312話 Brave Protocol 9 前編
女性陣の声に耳を傾けつつ、クロトの膨れた胸を凝視しながら旅の予定を立てれば時間なんてあっという間。
いつしかしっぽりと男女が情愛的雰囲気に包まれる癒やしのヴァルハラで飲んでいれば、帰ってくる。
どいつもこいつも歯に物が挟まったような憂き目を浮かべて。
「……うちの引きこもり無職から聞いたのだが、知らないでおくらしいな?」
「まあね。積極的に知ろうとしないだけで、勝手に気づいたら……ごめんなさい? だけどさ」
風のない月夜の晩に閑静な街を並んで歩く音が2つだけ。
険しい表情で鉄を打つ技術者も、魔物を求めてやってくる冒険者も、他国からたびたびやってくる行商の者も。とうに寝床についている頃。
昼のあぶく弾けるような活況と溌刺に比べれば、耳が痛くなりそうなほどに涼やかだった。
石橋をコツリコツリと拍子を立てて歩けば、ちろちろと小川の音色が楽しい。
足元を流れるのは本流のヤーク川から他種と協力して無理くり引っ張ってきたという真新しい水路が流れている。川あるところに文明あり、魔法があっても地球とそう大きくは変わらない。
「して……先ほどまで私たちがなにをしていたのかも聞かぬのか?」
「話すのはタダだ。聞くのもだけどさ」
「……止めておこう。NPCには、いかんせん早すぎる話だ」
「えっ? もしかして物凄いエロい話なの? すごい興味湧いてきたんだけど」
このまま閨にむかうにしては、どうしても友の距離感。
つかず離れず。30cmほどのちょうどいい隙間を開けて、ひと呼吸で1歩くらいの早さで歩く。
明人は、今晩中に目的地にむかうため別行動をとるというヘルメリルの見送りにでている。
唐突だがもとよりイェレスタムで別れる手はずとなっていたため、特に不自然というわけではない。
「知らないでおくのか、そうかそうか」
蒼く仄暗い闇に、白くきめ細かな頬がフッ、と緩む。
「……よかった」と。目ざとい、もとい明人の耳ざとさはヘルメリルの安心を聞き逃してやらない。
横から見るとかなり起伏して揺れる2つの鞠が微かに降りるのがわかる。ひと安心といったところか。
先細った長耳がひく、ひく。歩く振動に合わせてドレスフリルもゴキゲンに揺れている。
――変に気を使わせちゃったよな。あとで気づかせてくれたエリーゼには、お礼を言っておこうか。
コツコツと骨を鳴らすようなヒールの音と、踵をこするスニーカーの音が重なる。
農夫の小汚い格好の青年と、夜に溶ける色合いの品のいいドレスの女性。人間とエルフ。操縦士と女王。
「…………」
改めると不思議な組み合わせ。明人はチラと大陸最強と謳われる魔法使いへ目のみをむけ観察する。
上へカールした長いまつげは髪と同じく漆黒、鮮紅色の瞳はエナメルのように光を孕む。
背筋は反るほどにしゃんと伸びて、やはり重いのか下側から腕で支えられた乳房は男だろうが女だろうが構わない。とにかく視線を奪う存在感を放つ。
2つの起伏を成熟の実りと呼ぶなら肢体は枝か。しかし柔弱と呼ぶには弱々しさがまるで足りない。この女王には、ソレはふさわしくない。
「なにをまじまじと見ている?」
視線に気づいたヘルメリルが前髪流して、明人を見上げた。
「いえ、なに……」と言いかけた明人は顔を反さない。再度むき合う。
「ヘルメリルは夜が似合うなって思っただけ。あと……おっぱいが凄いデカイ」
「ふ、ふふんっ! いまさらわかりきったことを言っても世辞にもならん!」
途端にヘルメリルは顎をくい、と上げた。
目はいつものように見下しがちに、白筒の喉をくっくと鳴らす。
「私は闇より生まれし漆黒の権化ぞ! そんな見え透いた賛辞、当たり前すぎて聞き飽きている!」
だけど頬はちょっぴり桃色だ。
耳もこれでもかと風を切って上下に振れている。
「……あー、ちょろいなぁ……」
目を酸っぱくした明人は、感情の起きどころがわからなくなった。
男友達は地球にも割と多くいた、今はいなくなってしまったが。
未経験の道半ば。揺れ動く思春期の心は穢れぬまま。
「して、そろそろ観念して私の側近になる覚悟くらいはできたのではないか?」
「だからそんな気を使わなくても良いって」
