15話 どうせ所有物なら……えーっ?
明人に死の恐怖を植え付けたグラーグン王だった。
それを魔法でいとも容易く救ったのは隣りにいるテレーレである。
見た目は若く、幼さを残した顔立ちの彼女は圧倒的な強者であろうことが伺えた。
しかしそれでも明人にはこの世界で信頼が置ける人物がもういない。だから彼女の力添えは必要不可欠だった。
「……へ? に、んげん、ですか?」
しかしそんな話をやすやすと信じられるはずもなく。
テレーレはぴくりと肩を揺らして小首を傾げた。
あれだけ近かった距離がどんどん開いていく。しかしこちらとて引くわけにはいかない。明人も負けじと距離を詰める。
「信じて下さいッ!」
「わわ、わ?! そ、そんなことを急に言われましてもですね!?」
明人はもはやなりふりかまっていられずに迫った
するとてレーレは両手をぱたぱたと振って迫りくる不審な男を必死に抵抗する。
そしてメイドは傍観するのみ。
どうすれば信頼を勝ちとれる。足りない頭で考え、明人は両手でテレーレの片方の手を包み込み、懇願する。
「お願いです! ちょっとだけでいいんです!」
「ふ、ふにゅ~さん! おっ、落ち着いてくださいッ!」
「自分は冷静ですッ! ですが、あなたが信用してくれるまでこの手は決して離しません!」
ぐっと。額に汗を浮かべて仰け反るように逃げるテレーレに顔を近づけた。
もはや互いの鼻と鼻がぶつかるかという接近戦。そこまでしてでも明人には聞かねばならぬことがあった。
「ひ、ひぁっ――う、《ウォーター》!!」
「――ゲェッ!?」
次の瞬間。尋常ではない量の水がテレーレの手から吹きだした。
それはまるで放水車から発せられる水の如く。明人は紙のように壁に貼りついた。
○○○○○
「と、これが下位という種族です。そしてここエーデレフェウスで奴隷として働いている8割が……下位の方々です……」
そう言ってテレーレは唇を結び華奢な肩を震わせて膝上にのせた手を握りしめる。
彼女が語ってくれた下位と呼ばれる種族は、このルスラウスで最初に戦争を始め他種族を蹂躙すべく奴隷制を作り上げた者たちだという。
「…………」
愚かで傲慢が故に他種族から虐げられる立場にまで落ちた種族らしい。
明人にはその種族が自分と同じ人間とは考えられなかった。
「しかし、100年程度の短い時を生きる彼らは他種族と違い、ひらめきという力で革新的な技術を生み出した種族でもあります」
下位を除いたこの世界の平均寿命は実質無限とは開いた口が塞がらない。しかしてそのぶん下位と比べ繁殖能力が極端に低いらしい。この世界の基準に当てはめるのならば人の繁殖能力が極端に多いといったほうが正しいだろう。
「ありがとうございます。大変参考になりました。長い時間付き合わせてしまってごめんなさい」
「いえこちらこそ、その……びしょびしょにしてしまって申し訳ありませんでした」
数人のメイドが濡れてしまった部屋の掃除をしていた
その横で、向かい合うように座った明人とテレーレは互いに深々と頭を下げ合う。
結論からいえば、明人が1人でこの世界を生きぬくことは非常に困難だということ。他種族と魔物に命を脅かされながら粛々と隠れ住むしかなさそうだった。
この豊かな街並みを垣間見てしまった明人には、平等を唱える女王テレーレを待つという考えはない。他種族に対して排他的なグラーグン王が支持されて当然。なにしろ繁栄している先に平等である理由がないのだ。
「あの……私からもひとつよろしいでしょうか?」
高級そうなドレスに包まれた胸元へ手を添えてテレーレが意を決したかのように口を開く。
明人に向けるその目は真剣そのもの。しかも明人にとってもこれほど情報を与えてくれたのだから質問を拒否をする理由はない。
「はい。答えられることならばなんでも答えます」
「ありがとうございます」
ぺこり、と。てレーレは礼儀正しく会釈程度にティアラののった頭を下げた。
いっぽうの非道な王とはえらい違いだった。しかし彼女にとって明人は、リリティアによって所持されているだけの下位にしか見えないはずだ。それにも関わらずこれほど気をかけてくれる理由がわからない。
「実は今回の謁見を許可するにあたってグラーグン王はリリティア様に条件をだしました」
「……条件?」
いわれてみれば確かにそうだ。ぶらりと種を束ねる王と顔を合わせるなどできるはずがない。
しかしやはり穏やかではない単語に、明人は思わず眉をひそめる。
「はい。なので私も人間、つまるところ貴方様を見極めるための場をこうして設けていただくことを条件とさせていただきました」
テレーレは地球の世界の支配種を指す単語を口にする。
つまりはすべてはリリティアを通してすでに知られていたということ。
数分前にしでかしたテレーレに押し迫るという不敬を明人は激しく後悔した。
「そして、貴方という存在を見極めた上でふにゅ~さんにお願いがあります」
その威厳に満ちた口調はやはり女王。テレーレの纏った高貴さに当てられ、明人も背を伸ばして姿勢を正し自らの罪を恥じた。舟生ではなく明人と呼んでもらうべきだったと。
「私が見守れないかわりに、貴方が大切な友人たちを守ってあげて下さい。どうかよろしくお願いします」
そして、テレーレは立ち上がり部屋を出ていこうとする。
「ちょッ――ちょっと待って下さい! オレはひとりで生きていくつもりです! オレはリリティアの所有物なんかじゃありません!」
咄嗟に明人も立ち上がり彼女の願いを叶えられないことを告げると、その足がピタリと止まる。
振り返ったテレーレはほんのりと微笑むと、唇の前に細長い人差し指を立てる。
「ふふっ、勘違いなさっているようですがあの方は手を繋ぐのが大好きなだけですよ」
そう言って彼女は部屋を後にした。