361話 【第1防衛線VS.】疾走れ 骨の軍勢 スケルトン
どさり、紅の大地に肉の花が咲く。
咲くというのは些か違うかも知れない。なにせ彼はかなりがんばったほうだった。ただ少しばかり相手が場にそぐわない強者で、多すぎた。
きっと気づいたときには逃げるという手段を諦めただろう。それくらいただ無抵抗に割かれた。
足元でヒクヒクと痙攣する桃色の肉の花を見下ろすのは、目。されども瞳ではない。
洞穴のように空いた円形のうちに日のような明かりが灯る。眼窩に浮いた紅が瞳のよう。
円陣を組むかの如く死肉を囲う骨の軍勢。中央で歪に朽ち果てているのは、たまたま通り道にいたゴブリンだった。
「…………」
骨組みの手を肉に添え、別の者も同じように骨の手をゴブリンに添える。
スケルトンは意思の疎通をおこなわない。彼らに話すという概念は存在しない。骨たちを突き動かすのはただの本能だ。
ゴブリンだったモノを囲ったスケルトンたちは肉を剥く。細く白く硬い骨が剥く。赤いスープのなかから白い同胞を傷つけぬよう、そっ、と剥ぐ。
前述したが彼はとてもがんばった。
ただ彼はスケルトンという存在を認知していなかった。
スケルトンは肉を口にしない。食わないかわりに生命の絶望を糧とする。
ゆえに皮膚を貫かれた叫びが乾いた骨を潤した。
ゆえに締められた喘ぎが虚空の心を満たした。
叫び、嘆き、悲しみ、悶え、苦悩する。それが己の肉を生きたまま削ぐ骨の軍勢にとっての、最高の贄だとも知らずに。
「……k、k、k」
コツ、コツ、コツ。どこともなく骨と骨の当たる音。
ひとつ、ふたつ。骨の喝采が周囲を賑わせる。
砂を掻くよう慎重にゴブリンの肉を削ぐ。もはやそこにあるのはゴブリンではない、ゴブリンの骨。
儀式を前に、ヒザマづいていたスケルトンが立ち上がり杖をかざす。
「…………」
なにを唱えるでもない。舌がないからなにも唱えられない。
ただ彼から回収した糧をほんの少し返すだけ。杖を通して骨からゴブリンの骨へゆらぐ糧を移し替えていく。
「k、k……」
別のスケルトンも彼のまだ新鮮な白をしやや脂の残った頬を撫で、移す。
これは先ほど貰った新鮮な絶望。それをまるで母が子の頬を優しく撫でるよう、移す。
すると、ガクガク、ガクガク。眠っていたゴブリンの骨が息を吹き返すかのよう途端に激しい引きつけを起こした。
未だ落ちきっていない目の奥の眼窩がぼんやりと灯る。模型が動くの如く、こき、こき、と骨の調子を整える。
小さな兄弟の誕生だった。
先に見えた節足の少女も同じ運命を辿るはずだったが、今は新たな同胞の誕生を祝おう。
「k、k、k、k、k、k、k……」
「k、k、k、k、k、k、k……」
骨の軍勢は中央に誕生した兄弟の辺りから欠けた折れたの歯を奏でる。
鎧を着込んだスケルトンも、ガタイのよいスケルトンも、水晶のスケルトンも。当然杖をもったスケルトンも、ゴブリンスケルトンを仲間として迎え入れた。
みなと一緒になって歯を奏でるゴブリンスケルトンは知る由もないだろう。
己の中央で渦巻く甘美な絶望が、己の生前の足掻きだったとは……。
