27話 【VS.】うつろいゆく道理に没す 下位の男
明人はワーカーをオートモードに戻し、月の下へと這い上がる。
ゆっくりと、なだらかな坂となったアームの感触を踏みしめて2人のいる部屋を目指した。
男は明人の姿を見てなにを勘違いしたのかニヤリと口角を吊り上げる。
「すごいじゃないか……! この鉄巨大はキミが魔法で生成したのかい?」
眩しそうに目を細めて唇をわなわなと震わせた。
明人はライトの光を背負うように佇み、心を暗くたぎらせて拳を握りしめる。
「そうだと言ったら?」
足元に捨てられているユエラが普段外出時に着ている外套を拾い上げ、羽織る。
「キミは下級魔法しか扱えない下位にとって、英雄になれだろう……が、しかし、キミには別の目的があように見えるね」
そう言って、男はこちらから目を逸らさずに自身の下で震える少女の胸を愛でるかのように撫で擦った。
男に対する嫌悪感と恐怖がいり混じったかのように真っ青な顔で彼女は苦悶の表情をさらに歪めている。
「いやっ……! あき、と……たすけて……!」
カタカタと鳴る歯の隙間から小刻みに助けを求めるユエラ。
「大丈夫。待っているみんなのところに必ず帰らせてあげるから」
明人は、あからさまな挑発を受けても僅かに頬を緩めて瞼を閉じる。そして外套のポケットに入っているワーカーのリモコンに手をかけて、小さく唱えた。
「認識コード840。スリープモードへ移行」
音声認識。すなわち地球の魔法というやつだった。
パツンと。ワーカーから眠りにつく音が響く。
それと同時。明人は瞬時に目を開き、男へと弾かれた弾丸の如く木床を蹴飛ばす。
「なにッ!」
男はLEDの突き刺さるような光を明人越しに直接見ていた。
なれば今、男の視界は粘りつくような闇が支配していることを予測しての奇襲をかける。
「いつまでもユエラに触ってんじゃねェッ!!」
速度と体重を乗せた渾身の拳が無防備な男の顔面を捉える。
「ギぁっ――!」
男は潰された虫のような声をあげ、もんどりをうってごろごろと奥の壁に激突した。
すかさず肩に下げているRDIストライカー12の銃口を、男の頭部へ狙いつける。
12ゲージの散弾銃。弾数は9と2発。ゴブリンに1発使っただけ。
「オマエには選択肢がいくつかある」
「がっ……! あがっ……!」
鼻からだくだくと血を吐き出す男を見据えて、なお明人は冷たく言い放つ。
初対面の変態に情をかける理由はない。
「ひとつ。ここからひとりで逃げ出すか」
右手の親指と中指を開いて男の意思を問う。
当然、人差し指は銃のトリガーにかかっていることはいうまでもない。
「ふたつ。エルフの救出部隊に捕まるか」
状況は一転して、生殺与奪の権利は文字通りこちらの手に渡った。
煮えたぎる怒りも臆病さと非力さも理解している明人にとっては、これが最善手。
「ぐっ、くっ……つまり、キミは上位によって使われる立場に身を置くわけだ。滑稽だよ。本当に滑稽だ!」
男は手でとめどなく溢れる鼻を押さえながら目を剥いて叫ぶ。
明人も、そんな息も絶え絶えで食らいついてくる初老の男に舌打ちを飛ばす。
あちらは魔法でこちらは地球の技術。確実に互いに知り得ないカードを持っていることは明らか。
「キミは知らないだろう……彼女はいわゆる混合種なのだ。エルフと下位の血のハーフではない!!」
「え……? い、意味がわかんないわっ!!」
男の言葉に、視界の底で縛られているユエラがぴくりと長耳を揺らす。
「ふふふ……キミはエルフと下位のミックスだッ! 容姿と魔力、そしておそらく寿命はエルフのもの! ならばひらめきは下位のものだ!」
「だからそれがハーフエルフなんじゃ……」
「ならば繁殖力はどうだ?」
男のねぶるような嗜虐の瞳を前に、ユエラは鞭で叩かれたように目を白黒させた。
撃ってしまおうか。明人は外から入ってくる風に外套の裾をはためかせて汗ばんだグリップを握りなおす。
つまり、ユエラは純血種の限界を超越した存在であると男は言いたいのだろう。著リリティアの本によれば、彼女のひらめいた自然魔法は自然への敬意と魔法への知識を掛け合わせることで性質変化を起こすものらしい。
ふと、明人の脳裏に淡い疑問が浮かんだ。下位の血を絶やす絶やさないの話は一旦脳から逃がすとして、大陸全体の発展を思えば共存こそあるべき姿なのではないかと。
ひらめきの下位、精霊のエルフ、技術のドワーフ。それいがいにもきっと多種多様な生き方が大陸に散らばっているに違いない。
「私は下位の血を絶やさせはしない! その子の体を使って未来の下位たちに繁栄と平和をもたらすのだよッ!」
「……それって使われる側から使う側になるだけだろ?」
明人の一言によって、男は一時停止をしたかの如く身を凍りつかせた。
風はやみ、薄暗い室内に耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。制圧の音すら聞こえないということはもうしばらくしたらリリティアがやってくるはずだ。ユエラの目にも緊張と疲労の色が見られる。
早く終わらせるかと、明人が銃のトリガーに力を込めようとしたその時だった。
「《ロープロテクト》!」