385話 それでは黒翼に乾杯
仕事の後の
酒
平和になったら
酒
いつもの楽園
いつもの店
いつか
必ず
ウェスタン風の扉を開けば奥深い木のシャビーシックな装いが出迎える。
ここは色気と食い気を満たす男と女の戦場、金と酒と男女の語らいの場。
迷い込んだ小蜘蛛は興奮気味に鼻の穴を大きくする。
「おおおっ! なんという俗な店でござるか! 欲望の立ち込める匂いがぷんぷんするでござる!」
ぶんぶん両手を降りながら花魁衣装の袖を振り乱す。
複眼含めキラキラの瞳。物珍しいモノを見るかのよう、物見客さながらに店のなかを物色しはじめる。
「女性も見られることを意識した破廉恥さ! 男たちも情欲をたぎらせ意の赴くまま! ここは楽園かなにかでござるな!」
堪らずといった様子でエトリは口元の赤いマフラーを元首に逃がす。
店員たちの猫のような歩みに、ゴマダラ模様の蜘蛛尻をぷりぷりと真似て揺らす。
自然だらけのワーウルフ国から幾数キロ南下した先にあるドワーフ領のとある街。はじめて見る水商売に、エトリはすっかりお上りさんだった。
「美味しいものいっぱいにゃ! お腹ペッコペコだにゃあ!」
そのなかでも常連の風格のニーヤはカウンター席に吸い込まれるように駆けていく。
ぴょん、と。鼻緒のあるサンダルで床板を軋ませ跳ぶ。流れるような動作で丸イスの上に尾っぽの生えた生尻を落とす。
「まだかにゃまだかにゃ」なんてヨダレを垂らしながら急かす。支払いは勿論、彼女の懐からでるわけがない。
「ワーウルフ国側から帰ってきた冒険者ちゃんたちから聞いてるわよぉん? アナタたち、まーたすっごぉいことヤッちゃったらしいじゃなぁい!」
するとぬぅっ、と。おぞましい巨体がカウンターむこうに出現した。
どう化粧しようが隠せぬ男の輪郭、生えそぼる雑巾のようなヒゲのある巨漢。
高く刻んだとして声の波長は大きな山を作るほど、低くおぞましい。
「にゃーもみんなにただいにゃって言えたにゃ! だからもう食べ物が喉を通りまくって仕方がないにゃ!」
「あらぁんニーヤ様ったら後顧の憂いなしってことぉ? なら祝いごとねっ! すーぐ作っちゃうからチョット待っててねぇん!」
「あいにゃっ!」
高めのイスからきめ細かな肌をいかんなく晒すおみ足を、ぷらぷら。
足を遊ばせるニーヤへ、オカマ特有のコミュニケーション力を見せる店主のマスター。見慣れた日常。
「まじか……店入る前にニーヤには騙しておやつを食べさせたんだけどな……」
早速、麦酒をちびちびとやっていた明人は、さり気なく自分の財布の中身を確認した。
今夜は財布が軽くなって帰ることになるかもしれない。
夜の癒やしのヴァルハラはいつだって大盛況。昼の仕事を終えた汗臭い男たちを癒やすためのとまり木となっている。
通称ミニマム。昼よりもさらに過激な恰好をしたドワーフの女性たちが右往左往と店をいき交う。
むっちりと肥えた臀部を下着よりも過激な衣装からはみださせ、接客と注文対応に大わらわ。
「勝利と昇進を祝してー!」
「乾杯だぜぇ!!」
「ふふっ、良き夜を楽しもうじゃないか」
あちらでもこちらでも謳歌する声がさまざま、止まらない。
エーテル族の冒険者たちも杯から酒を散らしつつ豪快に喉を潤している。
不浄をでたのがすでに一昨日。それでも狭い大陸とはいえ街につく頃にはもう日暮れ。創造神の御首がビロードを広げたような夜の空に登ってしまう。
ドリルによって貫かれた神獣の最後は、必然的なものだった。
南下ついでにやった検死の結果、わかったことは少なくない。不完全な状態で冥界の神との繋がりを絶たれたことによる死と判明している。
神獣の後方に渦巻いていた冥界の門も跡形もなく消え去っていた。おそらく決戦の終焉とともに消え失せたのだろう。
完全ではない状態で顕現せしめた不完全な神より賜りし宝物。
つまるところ大陸への進行を焦っていたことが冥界側の敗北を呼んだということ。
こちらとして幸運だった。もし完全な姿で現れたのであれば、大陸ごと葬られていたことだろう。
そんな身の毛もよだつ体験からの、さらに身の毛もよだつ存在。