「~~~~!」
そして前傾姿勢で両腕を垂らしたスケルトンたちはいっせいに、ソレを見る。
うねる闇の底――冥界から地上に上がる権利を得た。
ならば、次だ。彼らは絶望を享受し乾きを潤し、増えることこそを存在意義とする魔物。
新鮮な風もそよぐ草花も彼らにとってはただの骨さするていどの現象にしかすぎない。
喉が裏返るほどの絶叫を聞かせろ、苦痛に顔を歪めながら盛大に洩らせ、甘き足掻きの絶望を毟らせろ。
スケルトンの軍勢は死してなお目指す。削いだ肉なんぞどうでも良い。どうせ食っても顎から下に落ちるだけ。
死を求め死にむかう身体を、風が通り抜けてぴゅうぴゅう音がした。
彼らのむかう先には大量の魂。つまり贄の宝庫。
とくにあの――絶大なる絶望と悪意の詰まった、なんかよくわからない丸い物体は、スケルトンにとって究極の贄となるだろう。
「k、k、k、k、k、k、k、k、k、k!」
自然とスレンダーな脚が速度を増す。上下する身体に釣られて顎がだらしなく開いて閉じる。
あの満ちた悪意を啜ってから、引きつり顔でぞろぞろと群れる連中も啜ってやろう。兄弟に加えてやろう。
疾走る。1000にも及ぶ骨たちが紅の草原の上で合唱するかのように骨を奏で、疾走る。
もはや骨による白き大津波。うねり狂う白刃の海が生命を引きずりこまんと押し寄せる。
なおも生命の群れは動かない。
臆したか?
横並びになり、棒きれやら鉄の鋭角を震える手で握りしめるだけ。
臆したな?
やつらとは違って臆すなんて感情は骨にはない。
あるのは目の前のすべらかな肌を咲かせ、中に閉まってあるはずの兄弟を求めることのみ。
透けた胸骨の奥に灼ききれんばかりの熱き情欲が湧く。なにせ、あちら側から充満し匂ってくる絶望の香りが彼らの骨に沁みって堪らない。
「ひ、ひっ……!」
あちら側から骨を撫でる風に乗って、引きつった声が骨を震わせた。
見れば長物をもった毛艶の良い三角耳の女が怯えている。
それが堪らない。だからもう辛抱が叶わない。
「――Kiiiiiiiiii!!」
「――Heeeeeee!!」
喉頭隆起の残っている骨たちの喉から頭蓋を揺らがすほどの雄叫び。
もうあと僅かで届く。群れる少数の愚か者たちへと隙間だらけの腕を伸ばす。
どうやって奏でよう?
その感触の到来を待ちきれず骨の指が耳生やし恐怖に青ざめる女性の顔を遠方から覆う。届いたときの絶望を予期し空間をわしゃわしゃと指が泳ぐ。
きっと素晴らしい声で絶望を与えてくれるに違いない。
雄だろうが雌だろうが最後に残るのは骨のみ。だからスケルトンは常に平等に剥ぐ。
だがまず狙うのは彼女たちではない。あの丸くて巨大で啜りごたえのありそうな、骨のように白くて、頭蓋のように丸いアレだ。
うちに秘めたる濃ゆい悪意の兆しは1つや2つに留まらない。だからまずはアレを啜る。
骨たちは我先にと速度を競いながら真っ直ぐ脇目も振らず、一心にアレを目指す。
「K……?」
コツリ。襲撃の地響きに混ざってひときわ小さな顎の骨の音がなった。
なぜ……アイツは怯えない?
