362話 【第1防衛線VS.】骨の残党 前座の抵抗 終焉の遂行
依然として冥界からの追撃は終わらず。
だが第1陣ほどの大群ではない。それになにより1度の大群を押しのけてからというもの狐族たちの団結力が段違いだった。勝利を得たことでこちらの士気がうんと増した。
「混戦ね。なら――空の敵を落とす! 孤を描いて地上部隊に当たらないよう思いっきり額を打ち抜いてやりなさい!」
巫女姿の狐耳女性たちが一団となって弓弦をぎりり、と引き絞る。
その弓は身の丈ほどあろうかという長弓。であるにも関わらず、しゃんとしたたたずまい。一点の曇りもない眼差し。
「放てぇい!!」
ガラスを破るかのように裏返る声。命令。
いっせいに放たれた矢はびょう、と風をきり空の異物目がけて迷いなく飛んでいった。
「k――a!?」
空を気ままに舞う頭蓋の眉間を貫いていく。宣言通り。
生物としての機能を停止した亡骸は空で砕け、大地へと吸い込まれていった。
見事なまでの命中精度。巫女ひとりにつき1分間でおよそ7匹はくだらない戦果を上げている。
対して地上の部隊も危なげない。
「狐流槍術を骨身に刻めェイ! セェヤァァ!」
凛とした狐の男が具足で地を穿つ勢いそのままに薙刀を払う。
胴を横薙ぎに斬られた骨たちは、さながら紙くず。上半身と下半身を分離させられ、悶え、やがて動くことをやめた。
常に隊の並びは等間隔。横の仲間の攻撃には当たらないが、すぐさま援護が可能な位置どり。
迫る敵を前に、こちらも手放しで撤退するという愚行を犯すほど能なしではない。
そんな威勢の良い尾耳たちのなかにも、目立つ影が幾数匹。
むかってくる敵の数は目算できるような数ではない。
しかし銀の男は引く様子もなく、ただ腰に下げた大物に手を添える。
「シャァァァオラァッ!!」
肩に背負った見紛うことなき大の猛撃。
その戦ぶりは、まさに鬼神の如し。
周囲で戦う狐たちも「豪気!」と喉を唸らせる。
「おっきいのはまーだお預けねー! 《ライトニングうぇーい》!」
白い裾を危険域まではばたかたローブ娘も負けてはいない。
杖先より発現した雷球が牛歩の如くゆっくりと敵の群れ目がけ飛翔する。
バチバチに弾ける青き円形がスケルトンの群れのなかに潜り込む。
「k!? kkkkkk!?」
球体のまとった青き線に触れた端から骨が見事に焦げていった。
だが魔法を放ったローブ娘の隙と見たか、別のスケルトンが横から襲いかかる。
「フッ、甘いぞ」
も、無駄なあがき。千刃の鋸に引かれた骨が粉となって引かれ、上下に分かたがれた。
女丈夫は虫でも散らしたかというほどお粗末に残心をとる。刃の骨粉を撒いた。
まったく心配がいらないほどの強さ。しかしその身に帯びた防具は肌を露出する超軽装だ。
「やっぱ子守よりこっちのほうが性に合ってるってもんだァ!! どんどんきやがれェ!!」
「えーっ? 子供たちと遊ぶのも結構楽しいとおもうんだけどねー?」
「落差があるのもなかなかにいいものだ! やはり主婦と冒険者の兼業を選んで正解だった!」
なにをどう間違えたか、ヴァリアブルクラーケンと闘ったときの冒険者たちも参戦している。
そんな彼らこそが銀糸の如き流麗な髪に銀燭の瞳をもつ、上位――エーテル族。
旅路の道中で一党の回りをチョロチョロとしてはいたが、まさか戦場を共にするとは思うまい。俗に言う腐れ縁。
「オラオラオラァ!! ガキの顔だからってベタベタと――ぐっ!? 触ってんじゃねーぞ!!」
屈強な筋肉をコブ立たせた無頼の男は鼻の横をヒクつかせながら的に猛突進をかます。
微かになにかを言いよどんだようだが、撃破数は加速度的に増えるばかり。
「フフッ。まったく男というのはいつまで経っても精神的には成長がないようだ」
その背中を姉御肌の女性が優しく見守り、ローブ娘は体ごと体を横に傾けた。
「えー? なんの話してるわけー?」
この3名が戦闘に加わるだけで防衛は盤石なものとなっている。
それはもう誰しもがエーテル族の万能さを改めて実感できるほどに。
よく勝てたなぁ。そんな彼ら一族に喧嘩を売った明人にとっても他人事ではない。
――うわぁ……すごい連中と戦争したんだなぁ。いまさらだけど生きててよかったぁ。
敵の狙いはワーカーか、到達を阻害する邪魔者のみ。
異常執着するという性質がわかればこっちのもの。
ただ中央を抜かれぬよう狭く展開して下がるだけ。敵にサイドをとられぬよう広い隊形で敵を包みつつ、必要があれば後退する。
これでは敵が大群でも袋小路。1本の狭い通路で闘っているようなもの。数が活かせないのならば個の総合的な能力が高いこちらに軍配は上がる。