「うっふぅ~ん。知らないところでまぁた大陸を救っちゃったってことねぇ。――ちゅ~してあげぢゃおうがじらんッ!?」
卑劣な夜オカマが魚卵の如き厚い唇をむぅ、とすぼめる。
筋骨隆々なボディがカウンターを乗り越え、むかってくる。
それを明人はまったく意にも介さず。ちょくちょくココを訪れるならばいい加減に慣れるというもの。
「麦酒おかわり」
代わりに飲み干し空となったジョッキを突っ返す。
「んもぉん! つれないんだからはぁん! でもイケずなそういうところもふにゅ~ちゃんの魅力よぉん?」
「語尾をん、で締めるな。あとオレの半径70cm以内に近寄るんじゃないよ」
ぴっちぴちの黒い革のベストから伸びた躍動する上腕二頭筋。熱いサンバの如く踊る大胸筋にはひじきのような胸毛が遊ぶ。
冷たい態度をとられたドワーフ国王ドギナ・キングス・ロガー改め――源氏名ミブリー・キュート・プリチーはぐねりぐねりと逞しい腰を醜くよじった。
映すだけで眼球の腐り落ちそうな見た目をしたオカマ。だがしかし仕事は早い。
一瞬のうちにジョッキを下げ、注文の麦酒を明人の前にだす。手練たオカマ。
「そういえばまだ天界と会話できないの? 選定の天使様に今回の件を説教するとか言ってなかったっけ?」
「うーん……なんかい呼びかけても返ってこないんだよねぇ。上ではまだなんかゴタゴタやってるのかな?」
関係ないけど。ひと仕事を終えた明人にとって大陸以上の出来事はもはや他人事。対岸の火事にまで気を回していたら生活すらままならぬ。
丸イスの上で足を組み、頬杖ついたユエラは「ふぅん」と、長いまつげをはばたかせる。
周りとは異なり仄かに香る上品な色気。数多くのドワーフ種がいても彼女の美しさは特別な輝きをもつ。
さすがSっ気の強いエルフの血。触れるものを傷つけそうな尖った美貌が目を引く。
「……なに見てるの? なんか私の顔についてる?」
はたと彩色異なる瞳と黒い瞳が交差した。
ゴタゴタ繋がり。戦場での高揚感に混じ入る口づけの甘い感触が、時間がたった今の明人の唇から離れない。
逆さまのキス。それもこの大陸にきてからずっと屋根をともにしている少女からの贈り物。
「いえ、なにも?」
「ひさしぶりにそれをやられると、改めて腹がたつわね……」
そんな不浄を抜けた一党らは、山颪の街イェレスタムを目指し、ようやくの到着だった。
依頼報酬として受けとった山盛りの鉱石とお礼の品々が、重機の後ろに牽引されている。
荷台からあふれんばかりの品には目に見えて高価なモノはない。だが、クリエイターからすれば垂涎ものであることは確か。
希少価値のある鉱石や素材が莫大な財産となることはわかりきっている。つまり、飯の種だ。
そんな素材でも加工し、生産し、物流に乗せねばならぬ。素材のままでは宝のもち腐れ。
となれば、840ブランド総本山であるこのドワーフ族の住まう街以外にいくところはない。
とくにこの無類の愛らしさと豊満さを兼ね備えた少年は、とくに機嫌がいい。
「そっうけ~ん♪ あったらしいぶっき~♪ よ~く斬れるすっごいそ・う・け・ん~♪」
歌なんて口ずさみながらクロトも席について黒いスカートを揺らしている。
酒場に流れるBGMにしては物騒だ。それがハートのヘアピンがよく似合う可憐な美女から発されるとなおのこと。
「クロ子殿は先ほどからゴキゲンでござるねぇ」
「ほんとにゃね。目つきが恋する乙女感満載にゃ」
両脇から覗き込まれてもクロトの顔は、うっとりと蕩けている。
両手で頬を包みながらぽんやり。目が潤んでいるのは酔いか憧れか。
どちらにせよ無事に自分の住まう街に帰ってこれたことにも安堵しているのだろう。
家族の待つ住み慣れた我が家に帰れるということに悪いことなどありはしないのだから。
蕩けているといえば、こちらはこちらでだらしがない。
だらしなくにやけた口元に、熱されたチーズの如くふしだらな表情。
そんなフェチズムを刺激された顔をしている者は無類の、筋肉フェチ。
「……は~ぁ」
リリティアは、熱い吐息をほぅ、と吐く。
1日の疲労を癒すドワーフたちにご執心だ。
しっかりと明人の隣は確保しているも、胡乱な目で筋肉の発達した男たちを物色している。
