132話 とっても安らがない我が家
ひとときの休息
懐かしむ場所
新しい仲間
のんびりと流れる時間
救済の導の本拠地
史上最悪極悪非道の裏側
黄色い日差しが空の中央から見下ろす頃、ルスラウス大陸は昼になる。
体感30度前後。光は強くとも日本とは違って比較的に乾燥しているため、心地の良い風が青葉の葉を撫でてさらさらと鳴らす。
そして、大陸最南東冥界の一歩手前に位置する樹海、誘いの森にある丸木の家の庭先に活発な声が響き渡る。そこに作られた井戸は、不格好で前衛的なオブジェクト。
「ドゥー! イト! ヨォウルァ! セウフ! ――DIYだっ!!」
舟生明人は、木槌を片手に大空へ高らかと宣言する。
ネイティブを意識しての英語は微かなこだわり。その身に帯びた中世風の衣装は、家主に買い与えられたもの。
麻リネンのような硬い肌触りのズボンは、耐久性に信頼がおけて丈夫。前合わせで蝶のように結んだ紐からは、道着のような厚ぼったい印象を与えるが、薄手で意外と風通しがよい。
「なのかなー!」
「にゃのかにゃー!」
その横では、テンションの高い明人に合わせるようふたりの少女が、仔ウサギのようにぴょんぴょんとジャンプする。
少女さを失わない程度に短く切られた新緑のような髪の少女と丁度いい具合に焦げたきつね色の耳と尾っぽの少女。飯をたかりにきた長耳エルフは、シルル・アンダーウッド。そして、もうひとりは、2つ名もちのにゃにゃにゃのニーヤ・コンコン・ランディー。
くるくる人間の周囲を回って追いかけっ子をする様は、まさに子供。しかし、どちらも明人よりは年上だった。
ひとまずの平和を手にした面々は、休息のために一度誘いの森に帰っている。
「こーらっ。あんまりはしゃぐとまた痛い痛いになるわよー。それと、シルルも魔法の練習するんでしょ」
耳に入ってっきた子供を諭す姉のような、済んだ声。虫草の歌う庭でもよく透る。
木陰の下に敷いたシートにあぐらをかいて眺めるのは、自然魔法使いユエラ・アンダーウッドだった。
日焼けのない透き通った手でなにやらかの乾燥した草を引っ掴むとユエラは、石の小舟に放り込み、石車でゴリゴリとひく。額に汗を浮かべて前後するたびに主張の強い胸の膨らみがリズミカルに踊った。
シルルが、ちょこちょことユエラに向かって走っていく。
「ハーフ。黄緑色のパンツが丸見えなのかなっ」
「いいわよ。どうせ女性しかいないし」
「……あれっ!? まさかこの半年間オレってユエラに女だと思われてた!?」
「んなわきゃなんでしょっ。それに見たけりゃご自由にどーぞ」
ふんす小鼻を鳴らす。
ユエラは薬研をひきながらなにやら自慢げにみえを切った。
彩色異なる混血の瞳がキラリと光る。
「恥じらいが行方不明だなんだよ……」
明人は、ふとももの狭間に埋もれたパステルグリーンから目を逸らす。
気ままにあくびをしている狐耳の生えた頭を撫でる。
「にゃ~?」
ぽかんと見上げて。
「にゃふぅ」
ニーヤは、くすぐったそうに身を縮めた。
女所帯に放り込まれた男が1匹。さらに、温和な物腰の家主とクールで男勝りの美人ときている。
未だ脳内で思春期の真っ最中である明人には、いささかのっぴきならない環境だった。
若く青い衝動を抑えるコツは、同居しているふたりを男でも女でもない概念ととらえること。
「……つっ」
筋肉痛による鈍い痛みが全身に駆け巡った。
明人は軽い疼きに苛まれながらノミを手にして作業を始めようとする。
今日の工作は家主より依頼された食卓の中心、長テーブルだ。1人とふたりの全員が横並びになれようより大きなテーブルを用意せよとの注文が家主より言い渡されている。そうでなくとも今のテーブルは数10年ものの使い古し。変え時ではあった。
「しっかしまぁ、アンタが7日間も寝込むとは思わなかったわ。だから、あの力は禁止よ。……絶対だから」
視線は合わせず薬師であるユエラは、せっせと薬草を砕く。
しかし、その口調は重々しい。
F.L.E.X.によって人間の限界を超越した後遺症は、1週間を経ても居残っている。
重度の筋肉痛と靭帯断裂と内痔核。ベッドに7日も縛られて痔意外はようやく収まりを見せていた。
「善処するよ」
「ダメ。絶対使わないで。リリティアに言いつけるわよ」
ピシャリとユエラがぶっきらぼうに言い放った言葉に、角材に伸ばす明人の手がピタリと止まる。