あと数歩だ。あと数歩で目的に届くというところにソレがいる。
どの気配からも少なからず恐怖や失意の感情が漏れている。太ももをこすり合わせ、まとった鎧をカタカタと震わせ、尾てい骨の辺りに生えた毛束を股ぐらの辺りまで巻いている。
というのにこちらの到達を阻むようアレとの境にいるソレだけは、怯えていない。
まるでこれだけの軍勢を個体で相手してやろうと粋がっているような生意気さ。
「Kiiiiiiiiaaaa!!」
その存在に気づいた骨が、腕組みしたまま動けずにいる青年へ怒りを発す。
もっと怯えろ、もっと絶望を寄越せ、もっともっともっとだ。
だが青年は涼し気な顔で角張ったなにかを口元に当てるだけ。
『もーっとひきつけちゃってくださーい。そうすれば戦闘部隊のほうが楽になりますので。後かたづけの準備も並行してお願いしまーす』
同時に今まで骨に受けたことのないひずみ、のような音がスケルトンたちの骨を芯まで震わしてくる。
それを攻撃ととらえたスケルトンたちは、もう止まらない。
恐れぬのであれば、その肉に教えてやれば良いだけ。
群れで覆いかぶさり、手足を押さえつけ、少し削いでやればオシマイ。いつだってそうだどれほど勇壮なものでも例外はない。生命とはかくも脆いものと相場が決まっている。
あと数歩。もうほんの少しばかり届きうる。もう10ほど濡れた緑色の草を踏み荒らせば、やがて大地は紅へと染まる。
恥骨の辺りに渦巻く情念を怒りに変え、骨の軍勢はあらかじめ示し合わせていたかのよう両腕の骨を前に押しだす。
『 魔 符 起 動 !!』
刹那。衝撃ともとれる音の波が骨たちを撃った。
揺らぐ意識。なにがおこったのか、そんなことを考える暇すらない。
そしてスケルトンたちは、貪欲な順から埋まっていく。
異常事態を察し、その後方にいたスケルトンは足をとめた。だが後列のスケルトンがさらに別のスケルトンが突き飛ばす。
ひしめき合う骨たち。なにもない場所から突発的に迫り上がって現れた壁により、快速な行軍は瞬く間に崩壊した。
「K……?」
顎が鳴った。あわやといったところで立ち止まることに成功したスケルトンは、あんぐりと大口を開く。
彼だけではない。ほんの 微 か に被害を受けた軍勢はいっせいにむかう先を見上げる。
居たはずの魂が消えている。芳醇で濃厚だった絶望の匂いがすえた大地の香りになっている。
脳なしのスケルトンたちはしげしげと骨の首をひねった。
軍勢を阻むのは、褐色で暗く背丈よりも大きな土の壁。
なおも戦場の変化は著しい。
土色の壁が目指す箇所だけでなく 遠 回 り しなければならないほど横一列にずらりと並び立っていく。
スケルトンたちに滾った欲望が一瞬のうちにして冷めていった。
なんと愚かなことだろう、と。
か弱き防衛策。どこからともなく歯を鳴らす音が、コッ、コッ、と鳴り響く。
逃げるのに時間を稼ぐのがこれほど 脆い 土壁だとは……なんと愛おしいのだろう。
「hiiiiiッ! HIIIIAァ!!」
気の毒なことに土まみれに鳴ったスケルトンは地団駄を踏む。
彼の怒りはもっともだ。白く美しい肢骨――究極の美を汚されてしまったのだから。
機転どころか小細工とも呼べよう策。子供だましにだまくらかされるとは、骨折り損も良いところ。
一時的に足を止められたが犠牲はほぼ皆無に等しい。
折れた骨は絶望を啜り癒やせばよいだけのこと。動かなくなった骨はまた新たな絶望を植えてやればそれで済む。
「K、K、KKKKKKKKK!」
このていどの壁なんぞまかせろとばかりに、力自慢の巨骨が躍りでる。
大きく変位した拳骨を打ち鳴らしやる気は十二分といったところ。
だが、些か戦場が狭い。
「……K? KKK!? KK、Kァ!」
彼の巨体ではせめぎ合う骨たちが邪魔で、なかなか前に進めないでいる。