「……気を使う? なんの話だ? 私は貴様に気なんて使った覚えはないぞ」
「へいへい。あいかわらず素直じゃないねぇ……」
そんな彼女と、明人は適当に語らうのが控えめにいっても大好きだった。
強情で繊細。強気に見えて、すぐ落ち込む。
たまに覆い隠さぬ素の表情をするのもことも、強がっているところも可愛らしい。
きっとそれは明人だけでなく、彼女の国に住まうエルフたちも皆同じ感情を秘めているはず。
嬉しいときはうんと笑い、悲しいときは思い切りエルフ耳をしょげさせ、蜘蛛の巣にかかった蝶のように儚くも、必ず立ち上がる。そんなエルフの女王。
だからたまにだが、不意に女王とは思えぬ発言をすることがあった。
「一緒にいて心安らぐ者を近くに置こうとするのは変なのか?」
CDから聞こえる笛の旋律のような問いに、明人は言葉を詰まらせる。
「リリーもそうであろう? 貴様が近くにいると安らぐから求めている。……違うのか?」
斜め下から水晶のように澄んだ吸い込まれそうな瞳が2つ、ぱちくりと瞬く。
まるで子供が大人に性を問いかけるくらい罪なテンション。
動機もなければ、自分がなにを言っているのかすらわかっていない様子だ。ある意味で世間知らずともいえなくもない。
「ち、違わないけど……そういうのってその……なんだぁ?」
「なにをまごついている? 気持ち悪いぞ」
「あー、傷ついた。しばらく癒えないわコレ」
「……?」
そんな感じでいつものように生産性のない話に花を咲かせれば、街と荒野の境に至る。
貧弱な木の柵に、ようこそイェレスタムへと異世界文字で書かれたアーチ上の板が掲げられている。まるでアーケード街の入り口のような木の門。
そこをくぐればもう外だ。街への出禁をくらった四脚重機が無言で迎えてくれる。
「おーっす! 留守番ごくろうさん!」
明人が手を上げて気さくに挨拶しても当然のように無視されてしまう。失礼なヤツだ。
エンジンに火が灯っていない状態のワーカーは、どこか寂しげ。
両の手を垂らし深く体を沈め、5つのカメラも黒く瞼を閉じている。
ここは魔物の源泉である冥より遠いため誘いの森ほど気を張らなくても良い。
だから門番もいなければ強固で高い壁もいらない。
とはいえ油断をすれば、ゴブリンやらの雑魚という枠組みの魔物に奇襲されかねない。
気絶したなら拘束されて、起きたなら巣に攫われている。
つまり大陸のどこでも結果は変わらない。
夢を追って飛びだした者たちは、一瞬でも気を抜けば無限だった可能性を雑草の如く毟りとられる。
――いくら敵が弱いからって1人でこれ以上外にでるのはやめておこうか……。
街の外の開拓地のような荒れ地に、明人は不自然なぞくりとした寒気を覚えた。
肩にかけたもうひとつの相棒――ずしりと重いがはじめよりはかなり軽いRDIストライカー12を抱え直す。
魔法のように唱える必要のない銃弾。構え、指を折る。それだけで鉛の礫が面で敵の肉に潜り込んで死を送る。
難点があるとすればリボルバー式回転弾倉の中身は、体内マナのように回復しない。
実包は残り2と2発。
「クク、どうした? 久かたぶりに臆病風でも吹かれたような顔色をしているなぁ?」
コツリコツリ。明人の前に悠然と歩みでて振り返りザマの煽り。
ヘルメリルの意味深な笑みに当てられた彼は、いつの間にか胸板に引き寄せていた散弾銃を肩にぶら下げる。
「そっちがオレにお見送りを頼んだんだろ? 本当なら酒場で爆睡したリリティアとユエラを宿に送ってからオレも寝るつもりだったんだからな」
がっくりと項垂れた明人は、眠気が勝って返しにいつもの鋭さはない。
それでもいつもの気兼ねないやりとり。
しかしせっかく投げ返した球が返ってこない。
「……ヘルメリル?」
明人は、月光の下にたたずむ黒百合の如き影に首を傾げる。
やや距離を開けたヘルメリルの白い顔に紅く光る瞳は、真っ直ぐこちらをとらえたまま。
見下しもしなければ見上げもしない。背に夜をまとって同化する姿は、鳥肌がたつほど美しい。
「貴様に渡した水薬を覚えているな?」
思わず見惚れていた明人は声を聞いて我に返った。
腰の合成皮革素材のポーチの中に慌ただしく手を突っ込む。
「ださずとも良い。それは予備としてもっておけ」
