335話 すると心はあざむけない
通された簡素な和室で、囲んだ中央に鍋一つ。
囲炉裏のなか。赤い木炭がかんかんと上の土鍋を熱すと。黄金の油がぷつぷつ小さな泡をたてはじめる。
そこへ糸目の男は、ひょいと粉をまぶした菜っ葉を放り入れる。するとジュワーと弾ける音が室内へと広がった。
「――あぶらっ!」
正座したユエラが料理に目ざとく彩色異なる瞳を輝かす。
長耳はそれだけでもうゴキゲンだ。なにせ今日は、まだきちんと食事をしていない。
「これはあっしらにとって伝統料理でやんす。実はこのお宿の名前もこの料理が由来してたりなんて」
糸目の優男あらため。仙狐の世話役が説明を交えながら、1つ2つと高温の油のなかへ食材を放り入れていく。
手慣れた手つきで小麦粉を卵で溶いた衣をまぶし、高温の油でぐらぐら。茹でるように揚げる。
パチパチと美味しいを歌う様は、耳で聞く食感だ。そう、まるでそれはまんま天ぷらだった。
「高温でカラッと揚げるのがコツですな。1度に大量に上げると温度が下がっちまう。しかも高温だからと油断して焦がすと風味も焦げ臭くなるので注意が必要でやんす」
もう待ちきれないとばかりに「……じゅるり」。腹ペコなユエラは、よだれを拭う。
くうくう鳴った腹の音はそれほど周囲に響かない。
なにせもっとうるさいものが彼女の横で正座を強いられている。
「ガルルルル!」
またもエトリのクモ糸によって拘束された明人は、炉を挟んだ斜むかいのナコへ牙をむく。
しかし後ろ手に縛られ足首と膝もぐるぐるに巻かれている。まさに手も足もでない状態。
「キシャーーー! フゥゥーーーッ!」
だから威勢だけは1人前だ。
「こーら落ち着くでござるよ。仙狐さまに喧嘩を売って生きていただけありがたく思うでござる」
ぶらりぶらーり。今日も今日とて天井にぶら下がる小蜘蛛は、やや呆れ気味に肩をすくめた。
だが、明人の怒りはおさまらない。
「離せぇ!! こうなったら力づくでこのクモ糸を引きちぎってやる!!」
「にょほほっ、無駄無駄ァでござるよ。束ねた糸は鋼鉄よりしぶといでござるゆえ」
エトリの言う通り明人がいくら全力で力をもがいても、いっこうにクモ糸が切れる気配はない。
伸びて縮んで。ゴムのような弾力があるのが余計に頑強さを手助けしている。
「――ぐっ!! ふにゅうパワー全開ィ!!」
「響きがメチャクチャ弱そうな力でござる。まるで空気が抜けるようなパワーでござるね、にゅふふふ」
これだけ明人とエトリが騒がしいにも関わらず、仙狐はそれらを視界にすらとらえていない。
自身へむく怒りを無視し、アルティーとなにやらかの交渉中だった。
「ほんでぇ? 閉じ込められたマーメイド族のお姫様だけでも結界からだして欲しいってこと?」
もはや毛束ではなく毛玉。もっさり7本も萌える尾っぽを茂った葉のようにわっさわっさと動かす。
会話相手のアルティーは、ただ一心といった感じで懇願するばかり。
「……はい。もしも必要ならば私がこの身を犠牲にしても構いませんので、どうかピチチちゃんを開放していただけませんか……?」
今にも土下座をしかねないほどの戸惑い混じりなお辞儀をする。
しかし返ってくるのは残酷で、酷く芯の入っていない適当な返答だった。
「んー、ムッズイこと言ってくれちゃってぇ。ひとりだけとりだすとか超難易度すぎてムリムリの無理ぃ☆」
「そ、そんな!? どうにか、どうにかあの子だけでもお願いできませんか!」
「む~りっ☆ 世界中のカラスを白く塗るくらい無理なもんは無理ぃ♪」
自己犠牲もいとわぬ決心で食い下がるも、要望は7尾のうちたった1尾のひと振りでご破産と相成った。
アルティーは、崖から身を投げる直前みたいにうなだれ、悔しそうに濡れた唇を噛む。
「だいいちさぁ、あのパッシブかってくらい警戒心マックスの剣聖を結界に封じ込められただけで奇跡だしぃ。それにでてこられたらこっちが壊滅すんだよね~ん♪」
そう言ってナコは、道着のような服の合わせに手を突っ込んで横腹の辺りをぼりぼりと掻いた。