なにせこの場にいる全スケルトンがあの悪意の塊を狙って進軍していた。
今この場にはその余分な肉の削げ落ちた細身をぶつけ合いながら圧合っている。中央に位置する骨が動くことを諦めるほどの大混雑。
するとあの波がまた土壁を越えて降ってくる。
骨たちも壁のむこう側から流れてくる波を、見上げた。
『いつも踏んでるんだ。たまには踏まれてみるのもいいとは思わないか?』
なにを言ってるのか理解はできぬ。なにせ脳なしなのだから。
ただその低くあさけるような波の色が、背骨をぞくぞくと撫でた気がした。
『これはまだ守りの1手じゃない。攻めの防衛――大地の歩み効果』
直後。スケルトンたちは外れんばかりに顎を下げた。
しかし仄暗い眼窩。その奥の赤い灯火は、陰っていく空を見て離さない。
土壁が育っていく。天が覆われていく。
育っていくに連れ、それが土の壁ではなく土の立方体であることを知る。
1段、2段、3段、4段。
いや、まだだ。そんなものではない。
重なる、傾く、光が奪われていく。土がぐんぐん育っていく。
「k……。……k……k」
魔物は本能で動く。そのため、身に襲いかかるであろう危機には敏感だ。
ゆえに段となって積まれた土壌が徐々に、こちらがわに傾いていることに、死を察させた。
ボロボロと最下部の土が重さで崩れている。ゆっくりとだが、確実に。
上空から降ってくる土色の粉が、死を受け入れた彼らの真っ白な顔に降り注ぐ。
身動きはできない。意識してみれば横のスケルトンと骨と骨が組合ってしまっている。
それ以前に外側から逃げようと試みたところで――もう遅い。
『さあ、余ってるスケルトンを殲滅しちゃってください。土のなかから骸骨とかB級ホラーもいいとこだからね……』
「うへぇ……作戦事態は知ってたでやんすが……。実際にこうして目の前にすると……エゲツなさすぎやしやせん?」
『ちなみに発案者はクロ子だから』
「おおっ、さすがはクロ子殿! 容姿端麗だけでなく知まで達者とは恐れ入るでござる!」
「えへへっ、魔符を見て咄嗟にひらめいちゃいました! それとフニーキさんが角度の計算とかの細かい作業をしてくれたんですよ! つまりはじめての夜の共同作業で大勝利です!」
『おいこら。正しいけど夜をってつけると卑猥に――また周囲の視線が刺さって心が痛いっ!』
嬉々と勝利を祝う、その真下。
あれだけいたはずのスケルトンたちの群れは――埋葬された。
運良く逃げ延びたたった数匹も、直に蹂躙されて朽ちるだろう。
骨に響くのは音の波だけ。
土石流の如き圧によって潰された。視界どころか身じろぎひとつできはしない。
残されたのは草の代わりに大地となった戦場の跡。あれだけ緑豊かだった平原は、一面だけ染めたかのよう不自然な土となった。
もはや怒涛の重圧で砕けた体の行方は知れない。きっと折れた手足もどこか別の場所で埋まっているのだろう。
冷たくも暖かい。そんなどこか安らぐ土のなかで、スケルトンの1匹は本能的に思う。
こんなことなら……冥界にいたほうが……マシだったじゃないか、と。
核を潜った後悔が骨の髄にまで滲んだ。
そして彼の意識が途絶える間際に確かに聞いた。
ずるる、ゴン、ゴン。
ずるる、ゴン、ゴン。
ずるる、ゴン、ゴン。
王の到着は、そう遠い未来ではない。
種よ、王を讃えよ。そして共に同じ大地で眠ろう。
そう、心から安堵したスケルトンの眼窩から弱々しい灯火が吹き消えていった。
……………
※今回活躍したスケルトンたちの種類のコーナー
・アーマースケルトン 鎧を着込んでいる
・スーパースケルトン ガタイが良い
・クリスタルスケルトン 透けてて見ずらい
・スケルトロンマージ 杖で殴ってくる
・ウィングスケルトン 羽がある。なお飛べない
・ナチュラルボーンスケルトン ちなみにコイツがノーマルタイプ
根っからのスケルトン