ログハウスの屋内から流れでるジュウジュウグツグツ軽快な料理のリズムがここまで響いてきていた。腹の虫を唸らせる香ばしい香りもセットで鼻腔をくすぐる。
明人は、家主であり世界最強の剣士、剣聖、リリティア・L ・ドゥ・ティールの気配を窓越しに眺めてすくみあがった。
「やめてください。ゆえらさんおねがいします」
「ふふっ、なら主治医のいうことをちゃーんと聞きなさい」
そう言って、ユエラは顔をあげて卑しげに微笑む。
前髪の端で編んだ小ぶりな三つ編が短冊のように揺れた。
「でも、朝起きたらアンタが隣で寝てたのにはさすがにびっくりしたわよ」
明人はじろりと半目になって片手間に作業しているユエラを睨んだ。
「オレもびっくり側だからね? ユエラとリリティアの間で、目覚めたときの恐怖がわかるか? 起きたら異世界にいたときくらいびっくりしたんだぞ?」
激痛に苛まれて動かぬ体では、抵抗できず。7日にも及ぶ間、明人はリリティアのおもちゃだった。
意気揚々と怪我人の介護役を買ったリリティアは、あの手この手で攻めてきた。
はじめはやむを得ず忠犬のように接した明人だったが、それが調子に乗らせる結果となる。
自身の入った後のぐつぐつに煮だった風呂の残り湯で体を拭かれ、火傷してユエラが治療する。
匙をもったリリティアに「筋肉のためですから」などと供述しながら、食事をしこたま詰め込まれる毎日。
明人が暇をもて余していると、強引にリリティアの膝に頭を乗せられ本を音読されたこともあった。
最後は、添い寝で1日が終わる。
ハードな日々を空に思い描いて明人は、寝そべった木材を撫でながらぽつりと呟く。
「……ったく、そんなことしなくてもでていかないってのに……」
それから前日のうちに蟻継ぎのように頑丈に用意しておいた食事を乗せるための天板部分に足をつけていく。とはいえ、接着剤の類は重機から下ろした自前であった。
特に瞬間接着剤は、傷口に塗ると即座に出血が止まる。そのため緊急時では重宝される。
ひとつひとつの材料にバリがでぬよう丁寧に角が削ってある板に、小粋な装飾が彫られた足と補強をすれば完成。ハマりこんで夜なべをしたかいもあって簡単に家主の依頼が終わった。
自信作に満足しつつ接着の時間を待つ明人。
ふとかすめる声。癖のある語尾。
「にゃーはあんにゃリリにゃんは、はじめてみたにゃ」
そう言って、ニーヤは赤い着物に包まれた小ぶりの尻に生える絵筆のような尻尾をゆるく振った。
くりくりの眼、灰を溶かしたような瞳と焦げた茶色の瞳がぱちぱちと瞬く。狐と狼の雑種の印。
「前聖女のテレにゃんと出会ったころは、もっと冷たいオーラをまとってたにゃ。でも今は、まるでテレてれにゃんと瓜二つにゃ」
前聖女、テレジア。聞き覚えのない名前。明人は、腕を組んで首を傾げた。
逞しくなりつつある胸板が盛りあがる。
小窓越しにキッチンに立つ家主の姿を眺めながらニーヤは、うんうん唸る。
後ろで編んだブロンドの大きな三つ編みをゆらりゆらり。まな板を叩く音に混じってほのかに明るげなリリティアによる鼻歌が聞こえてくる。
怪我はユエラの瞬間治癒によって即座に治療されており、肌には傷1つ残ってはいない。
白の清楚なドレスも、誰が直したかほつれひとつなくなっている。
「しかも、ここにきて思ったんにゃ……。リリにゃん、いっつもほっぺがほくほくしてるにゃ」
つま先立ちで小窓を覗き込むニーヤに向かってリリティアは、にこやかに手を振る。
ニーヤも不思議そうに狐耳を傾けて毛むくじゃら白いふかふかの猫手を振り返す。
「ながいつきあいにゃーご。あんなに幸せそうなリリにゃん見れてちょっとびっくりにゃ」
見た目はちんちくりんでも立派な英雄のひとり。にゃにゃにゃは、年寄り臭いことをいいながら明人の方を向いて微笑んだ。
皆に受け入れられたニーヤは、もう同族であるワーウルフ国の爪弾き物ではない。
一方で連戦に次ぐ連戦に緊張の糸を張りに張った連合軍も明人たち同様、前線にて新たに加わったピクシー種とささやかな休暇を楽しんでいる。
連合軍の活躍によって複合種は、再びワーウルフ族の統治下に戻った。反発の声が上がるかと思えば、横槍で電撃参戦してきたピクシー種の救助を最優先。
「しっかし、ユエにゃんも、ふにゃーも、よくやるにゃ」
そう言って、ニーヤは染み染みとコクコクと頷いた。
「ゆ、ユエにゃん……?」
「ふ、ふにゃー……?」
異口同音。自らの名を呼ばれたと思わずユエラと明人は声を揃えた。
