168話 おまけにキミは友だち
辿り着いた目的地
すべては神のため
龍の心は
もう枯れた
助けられぬ悲しみと
曇りを胸に
キミは美しいと言う
長い廊下を抜けて辿り着いた先は、劇中絵のような幻想的風景が広がっていた。
水音に反射する洞穴には、外からの光が漏れてまるで写し鏡のよう。そこから流れ込む青く澄んだ水が池を作って、入ってくる風もひんやりと冷たい。蛍のように淡く幼い光が周囲を漂っている。
そんな幻想的な景観を前にしてテレーレは、目を真っ赤にしてフチに涙を溜めて花開くように笑う。
「こんな、こんなキレイな景色があるなんて……!」
ぐしぐし。繋がっていない方の手で涙を拭ってもう一度辺りを見渡す。
感動を噛みしめるように一文字に閉じた薄い唇の横を光の筋が通り抜ける。
「リリーの言ったとおりですっ……! この世界は……宝石箱のように……こんなにも美しいなんて……!」
感涙を流すメイドを眺めてパーティーは、互いを見合って薄く微笑んだ。
明人から手より飛び立ったひな鳥は、たまらずといった様子で花畑のときのように駆けだす。その後にジャハルとニーヤもつづいた。
浅い水場をぱちゃぱちゃと踏んでメイドと獣は、楽しげにはしゃぐ。氷面で踊る少女たちは、まるで氷面で踊る妖精のようにキラキラと輝いていた。
奇しくもとり残された男たちは、白光に光り輝くキワでその様子を微笑ましげに眺める。
長身のムルガルが片膝をつく。
「この足場となっている物がダモクレス鉱石と呼ばれる石だ。好きなだけもっていけばいい」
輝く白い岩の上に線をつくる赤い髪がふさりとかぶさる。
おもむろに拳を下へ打ち込むとキワの端がごっそりと砕けてとれた。
「この状態では、まだ脆い。剣を作りたくばもっと熱して純度を高めろ。そうすればおのずと色も銀へと変わる」
そう言って、血色の悪い唇をすぼめるとそこから黄色い炎が舞い上がった。
すべらかな白い手と一緒にジリジリとやがれた白い結晶のような鉱石が、段々と小さく、そしてネズミ色の輝きを帯びていく。
「これをさらに叩いて繋いで加工すればダモクレス製の剣となる。使い手が魔法を熟知していればこの剣はさらに高度を増す。剣に精製してからも熱したら熱しただけ鋭くなる」
淡々とした抑揚のない冷たい声。それでもかなりわかりやすい説明だった。
正体を明かした明人は、突然悠長に話すようになったムルガルの心境の変化がわからないでいた。
「あ、ありがとうございます」
礼を告げて頭を下げようとすると手によって制される。
「もっと気さくに話せ。世界を呪いから開放してくれたことを感謝する。蒼と名づけられし異界の民」
耳に届いたのは、低くも微かに喜びに富んだ声だった。ムルガルが女性のようになめらかな頬をゆるめてこちらを見ている。
見ようによって美人の如き中性的顔立ちは、笑うとさらに美しい。
だから明人も、笑んでみせた。人も含めて民としてくれた親愛なる龍へ。
「それなら、明人って呼んでくれていい。それにあんまり2つ名呼びは好きじゃない」
癒やしのヴァルハラにてほろほろに酔った仲間たちにつけられた名前は、嫌いではない。
しかし、そう呼ばれるとなんだか足をくすぐられるようでむず痒かった。
カチャリ。革鎧の金具を鳴らしたムルガルは、体を開くように明人と向き合った。
「今ならば……白が龍のもとに帰りたがらなかった理由もわかる。この世界は美しい」
龍は、基本的に外にでない。隔離された世界で生きて子を産み落として死ぬ。それは、定められた龍の道理だった。
道理に反する龍を龍は、良しとしない。しかしそれでもリリティアは、死を拒みつづけていたという。
それから英雄たちに敗北したリリティアは、野に下って世界を知ってしまった。その上、帰らぬだけではもの足りずに守るべき神の敬愛する民を無差別に襲った。
よって、血の盟約という|楔を打たれて自由を奪われた。
それを知った明人は、こう考える。
龍たちは自由を奪うことで死を思わせようとしたのではないか、と。
「同感だよ。オレのいた世界よりももっとずっと良い世界だ」
リリティアと同様、世界に心を惹かれたムルガルに少しだけ心を開いた気がした。
