37話 【VS.】純然たる悪意に誘われし大災害 キングローパー 2
突如ターゲットを変更したキングローパーの触手によって襲撃されてしまった結果。
「…………」
明人は逆さになったルスラウスの世界を呪う。
ゆらゆらと。足に巻き付いた触手によって宙ぶらりんだった。
そんな不甲斐ない明人を見てか、最後尾から血相を変えたユエラが転がるように最前列へと駆けてくる。
「明人ッ!」
「ど、どうすればいいのかな! そうだ! 触手を切っちゃえば……」
「ダメだ。それでは明人さんに当たってしまうかもしれない」
現場監督を失ったエルフたちももはや烏合の衆となった。
列を乱して彼の行く末を見守ることしかできないようだ。
すると、絶望の淵に立たされた彼を見てなお、その切れ長の目に光を宿す少女がひとりいる。
エメラルドと琥珀色の瞳を持った少女は捕縛された彼にむかってすらりと美しい手を掲げ、今まさに救いを与えようとしていた。
明人の心に希望の光が差し込む。
「ユエラ! はやく触手の根っこをなんとか――」
「《ファイアボール》ッ!!」
「あっづうううううッ!!」
陽炎を纏い顔の横をぎりぎりで紅蓮の火球がかすめていく。
陽炎のように周囲の光の屈折を捻じ曲げてしまうあたり、その温度は相当のもの。
「《ファイアボール》! 《ファイアボール》! ああもう! 動かないでよっ!」
明人は体を揺すって迫りくる火球をすんでのところでかわしていく。
「バカいうんじゃないよッ! オレじゃなくて触手を狙いなさいって――おあっづううううっ!」
この機に乗じて息の根を止めようとしているのかと思うほどに正確な誤射だった。
しかしユエラの表情に焦りは見えるが、真剣そのものといった様子で余計に質が悪い。彼女は肩で息をしながら小刻みに震える指で必死に狙いをつけていた。彼女はきっと不器用なだけなのだと、明人には心のなかで祈ることしかできない。
明人とユエラは睨み合う。
死にたくないという思いと助けたいという思いが、ぶつかりあって火花を散らす。しかし、ここである異変が生じた。
「ファイア……え? う、うそでしょッ!」
ずずずと。ナメクジのような底をしたキングローパーがエルフたちの方へと鳴動しはじめたのだ。
エルフたちは血相を変え、三々五々になって左右の森へと身を隠す。
しかし、キングローパーに彼らを逃がすつもりはないらしい。その巨躯から生えた野太い触手が、まるで落ちている物を拾うかの如くエルフたちに襲いかかった。
「イヤーーー!!」
「キャアアア!!」
「なのかなあああ!?」
「あっ、シルル! わっ、わわ! ちょっとぉ!」
絹を裂くような悲鳴とともに次々と捕獲されていく。
出来上がったのはクリスマスツリーよろしくエルフという装飾を施された1本の巨木だった。
「ま、まずいッ! このままじゃエルフたちが! ユエラの努力がッ!」
悲鳴を背景に、明人は血の上がった頭を抱えて熱の籠もった脳をかき混ぜるが如く考える。
悲劇の原因はすべて己の浅はかな作戦のせいだ。
彼は、悔しさで歯を食いしばりながらも、血の気が引く思いだった。
もしこのまま大勢の被害者がでてしまえば、作戦立案した自分共々ユエラの未来が閉ざされてしまう。
「あきと? ねえ、明人ってば!」
そんなどう見ても異常な彼を気遣ってかユエラもスカートを押し留めながら語りかける。
しかし、当人にはその言葉は届かない。明人はとにかく活路を見出すために必死だった。自分の浅はかな作戦によってエルフたちに危害がおよぶ。それはつまりユエラの描く夢の妨げとなるだろう。
無意識に明人の目に入ってくる、ユエラの白く眩しい肉感的な太もも。辿っていけば、ちらりと見える夜闇に浮かぶ満月の如く。パステルグリーンの薄布に包まれる丸みのある尻。
リンゴが木から落ちるのと同様に、布は重力にしたがうのも世界の理。でなくば、スカートはスカート足り得ない。
「……?」
ふと、ユエラ含む女性エルフたちの恥じ入る姿を見て明人の脳裏をかすめた、ある不自然さ。
「なんで……交代して最前列にいたはずのエルフたちが捕まってないんだ?」
「知らないわよっ!」
明人という男の視線に気づいたのか、頬を羞恥の色に染めたユエラはポーションの入った竹のような植物でこしらえられた筒を片手にスカートをより深く押さえた。
目を逸らし首を回してぐるりと見れば、やはり最後列に歩いていったはずの女性がいる。触手に片腕を縛られいやいやと髪を振り乱して。
「そうか……そういうことか」
これは現場監督としてチェーンフレイム作戦を真面目に努めてきた彼だから気づけたこと。
「え? なにっ? ……っていうか、たまには私を頼ってよ」
長耳を垂らすユエラには目もくれず、明人は臭気漂う空気を肺いっぱいに吸い込んで、叫んだ。
「マナポーションを捨てて下さいッ!! 敵の目的は水分です!!」
夜闇に木霊する声。やがてエルフたちの鉄を打つかのような喧騒は、がらんの如く静寂へ。
それに応じてひとり、またひとりとエルフたちは思い切った様子で手にもっていたマナポーションで満たされた竹筒を地面へと放った。
「んー、なにも変わらない――のかなぁぁぁ!」
支えを解かれシルルは地面へと落下していく。
それを地上で待機していた村長がうまくキャッチする。
そこからは早かった。村長を見て察したのか、触手から解放されるエルフたちを次々と地上でキャッチするエルフたち。当然、ユエラも輪から外れることなく地上で受け止めてもらえていた。
そしてローパーはその野太い触手をごくりごくりと鳴らしてくだけた筒からマナポーションを、吸い上げていく。
敗因をあげるとするならば、抗いきれぬ繁殖という本能で敵が動いていると分析して安心していた詰めの甘さ。渇きも抗いきれぬ本能であることの見落とし。つまり、作戦そのものがはじめから破綻していたということ。
明人は、ともかくエルフたちの被害が最小限で済んだことに安堵した。しかし、体を叩くように地上から鳴り響く歓喜の声が、胸をぎゅっと締めつける。
「くそっ……まだ、なにも終わってない……!」
その証拠にキングローパーは、ポーションを飲み終えて大きさを取り戻してしまっていた。状況は平行線のまま。
そして、拍手に混ざって耳に入ってくる、透きとおった声。守ると決めた女の子の声。
ユエラは死人のように力無い表情で口にする。
「なんで……なんで明人だけまだ捕まってるのよ……」
「ああっ! ほんとなのかなっ!」
再度、熱気を洗い流して訪れる薄ら寒い静寂が走った。
ぶらりぶらりと。気まぐれまなローパーの触手に合わせて、未だ明人は夜を彷徨う。
まず明人は魔法が使えない。それを把握した上で指示役を買ってでたのだからマナポーションをもっているはずがない。
つまり、キングローパーに捕まる理由がない。思えば、最も初めに捕まったのも彼である。
「……なんで?」
「知らないのかな!」