今のところはまだこれで良い。
操縦席からひょっこり顔をだした明人は薄目で次々と倒されていく魔物たちへ、渋い顔を送る。
「こんな闘いかたを知性のある相手にしたら笑われるだろうなぁ……」
「ですが……魔物用陣形としてとてつもない成果を上げてるでやすね。あっしらの国でも必修陣形にして良いかもしれませんなぁ」
鋼鉄の上でまったりあぐらをかいた糸目の男は、ほっほと優雅に笑みを転がす。
「……オマエも闘いなさいよ。なにドライブ気分でくつろいじゃってるわけ?」
「あっしは切り札としてマナを温存中でやんす。それに、あのていどの雑魚なんぞあっしらの精鋭なら屁でもねぇでしょうな」
明人がじろりと睨み、男は扇子を広げ口元を覆う。
ズズン、ズズン。散歩するような速度で自動後退するワーカーの上は平和なものだ。
そしてその下でもそろそろといった感じ。終焉が近づいている。
が、なにごとにも締めへとむかうに連れ緊張の糸が緩むというもの。
「わっ!? ――ちょ、足がっ!?」
ずるり。剣を手にした着物の女性が足を滑らせ尻餅をつく。
転倒した彼女の目の前には「k、k、k……」と、スケルトンが卑しげに顎を鳴らす。
「くぅ……! は、早く態勢を――あっ!」
にじり寄る影から逃げるよう、女性はへたり込むようなだらしない格好で後ずさる。
しかしスケルトンは無情にも杖を振りかぶる。やられているのだからやり返すのはもはや道理だ。
致命とは言わずとも殴られれば負傷は避けられぬ。女性が三角耳を僅かに下げ、頭部を守ろうと手をかざした、刹那。
影よりも黒きクロが狭間を横切る。
「はっ! とっ、せえい!」
割って入ったのは、戦場を舞う黒き子犬。もとい、クロトだった。
スカートから伸びる美脚を交差させ、腕ではなく体全体の柔軟さで敵を斬り裂く。
切るのではなく斬る。重さを活かせぬ長さの剣ではそれが最適解。
手にした双剣を匠に使って敵の武器を次々に落としていく。
「次は――ここぉっ!」
ここで言う武器というのは両の腕、または両の足。
初撃の不意打ちで腕を奪われたスケルトンは、2撃目の交差で股関節から脚部を切断され、崩れ落ちる。
肩口と股関節。キレイに胴体部のみを残し草の上に転がった骨は、まもなく動作を停止する。
「大丈夫ですかお姉さん?」
クロトによって手を差しむけられた女性は、こくり。
熱い眼差しで手をとり「……は、はい」なんて。剣を手放して着物の合わせ部分をきゅ、と掴む。
さながら――黒い――白馬の王子に誘われる乙女。
手をとって立ち上がった女性はぽってりと頬を赤らめ、尾っぽをもふもふと嬉しそうに振り乱す。
「あ、あの……その……! ありが、っありがとうございます……!」
「怪我がなくて良かったですねっ。キレイな女性のお顔に傷がついたら大変でしたもんっ」
だがクロトはどこまでも穢れなき笑みで女性の無事を祝う。
控えめに肩をすくませ小さな花が開くような笑み。その動作に合わせ黒いドレスワン-スの豊かに膨らんだ箇所がたっぷり揺らぐ。
現状クロトの活躍は、上から観察している明人から見ても、目覚ましい。
瞬時の判断力。敵の攻勢が厚い部分に潜り込み、仲間が危機に晒されると確実に割って入って救助する。
逆にそうでないときは己の分をわきまえるかのように、呼吸を整えつつ戦場を見渡して状況を探っていた。
まさに理想的な縁の下の力もち。完璧な支援役に徹している。
愛らしくも優れた立ち振舞い。蝶のように舞い蜂のように刺す。だからか救助された面々の彼を見つめる視線は男女例外なく、うっとり。
「ふいい、クロ子殿は非の打ち所がないでござるなぁ。支援役の拙者の仕事が楽になりすぎていけないでござるよ」
後部で長く結った頭をぽりぽりと掻きながら節足がわしゃわしゃ。
半ば呆れ気味にエトリは口を覆う赤いスカーフをちょいと下げる。
「エトリさんもおつかれさまです! いやぁ、いっぱい助けられちゃいましたね! ナイスファイトです!」
糸でぐるぐるに巻いたスケルトンを引きずってくる小蜘蛛の彼女を、クロトは胸を踊らせ迎えた。
「なにを言うかと思うのやら……。拙者、まさか戦場で暇になるとは思ってなかったでござるよ?」
「エトリさんが複眼で色んな場所を観察してるってわかってるから僕は自由に動けたんですよ! だからこの結果はふたりのがんばりってことです!」
「……うーわっ。朝日より眩しくて額の目も含め直視できないでござるね……」
だらりと花魁姿の半身蜘蛛が体を垂らすなか、もう戦火は治まっている。
転がり尽くした骨、骨、骨。広い草原で肥料となり豊穣をもたらす日は、そう遠くないのかも知れない。
