140話 とっても暴力的なネゴシエイター
友だちの友だち
もし友だちが消えてしまったら
商売エルフと童貞
闘いにすらならず
「ほーん。じゃあ3日後には前線で闘うんだな」
「そうなのよねぇ……。でも、なんでか緊張感がないのよ……」
「剣聖様に、語らず様に、双腕様に、にゃにゃにゃ様がいるんだろ? L クラスがほぼ一堂に会するとなりゃなぁ」
落葉が覆いかぶさったふかふかの地べたに腰を下ろしてのんびり。
明人たちは、剣聖の買い物が終わるまで座して待つことにした。
肌を撫でる風はひんやりとしていて、吹かれた葉は歌い、虫たちもそれにつづいて羽を鳴らす。自然と求愛の合唱は、市場より移ろいゆくエルフたちの喧騒を冷ますかの如き穏やかさ。
削りだしのような薄い雲の後ろで赤を溶かしこんだ夜が、葉の斑の向こうで濃くなっていく。神を抽象するという蒼月も星を引き連れて空に浮かべば外界は、優しい青に染まる。
店じまいをはじめる者もちらほらとではじめた。まばらになった市場は、祭り後のように少し淋しげ。
小さなエルフと獣の少女も、村道の上でボールのように膨れた腹を満足そうに撫でている。
そんなふたりを遠巻きに眺める明人は、この後晩ご飯があるのになぁと、思いを巡らす。恐らく、家主の手によって作られすぎた料理の処理は人間の仕事となるだろう。
ふと、その時。市場のなかから白鳥がせかせかと大きな三つ編みを揺らして走ってきた。
談笑していたユエラは、ぴこりと長耳を震わせる。
「あら? こっちに向かってきてるのってリリティアじゃない? 剣もってないけどどうしたのかしら?」
次いで隣のチャルナも同様に。
「おぉっ! マジだ! いつ見てもキレーなお方だなー!」
有名人を見て驚きすくむが如く爛々と目を輝かせた。
はたはたと白いスカートが波を打たせながらリリティアは、エルフのなかをすり抜けてくる。
「ユエラー! 私、お金をもち歩く習慣がないの忘れてました!」
「あー……それで剣が買えなかったわけね……」
そう言って、ユエラは立ち上がりながら外套の後ろで尻についた葉をぱっぱと落とした。
誘いの森では基本的に金は必要ない。自給自足の生活のなかで、リリティアはおろか明人ですら普段から金をもち歩くことはない。
ときどきウッドアイランド村や、ドワーフ領にある山颪の街イェレスタムで日用品を買い込んだり飲み食いをすることはある。
家のなかでもっとも俗世慣れしているのは、稼ぎ頭の薬師だった。
「まったくしょうがな――ちょぉっ!? なになになに!?」
そして、リリティアは近づいてきたユエラをいとも容易く、ひょいと抱え上げた。
肩にかつがれたユエラは、めくれ上がった外套の下で必死に短いスカートを押さえる。突きだされた尻は空に浮かぶ満月にも負けず豊満。
「よいしょ。もうお店閉めちゃうみたいなんでユエラごともっていきますね」
走ってきたにも関わらず息切れひとつない。
リリティアは、ニッコリと微笑んで軽く、高く、宙へ舞い上がった。
「ちょっとまっ――ひいいいやああああ!?」
白い風にさらわれたユエラの悲鳴は、尾を引いてみるみるうちに遠ざかり、誘拐が完了する。
まるでハリケーンのように突発的な光景をさも日常のように明人は、眺めた。この程度でもう驚かないくらいにはルスラウス世界に慣れてきている。
残された1人とひとり。友だちの友だちとシートを挟んでふたりきり。
さきほどまでの姦しさとは打って変わって水を打ったような静寂へ。
市場が静まりもあいまって気まずさは段違いだった。
「さっきは熱くなってごめんな」
明人が店に陳列されているイチョウの葉のような薬草を拾って手慰みをしていると、チャルナがお気楽に語りかけてくる。
エルフは人間にとって皆美しい。彫像のようなメリハリがくっきりとした顔立ちに芝のように若葉色の長いまつ毛。短尺のボトムスから生える年相応に膨よかな足回りは、日が落ちても白く輝く。
意識せぬよう目を逸らした明人は、礼をいう。当然、猫をかぶって。
「気にしなくていいよ。ユエラのことを心配してやってくれてありがとう」
