『※イラスト有り』365話 【第2防衛線VS.】天空へと滑落する骨の軍勢 カオスヘッド
根っこから舞い上がる草花。それは敵の巨躯たちも同様の理。
どれほど屈強な足の爪で踏ん張れど、手の爪を地面に食い込ませど。吹き荒れる自然の猛威を前に成すすべはない。
『Guu! ――GRRRRR!?』
また1匹。そうやっている間にも今度は2匹。出現した超異常現象に抗えず呑まれていく。
思わず上部ハッチから身を乗りだした明人は、目の前の現象に釘づけになった。
「す、すごい……! これが魔法本来の力……!」
幾度となく目にした科学では説明できない魔法という力―ルスラウス世界の特殊性。
生命の危険に晒されたこともあれば守られてもきた。そんな彼でさえも疾風怒涛の幕開けに前髪を暴れさせながら総毛立つ。
吹き荒ぶ暴風はさながら大渦。下部の螺旋から上に行くに連れて扇状に広がる。
半径100メーターはあろうかという現象が周囲の有象無象を飲み干していく。
そしてその大渦のなかには1匹の炎蛇が住まう。
巻き込まれて空へ落ちていくカオスヘッドたち。それらを喰らいながら竜巻を昇る業火は強さを増している。
火と風の結合。2つの種族の魂をもつ共感性。
純血では理解が及ばず、混血だからこそ理解し扱うことのできると言われる2重魔法。
「…………」
見惚れてしまう。竜巻もさることながら生みだした術者の背中を。
彼女には才能があった。しかしそれは天から賜ったモノではない。
天によって与えられたモノは苦難だ。忌み子と阻害され、母を失い、父に追われた。
それでも傷ついた者へと無償の愛を与えつづけ、遂行し、やり遂げた。
精一杯になって生きた証が大きな大きな実となっている。未来へと繋がっている。
「……ユエラ。オマエはやっぱりスゴイよ……」
意図せず滲んだ明人は涙を拭う。
もはやユエラの成長は兄として生きた彼にとっては妹へ傾ける誇りそのものだった。
ただじっと吹き荒れる風のなかにたたずんだ偉大であってか弱き背を見つめる。
ユエラもまた己の創りだした傑作を前に感じるものがあるのか、外套越しの肩を竦め両の拳を握りしめていた。
そしてばぁ、っと深い川のように長い髪を乱してこちらに走ってくる。
「明人ぉ! たすけてぇ!」
滲んだ瞳。濡れ色の唇をふるわせながらユエラは明人の名を叫ぶ。
「……はぁ?」
涙声の助けを聞いた彼は、もう1度「はぁ?」と繰り返す。
「止まんなくなっちゃったのぉ! また前みたいにマナが暴走してるのぉ!」
転げるようにぱたぱたとユエラはワーカー目がけて走ってくる。
ついでに自分の世界に浸っていた明人の気分が一瞬で現実に引き戻されていった。
さらにはクロトとエトリの悲鳴じみた声が木霊する。
「早くワーカーさんを走らせないとやばいですよ!? どんどんおっきくなっちゃってます!」
「巻き込まれたら焦げ焦げどころじゃすまないでござるよ!」
鑑賞に回っていたはずの狐の精鋭たちも慌てふためき裾と尾を翻す。
「死ぬ気で逃げるでやんす! でないとカオスヘッドに捕まるより悲惨な末路が待ますぜ!」
「――お、おう!」
そりゃゴメンだ。監視役の男に尻を叩かれる思いで明人は急ぎ席についてアクセルを踏み抜いた。
「ちょっとまってよぉ!」と、ユエラも急ぎ重機の上に駆け込み乗車してくる。
合間にも風は強くなるいっぽう。轟々と膨れ上がり、なかで泳いでいた炎蛇が暴風の力で弾け飛ぶ。
狐たちの逃げかたを見ればわかるが、カオスヘッドから逃げているときよりも全力疾走している。
その後にワーカーも負けじと同様の4つ脚で激走する。
「バッカオマエぇ! 味方ごと巻き込むとかバッカオマエぇ! まかせてとか言って火力ミスってんじゃん!?」