「1日中酷使して破壊された筋肉がより強固になっていきます……豪快に餌を食い漁ることで体全体に栄養を送っているんですねぇ……」
そしてもう1度。
「ああ……なんて素晴らしいきんにくですかぁ……。貧者の弱さを覆う肉の鎧とは尊いですよねぇ……」
金色の三つ編みを踊らせながらぐるりと店内に頭を巡らす。
リリティアは酒が入るとたまにこうして危ないスイッチがオンになる。
単純なフェチかと思えばいちおう意味があるという。
「弱者の努力の結晶がより輝いて見える尊さですぅ……」
それ以外にも龍族とは、こうして琴線を刺激される事象に弱いらしい。
大陸東部。大陸のおよそ右半分にも及ぶドラゴンクレーターには、さまざまなフェチズムがあふれているらしい。
脚やうなじなどの部位ていどであればまだ些細と言える。
なかには強い香りを好む者、わざわざ虐げられることに情欲を覚える者など。マニアックな趣向を楽しむ者も多いらしい。
「…………」
とりあえず明人は木樽を模したジョッキの中身を一息に飲み干す。
アルコール特有の刺激が喉をの折り抜ける。そのあとは芳醇な穀物の香りが口内いっぱいに広がった。
香る旨さ。この琥珀色をした液体は舌で味わえば苦味だが、鼻で味わえばとてもフルーティーな味わいをくれる。大人にだけ許された楽しみ。
――忘れるもんかよ。絶対に忘れるもんか。
ジョッキをカウンターにいつもより大きな音がでるくらいの強さで置く。
鉄と油の重機臭い手で顔半分を覆うと、片面の闇にぼんやりと影が浮かんだ。
暗く滾った手のなかに、蒼が揺れる。
腰に帯びた合成皮革製ポーチのなかには、彼女の鱗が1枚ほど。
思い託し、絶望のさなかへと帰っていったひとりの少女がいた。
枠に区切られた窓の外を見れば、あんなにも暗い。
こちらが明るく笑顔が満ちているからかもしれない。だが、とてもとても暗い。
光が強く激しければなおこと、そちらは暗くて暗くて仕方がない。
「おぉーい! 英雄さんよぉ!?」
「――のあッ!?」
夜のなかに思い描いていた映像が刹那のうちに、酒臭くなった。
ほどよく筋肉のコブだった肩に組まれたより強靭で野太い腕。見れば、銀糸の如き短い髪と魏蜀の瞳が近くにある。
思わず宙間移民船の名を口にした明人は、無頼の男を渋面で迎える。
「んっだよぉもっと飲め飲め! ずっと見てたけどちーっとも嬉しそうじゃねぇのなぁ!?」
そんなことは知ったことかと言わんばかり。
イカツイ面を湯だった蛸のように染めた男は、ピッチャーを傾け明人のジョッキから酒をこぼす。
「カァー! 絡み酒か!? 面倒だなあ!?」
「おうおうやりゃできんじゃねーか!」
慌てて明人が酒を喉に流して量を減らすと、男はゲタゲタと下品に笑った。
そして突然。男は明人の耳元に顔を近づけ、囁く。
「こういうときはシガラミくせぇコト忘れるのも冒険者ってもんだぜ?」
「……オレ冒険者じゃないんだけどさ。あと距離がとても近い」
男同士の語らいにしてはやや近いすぎる距離感。
横で目ざとく彩色異なる瞳がキラリと光っている。
「ま、そういうこった。あんまし背負いすぎっと碌なことにならねぇからよ。少年よ大志を抱けってなぁ!」
「大志を抱くような年齢じゃないんだけどねぇ……」
ぽん、と。無頼の男は明人の背を軽く叩いて離れた。
それからなんでか横で長耳がひょろりとしおれる。
危険の絶えぬ冒険者稼業。そんな環境に身を置きつづける者だからこそ嗅覚が良いのか。
あちら側のテーブルからの視線に気づき見てみれば、白いローブ娘と露出がとてつもない軽装の女性もなにやら含みがある微笑みで明人にむけている。
――確かにこんな場所で悩んでもどうしようもないことだな。
無頼の男から貰った応援の麦酒を飲み干し、明人はジョッキをカウンターに叩きつけた。
「ところでさ、アンタらなんの目的であんな辺鄙な場所までわざわざでむいたの?」
ふとした疑問。
冥種の魔物を倒し武功を上げられたというのは結果論だ。
そもそも強力な敵と戦いたいのであればエーテル領でこと足りる。なにせ魔物の根源にもっとも近い誘いの森に入れば魔物なんぞ嫌になるほどいる。
