19話 それなら、すべての罪の在り処とは?
「眠いのにわざわざごめん」
溶接用のマスクを前部を開いて、見下ろす形になってしまうが謝罪する。
「いえいえっ! なんかこう、その……ぶるふるぶるー! ばりばりばりー! って、見ていてとっても楽しいです!」
目を爛々ときらめかせたリリティアは興奮気味にまるで子供のように体で感動を表現した。腰に帯びた剣と大きな三つ編みも一緒になって跳ね回る。
「あんまり光を見ないようにね。目が悪くなるから」
「はいっ!」
明人は小躍りするリリティアに苦笑い見せて、作業に戻る。
ここはサラサララと呼ばれるススキのような植物が蔓延る草原。そして中央には、威風堂々と佇む明人の愛機と仲間のワーカーの残骸が無残に散らばっている。その脚部のみパーツが転がっていることから、”イージス隊”の面々は任務を終えたことが伺えた。
「さて、今日中には終わらせないと」
明人は、リリティアを護衛に連れてワーカーの修理にきていた。
とはいえ、修理はもう大詰めで、海の如く広がるサラサララに埋もれる予備部品は無駄はなく明人の愛機の一部として再利用されている。
がに股になった脚部の上に立ち、あて布のように鋼鉄に鋼鉄を溶接すれば不格好だが手当は完了だ。
どれほどの高さから落下したのか明人にすらわからないが、小さなクレーターのように抉れた地面を見れば相当な高さだったのだろう。明人には今生きていることが奇跡のように思えた。
4脚の1本1本を調べて、亀裂や関節部分の破損や駆動系に異常がないことを入念にチェックする。
「エンジンもCPUも正常。脚部も軽症で問題なし。さすが、国産は違うなぁ」
ぼそりと。年季の入った工場に務める手練の老技術者のようなことをこぼして、明人は溶接マスクを放り投げ、地面へと降り立つ。
「明人さん明人さん! この、わーかー? というのはいったいなにに使うものなんですかっ!」
興奮冷めやらぬといった風体で、リリティアがひらひらスカートをはためかせながら駆け寄ってくる。
溶接を始めてからというもの彼女のテンションが異様に高いのだ。明人がグラーグン王によって魔法を初めて見せられたときと比べて状況は雲泥の差だ。
「わー! 近くで見るとなおのことおっきいですねー!」
明人の隣でリリティアは熱く切なげな吐息をこぼしワーカーを仰ぎ見た。
なんども見ているはずだろうに溶接の光に当てられたのか、それとも世界の違いをようやくちゃんと認識したか。
明人も彼女に習い、鋼鉄の巨人を透かして空を見上げる。
「船って知ってる?」
「もちろんです。あの川や海に浮かべる船ですよね?」
「そうだけど、ちょっと違うんだ。これは星の海に浮かべる船を作るための機械なんだ」
「星の海……ですか?」
リリティアは瞳を潤ませ、小首を傾げる。
「そう。母なる大地から逃げ――旅立つために作られたでっかいでっかい方舟は空を飛ぶんだよ」
そして人々は方舟で宙を漂う。
「だけど、方舟には乗る資格のある人間と、ない人間がいた」
そして人々は大地に縛られた。滅びゆく運命に呑まれるようにして。
「残された人たちは絶望して、暖めあうかのように互いに身を寄せ合った。そして……いつか必ず訪れるはずの死に恐怖して、狂ったんだ」
戦う人間と戦わせる人間に分かれて。支配する人間と支配される人間に分かれて。
すべては人の業。最後まで力と権力を振るって生きるか、最後のときまで泥を這ってでも生きるか。それとも生を断つか。
「だからオレはここにいる」
明人は死にたくなかった、死ぬのが怖かった。そして、仲間の誰よりも死を恐れた。
でなければ、ルスラウスの世界に辿り着くことなどできうるはずもなかった。
瞼を閉じて、頬を撫でる風と降り注ぐ陽光に自身の生を見いだすと思わず目の奥がじわりと熱くなる。
「……明人……さん?」
「ははっ、ごめん。ちょっと湿っぽい話になったかも」
心配そうにこちらを見つめるリリティアを気づかうように明人は微笑み、それから伸びをする。
「ンーーーっ! よしっ! 修理完了ッ!」
修理が終わったということはユエラとの約束を果たすときが近いということだった。
しかし、明人にはまだ恩返しをしきれていないという心残りがある。今作っている棚程度で恩返しとは納得がいかない。もっと創意工夫を凝らした特別な贈り物によって、リリティアとユエラの2人に別れを告げたかった。
「明人さん。聞いて下さい……」
ふと隣を見れば、そこには吹き渡る風に髪を乗せた女性がいつもと異なった様子で佇んでいる。陽光に浮かぶリリティアの顔はどこか切なげで、不意に明人の心臓がとくりと鳴った。
「私は、貴方のことを家族として迎えても構わないのです。ヒュームと同等の短いときを生きる貴方の一生は、私たちにとっては一瞬のできごと。だから、きっとユエラも――」
「それ以上はダメだよ」
明人はその先を聞きたくなかったので、言葉の間に割って入る。
なぜならリリティアが、ユエラに明人との同居を願えば、間違いなく首を縦に振らざるを得ないと予想できたからだ。たとえそれがユエラの意思にそぐわなくとも、きっと、おそらく。
「……そう、ですよね」
顔に影を落とすリリティアを見ていられず、明人は目を逸らした。
偶然見えたのは、仲間の墓の材料にしようと思っていた鉄の残骸。一見すればただのガラクタだが、これらすべてが戦友の形見であり、明人にとって特別なもの。
明人は手で顎を撫でながら、考える。この鉄くずでなにか2人にとって利便性に優れるものが作れないかと。
料理に薬学に掃除と魔物。今までこのルスラウスで目撃してきたものが、ぐるぐると明人の頭のなかを駆け巡る。自分とって手間だったものとはなんだろう、と。
「……洗濯、水くみ……川? ――そうかあれを作れば1発で解決するじゃないか!」
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