「ちょっと張り切りすぎちゃっただけなんだからばかばかって言わないでよ! このおたんこなすう! 私だってあんなにスゴイことになるとは思わなかったのよぉ!」
「オレの感動を返せェ! 立派に育ってるのは胸と腹だけだったみたいだなァ!」
「し、失礼ね! 身長と耳だって伸びてるわよっ!」
「耳伸びるの!? じゃなくてッ! いいからあの災害を止めなさいっての!」
上から下から喧々諤々。体裁すら気にする暇もない。
これには同じ重機を共にしているエーテル族たちもうんざり模様。
ローブ娘は、めくれ上がるローブの裾を押さえながら必死そうにワーカーに捕まっている。
「確かにぃっ――あわわ!? すごい、けどっ!? あれじゃ諸刃の剣だよー!」
ぱっと離しかけた小さな手を無頼の男と姉御肌の女性が即座に掴み、事なきをえた。
「ク、クソッ! 自分で走ったほうが早えけど、これじゃあ飛ばされっちまう!」
「そ、のようだな……。今はこの丸くて大きな物体がなければ、マズかったぞ……」
彼らがユエラへの評価を撤回をするのはきっと時間の問題だろう。名誉返上。
ユエラが大渦を呼びだしたおかげでワーカーの後方ではもはや戦線の崩壊どころの騒ぎではない。
『GR――!? GAAAAAaaa……!!』
またひとつの悲しい声が朝の空へと消えていった。
魑魅魍魎の巨躯たちですらこの大惨事は堪らない。
空へと打ち上がった巨体が辿る運命は2種。風圧によって空中分解するか、金色の熱で燃されるか。
耐え忍ぶ地上のカオスヘッドたちは手も足もでやしない。あまりの悪夢に、憐憫な感情すら覚えそうな。
朝の天気は晴れ時々骨、ところにより臓物。
控えめに言っても地獄。まさに阿鼻叫喚。
そうなればこちらも一貫したもの。先ほどカオスヘッドたちに追われていたとき以上に逼迫した様子で逃げの1手。
赤いスカーフを波立たせたエトリは、重機に貼りつけた蜘蛛糸をいそいそと配り歩く。
「拙者の糸に捕まるでござる。そう簡単には千切れぬから安心するでござるよ」
節足で器用に鋼鉄の面をちょこちょこ。
白毛の丸尻から垂らした糸を重機に尻ごとこすりつけ、ぴょんと飛ぶ。
スタッ、と。着地と同時に花魁衣装からこぼれんばかりの白毬が遅れてふるり、上下する。
「あ、ありがとうございます! エトリさんが誰よりも1番命を救う活躍をしてるじゃないですか!」
最後の1本をクロトに手渡しながら「まふぅ……」と重苦しいため息。なにかが納得がいかないようだ。
「身にしみる言葉でござるがなーんかパッとしないでござる……。拙者はもっとやれる系スパイディなんでござるよー……」
とはいえ、なにも悪いことばかりではない。
時間稼ぎと少なからずの打撃。この2点に関しては不運はあれどもかなり上出来の部類だった。
「それにしても風を与えると火が大きくなると思ってひらめいたのよねぇ。まさかこんなに効果があるとは思わなかったわっ」
とりあえず元凶であるユエラに反省している感じはない。
かろうじてくびれている腰に蜘蛛糸を巻いて仁王立ち。鼻高々と遠間の事故現場を眺めつつ、長耳をヒクつかせている。
「いい加減に責任をもって止めなさいっての! オレのマナレジスターも、もうないんだからさ!」
そう言って明人は上部ハッチから手をだしてぶんぶん振った。
薬指には、もう翻らぬ銀を基調としたブルーラインの指輪。以前、ユエラのマナの暴走を止めたときのように散らすことはもうできない。
「とにかく! 1度目の失敗はミスだからしょうがないとして、2度目の失敗はミスじゃなくてグズの証明だ! さっさとなんとかしなさい! マジでお願い!」