多少酔いの回った顔で明人が首を捻ると、男はニッタリと口角を吊り上げた。
「冒険者としての格づけだ。最高最強ランクになるには全国で驚異となる魔物を狩らなきゃならねぇかんな」
するとローブ娘も幼気な顔を桃色に染めながら、裾を揺らしてこちらに走ってくる。
「そーだよそーだよ! まったく面倒なシステムったらないよねー!」
いつしか軽装の姉御肌の女性まで。
「まあきっかけとなったのはキミたちと討伐したヴァリアブルクラーケンだな。基本魔物の種類が多いエーテル領は最難関とされているんだ」
「それのおかげで重い腰が上がったんだよー! もういっそのこと勢いで冒険者ランクを最高にしてやろうぜ、ってね!」
ってね。と、ローブ娘は無頼の男を見上げた。
つまるところ言いだしたのが男で、それにふたりの女性が乗ったということ。
冒険者とは信用でなりたつ稼業だ。力があると認められねば依頼は受けられぬことが多い。
彼らの本拠地とも言える斡旋所でも、そう。無理のある仕事をわざわざ死ににいくような連中に任せることはしない。
そうなるとランクというのは良い目星となりうるシステムなのだろう。
「へぇ、冒険者も大変だなぁ。質問ばっかりで悪いんだけどちょっといいかな?」
酒の肴にはうってつけ。あまり大陸事情に感心をもたない明人もちょっとばかり心躍る。
なにせ心は思春期のまま。もつこともないが剣やら冒険やらのおとぎ話はまだまだ大好物なお年頃。
「なになにー? キミには恩がたくさんあるからなんでも答えるよー! スリーサイズとか知りたい?」
これもまた心躍る提案。
薄い白布に包まれたてるてる坊主のような見た目だが、ローブ娘の肢体はそれほど貧弱ではない。
対して姉御肌の女性もかなりきわどいセンスをしているがシミひとつない豊満な肢体の肌は、まだまだみずみずしい。
そしてなによりエーテル族はみな美しく友好的な連中となれば知っていて損はない。
「じとぉー……」
しかし明人は横にいるリリティアが正気に戻ってこちらを見ていることに気づいている。
穴が空くくらいスゴイよく見られているということに、彼は気づいている。
だから煮え湯を飲む気分で雑念を振り払う。
「最高ランクってどういう呼びかたをしてるんだい? やっぱり最高といえば……S級とか……金とか……金剛石とか?」
本当に囁かな問いかけ。
知っていても知っていなくても別に構わないただの暇つぶし。
ただ3者ともにふてぶてしく腰に手を当てた。
エーテル族たちは、声を合わせて嬉々と口にする。
「A5ランクだぜッ!」
「A5ランクだねッ!」
「A5ランクだなッ!」
「和牛のランクづけかッ!?」
脂の乗った冒険者たちとの夜は、はじまったばかり。
出勤してきたキューティー・ロガーを背に、明人はいつもより少し深く酔ってみることにした。
いつか暮れゆく空に消えた黒いあの子を追って。
いつか東にむかうことを心に深く刻んで。
だから今だけは純粋な気持ちで、平和を歌う。
○○○○○
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◎ルスラウス大陸共通の冒険者ランク早見表◎
△下級冒険者ランク(まずは誰でも例外なくここから
Fランク 1 2 3
Eランク 1 2 3
○中級冒険者ランク(ヒュームが脱落しはじめる頃
Dランク 1 2 3 4←(この辺で実力が拮抗する頃
Cランク 1 2 3 4
・ここから壁と言われる頃・
※レガシー魔法使用必至※
☆上級冒険者ランク(自慢しても許される頃
Bランク 1 2 3 4 5←(尊敬されはじめる頃
Aランク 1 2 3 4 5←ココが最強(握手を求められる頃
どれだけ強くても飛び級はないんでこつこつがんばって下さいね☆
まあ別に斡旋所を経由しないで功績だけをもってくればランクとか関係ないんですが……危ないですよ?
聖女より
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……………
…………
……
章末まで
@1話
それではっ