それはきっと、リリティアと意見を共有する同種がいたことが嬉しいからかもしれない。
「巣にいた頃は、あんなにも臆病者だと卑下したがな。今は、自由を手に入れた白が少々うらやましい」
無邪気にはしゃぐ花を見つめるムルガルの瞳は、優しげで、悲しげ。
魔物の殲滅が終わった今となっては、もう数日でドラゴンクレーターに帰らねばならない。
そんな命の恩人に明人は、言葉をかけることができなかった。
知ろうとせずとも知ってしまうこともある。そしてそういうときは、必ずといっていいほど知ったことを後悔する。
龍は、その強大な力を持つがゆえに神に力を捧げなくてはならない。そしてそれは、神だけではなくルスラウス大陸のためでもあると信じられている。
定められた種族の伝統を、儀式を否定する行為は、明人に迷いを産み落とした。喉に小骨が引っかかったような、否定の感覚。
言うか言わざるか。迷う明人の肩に頼もしい毛むくじゃらの手が据え置かれる。
「道理は道理だ。貴様が迷う気もわからんではない。だが、龍が龍玉に力を捧げるのは……決まりなのだ」
カラムは王然とした堂々たるたたずまいで、灰色の毛をたてがみの如くなびかせて静かに唸った。
龍玉。それこそが龍に与えられた神より賜りし宝物だ。
冥界より与えられたそれは、力を持つものの生を吸って力を貯めるものという。
――ひどいな……。なんだよそのクソ宝物……。
明人は、複雑な感情を抱えて目を伏せた。
これは、戦争とは違う。枠から外れた人間という外部種族が口を挟んでいい問題ではなかった。
もしかすれば、ムルガルが出会い頭に決闘を求めたのもこの世界で生きたいという執着だったのかもしれない。
だから明人は、手を伸ばす。龍ではなくムルガルに。
「こうして出会えたことに感謝するよ」
差しだし開かれた手をムルガルは、不審げに目を細めて首を傾けた。
「……なんだこれは?」
燃える髪は、揺らめいて散る。
散った炎の如き光は、薄れて何処へと消えていく。
「握手だよ。手と手を握りあう行為だ」
「先ほどオマエと聖女がやっていたものか?」
肩をすくめた明人は、ちょこんと乗ったホワイトプリムごと頭を横に振る。
「アレとは違う。これは、シェイクハンド。言ってみれば友だちとするものだ」
「友……? 友だち、か。オマエと俺が友だち……」
ぶつぶつ。痩せこけてなおなめらかな指をシャープな顎に添えたムルガルは、幾度も友だちと唱えた。
「イヤだったか?」
「いや、そうではない。奇異な者もいると思ってな」
そう言って1人とひとりは、がっしと手を結ぶ。
花の香りがする大きな手と暖かな骨ばった手を結ぶ。
「もう会うことはないかもしれないぞ?」
「それでもいいさ。こうして繋げた縁は、そう簡単には切れない。たとえ死が分かつとしても縁は残る。記憶として」
「そうか。そういう考え方もあるのか」
明人は、自身の過去をムルガルに見る。
死に怯えて、もがき苦しみ震えていたときに差し伸べられた救い。それは、繋がった縁が与えてくれた優しさ。
仲間の姿をこのルスラウスの大地に刻んで貰えるだけでどれほど心が軽くなったか。定められた死を乗り越えた。例え救えなくとも救いたいと願う心。
顔をくしゃりと歪めて歯を見せる明人をムルガルは、無表情に眺める。
そして本当に少しだけ、つられるようにして笑った。
そんな友情を確かめる人間と龍の横で狼もみずみずしい鼻をぺろりと舐めて笑う。
「白――いや、外での名はリリティアだったか。あれに伝えて貰いたいことがある」
手を解いたムルガルは、可憐な女性たちをレンズ越しにもう一度紅の瞳に納める。
「この世界はお前の言うようにとても美しかった、とな」
出会いがあれば別れがある。
明人は、その意気揚々と微笑む龍の横顔を決して忘れぬよう、心に閉じ込めた。
それから依頼の品、ダモクレス鉱石を男たちと重機だけで採掘し、別れを済ませる。
種と種が混ざり合う神秘なる空間を切りとると、龍をまじえていつまでも高いと低いの2色の声が響いていた。
……………
「また会いたいものだ。異界よりきたり人なる弱くも勇敢な友よ」
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