170話 おまけに聖女の魔法が解けるまで
余を楽しむ
偽りなし
生涯を賭しての敗北は
少女に覚悟を与えた
いつかくるその日まで
笑っていられることを祈って
退屈な時間を終えたテレーレは、自室でドレスを脱ぐ。
もはや職務は職務足り得ない。
重ったるいアクセサリーやブローチのついた白のドレスは、だたのお飾り。レースのフリルが何重にも無駄に仕付けられているため歩き辛さは、折り紙つきだった。
「女王とは華やかでならぬと誰が決めたのたんですかね……」
王とは国民の顔役であることを知りつつもつい文句がこぼれてしまう。
跳ねる鼓動は侍女を待つ余裕もない。テレーレは、一刻も早く纏った女王の皮を脱ぎたかった。
上半身を締めつけるコルセットは、窮屈で腹回りがしぼられるため苦しい。
「華やかかもしれないですけど犠牲にするものも多いです……」
ぶつぶつ。不満を垂らしてテレーレは、すばやく背の紐を外した。
すると血の通りが良くなってじんわりと暖かい。手早くビスチェのホックも外すと一段と呼吸がしやすくなる。
するする肩紐がなだらかな肩から流れ落ちてしめつけ跡がついた新雪のような白い肌が露わになった。
誰にも見られていないとわかりながらもそそくさと適当なブラを引きだしから抜きだして、着用する。上に合わせて下も履き替えた。
使用済みの下着と王族のドレスを赤い絨毯の上に放り投げる。そして、羽根を広げるように両手を伸ばす。
「はぁー! 疲れましたー!」
日の指す部屋にあられもない姿の女性がひとり。
肉体的疲労と精神的疲労を実感しながらテレーレは、次の作業に移った。
脱いだのならば着る。天蓋付きのキングサイズベッドの上にたたまれている使用人服を手にとった。
肩がふっくらとしたワンピースを着始めると胸が躍る。ふりふりのエプロンをつけて女王がメイドに早変わり。パニエをつけたらなかまで見えてしまいそうなほどにスカートの丈は短い。
くるりと回って姿見の前でポーズを決めてみた。女王という重い責務から開放されたテレーレのテンションは、高い。
「ちょっと短すぎですかねぇ?」
高貴な身分だからこそ少し冒険したくなる。化粧をしないで外にもでたいし、ちょっと色気を匂わせたくもなるというもの。
これから行く先は、そんなしがらみをすべて発散できる場所だった。
「まあ? お尻をつきだして見えるくらいが丁度いいですよね?」
そう結論づけたテレーレは、胸を張って腰に手を当て偉そうに頷いた。
最後に化粧台の上に置いてあるはずのヘッドドレスを手にとろうとしてピタリと止まる。
「あー……明人様に乗っけたままでした……」
あれがなければメイドではない。信念に背くか悩んだテレーレの耳にある音が聞こえてきた。
それはルーフバルコニーに繋がる窓の向こうから聞こえてくる。
ほんの少しだけ冷静になって現実を見据えたテレーレは、窓を開いて城から聖都エーデレフェウスを見下ろす。
城から門を真っ直ぐ繋ぐメインロードから拍手喝采の喧騒が、まるで雄たけびのように鳴り響いていた。闘いに赴く王を称える銀糸の民たち。
その視線の集まる先には、兵と馬にまたがったグラーグン・フォアウト・ティールがいる。
すると、不意に部屋の扉が開いた。
察したテレーレは、来客を迎えるようにスカートの端をつまんで見せる。
「いらっしゃいませ。ご主人様」
部屋に入った途端うやうやしく挨拶されたエルフは、露骨に酸っぱい顔をした。
「テレーレ様。アナタが私の主なんですけど……。あとスカートが短すぎです」
「ふふっ、そうでしたっけ?」
解呪されてなお侍女として務める女性エルフにテレーレが控えめに微笑む。
頭を抱えたエルフは、絨毯の上に散らばった衣服を回収しながら報告する。
「グラーグンがヒューム領へと出発しました。ヒュームに抵抗の術はなし。ともなれば、残り3日といったところでしょうね。あとスカートが短すぎです」
「ですねぇ。抵抗しないでくれると死者も少なくて嬉しいのですが」
グラーグンは、ヒュームを恐れている。
その証拠に捕縛したヒューム族のすべてを自身の支配下である聖都に閉じ込めて、洗脳を施した。
そうやって、恐怖を与えることでヒュームが自発的に敵対することを縛っている。
例外として、保護下にあるアザムラーナの村だけは無事だった。
しかし、もはやテレーレが聖女の威光を失なったことで今より村も壊滅しようとしている。
国民の反対を聖女と女王の富と名誉で抑え込んだツテであろう。テレーレの声に耳を傾ける民は、もういない。双王は破綻し、今やグラーグンのみが支配者として認められている。
民に上に立つ立場の者を決める権利が与えられている。ならば、絶対上位主義であるグラーグンが王の座につくのも当然の結果。
時間がもうない。ないというのは、もうなくなってしまったということ。
エーテル族すべてに拡散した覇道の呪いは、ここに完成した。
「テレーレ様現実をお見据えになっては如何です?」
鼻歌交じりに部屋を練り歩くテレーレを見て、神経質そうなエルフは、よく整ったキツめの眉と長耳を吊り上げる。
神経質そうな大人びた顔をしているが、中身も実に神経質。丈が長くもシワひとつないよく手入れの行き届いた使用人の服を見れば一目瞭然だった。
しかし、堅苦しいがときおり見せる柔らかな顔はとても愛らしい。長い付き合いの古き友をテレーレは、好意の目で見ている。