そう言ってヘルメリルは、細首の辺りからドレスのなかへ手を入れる。
ごそごそと豊満な胸の谷間から、報酬とともに送られた物と同じ色の小瓶を抜きだす。
「ほれ」と。弧を描いて飛んでくる小瓶を明人は月明かりを頼りに受けとる。
透明な小瓶のなかで月を透かすような色の液体がちゃぷちゃぷと波打ち、微妙に汗ばんでいて生暖かい。
生々しい温度の小瓶を手に乗せ眉を渋くする明人に、ヘルメリルは仰々しくしなやかな手を差しだす。
「飲め。それは貴様専用に調合した空色の水薬だ」
「……オレ専用?」
「そうだ。良いから飲め」
「いや、薬効とか教えてくれない――」
「良いから飲め。今すぐこの場で飲め、すぐに飲め」
いつになく真剣な眼差しの女王からの仰せつけ。
違和感を感じつつ、明人はしばらく頭をボリボリと掻きむしったり、腕を組んで唸ってみたり。
だがヘルメリルの視線が逃してくれそうな感じではない。
まんじりともせず差し伸べた手をそのままに、こちらが水薬を飲むのを待っている。
だから明人もしょうがなく小瓶の蓋を開け、几帳面にズボンのポッケに仕舞う。
「オレ専用ねぇ……? ウコンエキスとか……――ッ!? まさか惚れ薬か!?」
「良いから早く飲め」
渾身の冗談をヘルメリルに軽く流され、明人は傷ついた。
彼女の与えてくれる物が毒な訳がない。そう信じていてもなかなか覚悟が決まらない。
小瓶の中身はブルーハワイのようにわざとらしくない、冬の空色のような蒼をしている。
匂いは草のようでいて自然的な香りもする。
「…………」
明人はおずおずとヘルメリルを一瞥した。
すると彼女は真剣な面もちでコクリと頷いてくる。
「ふぅー……よし、飲むぞ? 飲むからな? よーし飲むっ! ……の、飲むぞぉ!?」
回答がないことがこれほど辛いとは。
やりきれなくなった明人は意を決し、ひと息で空色の液体を口に含んだ。
「……ん? ――ッッッ!? ンンンッ!?」
感想は、苦いだ。
それ以上でも以下でもない、苦いだ。
凄い苦いもとい痛い、苦痛。
嘘をついて針千本を現実に飲まされたのかと思うほど、口内をじくじくと苦い痛みが襲う。
――まさかの劇薬!? あ、ダメだ!! これあれだ!! ダメなやつだッ!!
脂汗を額ににじませ、目を白黒させた明人の語彙力が死ぬ。
耐えきれず水薬を吐こうとした刹那。口を覆うよう暖かななにかが封をする。
「今飲んだのは貴様の能力を開花させるための薬だ。……絶対に吐くなよ? あとまだ飲むんじゃないぞ」
苦しみ藻掻いて意識がそぞろになっている間に近寄ったのか。
微笑のヘルメリルは「少々の荒療治だ」と、手で彼の口を塞いでいた。
――どうしろとッ!? あっ……舌が痺れてきたッ!
それから絹のような手が綿花をほぐすみたいに――もはや泣きそうな明人の――頬を、親指が愛でる。
「なあ、大バカモノよ。もし友であるならば……この私を心のヒダの奥底から信頼してはくれまいか?」
血のような赤い瞳がじわりと濡れ、どこか艶っぽい願い。
さらに頬に添えていた彼女の手が、彼の首の後ろへ蛇のように巻きついた。
「――ンッ!?」
突如体重をかけられた明人はバランスを崩し、前のめりに倒れる。
そしてあわや転倒するといったところで、極上の甘く柔らかな魅了に、埋まるほど包まれた。
2105.8.4(火)
偉大なる信徒と博【検閲済み】なる【検閲済み】よ
信徒50万の【検閲済み】よ
【検閲済み】の選ばれし者よ
人類をひいては僕を導いてくれ
共に未来を繋ごう
大国のアルド、極東のノア
西の【検閲済み】、北方の【検閲済み】
【検閲済み】、【検閲済み】
まだ終わってはいなかった
この地下ですごした30年は決して無駄ではなかったと社長と娘が僕に教えてくれた
これは人類と未知の戦争だと
だから星の海への出航までに優秀な遺伝子を選別しなくてはならないと
優秀なX染色体をもつ選ばれし者を選別しなければ
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《プログラムNo.3[][][]》
《特定情報の開示:坂場上級社員の日誌》【検閲済み】
《Critical Process Died》




