26話 宙間移民船造船用 4脚型双腕重機《ワーカー》 2
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嗅ぎ慣れた鉄と油の匂いと、エンジンの鼓動する振動。
中央のシートに座した明人は、保存用にとっておいた焼きゴブリンの肉を噛みちぎる。
筋張っていて火を通したにもかかわらずべちゃべちゃとした食感は、余すことなく不快。リリティアの絶品手料理と比べるなら天と地中ほどに差がある。
壁が迫ってくるような錯覚を覚えてしまうほどにワーカーの操縦室は窮屈だった。
明人は下方1面に表示されたリモートコントローラまでの距離を確認する。そして、常備灯ではなく夜間作業用のLEDライトを点灯させれば、前方横並び3面のモニターに朽ちた洋館が映し出される。
『な、なんだこれはッ!? ドワーフの鉄巨大かッ!!』
『敵襲だァ!!』
スピーカーを通して聞こえてくる声に反応してカメラを下に向ける。
するとワーカーの足元で男たちがてんやわんや。有象無象共が慌てふためいていた。
「騒がしいなぁ」
ワーカーを取り囲む黒髪短耳の男たち。
件の下位が世界に反逆の狼煙を上げるために結成したという救済の導か。洋館から次から次へと大急ぎで出てくる様子からそこそこ大きな犯罪集団なのだろう。
そして彼らはこちらにむかって手を掲げ、懸命に魔法でワーカーへの攻撃を試みている。
『《ローフレイム》!』
『《ローマジックアロー》!』
操縦室にすら響いてこない思わず眠ってしまいそうな魔法の数々が浴びせられた。
明人は、念のためハッチの上に立っているであろうリリティアに問いかける。
「本当にひとりで大丈夫?」
『当然です。なにせ剣聖ですから。なので、明人さんはユエラをどうかよろしくお願いします』
「了解。気をつけ……ああ、もう行っちゃった……」
明人が言い終わる前に、剣を片手に持ったリリティアがスカートをひらめかせてカメラの前を通り過ぎていった。
声こそ穏やかではあったが、ユエラを攫われてかなり頭にきているようである。
星空の下に木霊する下位たちの悲鳴をBGM替わりに、明人はモニターの端にある時計を見た。
前線より選抜されたというエルフ救出班との結託。そして救済の導の追跡を開始して2日。明人は運転の疲労で霞んだ目をこする。
ここはエルフ領とドワーフ領の国境沿い。そして、”過去の下位領”の一部。連中が隠れ住むには恰好の場所。魔法などで地形変化がされており、リモコンから位置情報を受信できていなければ発見することすら困難だった。
位置情報をリリティアに伝えればユエラ救出劇は即日のうちに終演となったであろう。しかし、救済の導という他種族誘拐集団の存在をリリティアから教わった彼は考えた。他種族誘拐。つまりユエラだけではなく、エルフたちの女性も攫われているはず。
ならば、エルフを巻き込むことで間接的にユエラの功績としてしまえと。救う側も救われた側も彼女に感謝するという完璧な作戦。しかも協力を申し出にむかった先で、タイミングよくユエラと取引をした男エルフと出会えたもの幸運だっただろう。
もともとは、明人が写真や食料などの入ったケースをリリティアの家に忘れたことがすべての始まり。
自身を留めようとするリリティアに対して、もう会わないなどとキザ臭い台詞を吐いた明人。いくら相互通信ができるリモコンが放置されているとはいえ、忘れ物を持ってきてくれなどと言えるはずもない。
だから、明人はハーフエルフであるユエラを頼った。彼女の帰宅時間に合わせてならば、邪魔者を追い出すついでに持ってきてくれるはずだと。
「結局はリリティアがぶっ飛んできたんだけどね……」
予想以上に早く静まりつつある外の状況をよそにうんざりとため息をついた明人は、マイクにむかって話しかける。
「救出部隊のみなさーん! 外の鎮圧は間もなく終了します! やっちゃってください!」
兵は神速を貴ぶとはいったもの。待っていましたと言わんばかりに、隠れ潜んでいたエルフたちがリリティアにつづいて洋館のなかへとなだれ込んでいく。
ここまでは明人とリリティアのたてた戦術の通り。この戦いで最も辛いのは、誘拐された女性たちを盾に逃亡を図られること。であれば、見たこともないであろう重機で思考能力を曇らせ、パニックをおこした隙に剣聖であるリリティアが率先して敵を叩く。彼女曰く、邪魔されなければ3分でかたがつくと言っていた。しかし、実際は1分もかからなかった。
さすがはユエラの代わりに通信を聞いた後、一瞬でサラサララの群生地まで駆けてきた彼女らしい型破りな実力だ。
そしてこの救出作戦はもはや大詰め。
明人は中途半端に開いていた上着のジッパーを喉元まで引き上げて、手早く大雑把なオートモードから精密作業に適したマニュアルモードに切り替える。
ワーカーの上半身を固定。右手で座席後方片側のアームリンカーを引っ張り出し初期位置を設定。足元にあるフットペダルで4脚を上へ上へ伸して高度を合わせる。
リモコンがとぎれとぎれに拾っていた会話で、どうやらユエラがひとりではないことだけを明人は把握している。
あとは浅く壁を剥がし隙を見てユエラを脱出させるか。敵の目を釘付けにしてリリティアと救出部隊の到着を待つ。これで任務は完遂だった。
「距離良し、高さ良し、クローは閉じて。よしっ、作業開始」
壁はメリメリと子気味の良い音をたてワーカーの2本の爪を呑み込んでいく。そして、鋼鉄の腕に拡張された穴を押し広げるように先端の爪を開けばビスケットのようにぼろぼろと崩れていく。
迷いやためらいのない正確で素早い重機捌き。戦闘力のない明人だが、ことこのルスラウス世界において操縦士として世界一の実力を持つに違いない。細やかなアームリンカーでの操作と、指先でくすぐるようにして緻密にレバーを操作する。
そして幾十もの破片に化けた無残に拡張された穴のむこうがわ。モニターに映しだされたのは鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くした初老の男。そして、その男に馬乗りにされて衣服を剥がれ胸元をあらわにさらけだすユエラの2人。
そのエメラルドと琥珀色の瞳からこぼれる雫はLEDの光を反射させて結晶のようにきらきらと、彼女の頬から流れ落ちる。明人は全身から滲みでる怒りに悶え、静かに決意した。
「…………っ!」
ぶん殴った後、死をもって償わせると。