明人をそっと抱え、リリティアは耳元で呟く。
「目覚めたときひとりなのは嫌いです……」
その声は、囁くようで、それでも鼓膜を貫いて、直接脳の内側に響いてくるようだった。
「……ごめん」
「こんな危ないこと……もうしないでくださいね……」
○○○○○
部屋の中央では、青竹のような少女が新緑のエルフたちに囲まれ歓呼と歓声、賞賛を浴びていた。
みなが言うには、性転換ポーションは災害への新たな対処法として抜群の効果を発揮する大発明とのこと。
それを部屋の隅の長いすに座して、影をまとうかの如く明人は遠巻きに眺める。
実質負傷者はゼロ。村も救われ大団円。しかし、うるおった地面を叩く雨音が傷心の彼の心に染みわたった。
「おつかれなのかな?」
ててて、と。影を踏むように小走りにシルルが近づいてきた。
その両手には肉、肉、肉。視覚だけでも旨いとわかる、リリティアの作った料理が握られている。
今、ここ村長の家ではエルフたちによるキングローパー討伐を祝した祝賀会が開かれていた。
「疲れたし……腹減ったし……からまわった……」
深い溜息とともに明人は、より影を濃くする。
勝負に勝って試合に負けたとはこのこと。ユエラは自身の夢であったエルフの輪に加われた。しかし、明人はリリティアの助けがなければ死んでいたかもしれない。
散々村を引っ掻き回して、謝罪して。たとえ目的が果たせたとしても明人だってただの人間。傷つくときは傷つくもの。
「喜び余って後悔100倍って気分だよ――むぐっ」
ずぼっ、と。うつむく明人の口に骨付き肉が突っ込まれた。
口いっぱいに濃厚な肉汁と、ぴりりと辛い香草による極上のハーモニーが広がっていく。
「アナタはハーフのことどう思ってるのかな?」
そう言って、きょとんとシルルは大きな瞳を瞬かせた。
「どうって……なんでそんなことを?」
「いまハーフが言ってたけど、明人はハーフのために危険なことをしたって言ってたのかな」
シルルの長耳越しにむこう見れば、ユエラがちらちらとこちらを見ているのがわかった。
彼女なりにフォローしてくれたのだろう。
明人は苦笑しながら頭を掻きむしる。
「いやだって、友だちだし苦しんでる顔なんか見たくないでしょ?」
「そっかそっか!」
シルルは満足げに頷くと小さな尻をふりふり振りながら逃げるように輪のなかへと戻っていく。
「あいわらずよくわからない子だなぁ……」
肉を咀嚼しながら団らんの輪を背景に物の本を開く。
両耳をぴんとたててこそばゆそうに頬を染めるユエラと、それを囲って微笑むエルフたち。一見して暖かみのある幸せな空間が広がっている。
「………………」
それが、明人にはどうにも腑に落ちなかった。
喉にできたしこりのように飲み下せない疑問だった。
『洗脳系の魔法は存在します。しかし、すべてのエルフをいっぺんに操ることは……もはや生物の域を逸脱しているかと』
明人は村長の言葉に思いを巡らせ本をめくる。
探し、開いた。それは、《神より賜りし宝物》の項だった。
1種の王に1宝として受け継がれる、文字通りに神の奇跡といわれるアーティファクト。民の目に決して入ることはなく、王ですら触れることを危惧する賜物と書かれている。
そして、この著リリティアによって制作された一夜で仕上げたルスラウス大陸での生存方法には、すべてではないがその名と効果が記されている。
そのひとつを指さして明人は、眉をしかめた。
「ぜったいにこれが原因……だと思うんだよなぁ……」
そこにはヒュームが賜ったとされる神より賜りし宝物のなが書かれていた。
その名は、拡散する覇道の石。当然効果も書かれている。
この石には、使用者の意思を他者へ拡散させる感染効果があるのだという。そしてそれは相手の潜在意識下に潜り込み根付くのだとか。
「ぜったいこれのせいだって……んっ?」
明人は悩んだ。
ここに書かれているのになぜ誰も対処しないのだ、と。
そして気づく。アーティファクトのページの最後で薄っすらと異世界の文字が書かれていることに。
天井で淡く輝くランプに大判の本の1ページをかざして、明人は矯めつ透かして読んだ。
【この項目に目をつけたアナタはとても偉いですっ! 大いに革新に迫っています! ご褒美に、リリティアが、アナタの選んだ体のHじゃない部位にキスをしてあげる権利をさしあげます♪ 是非奮って報告を♪ ※頬か額がオススメ】
艶のあるブロンドの髪はシルクの如く。
容姿は眉目秀麗、きめ細やかな肌は餅のように柔らかく。
清楚で穢れなき笑顔はすべてを包み込むほどに母性にあふれている。
そんなリリティアから不意に押しつけられたキス券。明人はどうしたものかと首を捻った。
報告をしなければ事もなし。和をもって尊しとなす。
「……んげッ!?」
視線を感じてそちらに目をむけた明人は戦慄した。
戦々恐々と強ばる体は熱を失い肌が粟立つのがわかった。
「………………」
キッチンへと繋がる扉の影こちらをじっと見つめる女性がひとり、こちらを覗き込んでいる。
後ろで結った大きな三つ編みを機嫌の良い犬の尾のように揺らして覗くは見知った顔だった。
リリティアは、鬼気迫る心情の明人を見て、嫣然と色を立たせるように目を細めていた。
そして無言でキッチンへと引っ込んでいく。
骨の関節を歪んだ機械のように鳴らして静かに本を閉じ、彼は未だ思いつづける。
リリティアはいったい男なのか女なのかどっちなんだ、と。