「そんな悠長に構えていていいのですか? 間もなく……建設が完了します」
静かなれど突き刺すような氷の如き視線が突き刺さった。
カンカントントン。ふたりの会話に混ざる雑音。乾いた音を立てて窓の外、城前の広場では、工事が行われている。
そのおぞましい音を耳で感じながらも楽しくてしょうがない。ふとももでスカートを蹴るようにしてぐるぐると円を描いた。あの森にいけば楽しいことがたくさんある。
「種は蒔き終わりました?」
「はい。種、複製した模倣品のすべてを奴隷街にバラ撒きました」
「ならば、大丈夫です。あとは、目覚めた奴隷たちと次の私がなんとかしてくれるはずです」
次の私。その言葉を聞いた途端に侍女のエルフ、ミリーナ・ティールの表情がどんよりと曇る。
長耳はしおれて引き結んだ唇からは、悔しさが滲みでていた。
グラーグンの敷いた圧政によって奴隷街に捕縛された者は数知れず。洗脳魔法をかけられて不自由な身で強制労働を強いられている。
聖都とは、もはや名ばかり。栄えあるメインロードから180度ひっくり返してみれば、そこは奴隷と腐敗あふれかえる奴隷街となっていた。
背の高い城から見れば一目瞭然。前に昼がるのは穏やかで偽りの白で裏は、化けの皮が剥がれた小汚らしい黒の2色に分けられた。
都は、まるで双王のように裏と表になっている。
覇道の呪いによって民は、他種族を差別するグラーグン王を慕う。転じて、聖女であるテレーレは失墜していった。
着の身着のままでテレーレは、まとめられたカーテンの下に描かれている転移魔法陣の上に立つ。
ウキウキが止まらない。今日は一体どんな楽しいことができるのだろう。どんな美しい物を見せてくれるのだろう。
「お逃げには……ならないのですね……」
そんなテレーレの横をするりと抜けてミリーナは、ぽつりと消え入りそうな声を漏らした。
足元の転移魔法陣が煌めきはじめる。浮足立つテレーレでも流石にミリーナをそのままにしてはおかない。
その悲しげな横顔にゆるく微笑んだ。まるですべてをかなぐり捨ててしまったかのような透明な笑顔。
例えメイドに化けていたとしても聖女の名に恥じない包み込むような笑顔だった。
「私が逃げれば聖女の真価が下がります。そうなれば次に生まれてくる私は、きっとエーテルの民から敵とみなされますね。それがわかっているからグラーグンもこうして私を放っているんです」
「っ……!」
ミリーナが顔を真っ赤にして睨んだ先には、広場がある。
物見やぐらのような背が高い塔は、広々とした広場で観衆の注目を集めるためのもの。曲がってしまった聖女を転身させて記憶をリセットをするための処刑台。呪われた民たちに異を唱えるものは、いない。
そして次に大陸に住まうヒュームたちを捕縛し終えたグラーグンが再び聖都の地を踏んだときに刃は、落ちることになるだろう。
「そんなに怖い顔はしないで下さい。ミリーナは、私が調べ上げた研究の成果を次の私に託すだけ。そうなれば自由の身です。今頃、アナタの暮らしていた村は素敵な笑顔であふれていますよ」
聖女のシステムは、覇道のシステムとよく似ている。違いがあるとするならば記憶を持ち越せるか否かだけ。
異常なまでにヒュームへの執着心を燃やすのも過去の記憶を持ち越しているからだろう。
ヒュームは弱い。しかし、天性的なひらめきの能力がある。だからこそ規格外の能力をその身で理解している者は、恐れる。
終わりなき闘いにつけ入る隙があるとするならばそこだ。そうテレーレは、考えた。
しかし、もう時間切れ。あとは、生涯を覇道の呪いの抑制に努めた以上に自由を謳歌する。叶えられなかった清純な世界に目を向けて、勇敢な英雄たちと余生を共にする。
この世界に生まれて、生きたことを終わりまで楽しんで、笑って、楽しい記憶のまま次の聖女へとバトンを渡せるように。
「今回は私の負けです。ですが、次回に未来を託します」
ふっくらとした衣服の肩を震わせるだけでミリーナは、返事を返そうとしない。
美しい若葉色のショートヘアーが顔を隠してうつむいたまま。
最後まで付き従ってくれた愛する侍女を見てテレーレは、魔法陣から離れた。そして背を優しく抱きしめる。
「……アナタにも未来を託します。願わくば正された世界で、もう一度私の友であってください」
……………
でもやっぱり語られないからSSのコーナー
……………
「では! 私は誘いの森に向かいます!」
「テレーレ様。……おまちを」
「はい?」
「スカートが短すぎます」
「いえいえ、これくらいがちょうどいいと思うんです」
「その根拠は如何で?」
「ユエラもこれくらいですっ」
「……あの痴女混血と張り合わないで下さい」
「ち、じょ……?」キョトン
「いえ、なにも」スンッ
「けっこう動きやすいですよ?」
「それだけ短かったら履いてても履いてなくても変わりません……」
「……むーっ?」
「なぜはじめに渡したのは普通だったのにそんなに短くなってるんですか?」
「切りました! その場のテンションで!」
「…………」ジトー
「これでも日々調整しながら繕ったんですけどねー……」
「はぁ……。後で膝上辺りの衣服を用意します」
「いえ、せめて股下で調整して下さい」
「それがいけないって言ってるんですよ! なぜ剣聖様の側をマネなかったんですか!?」
「うーん……リリーはちょっと遊びがなさすぎて……」
「ぐっ……! 交友相手が両極端だったかぁ……!」