「そうにゃ。ピクシーの解呪すらやり遂げたにゃ。すごいにゃん」
ニーヤのいう通り、すでにピクシー種は解呪済みだった。
妖精王によっての抑圧。しかしにゃにゃにゃのときと異なるのは、ピクシーたちが戦闘に前向きではなかったという点が容易にことを進められた要因であろう。
王に脅されて西側よりワーウルフ国になだれ込んだピクシーは、決して弱くはない。しかし、戦場にでるということは傷つく仲間や痛みや恐怖を誰もが知ることになる。
幼いピクシーに突きつけられる戦争の過酷な現実。
敗北は死、勝利しても妖精王が待っている。
失せる前進意欲。低くなっていく士気。破竹の勢いだった進軍は、徐々に衰え足を止めた。
だから明人は、動かぬ体をユエラの助けで重機へ乗り込み、利用した。
エルフとドワーフによる連合軍にピクシーにとって目下の敵である複合種を矢面に立たせた。当然のように妖精たちは、なぜ結託しているんだ!? と思うだろう。
「あの鉄巨大を喋らせて言葉巧みに口説き落としたときにゃんて最高だったにゃ」
蒼い威光を背負った漬物石から雑音混じりに告げられる淡い希望。手と手をとり合おう、と。
敵は、目に見えて動揺する。生か死か。
どちらにせよ暴君のまつ国へ帰っても生か死だった。なぜならピクシー領こそ、救済の導の拠点となっていたからと明人は、そのときに知る。
王ですら他者の命を輪廻へ流すという信念をもった救済の導の一部。
己の信念を盾に、陵辱暴行の限りを尽くされたピクシーたち。
反旗を翻すも結果は無駄。
敵は2つ名をもつL、ディクラ・L ・ルセーユ・シェバーハ。敗戦後は、魅了なり処刑なりで玉砕となった。
瞳から希望は消える。ただ弾圧されるために生きる命は救いを求める。
結果は歴然。なし崩しに呪いは解けていく。
つまり、後は救済の導さえ倒せば戦争は終わる。
しかしなぜ打ってでないのかといえば、企てられた最も極悪非道極まりない策の遂行中だった。その内容を知るのは、発案者の明人のみ。
7日で、疲労を癒やし英気を養う。それでもまだ時間が足りていない。
「さすが聖剣を抜いた異世界種にゃよ!」
明人は、もっとも辛い思いを強いられてきた少女が目の前でぴょこぴょこと跳ねる姿が愛おしかった。
いたわりの心持ちで顎を撫でてやると、ニーヤも喉を鳴らして猫のように目を細くした。
「ごろごろごろ――にゃごっ!」
「うおっ!? ま、まま、まてまてまてッ!」
しがみついてくるニーヤの感触に明人は、僅かに照れた。
「ニーヤ離れ――ちょっ、すげぇ力強いッ!?」
もふもふの腕にしがみつかれて、くんずほぐれつ。赤くなりながら暴れる明人とじゃれつくニーヤ。
ずかずかとブーツで下生えを踏みつけながらユエラは、目端を吊り上げて怒鳴った。
「んなぁっ!? 私とリリティアがくっついても表情1つ変えないのになんで照れてんのよぉ!?」
今の明人は、中世のような薄手の衣服のみである。
つまり、パイロットスーツを着ていない。そのため、よく効く。
ずっとそれで我慢していた。甘い女性の香りにドギマギすれど耐えられた。しかし、今はよく効く。
言い訳と真実をこぼさぬよう必死に考える明人だったが暴れる少し年の離れた見た目の少女と触れ合う肌が気になってそれどころではない。
バタン。吹き飛びかねない勢いで開く、丸木の家の玄関扉。
「ち、ちがっ――ヒィッ!?」
明人は、息を呑む。
白い影が長いスカートを波立たせリリティアが、肩で風を切って接近してくる。
桜色の頬と輝く金色の瞳に、荒い鼻息。悪魔の襲来。
「今が明人さん落城のチャンスですなんですねッ!!?」
「なのかなっ!」
飛びついてくる小さい影と白の鳥。
「いやっ、やめっ! いやあああああ!!」
最強の魔物があふれる森、誘いの森。
そこに住まう変わり者たちは、ほんの少しの間だけでも平和を楽しむ。
○○○○○
語らなくても別にいいけど語るSSコーナー
……………
「はいっ。このへんでオシマイです。これ以上やったら明人さんに嫌われますよー?」
「なのかなー!」
「にゃあい!」
「……おう、オレがボロボロになるまでやっといてよくいうな?」
「でも、怒んないのよね?」
「……この程度で怒ってたら胃に穴が開く」
「胃薬いる? 様子見てて必要だと思ったから今作ってたんだけど」
「……ください。ユエラさんのお心遣い深く感謝させていただきます」
「はーいはい調子いいわねー」
「いや……調子が悪いんだ……」




