133話 とっても穏やかじゃない食卓
剣聖による極上の朝食
舌鼓を打つ面々と乱入者
約束と戸惑い
この子はとっても優しくて
胸が平坦
機嫌よさげに三つ編みを揺らしたリリティアは、ほくほく顔でメニューを運んでくる。
「ミノタウロスのフルコースおまたせしましたっ」
ズンッと新品の長テーブルに置かれた2枚の大盆を見て、イスに座した皆々の表情がぱっと華やいだ。
当然、テーブルの裏にも大盆にも840ブランドの840の文字が焼印されている。
本日の昼に食べる朝食は、剣聖によって草のように刈られたであろうミノタウロスの料理だった。
乳液のようにとろみのある冷製スープに大きな貝の乗った温野菜サラダ。グツグツに煮込まれて茶色になった肉の角切り。メインディッシュの大皿には、どデカイステーキ肉がよそられている。
「じゅるりなのかなぁ……」
「美味しそうだにゃぁー……」
部屋いっぱいに広がる色合い豊かな色と香り。
剣聖の作り上げた料理に食らいつくようにかがむシルルとニーヤの腹の虫が、早くよこせといわんばかりにがなりをあげた。
そんなふたりにニッコリと微笑みかけたリリティアは、キッチン台から熱々の鍋をもってくる。
底の深い鍋のなかで弾ける黄色がかった透明な液体。それを中央に置かれたどデカイ肉に、円を描くようにしてとろーりかけた。
鼓膜を叩く、拍手のような肉の焼ける音と香りのスタンディングオベーション。ミノタウロスの肉は、じくじくと唄う。
食べやすいよう包丁で切りとるとなかは、霜の降った桜色。じゅわっ染み出した肉汁が食欲をそそる。
見てよし嗅いでよし食べてよし聞いてよし。料理は、匠の手腕によって大衆を唸らせる完成形と化した。
「さあそろそろご飯にしましょうね」
リリティアが曲線の美しい尻をイスに降ろすのを確認して、各々自由に祈りを捧げだす。
ハーフエルフと小さなエルフは、胸の前で手を結ぶ。
「大いなる自然よ。実を結び、我らに糧という恵みをお与えくださったことを感謝いたします」
ビロードのような緑色と明るく暖かな琥珀色の瞳。
それを眼を閉ざしtたユエラは、言葉を紡ぐ。
凹凸のくっきりした端正な顔立ち大人びていて美しい。
そして、シルルも同じように目を閉じる。活発的な緑色の瞳が瞼に閉ざされ声を控えめに呟いた。
「尊大なルスラウス様に感謝を。そして、偉大なる剣聖様にも感謝を……なのかな」
「フフッ。それでは、この語らずへ献上された供物を嗜んでやるとしよう」
祈るふたりに挟まれたエルフの女王がテーブルの料理を見下すように白い筒のような喉を見せる。
黒い艶美なドレスは、下品にならぬ程度にところどころが透かされていた。
雪のような色をしたよく栄養の行き渡っている胸元をぼんやりと浮き立たせる。
やけに距離を詰めて座るニーヤとリリティアに挟まれた明人は、眉根を寄せた。
「おい、オマエ女王だろ。民が祈ってるんだから祈れよ」
「フフンッ。今のが私流の祈りだ」
反った細指の上で銀の匙をくるくると回しながらヘルメリル・L ・フレイ・オン・アンダーウッドは、愉快げに目を細める。
人を小馬鹿にしたような目つきに高圧的な態度。顔のパーツのひとつひとつが精巧で彫刻のように白ばんだ肌は、まるで芸術美のような気品のある美しさが漂っていた。
世界最強の魔法使い。誰よりも民を愛するエルフ国の女王。語らずの2つ名は、唱えずして魔法を放つことが由来している。
そして、明人の飲み友だちでもあった。
「そうかよ……。あと、いつからそこにいた?」
「私はミステリアスだからな。神出鬼没だ」
ふんす。ドレスに仕立てられたかわいらしいレースを揺らして立ち上がるとヘルメリルは、腰に手を当て胸を張る。
合わせてドレスの胸元、窮屈げに張りジワのできたたわわな果実がぷるりと爽快に躍動した。
「自分で言うな……。まあ、いつもコックが料理を大量に作りすぎるから丁度いいけどさ」
リリティアは、基本的に適量を越した料理を作る。
こうして稀に予定もなく現れるゲストを招いてわいわい食事を食べたいらしい。
明人は、今日の糧に感謝をしながら木の箸を手にとる。そして、手を合わせ、ひと言。