するとユエラは「しょうがないわねぇ……」。つい、とシャープな顎に指を当て、「やってみるわ」。大渦の方角へ手をかざす。
横暴な彼女に明人も言いたいことは大量にあるが、今はこの状況を打破しないければならない。
ここまでの行動すべてが第3防衛線で待機している者たちのために用意したもの。
コトがうまくいけば大団円。だがこのままでは敵へ深刻なダメージを与えられる代わりに、2次災害へと発展しかねなかった。
この作戦には負けはあっても、誰もひとりとして犠牲にならない作戦なのだから。
なおも風は炎をいっぱいに蓄えた蛇が弾けたことにより熱を上げて踊り狂う。
「ぬっ、ぐぅ……! なん、でとまんないのよぉ……!」
ユエラも制御しようと手をかざしたまま舌を鳴らす。
そのとき。監視役の男が叫んだ。
「魔法の暴走は、体内マナのコントロールの問題ではないでやんす! 問題なのは精霊が与えられたマナを無作為に食い漁っているのが原因! きっちり主導権を握って意識すれば従順になって治まるでやんす!」
びゅうびゅう吹き荒ぶ風に立鳥帽子を飛ばされぬよう両手で押さえている。
以外な助言。明人とユエラはきょとんと目を見合わせるが、従わぬ理由はない。
「オレは魔法がよくわからないけど……やれるのか?」
問いかけよりも先に、ユエラの行動は早かった。
「やってみる」と両手を燃え上がる竜巻に掲げ、息を深く吐きだす。
さらにそんな様子をエーテル族やクロトも固唾を呑んで見守る。
「お願い……精霊たち。私の言うことを聞いて……」
「違うでやんす。精霊とはわがままで自由気まま。だから語りかけるときは押さえつける感じで」
ユエラの足元に這い寄り、糸目の男は講師のような口調で精霊の制しかた教える。
自然女王形態のマナの量は無尽蔵。それをまるで見知っていたかのように処置を伝える。
己の身に危険が及ぶからか、彼の声は真剣。
さきほど明人が平気で 嘘 をついたのとはまるで違う。
そしてそれは旅中に脇役に徹していた監視役が、垣根を越えた瞬間でもあった。
「とまれとまれ……とまれとまれ……! とまれぇ……!」
まるで心で紡ぐ言葉を口ずさむかのよう。
ユエラは徐々に強く、それでいてしたたかに。そこにあるであろう無数の光球――7色へと連ねる。
するとどうだろう。まるで彼女の命令に従うかのように災害級へと変貌した竜巻が力を弱めていく。
「とまりなさいよぉ……! 私の言うことを聞きなさい……!」
そして燃え上がる渦はみるみるうちに小さくなり穏やかになる。
遅れて骨やら臓物やらの焦げが空から降ってくる。朝が帰ってくる。
ひと仕事を終えてへたり込むユエラに、他の者は惜しみのない拍手を送る。
同時に、コーンという無音に近い反響音がワーカーから波紋のように草原へと広がっていった。
――ここまでは踏ん張れたけど……やっぱりそんなに甘くはないか。
操縦席。コンソールの黒いフィルム――指紋認証センサーから明人は指を離す。
超過技術が感知し、画面に映しだした敵の数はおよそ2000強。削れたのはあれだけやっても半数か、未満ぽっち。
――さて……そろそろ仕上げどきだな。
アクセルから足は離さない。
ズズズン、ズズズン。ゆるい傾斜を目指して丸い重機は一党を乗せ、4つ脚を繰りだし、登る。
逃げていた狐たちはとうに目的地へ到着しているはずだ。なにせそういう段どりになっている。
作戦開始からいまだ20分。表示された時刻は地球にいた頃のものだが時間を計るぶんには関係ない。
反比例するかのように風車は、すぐそこ。
そしてこれは時間稼ぎの、時間稼ぎ。
雌雄を決す終結の1手は目前にまで迫っている。
今日の風車は、まだ回らない。
骨の臭いを乗せて吹く、むかい風。
† † † † †




