17話 それならこの子に贈り物を
2章のスタートです!
「ふぅ……薪割りも洗濯もこれで終わりだし今日はなにをしようかしらっ!」
今日は2日に1度の洗濯の日だった。先日購入してもらった中世風の衣服をにを包み額の汗を袖で爽快に拭う。
干し終わった馴染みのあるジャケットやジーンズを見て、舟生明人は主夫としての達成感を見出していた。
空気は澄んでいて、洗濯したばかりの最後の1枚を空にかざせば穏やかな陽光が眩しくて思わず目を細める。
「んーっ! 絶好の洗濯日和とはいったものだな! これならば夕方にはカラッと乾くはずだ!」
「ねえ、私のパンツを掲げながら見ながら無駄に元気だすの止めてもらえる?」
耳に入ってきた声に反応して手元を見れば、女性用パンツが1枚。
薄緑色で小ぶりの薄布を晴天の風に晒すが如く竿に引っ掛ければ今日の仕事の大半は終わりだった。
明人は、庭先の木陰の下でなにやらもそもそとクッキーモドキを頬張りながら作業している少女に声をかける。
「ユエラさん。もう少しこう……スキャンティな感じじゃなくてノーマルなパンティを履いてはいかが?」
「そんなのこの身の問題じゃない。それにアンタには関係ない話でしょ」
「……まあそうなんだけどねぇ」
型崩れのないよう丁寧に干された下着を、特になんの感情も持たずに見渡せば股上の余裕のないデザインばかり。持ち主のスカートの短さもあいまってかなり危険な臭いがする。
事実、胡座をかいて薬の調合をしているユエラ・アンダーウッドのいるほうに目をむければなんの努力もなく晒された健康的な太ももが拝めてしまう。
エロスとは偶然の産物であるから崇高なものなのであって漫然と日常にあふれていいものではない、というのが明人の持論だった。無論、この事態は同居人が明人という居候に男性を意識ことが原因だろう。
「チッ……ったくうっとうしいわねぇ……」
そんな不躾な質問をされてもユエラは軽く舌打ちをして、淡々と股に挟んだすり鉢に薬草を投げ入れていく。
数日、同じ屋根の下で暮らしているにも関わらず明人とユエラのの距離はいっこうに縮まる気配はない。
それでも、どれほど蔑ろにされてようが明人はユエラを嫌いになれなかった。彼女の凄惨な過去を思えば、この程度の悪態など明人にとって蚊に刺されたも同然。今もなおこうして仲間に受け入れられるために身を粉にして働く彼女は荒野に咲く1輪の花の如く美しく見えた。
「あぁ…………ユエラって……意外とまつげ長いんだねぇ」
なので、からかう。
「ッッッ――! きっしょくわるいわねっ! 聖都に出かけてからなんかアンタうざいわ!」
案の定エルフ特有の長耳を逆立ててユエラは激怒した。
明人は明人でルスラウス大陸とかいうヘンテコ異世界にやってきたころと比べれば幾分かの余裕が芽生えていた。
息を荒立てるユエラを無視してログハウスのデッキに籠を放り、仕事道具を庭に運び出す。家事は終わった今、昼食までは仕事の時間だ。
「さて」
先日エーテル族の聖都エーデレフェウスに赴いたのは、なにもクッキーの材料と明人の衣服だけのためではない。
真新しい、だが明人にとってはアンティークな工具を地面に並べて袖を捲れば主夫ではなくひとりの技術者へ変貌を遂げる。
「よっこら……しょっと!」
作りかけの大きな四角い枠組みを起こし、睨みつけるようにして完成品を思い描く。
機械加工や重機の修理などで培われた知識を総導入して木工に勤しむ。
当時は死んだ魚のような目で取り組んでいたことも、こうして実用に足るのならば無駄ではなかったということ。
ルスラウス大陸にも技術に長けたものは当然いるだろうし、悲しいことに明人は特別優秀というわけでもない。
しかし、ことこの”誘いの森”という大陸の端っこにある僻地でならば技術を武器に猛威を振るうことができた。
「ねえ、昨日から気になってたんだけど……アンタなに作ってるの?」
ふと隣を見ればユエラが立っていた。今は集中をしていたが、明人が彼女の接近に気づけないことは珍しくもない。時折、竹のように艷やかで深い緑色をした髪は森に溶け込んでしまうほどに自然で気配すら消してしまう。これは希少とされるハーフエルフ特有の力なのかもしれない。
そんなユエラは後ろ手に屈んで作りかけの品を見ながら目を瞬かせている。
「棚だよ。物とかを並べられるやつ」
「ふーん……でもリビングにはすでにあるわよ? 食器もそれほど多くないし必要なのそれ?」
まだ家主とふたりで暮らしていたことが癖になっているのか、ユエラは言い淀んだ。
しかしそんな彼女に明人は嫌味にならぬようやんわりと微笑みかける。
「これはユエラの部屋に置くための棚だよ。薬師の仕事で使う粉とか置いて置けるようにね」
「へっ?」
そう教えてやれば、ユエラは素早くこちらに振り向く。そしてなにを口にするでもなく低い位置から左右異なる彩色の瞳が揺れた。
ユエラの部屋は多種多様の道具や植物で埋め尽くされている。安直にいうならば散らかりすぎている。
年頃の少女とは違ってそれらすべてが仕事道具だというのだから、明人にとってせめてもの気遣いだった。
「いらない?」
明人は首を傾げつつニヤリと笑う。
「いや、でも――あっ! そうやって私を懐柔するつもりね!?」
戸惑いを隠したいのか、ユエラは長髪を垂らすようにして屈んだ姿勢のままキッとこちらを睨みつけてくる。
同居人なのだから仲良くなれるに越したことはないが、と明人も少し考えて、彼女の言うことも一理あると捉える。
言葉を選ばなければ他意の親切と懐柔は同義か。かといって、それを愚直に伝えるのも頬がむず痒くなるというもの。
「あの部屋……掃除が大変なんだよねぇ……」
明人はわざとらしくうなだれてみせる。ちなみにこれは掃除と担当する彼とって混じりっけなしの本心なので嘘はついていない。
「わ、わるかったわねっ! さっさと作りなさいよ! もし変な棚だったらぶち壊してやるんだから!」
ユエラは虚を突かれたのか頬を桜色に染め、悪態をつくと、足早に木陰に戻っていく。それがどうにも面白くて明人は思わず吹き出した。
「ははっ――さてっ!ご注文通り頑張りましょうか!」
使ってもらえるとわかればやる気もひとしおに湧くというもの。明人は気合入れ直し袖も捲りなおした。
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