139話 とっても友だち思いなふたり
混血の
人間への思いは
返せない恩
返しきれない借り
それは
共に歩むと決めたから
「私は、呪いが解けた瞬間を忘れねぇ」
話しによれば、覇道の呪いが蔓延していた頃からチャルナとユエラは知り合いなのだという。
当然、その頃は薬師どうしの関係ではない。呪いによって差別的になっていたチャルナは、森で素材を採取中に鉢合わせする機会がたびたびあったらしい。
そのつどにチャルナは心無い暴言を吐き捨て、ユエラは悲痛な面持ちで身を引く。
仲間の輪に加われず、ひとりぼっちのハーフエルフ。
そんなことを何度も繰り返していたある日のこと。行方不明になっていたエルフたちが、村に、国に、返ってきた。
混血に助けられて呪いの解けたエルフたちは、乞食のような襤褸纏って涙ながらに村のエルフたちへと、すべてを打ち明けた。
すると、ひとりまたひとりと呪いが解けていく。
村を襲った災害キングローパーの討伐が終わる頃には、村のエルフ全員が混血を受け入れていた。
「あの時は、マジで後悔したんだ。だからオレはユエラに謝った。したらよ、なんていったと思うよ?」
エルフたちは許しを請う。仲間を救ってなおも身を粉にして前線の兵すらも救っている混血に。
「噛み噛みで汗垂らしながら、じゃあ友だちになってください、だぜ?」
そう言って、チャルナは地べたに組んだ足のなかに拳を立てると落ち着かない様子で前後に揺れた。若葉色の瞳は、大地に過去を描くように影を落として僅かに滲む。
「原因が別にあったとしてもオレは、自分が許せなかったよ。それに合わせる顔がないだろ? だからオレはユエラを遠ざけてた。そしたらな――」
ビシッ、と。その細指が真っ直ぐに隣で正座したユエラを指した。
馴染みの浅いものがいると決してあぐらをかかないユエラも、それに驚いてかぴくりと肩を揺らす。皿のように丸い彩色異なる瞳がぱちぱちと瞬く。
「暇になるとしょっちゅう会いにきやがるんだよっ! オレが距離とってんのにだっ!」
混血は、エルフが大好きだった。それは迫害されたことによる跳ねっ返りなのかもしれない。
しかし、その気持ちが本物だということを明人は知っている。
今のような夕暮れの灯りに照らされた砂漠での悲劇。自然女王形態への移行を失敗した際に嫌というほど見ていた。
涙を滲ませ天使にすがるユエラと、必死に蔦に絡めとられたエルフたちを救助しようと武器を振るドワーフたち。もう好きにしてくれといわんばかりのエルフたちの絶望じみた顔は記憶に新しい。
「しかも、オレが心を鬼にして突き放すとすげえ悲しい顔すんのな!? 受け入れる選択肢しか用意されてねえんだけど!?」
怒鳴るチャルナの横でユエラは、しれっとチョコクッキーをかじる。まるで他人事のよう。
聞いてもいないのにペラペラとよく喋るチャルナを無視して明人は、ため息をつく。
「ハァ……。押しの強さはどこぞの剣聖に似たな?」
「いやー、それほどでもないわよー」
テレテレ、と。明人の嫌味にユエラは、血色の良い頬を掻いてみせる。
「結果がうまくいったのならなによりだけどさ。あと褒めてはいないからな?」
とはいえ、明人にとってユエラのそれは意外な一面でもあった。
明人はユエラに呪い関係なしで嫌われていた過去がある。ヒューム嫌いとの出会いは、最悪だった。もしかするとユエラは、リリティアの助けによって呪いが解けていたのかもしれない。それでも嫌われていた。
そんな遠くもない過去に思いを馳せる人間を、見上げる視線がひとつ。
気づいて明人が見下ろして見れば、猫のように目を細くしたユエラが微笑んでいた。
「私の混血としての生き方を捻じ曲げたのは全部アンタだけどねっ」
真っ直ぐこちらにむけられた吸い込まれそうな美しい混血の瞳だった。
濡れたエメラルド色、とろける蜂蜜色。葉の隙間から零れる夕日に照らされたヤのある深い緑は、まるで青竹のよう。