裸体に大きめの分厚い道着を1枚羽織っただけのラフな格好。腰回りのふくらみの辺りで帯を締めているが、それだけ。
投げだした長い足を上へ辿っていくと、隠れているがなにかを履いている気配がない。
しかしどれほど肌を晒していようと、態度が悪い、品がない。
上品さもなもなければ、気品さも欠片としてない。まとめると、だらしない。
「あ~、マジかったる~い。粗悪とはいえさぁ……《妖狐結界》を使うのって尾っぽ1本くらいかかんのよ~、っと」
鼻をほじるついでとばかりにあくびをし、「それ貰いっ!」と男が油からだした揚げ物をぶんどり、齧りつく。
待ちわびてワクワクしていた者のエルフ耳が途端にしょんぼりと萎れる。
「むぐむぐ。ってかさ、アンタらが電撃戦みたいな接近のしかたしたせいでもあんだよね。おかげでウチも久々に結界貼ったからこーんなグロッキーだしぃ、これってぶっちゃけおあいこっしょっ♪」
そう言いながらもナコは横になって畳に頬杖をつく。
サクサクの揚げ物をボロボロと衣を床に撒き散らすし、仙狐というより自堕落の化身。
見た目はうら若い20凸凹の女性。だが、この世界ほど年齢というものが当てにならないものはない。
食事をしながら寝転がって、寝転がりながら足でボリボリとむっちりとした太ももを掻く。
「フシャーーー! 寝ながらの食事は許すまじッ! 食べこぼし食べ残しは裁かれるべしッ!」
「ああっ! またフニーキさんの知能が限りなくゼロになっちゃった!」
普段であれば場をとりしきる明人でさえこのザマ。
広い彼の背に覆いかぶさるようにして、とりおさえるクロトもひと苦労だ。
同じ髪、同じ色。ルスラウス世界には珍しい黒色の髪をした者がここの場に3名も集う。
その絡み合う少年と青年を、黒い瞳が見つめる。黒毛の尾っぽが――1本足りぬが――8つ首の蛇のように揺れる。
「つーかさぁ、狼の依頼で白龍がこっちきたってんだから正当防衛ってやつじゃん。だからいい加減ダンナも溜飲を下げなって」
「オマエにどうこう言われる筋合いはない! だからさっさとリリティアを結界とやらからだしなさい!」
するとナコは指についた油をピンク色の舌で舐めながら気だるそうに起き上がる。
衣服で指を拭きつつ、重々しくため息ひとつ。
さらに横で世話役の男が油汚れを見て、ため息ひとつ。
「あんな? 龍っつーのはウチらと一線を画す存在なんよ。そりゃもう突然変異系の魔物レベルで超ヤバ味なヤーツなわけ。そんなのがむかってきたら普通は全力だすっしょ?」
「突然変異系とか知るかあ! こっちは季節のひと回りで3匹と闘ってるんだ! オレのエンカウント率舐めるんじゃない!」
「うわマジぃ……。本当だとしたっけダンナの運悪すぎっしょ……」
これにはナコも若干引き気味だった。
天災級のキングローパー、聖なる力によって硬質化したダモクレスガーゴイル、交信の能力で無限に進化するヴァリアブルクラーケン。
明人にとって突然変異系の魔物は、結構良くいるという認識だ。
ふーっ、ふーっ。クロトに頭を撫でられながら肩で呼吸する。
すぐ隣。両手で天ぷらを細々と齧っていたユエラは、ゆるりと小首を傾げた。
「話が進まないからいい加減に落ち着きなさいよ。なんか今日のアンタ余裕なさすぎじゃない?」
前髪の端で結った三つ編みが振り子のように揺れる。
耳はひくひく上下し、手には天ぷら、頬には天かす。
「ユエラは心配じゃないのか!? 今ごろリリティアはみんなと離れて不安かもしれないんだぞ!?」
明人が唾を飛ばすように訴えると、ユエラはしっしと油でテカった手を降って追い払う。
「だってリリティア自身が心配しないでって言ってたじゃない。実はアンタのほうが不安なんじゃないの?」
「――っ!」
なにげなく放たれたユエラの一言で、明人は心臓を鷲掴みにされた気分だった。
それと同時にリリティアのほがらかな笑顔が脳裏をかすめる。分かれには似合わないとぼけた顔。
言葉をつまらせる彼へ、ユエラはここぞとばかりに追い詰める。