「いただきます」
忘れぬ日本の心は、和の心。
隣でニーヤが「弱肉強食にゃ」と料理を睨んで食事にかぶりつく。
それを聞いて、ヘルメリルはひくりと笹葉のような長耳を逆立てた。
「いただきます? なんだそれは?」
その投げられた問いに明人ではなくニコニコ笑顔を崩さないリリティアが答える。
「食材になった動物たちや植物たちの命をいただきます、という意味らしいですよ。それと料理をしてくれた方への感謝の気持ちもこめられているそうです」
リリティアは、ようやく最近使い慣れてきた箸を掴むと緑の葉野菜を危なげなく掴んで、口に頬った。
満足げにこくりこくりと頷くたびに編んだ三つ編みの根本に飾られたリボンが蝶のように羽ばたく。
「ほぉ……家畜……じゃないな、魔物と植物に命とは、これはまた珍妙な考えかただ。しかし、神と精霊を信仰するエルフに似ているかもしらん」
ヘルメリルは、はじめに食べると決めていたのであろう引き寄せた白い冷製スープに匙を浸して上品にすする。
しばし味わうように瞳を閉じるも特に感想はなく、黙って次のひとくちをすすった。
部屋にカチャカチャと楽器のように食器の音が鳴り響く。食卓、団らんのひととき。
開いた窓から入ってくる風は、ほんの少しだけ冷を運んで夏の終わりを感じさせた。家をぐるりと囲う森の木々は、たっぷりと光を吸って混血エルフの髪のように大人の濃い緑色をしている。
ガツガツかきこんんで食べるシルルの口をヘルメリルが高そうな白いハンカチで拭う。粛々と、だが猛スピードで箸を動かし頬をぱんぱんにしたユエラは、まだまだ懲りずに料理を詰め込んでいく。猫手で器用に料理を掴んで肉をむさぼるニーヤ。
ほんの少しの平和と幸せな時間。この世界で人間という唯一無二の種が地球にいた頃とは、違うベクトルの心地よさがここにはあった。
「食べないんです?」
感傷に浸る明人を、横からリリティアが覗き込んでくる。
頭を傾けて不思議そうに金色の瞳を瞬かせていた。
「ああ、食べるよ。食べるけど……」
言葉に詰まる。
足をくすぐられるような、ほんのりと暖かい物に体を包み込まれるような不思議な居心地を、形容しきれない。
対して、罪の意識と仲間との約束が渦巻く。生きたいという願望が囁く。幸福と絶望が内側で出会って混ざる。
その時、着ている服の袖がキュッと掴まれた。日曜大工で日に焼けたくすんだ白い肩とまっさらな純白のドレスの肩が触れ合う。
「私、待ちますから」
「なにを?」
「すべてを、です」
リリティアは、ほがらかに滑らかな頬を緩める。
それを見て、明人はぼんやりと高い位置にある天井を眺めた。
「ベルトコンベア……いや、人生の袋小路かもしれない。なんか、色々よくわからなくなってきたよ」
「わからないことをわからろうとすることが重要であって、わからないならわからないで別にいいんだと思います」
「……そっか。そうだな。悩んでもしょうがないか」
納得して明人は、自身の頬をぴたぴたと手で叩く。
整理はつかないけどまぁいいか、と。
なので、箸だけは整えて食事をはじめることにした。大皿のメインディッシュは、すでにクォーター程度の量にまで減っている。明人とリリティアが話し込んでいる間に食の試合は、とっくに後半戦へ突入していた。
大量に頬張ったユエラは、口のなかでもぐもぐ咀嚼している。
ニーヤは噛まないで肉だけを飲む。ヘルメリルは、自身の皿からシルルの皿へ切りとった肉と野菜を盛っていた。
とりあえず、明人はメインディッシュから手をつける。
口に入れてわかる異常な旨さ。
「おっ、基本的にリリティアの料理は旨いけど。これもやっぱり旨いな」
焼き目にほどよく染み込んだソースは、柑橘の甘さと芳香を含んだ油。
繊維までじっくりと下味が入った肉は、ひと噛みするたび舌の上でコクのある甘い脂に化けて、消える。
とろりと汁に化ける肉とすっきりとした風味が調和を生んだ。箸が、胃が、求めてしまう。
口と皿の往復を繰り返す箸。ひと口を胃の腑に落とすたびに柑橘の香りが浄化する。
大粒の貝でとったと思われる貝の出汁のドレッシング。細かく刻んだ野菜に香る程度の酸味と塩っけが乗っている。
