『※イラスト有り』346話 それでは風に廻る目的地に
目指す先は村でもっとも高い場所に位置している――風車だった。
傾斜のてっぺんにそびえる風車は、遠間から見てもなかなかの大きさだ。
そしてそれを考案し、あまつさえ粉引として運用を提案したのが、まさに仙狐の恋の相手だとか。
軽く触れた話題。とはいえなかなかに創造的な少年。なにせルスラウス文明の最先端をゆくのだから。
新たな出会いに期待高まる一党もまた靴音高いフィーフィに案内されながら村道を歩く。
「小さい状態でどうやって繁殖しろっていうのよ。バカじゃないの?」
終わらぬ罵倒、種族への興味を示さない白痴への当たりが強い。
黙っていれば、目を引くアダルティな女性の風貌。ぴょんと耳のように伸びるリボンが修道女の頭巾より良く似合っている。
人の手に座れるほどの小さな妖精状態の頃と比べると天と地ほども見た目が異なっていた。
それだけ姿形が如実に見違えるのだからルスラウス大陸は実にたちが悪い。忘れていても仕方がない。
「あのね。私たちピクシー族の女は、《メイクアップ》の能力で2種類の形態をもってるの。まあ? 多少体内マナを消費するから小さいほうが楽ではあるんだけど」
ガイドだけではなく若干煮えきらぬといった感じで妖精の解説までついてくる。
そんな彼女の現職は複合種だけでは手の回らぬ場所での支援。
納得はいっていないのか、やや詰められた修道服のスカートに小さな抵抗さえ覚える。
フィーフィは先ほどから「まったくもう……まったくもう……」と、不満たらたら。
ついていく面々もやや話しかけづらそうに、トボトボとついていくだけ。
「まったく……平和になったらずっと計画してた夢を叶えようと思ってたのに……。なんでこんな面倒事ばっかり押しつけられるのよぉ……」
そのぶつぶつと地面に吐き捨てたフィーフィの言葉に、ぴくっと重いまぶたと眉で反応する青年が1人。
なにせ明人は起きてみる夢を思う夢追い人。
「なあ、もしよかったらでいいんだけどさ。そのフィーフィの夢とやらを聞かせてくれないかな?」
昨晩ユエラによって与えられた宿題の足しになるかも、と。
勇気をだして先導するフィーフィの背中にむかって尋ねた。
「へ? まあ別に減るもんじゃないし、いいけど」
はたた、と揺れる透明な羽のむこう側で振り返りつつ、悩みもせずにフィーフィは首を縦に振った。
それからふっくらと盛り上がった腰のラインに手を当て、ふんぞり返る。
「キュートで奥手な男の子を捕まえて甲斐甲斐しく面倒を見るっ! それがワタシの偉大なる夢よっ!」
追い風のように開いた足の隙間を風が吹き抜け、修道服の裾がはたはたと揺れた。
あまりに堂々としたそれは夢というより野望に近い。
「さらにワタシのことは、恥ずかしがりながら上目遣いでお姉ちゃんって呼ばせるの! もちろん夜はワタシ専用の抱き枕! そしてワタシもそんな彼だけの専用の女!」
一党の呆れる顔ですらもはや視界には入っていないのだろう。
腰をうねうねとさせながらフィーフィは、聞いてもいない情報をいくらでも吐き連ねる。
「……そうなんだ。叶うと良いね、応援してる」
明人はがっくりとうなだれ、聞いたことを後悔した。
やはり地球的な倫理で育った彼にはどうしても抵抗があるのは止む終えない。
対象的に気が晴れたのか、フィーフィは先ほどよりも軽やかな足どりで歩みだす。
「どこにいるの~? 中性的かつワタシの言うことをなんでも聞いてくれる理想のおチビちゃ~ん! むふふふっ!」
犯罪臭漂う修道女はさておいて、これは特殊な癖というわけではなかった。
成長が10代前半くらいでとまるドワーフの少女と、率先してお近づきになりたいという層も少なくはない。
だいいち、ドワーフの屈強な男たちは半強制的に幼女たちと結ばれる。なぜなら同種であるからだ。
そうなるとピクシー種の少年たちも同じくらいの人気があっても不思議というわけではない。
なにより目の前にいる羽の生えた修道女の格好をした女性もまた妖精族だ。大陸的な倫理に逆らっているわけではない。
「はぐっ、はぐはぐはぐっ……」
ユエラは先ほどから静かだ。道すがらで――他人の金で――購入した焼きトウモロコシにご執心。
両手でもった長い棒をげっ歯類のように前歯で削っていく。
苦笑いをしながら明人が「おいしい?」と尋ねると「――あうっ」。元気な声ならぬ声が返ってくる。
猫のように目を細め、長耳も元気よく上下している。地球世界の3大穀物はこちらの口にも合うようだ。
「……うっ?」
なにげなしに明人がユエラの頭を撫でた。
「昨日はありがと。ちょっと元気がでた」
嘘じゃない。その証拠に彼は彼女のシルクの如き手触りの髪を乱さぬよう指で梳く。
するとユエラもトウモロコシを齧る歯を止め、きょとんと小首をかしげる。
しかしそれも一瞬だけ。
「んっ! はぐはぐはぐっ……」
どういたしまして、なんて。心の声が聞こえてくるかのよう。
もっとも今回の旅行を楽しんでいるのはユエラなのかもしれない。
そんなユエラがすぐ隣で笑っていてくれるから、だから明人も落ち着いていられる。
そんな気がした。
空を背景にした風車までの距離はおよそどれほどか。見えているはずだが、いっこうに近づいている気がしない。