「それにリリティアはアンタに託すって言ってたでしょ? なのに託された側がそんなんでどうすんの」
淡々と述べ、また衣をハムスターのように前歯でシャリシャリと削りはじめた。
ぐうの音もでないとはまさにこのこと。もう明人に言い返せるだけの言葉はない。
――だって、じゃないな……。なにを言ってもただの言い訳か……。
言い訳で恥を上塗りしていたことを悔やんだ。
リリティアを失った自分のほうが不安だったと気づくのに、そう時間はかからなかった。
自分には嘘がつけない。自分という固執した心をあざむくことができない。
――言い訳……。どこからが言い訳なんだろう……。
リリティアは命を救ってくれた。
はじめは明人も疑心暗鬼に囚われ、他人行儀の上っ面でつき合っていた。
だが、それでも彼女は常に近くでニコニコと麗しい頬が緩め、微笑みかけていた。
さらにはリリティアが生きることを認めてくれた。
彼女を起点として繋がった縁が、死を求めて泥のなかでもがく彼を救った。
リリティアは好意を――家族に対する愛を唄うのではなく、彼を異性として好きだと言った。
恋愛にかまける余裕もなく生きていた粗悪で、粗雑で、横暴で、嘘つき。そんな不完全な人間如きをだ。
――ああ、気に食わないな。気に食わないよ。
出会ったとき。再会したとき。リボンを渡したとき。笑っていた、いつものように。
そんな彼女が別れ際に、信用、信頼、今回の件を全部任せるようなことを語った。
だから明人は眉を目一杯にしかめる。一杯食わされたような顔。
「会えない時間が、か……」
頭を掻きむしりたい気分だったが両手は縛られている。
だから頭を垂れ、そろそろ散髪しようかと思っている黒い髪をわさわさと振り乱した。
考えがまとまると利己的で卑怯の染みついた遺伝子が徐々に戻ってくる。体を覆っていたF.L.E.Xの蒼が沈静化していく。
「はぁ、ようやく落ち着いてくれたんですねぇ……疲れたぁ」
クロトは額の汗を袖て拭い、ぺたんと畳にヘタリこんだ。
障子戸から差してくる日差しはすでに斜め側から部屋を薄く照らしている。
依頼内容を聞いたとして動きだすには遅すぎる。だからといってこのまま管を巻いていてもしかたがない。
肺から空気を絞りだした明人は、斜むかいの依頼者と目を合わす。
「……で、偉大な仙狐様が国の意向を無視するほどの依頼ってなにさ?」
するとナコもニンマリと笑顔と微笑の狭間のような感じで口角を上げた。
またぺろりと指から油を舐めとり、服でごしごしと拭う。横で世話役の男は料理の手を止め、首を力なく横に振った。
なお、明人もいい匂いのする天ぷらを食べたいが縛られているためお預け。
「恋愛ってさ、自由じゃなきゃダメくない? ぶっちゃけ種族とかに縛られるとか今どきありえないっしょ☆」
指揮するように指を振り、ナコは得意げに語る。
一党も天ぷらをもそもそと食べつつ、ながら聞きをしている。
「それなのにワーウルフどもは婚約相手が同種に限るとか言っちゃってっし。ちょっちオカシイと思わない?」
「一理あるなッ! オレもずっとそう思ってたところ!」
すかさず明人が同意すると、ナコはぎょっ、と目を瞬かせた。
「うげっ!? まったく予想だにしてないとこから物凄い激しい同意が貰えたんだけど!?」
時間はかかったが一党は、ようやく依頼内容を知る準備が整った。
ひとつ気がかりがあるとすればニーヤが部屋の柱の影に隠れてしまっていることか。
「……んにゃうぅ」
明人と目が合うとすかさずといった感じで、しょげた顔を柱に引っ込めてしまう。耳と尻尾が隠れていない。
彼としても、彼女にはいつも通りの自由奔放なままいてもらいたい。リリティアがいないからこそなおさらではある。
しかしこの問題の決定権をもつのはニーヤだけだった。後押しはすれど手助けはできない。
なにせ、これは罪もないのに気負いすぎてしまっている彼女自身による心の整理が問題だ。
仙狐と世話役の男も見て見ぬ振りをしている。一族をまとめるものならばニーヤの心境くらいは聞き及んでいるだろう。