これには柔肌の感触を楽しませてくれたチャルナへの感謝でもあった。
すると、あぐらをかいていたチャルナは木に寄りかかって長い足を投げだす。
「ははっ、やっぱオマエイイやつだな」
にししっ、と白い歯を見せて無邪気に笑う。夕暮れに白百合のような笑顔が咲いた。
「噂になってんぜ? オマエが歩くと世界が変わるってよ」
明人もその話は小耳に挟んだことがあった。なにせ前線で兵士たちと寝食を共にする機会も多い。
礼やら噂やらならならば腹が膨れるほどに聞きおよんでいる。
「鉄巨大を操る操縦士。そんなオマエが歩くと世界が変わる。世界の修理屋なんて呼ばれてんぜ?」
「心臓に入れる機械みたいな名前だなぁ……。正直、呼ばれると背中のあたりがムズムズするよ」
今や人間がLクラスに昇進するのではないかとも噂されている。
それは別に強ければよいというわけではない。双腕のゼト・L ・スミス・ロガーのように魔法鍛冶に長け、ルスラウス大陸で種の8割から認められれば誰でも2つ名を授かる資格があった。
授かってしまい、2つ名が1度広まってしまえば後は名前で呼ぼうが2つ名で呼ぼうが大陸の民の自由。
「無意味につけられた側はたまったもんじゃないけどさ」
「そういうもんなんか? せっかくなのにもったいねえぞ?」
「特技が戦争を終わらせることってさ、結局戦争が終わったら昼行灯に化けるからね?」
「ほぉーん」
再度、静寂が訪れる。
明人は、自分が頑張っていることを少量ながら評価している。しかし、回りの皆は過大評価をしている。
人間は魔法が使えない。外にでることすら命懸け。剣聖や自然魔法使いがいなければ家にこもることしかできない。
その程度の弱小種。F.L.E.X.を発動できても、発動条件であるフィラメントには数に限りがある。それに、これは明人の勘だが恐らくそろそろ中毒症状がではじめるだろう。
フィラメントは、麻薬である。体内に流し込んだ際の異常な快楽を好む者も多い。少なくとも住んでいた生存者キャンプでは、通貨代わりにも使われていた。
操縦士には、定期的にフィラメントの入った銀のケースが手渡される。
それを求めて避難民は操縦士に媚びへつらう。
そのため操縦士は、食いっぱぐれがない職業だった。おかげで妹を宙間移民船に乗せることができたといっても過言ではない。すべては、妹のために。
しかし、明人はこうも考える。
フィラメントを使い切って中毒に陥った操縦士は、仲間に特攻を肩代わりするという条件でフィラメントを得た例もある。なお、渡したのは次の犠牲者となるはずの臆病者だった。
依存し、通貨にも使えるフィラメント。欲するものは数知れず。フィラメントが1本あれば、女であれ缶詰であれ化粧品であれ、なんでもどれか1つを選ぶことができる。
つまり、フィラメントとはF.L.E.Xに目覚めた人間、操縦士を飛行場に縛りつけるものだったのではないか、と。
ここは異世界ルスラウス大陸。おそらく明人の疑問の答えは、世界の神ルスラウスすら知りえないだろう。
「――なあ」
考え事をしていた明人が我に帰って声のしたほうを向くと、視界いっぱいにチャルナの顔があった。
「ん? ――のぁっ!?」
妹から教わった宙間移民船の名を叫んで明人は、四つん這いでそこにいたチャルナから逃げる。
しかし、チャルナはすばやく明人の腕を掴んで足払いをした。
「ぐっ! な、なにを!?」
明人は草のベッドに背を預けて横たわる。
その上にチャルナが、まるで体を重ねるほどの密度で覆いかぶさった。
「暴れんなよ」
耳に唇をつけて舐めるような色欲をそそるささやきだった。
胸板に押しつけられてむにゅりと形を歪める椀のような膨らみ。焦りに湿った頬に、絹の如き滑らかな血色のよい頬がピッタリとくっついていた。
突然組み伏せられた明人は、わけもわからず足をばたつかせるも、チャルナの足に絡まれて身動きが取れない。
触れるに触れられず。両の手は落ち着きなく宙を彷徨う。
夜に染まる市場の端絡み合う男と女。