ほくほくの温野菜が上手くそれを吸っていい感じに薄くなって味に飽きず、食が進む。
角切りの肉も甘じょっぱいタレが芯まで染み込んでいて噛めば、ほろほろと口のなかに広がっていく。
銀の匙を手にとって冷製スープをすすれば、乳とたくさんの細かく刻んだ野菜が入っていることがわかる。
シャキシャキの根菜とスパイシーな味わいが、脂質に富んだ口を引き締めてくれた。
ガツガツ。料理を貪る明人の隣でリリティアが、嬉しそうに体を左右に揺する。
「お肉は、ミノタウロスの背中の辺りのお肉です。旨味がぎっしりつまった一番美味しい部分です」
「ってことはサーロインか? いや、アイツら2本足で立って……。いやでも、牛かぁ?」
ミノタウロスとは、人のように2本足で立ち、筋肉質の屈強な体で襲いかかってくる魔物。牛に似て、牛ならざる獣。
無理やり狩りに連れていかされた際に明人は、見たことがあった。そして、怖かった。
「ちなみに野菜は、ユエラがいいものを選んで摘んできてくれたものです」
「へぇー。どうりで根菜がいつも以上に甘くて、えぐ味がないわけだ。さすが自然女王」
感心して明人は、斜向かいを見る。
ユエラが、こちらを見ながら誇らしげに目を細めて、ハムスターのようにもぐもぐしていた。
その隣では、お腹をぱんぱんに膨らませたシルルを膝の上に乗せたヘルメリルが、おすまし顔で茶を飲んでいる。
小さなエルフは、自国の女王の膝上で、頭が収まるほど大きな胸を枕に食後の惰眠を決め込むつもりのようだ。
ちらり。明人と紅色の瞳との視線が交差する。ヘルメリルは、微かに口角をもちあげた。
「さて、腹も膨れたことだ。NPCよ。今日私がここにきた理由を話してやろう」
「オマエスープしか飲んでないだろ……。それ意外全部シルルに食わせてたし、もっと肉を食え肉を」
「あまり食べると胸がでかくなるんでな。……クククッ、まったくどこぞの貧乳とは違ってすぐ育つから忌々しいものだな」
ククッと喉を鳴らして笑い、優しげに微笑むリリティアへと視線を送る。
限りなく平坦に近いリリティアのつつましい胸部は、膨らみすら見つけられない。およそ胸というより胸板。
対極的な白と黒を交互に見て明人は、震えた。
ヘルメリルは、小馬鹿にしているだけかもしれない。それでもリリティアは、胸の話題になると豹変する。
とはいえ、明人では想像できぬほどの長い間の友人同士のふたり。この程度の冗句は許されるのだろう。
「メリー? 殺しますよぉ?」
巻き舌で、にこやかな殺害予告。
日和見していた明人は、慌てて止めに入る。
「待て待て待て!? この剣聖、オレの予想以上に辛辣なこといいやがった!?」
「明人さんどいてくださぁい。それの無駄に大きい胸を引きちぎって晩のおかずにしますからぁ」
殺意の波動に燃えながら笑うリリティアを押さえつけて、必死に宥めた。
食後の運動にしては少々ハードすぎた。
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語らずのせいで語られるSSコーナー
……………
「まって! マジで待って!」
「明人さん離して下さーい。大丈夫です。すぐですから」
「クククッ、やれるならやってみるがいいさ」
「オマエも煽んなよ!!」
「ほら、貴様も大きいほうがいいんだろう?」
「ぐっ……これ見よがしに寄せてくるなよ!」
「あらぁ? よく見れば明人さんも結構胸が――」
「オマエが強制的に鍛えさせたんだろうがァ!!」
「うふふふふふ。まだ胸筋に成長の余地がありますねぇ……」ウットリ
「ああ、うん。まだやらないとだめなのかぁ……」
「小さい筋肉も大きい筋肉も美しいじゃないですかぁ……」サワサワ
「オレの大胸筋を触るな。つーかそれがわかってんなら胸のことでとやかくいうな!」
「おっぱいと大胸筋は別ですっ!!」
「もうやだ……この筋肉フェチ……」
「むぅ……五月蝿いのかなぁ……」
「旨いにゃ! うんまいにゃ!」ガツガツ
「もご。もごもご、もごぉ?」モッチャモッチャ
「ハーフ、なにいってるかわからないのかな」