あとはほんの少しの勇気と明人が助言した言葉さえ言えればあるいは……。
「んでっ! なになにぃ、ウチの願いを叶えてくれるってほんとなのぉ? だとしたらマジで助かっちゃうんだけど☆」
あぐらをかいたナコは、唐突に白くむちっとした足のつけ根辺りをぺしんと叩いた。
振動がふとももを伝わりほどよい肉の波が発生する。淀んだ空気が乾いた音とともに去っていく。
……………
つらつらと語られる1匹の狐の叶わぬ恋の物語。青い恋愛の話。
1尾の狐がその地に現れるはずもない強力な魔物に突然襲われたという悲しいはじまり。
彼女はとある事情でマナを制限された状態だったらしい。
足は初撃で負傷し野を駆けることも困難。敵は血色の悪い肌をした肩を興奮で上下させつつ、生臭い吐息を吐きかけてくる。
不運と不運が重なった結果、その狐は生命の崖っぷちに立たせれていた。
そして弄ばれることよりも、最低限のマナで動物の状態に变化し、無残に食われる道を選んだ。
当然であろう。女性の姿で捕まったのならば尊厳や威厳は衣服とともに乱れ散らされるのだから。
狐は悔やんだ。このような事態にならぬよう守られていたはずなのに、己の若く無謀な探究心で外の世界に無断で飛びだしたことを。
魔物の手がゆっくりと確実に伸びてくる。
相手が動物の姿ならば長く生かす理由はない。魔物とは性を満たせぬのであれば、食を満たす欲の生き物。
もうどうにもならない。頭で諦めていても、心までは捻じ曲げられない。
震える膝、総毛立つ体毛。恐怖に追いたてられた狐は、たまらず雲流れ行く空へ最後のひと声をあげた。
『くらえッ! 試作1号機! ドリルアームッ!』
魔物の絶命するけたたましい悲鳴。
血しぶきがびしゃびしゃと草原の草を赤黒く染めた。
震えながら狐が閉ざした視界を瞳に映すと、その先には自分と同じように震える、しかし勇敢な少年の背が見えた。
……………
「ってな感じなわけ! ウチは、まだ1尾だったころに助けられちゃったわけ! その後は治療もしてもらっちゃったし、あったかいご飯もご馳走してもらっちゃったんだよね☆」
ナコは、けたけたと笑いながら世話役の男の背をばしばしと叩いた。
とうに和風の部屋は夕焼け色に染まっている。
清い乙女の長話に突き合わされた一党は、ようやく終わったかと疲れが滲んでいるのを隠さない。
呆れて白くなった明人へ、クロトがひそひそと耳打ちをくれる。
「これ……仙狐様のお話だったんですね……」
「オレは途中から気づいてたよ……。だって少女漫画にでてくる乙女のような顔してるんだもん……」
「しょうじょまんが?」
ハートのヘアピンで止めた前髪を揺らすクロトを置いて、明人は考えをまとめることに意識をむける。
――つまりコイツの私利私欲か……。カラムにしてもナコにしても、ワンニャン王国って自由すぎるでしょ……。
一族を治めるはずの長がこの有り体。
恋は盲目というが、まさにそれ。
「でさ……その子すっごい努力家なんだったんだよね……」
すると先ほどからきゃいきゃいとやかましかった黄色い声が、囁きへと変わった。
「それを見てたらウチもがんばらないと……って思っちゃったりしてさ……」
生えそぼった7尾がしゅんとうなだれる。へたり込むよう膝をつき、その上で拳がふるふると震える。
どこか哀愁に満ちた風をまとったナコは、目をうるうると涙で滲ませはじめた。
「ほら、ウチって……仙狐なわけじゃん? だからさ……使命とはいえ……ワガママ言ってらんないしさ……」
直ぐ側に待機している糸目の男が、そっとその細い肩に手を添える。
彼の言った意味深な発言。それは、責任。
翻る蒼。原因は明人の放った道理の影響。
あの運命の夜に大陸へと広がった蒼が、こうして再び恋心に火をつけてしまったということか。
「こんなのって……残酷すぎっしょ……。せっかく、ぐずっ……忘れてたのにっ……」
ナコの手の甲にひたひたと大粒の涙がこぼれ落ちる。