どころか勾配はどんどん急になっていく。これが村のなかでなければ重機で移動したほうが得策だっただろう。
明人は風車までの距離を目測してから、首を回してのどかな村を見渡す。
――稲……は、流石にないかぁ。米があったら千歯扱きくらい作るんだけどな。
村とはあくまでも括り、妖精たちは青々とした草原を借りて生活しているかのよう。
自然に住まう村民たちも動物たちも見るからにのびのびとした様子だった。
時の流れすら遅く感じてしまう情感すら覚える。スローライフ。
その流れいく視界のむこう側では、ひとりの少年につき1匹の小柄な女性たちがついて回っていた。
背丈の小さな少年たちに、1匹の妖精。なんと幻想的で心安らぐ組み合わせか。
通常サイズの林檎を両手で1個抱えながら、妖精は少年の肩に座る。
「それで午前の部はおーわりっ。お昼食べて、お昼寝してから午後の部もがんばりましょー」
背の羽をハタハタと動かす。すると光る粉がキラキラと尾を引く。
「わかった! ところで今日のお昼ご飯はなにを作るの?」
少年も似たような感じだ。
短い腕と小さな両手で、ぎゅっと抱きしめるように。なにやら重そうな樽を抱えて仰け反りながらもせっせと運んでいる。
「朝は穀物だったし、うーん……。搾りたての新鮮牛乳と採れたて果実の林檎でミルク煮なんてどう?」
その提案に少年は「さんせー!」と、無邪気に笑いながらよたよたとした歩調を早めた。
「ふふ、あんまり急ぐと午後が辛くなっちゃうよ」
言うなれば和気あいあいといったところか。
いまのところ少年らは決して小さな妖精を傷つけることはしていない。ましてや従順にさえ思える。
幻想的な女性に、純真な少年。おとぎ話なんて呼ばれるが、この村はまさにそれ。
「なんかいいですよね。作物と家畜以外時が止まってる感じがして」
「然り然り。クロ子殿はヒュームだからより顕著かもしれないでござるね」
対してこちらもなかなか大層な一団だ。
妖精種の女性に案内されながら、少女のような少年が半身蜘蛛の少女と仲よさげに手を繋いでいる。
エルフもいれば狐の男までいて、なにをどう間違えたか人間までいた。一芸でもあれば見世物で利益を得られる可能性すらある。
温和しやかな村からすれば突如現れた不審な一党に見えるだろう。
ピッチフォークで藁を運んでいた少年も、羽で高いところの果実に手を伸ばしていた妖精も。あらゆるところからさも不思議と語る目がむいてくる。
「ん……? 気が乱れた……?」
すると最後尾で焦げ色の尾っぽを垂らしていた監視役の男が、ひくっと頭の獣耳を動かした。
それが聞こえたのは耳ざとい明人だけらしい。操縦士は、目が良く耳が良い。
置いていかれてしまうのをよそに、立ち止まる。
「……かなり遠い。……これは冥界種のマナ? 冥の巫女が領地からでるわきゃなし……」
なおも男は糸目で空を仰ぐだけ。
どうした? 明人が声をかけようか迷っていると、道を挟む草の片側が不自然に揺れた。
「ネズミ? いや、それにしては大きすぎるような……?」
青年の膝ほどある草むらを、がさがさと小さなナニかが物凄い速さで抜けていく。
見送ること数秒。反応までに要した時間は刹那ほど。
影が接近していく方角にいるのは、あろうことか油断しきった女性たち。
「そういえばさっきの子たちって放っておいても大丈夫なんです?」
「あああれね。大丈夫大丈夫。ワタシたちって魔力に強い種族だし、威力も死なないくらいまで押さえたもーん」
「もーん、って……。次からは気絶しない辺りまで押さえてあげてください……」
そうやって妖精のように可憐な少年が焦げた子供たちの身を案じていると。
突如。その横の草むらから韋駄天の如く小さな影が去来する。
「くらえええ! 雷ババアっ! これはやられた仲間の仕返し――いや、復讐だああ!」
そしてその草むらから飛びだしてきた影が、戦闘を歩いていたフィーフィへと襲いかかった。
その少年に見覚えがある。先ほどフィーフィによって焦がされたうちのひとりだ。縮れた髪がその証拠。
雑草を舞い上げ、髪に張りついたゴミすら払う様子もなく男児は短い手を、うんと伸ばして掴みった。
むにゅり。柔らかいものが形を崩して潰れる。
その男児の小さな手では収めきれず、掴みとった毬が指の隙間から大きくこぼれた。
口では復讐なんて大言を言ったがやっていることはタカが子供のイタズラ。
「やった! これで今日もフィーフィをしと、め……た?」
きかん坊な男児の顔色がさぁっ、と音がしそうなほど真っ青になっていく。
彼は別にフィーフィの命を脅かそうとしてわけではないだろう。できればちょっとだけ自分にもお得な仕返しがしたかっただけのはずだ。
それに口ぶりからして普段からやりなれているイタズラ。手慣れたフィーフィの様子からしても、彼女と男児はネコとネズミのような間柄か。
だがしかし――今日の彼の任務は成功せず終わることだろう。
「んー……あんまり強く触られるとちょっとだけ痛いかも?」
男児に豊かな胸を鷲掴みにされたクロトは、振り払う様子すらみせない。
代わりにちょっぴり恥ずかしそうな感じで肩をすくめた。
「見えてたけど、目的がハッキリしてたから避けるのやめちゃいましたっ」
……………