並びのいい歯を見せて悪戯っぽくユエラは、笑う。出会った頃と比べれば憑き物が落ちたような無垢な笑顔は眩しい。
改めて礼をいわれた明人は、虚を疲れるように心臓が高鳴る音を感じた。そして、改めて友だちの清らかな美しさを感銘を受けた。
「べ、べつにだな……。いまさら礼をいわてもだな……」
目が合わせられず、思わず顔を背ける。
「オレは、オレが安全に暮らせる場所を確保したくてだな……。救われたのはそっちが勝手に……、いやユエラの努力が実ったというか……」
もごもごと歯切れの悪い言い訳、もとい照れ隠し。
のっぴきならない状況においやられた明人の前でふたりの薬師は、隣り合ってくすくすと楽しげに笑う。
「ねっ。いった通りでしょ? これがうちに住む鉄巨大の操縦士よ」
「いやー、マジでおもしれーな! オマエに聞いた話を疑ってたけど、全部本当っぽいな!」
「どんな話したんだよ……」
2対1では勝ち目が薄い。
いろいろと諦めた明人は、うなだれるようにして麻のズボンを履いた尻を草場に落とした。
「そう落ち込むなよ! 大体がノロケだったぜ! 臆病で卑怯でバカでスケベで、ってな!」
「ザ・侮辱だな。オッケー、喧嘩か? 買うぞ? 負けるけど」
着の身着のまま拉致された明人は、男のプライドに従って袖をまくり、イキった。
腹を抱えて笑うチャルナ。女性なれど、エルフ。魔法が使えぬ人間に勝ち目は、ほぼない。
「アハハハハ! ひぃひぃ……ククッ、今のは半分だぜ。残りの半分はユエラが自分の口で伝えるこった」
じろり、と。チャルナは卑しげに口角を吊り上げて隣を見つめる。
しかし、ユエラは表情ひとつ変えない。
「別にいってもいいわよ? 好きだって、一生一緒にいるって、伝えてあるし」
ピタリと風がやんだ。
明人は、先ほどの照れとは別の意味で顔を逸らす。
ユエラがよく口にする「ほどほど好き」に秘められた意味を明人は、理解している。理解してなお、それに答えをだすことができなかった。
答えるということは、責任を負うということ。首を縦に触れば無責任者となり、横に振れば居心地のよい安寧の地をでる覚悟を固めなくてはならない。
《汝、生涯を賭して勇猛な盾であれ。我らは盾。天上に至りて世に個の歴史を刻む者。汝と共にあらんことを》
友人との約束。散っていった仲間たちとの記憶。地球の終焉。
失ったもうひとつの宝物を追う信念は、揺らぎはするもののまだ色濃く心に刻まれていた。例え仲間を守れなかったとしても構えた盾を放り投げることは、許されない。
愛機は、宙間移民船造船用4脚型双腕重機ワーカーは、すべてを見ている。
そんな明人をチャルナは、凍りつくような、およそ形容し難い表情で見つめていた。わなわなと唇が震えている。
「お、おまっ――オマエぇッ!? フッた女と同棲してんのかよォッ!?」
「フッてないよ……。いろいろ込み入った事情があるんだ……」
「つまり――先延ばし!? 男としてマジありえねえ!?」
チャルナは友だちとして怒っているのだろう。
友だちであるユエラが素知らぬ男にいいように弄ばれている、と。
「もしあれが告白だったとして、受け入れたらオレは未亡人製造機に化けるっての……」
市場の端に鳴り響く温度差のある口論。数名のエルフがこちらを見るも、関わりたくないのかすぐに買い物へと戻っていく。
肉の詰まった艶容なふとももを波立たせて地面を蹴ったチャルナは、自分の店を飛び越えて明人に掴みかかった。
「意味わかんねえけど、理由があるならフれよ! ユエラが可愛そうだろ!」
「愛だの恋だのって、そんな浅い話じゃないんだって……」
明人も消極的に喰らいつく。
ユエラは答えを待っていない。ただ、明人にとってもユエラを縛るような最低さは、自身が最も理解していた。
しかし、戦争が終わるまではリリティアと離れるわけにはいかない。聖剣を抜いた責任を果たしてから未来を閉ざす覚悟がある。