仙狐といえど縮こまってひっく、ひっく、としゃくりあげる姿は、年相応の恋する乙女にしか見えない。
憂いを帯びた一党の視線が自身に集うのが明人にはわかった。決定を任されている。
「……」
普段の彼であれば、まず許容する案件ではない。
ナコとは出会ったばかり。それに仙狐という存在がいかがなものかも知ったことではない。
しかし舌で「……チッ」と不満を打ちながら明人は、世話役の男に問う。
「オレらがやるのはその少年とナコを合わせるところまで、そこから先は面倒を見ない。それで構わないかい?」
なによりリリティアの救出が最優先だった。
依頼の内容に問わず、やるべきことはただ1つきり。
するとクロトは、ぱぁっ、と大輪が咲くように表情をほころばす。
「さっすがフニーキさん! 困った子を見捨てないなんて尊敬しちゃいますっ!」
次いで理解者であるところのユエラも、ニタニタしながら腕を組んで体をしならせた。
「めっずらし~。てっきりバッサリ断るかと思ってたけど、どんな風の吹き回しってやつぅ?」
「勘違いするんじゃないよ。こっちはかけられたの迷惑ぶん、しっかりと報酬を受けとるつもりだから」
「……ふぅーん? ま、私としてもアンタがやる気になってくれたほうがさっさと片づきそうで楽だから良いけどさっ」
そう言ってユエラは、カラムから受けとった山羊革の依頼書を得意げに、ぺらり、ぺらり、と振った。
とはいえ明人がナコの恋愛を成就させたとしてもそれは、また別の話だ。
1組の異種族同士のカップルが生まれる、それも狐族の長ともあろう者が。
そうなっては周囲に言い訳ができない。
他種族に好意を抱くという前例がある以上、この部屋のなかだけの問題ではないということ。
問題は1つではない。かなり捻じくれ、複雑化してしまっている。
「ユエラ。その後の手は考えてあるってことでいいかい?」
明人は、ユエラに軽く問う。
「当然でしょ?」
するとユエラは、期待に答える回答を明人に返す。
そしてひとり欠けてなおドゥ家であるひとりと1人は、同時に確認をとる。
「はい。仙狐様と相手の少年を引き合わせていただければ依頼は達成でやんす。そこで剣聖様を必ず開放するとお約束させていただきやす」
ナコを背を撫でて慰めていた男も、コクリと大きく首を縦に振った。
提示された条件と妥協案の相互理解。それつまり依頼が受諾され今をもって遂行される。
依頼内容は、仙狐を救ったという努力家の少年を探しだし連れてくること。
「捜索か。簡単ではないけど闘うわけでもないし、戦争と比べればヌルいかなぁ」
そう、明人が天井にうかって高をくくった矢先。
世話役の男が掛け軸近くの引きだしからあるものをとりだした。
「ここに仙狐様直筆による少年の絵が描かれてるでやんす。参考になれば良いんでやんすが……」
手にした巻物の紐をくるくると解き、興味津々と前のめりになる一党へ、するする広げて見せてきた。
「うわぁ、なかなか可愛い男の子ですねぇ……。これって……複合種……?」
よつん這いのクロトは、絵を見たあと機械のように首をギギギ、と回しながらこちらを見る。
そしてその瞬間。
明人とユエラは、声にならぬ声をおそらく喉から漏らした。
「……あ”?」
「……えふぇ?」
そこに描かれているのは、見まごうことなき少年だ。
目つきは少々小憎たらしいところがあり、さらさらのショートヘア、丸い輪郭に幼さを残しながらも、どこか大人びた表情の少年。
それだけならどこにでもいる普通の少年、問題はなかった。
だが、そこからが問題だった。
「おい待ってくれ! ナコの恋の相手がコイツって嘘でしょ!?」
描かれていた少年の面影を、明人でだからこそ忘れるはずもない。
その法衣に代わって、半袖短パンのまさに少年といった格好の、罪深き少年を。
「だってこれ――まんまディクラじゃん!?」
明人は思わずその名を声を大にして叫んだ。
その少年こそ、明人の手で指を引き、弾きだした散弾で葬ったはずの――妖精王ディクラ・L・ルセーユ・シェバーハと瓜ふたつだったから。