戦闘に参加した者たちは既に負傷者の確認や、装備などの点検をはじめている。
ひとときの安寧に身を委ねるかのよう、狐たちも頬をほころばせながら仲間たちとゆるく尾を振っていた。
――ここまでは予定通りと言ってもバチは当たらないか。
ぐるりと戦況を首で見渡した明人は、するりと操縦席に降りる。
片手でコンソールを叩きワーカーの自動歩行を手早く停止させた。
それから横にかかっているマイクを手にとりカメラに映ったエーテル族たちに語りかける。
「ヴァリアブルクラーケンいらいだけど……こんな辺境の場所でなにやってるの?」
するとオールバックスタイルの男は大包丁のような大剣を慣れた所作ですらりと腰に戻す。
『へんっ、用事のついでってやつだよ。たまたまでくわしたから、たまたま参加してるってだけだ』
どっしりとコブのある野太い腕を組み、威張るようカメラにむかって胸甲ごしの胸を張った。
そんな彼の腰の辺りからひょっこりとローブ娘が顔を覗かせる。
『あえー? 前回のクラーケン騒ぎで村を救ってもらった上に討伐で活躍できなかったぶんの恩返――もごっ』
すかさず。目にも留まらぬ早さで、無頼の男はローブ娘の口を手で塞いだ。
『だぁぁぁ!! テメェこのやろう!! このやろうテメェこのぉ!?』
『きゃー! 流れで唇が奪われちゃうー! 体中をまさぐられちゃうー!』
『唇を奪ってほしいんだったら物理的に毟んぞ!? あとオマエの貧相な体如き――』
『なにをおおお!? 鼻殴るかんねー!?』
演技する彼女に振り回される彼。あいも変わらずなんだかんだと仲が良い。
画面越しに端正な顔を朱色に染める男へ、明人は細やかなため息を漏らす。
「ははっ、なんだかなぁ。まあ、助かったのは言うまでもないし本当にありがとうね」
そのローブ娘とじゃれ合う姿に、どうやって防衛戦争を照らし合わせられようものか。
神のイタズラの影響はそれほどまでに強かったのだろう。
これほど情に深く気のいい連中がああなってしまうほどに。
『っと、そうだそうだ。聞いた話だとこりゃあ冥界からの襲撃らしいじゃねーか』
ローブ娘を小脇に抱えた無頼の男がキツめの目をギロリと細める。
口元では深い弧を描きサメのように獰猛な笑みが乗せられている。
なんとなしな感じで明人が「そうだけど?」と答え、男は『なーらおっけいだ!』帯びた篭手で『任せとけ!』ガッツポーズをとった。
見ればローブ娘もなにやら一物抱えてそうな笑みを浮かべている。
『ふっふっふー……! これは旅の締めくくりにはちょうどいい感じだねー……!』
ここは戦場だ。しかもこれから今までの比ではない過激な戦闘が予想されている。
なにせメインとなる敵の襲来は未だ手つかず。
そんな連中の到来を既に聞き及んでいるだろうに喜ぶなんて正気の沙汰ではない。
――なにを喜んでるんだ?
明人が小首をひねるのとほぼ同時。
音がした。
硬い座席を通して、重機のエンジンの鼓動に、別の振動が伝わってくる。
戦場に生きる者たちも閉口したまま数秒ほど静止する。
まるで襲いくる悪寒に体が馴染むのを待つかのよう、一時的に時が凍りつく。
声がでない。明人も全身の血が冷却されてなお全身を駆け巡るのがわかった。
内臓が胸の中央にきゅぅと集まるような感覚。筋肉がセメントのように冷え固まり、呼吸は浅く。だが、口のなかがカラカラに乾いていく。
今までのは前哨戦。もっとも懸念し、覚悟し、覆さなければならない悪夢がある。
混淆の祠に召喚された際。ソレと闘った明人としては、もう2度と相まみえたくない難敵の1匹。
選定の天使による協力なくしてあの勝利はなかった。
つまり、未攻略のバケモノ。
戦々恐々と転回レバーに手を添える。
添えようとして2回ほど掴みそこなりようやく成功した。
軽く倒すと、ワーカーの5つのカメラから受けとった風景が横に流れる。
「……きたでやんすね。さぁて……ここからが正念場というやつですな」
上部ハッチの縁に乗った監視役の男が静かに到来を告げた。
回った球体の上半身。ワーカーの蒼き瞳のむこう側。低く武器を構える一党のさらに奥。
恐れに負けじと睨みつけた明人は、もっているマイクに重音で命じる。
「……作戦通りにやろう。作戦通りなら負けはあっても……おっ死にゃあしねぇがら」
振り返ることなくクロトとエトリはコクリと首を深く沈め、浅くもちあげた。
暁の地平線より迫り上がってくる無数の影。
大陸ごと地を唸らせ、白き絶望たちが猛りと共にやってくる。
『……――ggaa! RAAA! GGGGGi!!』
死を連れてやってくる。
☆☆☆☆☆