それに明人には審判の天使から教わったことを、ある者に問いたださねばならなかった。
白熱する恋愛のもつれ。第三者が加わったことで余計にややこしくなるのは世の常か。もみくちゃにもんどりをうつ人間の男とエルフの女。
とはいえ、明人は抵抗すらしていない。ただなすがままに組みついてくる乙女の柔肌を感じるだけ。清香な花の香りが鼻孔をくすぐる役得。
しかし、当のユエラはどこ吹く風。淡々と腰の雑嚢からクッキーをとりだしてかじるだけ。
「むぐむぐっ、べふにいい――んぐっ、別にいいわ」
いいながら、白い筒のような喉を鳴らして立ち上がる。
「ハァ!? オマエいいようにされてんたぜ!? いいわけあるかよ!?」
「だって、断られても一生一緒にいるつもりだし。明人の死に顔見るまでは、ずーっと一緒よ。それくらいしても返しきれない恩があるの」
そう言って、ユエラは美味しそうにまたクッキーを齧る。
それを見るチャルナの耳が、しんなりとしぼんだ。
「おいおいおい……。回りが見えないほどベタ惚れかよぉ……」
「ううん、本当にほどほど好きってだけよ? 人間の寿命なんてたかだか100年程度なんだし。その間は、好き選んで好きに生きて欲しいってだけ」
クッキーを貪りながらユエラは、片手間で明人に馬乗りになったチャルナの手を掴んだ。
「私を好きになってくれたら……まぁ嬉しいわ。でも、リリティアもいるのよね。私、どっちも好きなのよ」
困ったように眉をよせて笑むユエラ。
対してチャルナは、不思議そうに小首を傾げる。
「んー……? なーんかマジ込み入った事情があるっぽいな……。関係ないヤツが首突っ込まないほうがいいか?」
「そういうことっ。私のために怒ってくれてありがとね。でも、明人はそういうゲス男とは別物よ」
友だちのために息を荒げて男に組みつくほどには、ふたりに友情というものがあるのだろう。
一方、襟首を捕まれ上着をはだけさせられた明人は、ぐったりと草の上に横たわっていた。
「そんなのただムキになってるだけだ……。オマエは、もう好きに生きればいいだろ……」
起き上がる気のない明人に近づくとユエラは、白魚のような手を差し伸べる。
「やーよっ。100年……ううん、60年くらいかしら? 面白おかしく暮らせるチャンスを棒に振ってたまりますかっての」
そう言って、んべっとすべっこい小さな舌をだした。
そして、1人とひとりは手をとり合う。
透明感のあるきめ細やかな玉の肌は暖かく、土で汚れた手は未だ生臭い。
語られない語らないやっぱり語るSSコーナー
……………
「重いなー」
「明人? なによ藪から棒に」
「ユエラが重いなって」
「ハァ!? 失礼ねっ! まだそんなに太ってないわよ!」プンスコ
「いや、ユエラの思いが重いなって」
「にゅ?」
「にゅ? じゃないよ。重い女だなってことだよ」
「あー、なるほど。って、私は重くないわよ!」
「だって……一生ついてくるんだろー……。美人だからかろうじて嬉しいけど、現実的に考えると重いよー」
「一生っていってもトイレとかお風呂まで見にいかないわよ?」
「風呂とかについてくるようになったら軽い女だな、って思う。安易に肌を晒すとか、ない」
「軽くないですー。明人は、重いのと軽いのどっちがいいのよ?」
「あー……どっちかというと重いほうがいいけどぉ、中間ってない?」
「んー、ないわね」
「チャルナの選択肢のない気持ちわかったよ」チラリ
「だろっ? コイツ強情なんだよ。その癖、すげー打たれ弱いの」
「それな」ビシッ
「なによー。ふたりともいいたいことがあるならいいなさいよー」
「ああ。まー、そのままのユエラでいてくれればいいや。見てるだけなら美人だし」
「おう、明人いいこというな。そうだな。それがいいな」
「え? あ、う、うん? 釈然としないけど、ふたりがそういうなら……」テレテレ