「……なあ、依頼があるんだ」
まるで等身大のぬいぐるみでも抱くようにチャルナは、全身で明人に密着した。
寝間着のようなラフな衣服越しに伝わってくる感触。袖のない衣服とローライズパンツ。晒された肌の面積は、広く、あますことなく柔らかい。
むせ返るような濃い花の香りと甘い吐息が明人の脳をかき乱す。
「や、やわらか――って、違うっ! 依頼ってなんだよ!? ってか、離れろっての!」
抵抗むなしく、気もそぞろ。
男勝りな皮をいち枚だけ剥いだら艶容な色の美女がでてきた。
チャルナの顔が鼻先にまで迫ってくる。そして、息の当たるほどの距離で嫣然と微笑んだ。
「ふふっ、オマエは絶対に報酬をせびるんだろ? これでも薬師商売が長いんだよ。商売交渉するのに女の武器は使わねえ理由はないよなぁ?」
そう言って、チャルナは目を細めると色っぽい手つきで明人の顎を撫でた。
わざとらしく、それ以外のガラス細工の如き淫美な手足は、蛇のように。まるで獲物を捕らえるかのように。
対して、明人も逆らう素振りを見せつつも柔肌の感触と筋肉痛とに阻まれて、全力で引き剥がせない。
「こ、これが報酬ってわけか!? そんな強引な依頼を受けるわけないだろッ!」
「いんや、これはただのサービスだ。なんだったらもっとサービスしてやってもいいぜ?」
羞恥によってタコのように真っ赤に染まる明人に向かってチャルナは、悪戯な笑みを浮かべる。
「ぐぬっ……!」
口にしたもっと先という言葉に気を引かれつつも明人は、鋼の意思でもちこたえる。
そして、諦めて両手を草場に投げだした。
「……ハァ、詳細を話せ。聞いてやるくらいならタダだ」
しかし、チャルナは離れない。どころかより濃密にむっちりとした足を絡ませてくる。
触れ合う肌と肌の間には、じっとりと湿り気が滲んだ。視界には整った顔立ちが目一杯に広がり、僅かに早い鼓動が衣服を透かして伝わってくる。
ふと、チャルナの表情が一瞬だけ憂いを帯びて、目を伏せた。
濡れた薄い唇が言葉を紡ぐ。
「報酬は、その内出血してる右手と体全体の治療だ。薬効だけで、3日後までには全快させてやる」
ユエラが情報を吐露したのだろう。明人に、《ヒール》などはおろか《エンチャント》などの支援魔法も効かない。
救済の導との決戦を控えた明人は、色仕掛けとわかっていても気を削がれながら考える。
「……闘いの前に全快か。悪くはないな。ただ、その先を聞かないと受諾するか答えられない」
体を重ねて、面と向かっての交渉だった。
火照る肌の熱と吐息が混ざり合って1人とひとりの間は、蒸し蒸しとしている。
するとチャルナは、もう一度先ほどのように頬を合わせると明人の耳元で囁く。歌う虫たちに負けてしまいそうなほどに細やかな囁きだった。
「ああ……話す……。不肖の弟子を……いや、オレが完成させちまった失敗作の話をな……」
○○○○○
確実に語られない日常の一コマを語るSSコーナー
……………
「はー、ちゃんと買えてよかったです!」
「……死ぬかと思った」
「あっ、そうそう。ついでに食品も買って帰りましょう」
「えっ? 必要なものがあれば採取するわよ?」
「いえいえ、誘いの森にはいない生き物です」
「……正直、あそこだと魔物に食われて大体の生き物はいないわよ?」
「ちっ、ちっ、ちっ。甘いですねユエラは」
「なによー。早くいいなさいよー」
「これですっ!」ヒョイ
「あー、なるほどね。確かに魚もいないわね」
「そうなんです。川はあれど、お魚がいないんです」
「全部川の魔物に食い尽くされちゃったもんね。んで、あとは共食い」
「なので、傷まないうちに今日の晩ごはんにしましょう」
「いいけど……アイツ魚食べられるのかしら? 異世界人ってよくわかんないわ」
「大好物らしいですよ?」
「え? マジ? アイツにも好物ってあるのね」
「皮を湯がいて、氷で締めて、しょっぱく、酸っぱくして食べるのが好きらしいです」
「へぇ……。じゃあ買ってってあげましょ。私も食べたいし」
「じゃあ、店主さん。お会計お願いしまーす!」




