131話【語らずVS.】救済の導 清浄と探求の王ディクラ・E・ルセーユ・シェバーハ 2
見た目が幼く知能が低くとも立派で迷惑な癇癪だった。
青筋を立てて吠える少年を眺めてヘルメリルは、退屈を覚える。
真実が明かされたからとて一切の動揺はない。それどころか漫然と見下げながら、張りに張ったドレスの胸部分を下から支えあげるようにして腕を組む。
「オマエがテレジアを龍との闘いに連れていかなければァッ!! テレジアは死ななかったんだァァ!!」
幾度となく精霊の都ユグドラシルへ送りつけてきたうんざりする量の手紙があった。
つらつらと書き連ねられた殺意と憎悪と愛を語る反吐のでそうなポエム。こうして面と向かって子供のワガママを聞いたのははじめて。
しかし目の前の敵から興味を失ったヘルメリルは、斜め上を見上げ「雨、止まんなぁ……」と、呟いた。
知識の欲求は、なぜテレジアが死んだのかではない。どうしてテレジアが死んでしまったのかの1点に、矛先が向いている。
龍との死闘は、メンバーの誰が欠けても勝利はなかった。世界は救えなかった。
ひとりの犠牲で済んだと考えるのが上等である。3日3晩にも及んでの命を削るほどの死闘どれほど経っても色褪せることのない記憶だった。
体毛を己の血で染める巨大狐のにゃにゃにゃが、同等の巨躯をもつ龍の目を引く。
その間に両腕を賭けることを条件に命の灯火を赤の槌に載せ双腕が攻める。
しかし龍は、そのどちらもまるで紙を払うが如く容易に爪と拳でいなす。
倒れ伏したふたりの前に聖女が構えて《テルプロテクト》で時間を稼ぎ、癒やし手が《ホワイトウィンド》で前衛の傷を同時に癒やす。
襲いくる炎獄の炎に聖女は、肌を焦がしながらも勇敢に立ち向かう。
そして、語らずは隙を突いて龍へ魔法による隕鉄をぶつける。
空から迫る無数の凶器。それを龍は、胸いっぱいに炎を溜めて吐きだし、すべて溶かした。
1秒が1時間にも思えてしまう目眩のするような接戦。味方が被弾するたびに舞台を囲んだ物見の龍が猛り、喝采にあふれる。
地獄のような闘いの末、勝ちとった勝利。
タンク役のニーヤ、アタッカーのゼト、援護防御のテレジア、支援のディクラ。誰が欠けても勝ち目はなかったと、ヘルメリルは考える。
「もっとオマエらが強かったらテレジアは、今頃ボクの隣に立ってたんだッ!! それなのに……それなのに……!! ボクのテレジアを返せよッ!!」
ディクらは怒りの血と悲しみの涙を垂らして泣き叫ぶ。
そして、恨みつらみを吐くだけ吐いて一旦の小休止。
「はぁ……はぁ……」
「満足したか?」
「だ、誰が……満足なんて……するか……!!」
ふすまの閉じられたような空は、飽きもせずに雨を降らす。
一方でアンニュイなヘルメリルは、顎に指を添えて小首を傾げた。
なくても飛べるがかっこいいから発現させている蝶の羽。ぼんやり夜の帳が降りはじめた空に蛍光を発す。ここから日は、沈むだけ。
宴も酣か。ヘルメリルとて世界を救った英雄を殺めたくはない。
指をついと動かして《ハイプロテクト》を解除する。髪に帯びた罪の黒が溶けて白い肌を汚していく。
「悲しんだのは貴様だけではないぞ。私も、剣聖も、にゃにゃにゃも、双腕も、全員が死別を疎み喪に服したことを忘れるでない」
共に生き共に闘った仲間を、そう簡単に忘れようとして忘れられるはずもなく。
語らなくとも、いつまでも女々しく部屋に絵画を飾っている。
「もっとも親しい存在だった剣聖は、お前以上に悲しみに咽び泣いたぞ。血の盟約を誓わされるほどにはな」
心が折れかけたときは語りかけ、自身をテレジアと重ねて届かぬ背中に手を伸ばす。
いつまでたっても忌中に入るかの如き黒が洗い流され、露に濡れた新緑の髪が現れた。
「面白い男を紹介してやろう。会えば覇道の呪いを掻き消す。少しはそのわだかまりも晴れるだろうさ」
覇道の呪いによる差別心の煽り。テレジアを尊ぶのではなく、テレジアを材料に差別心から湧き立つ怒り。
ヘルメリルは、うつむいて悲しみに浸るディクラを救わんと手を伸ばした。犯した罪は償えばいい、と。
騒々しく山を叩く雨の音。僅かな間が訪れる。
雨は、まだ止まない。
「く、くくっ……は、はははっ! あーっはっはっはッ! メリー! これは傑作だよッ! 恥ずかしくて顔から火がでそうだッ!」
ゲタゲタと堰を切ったように笑うディクラ。
「むっ……?」
それを見て、ヘルメリルは思わず顎を下げて眉を寄せる。
「くふふふっ! オカシイと思わないのかい!? なぜ救済の導が種の壁、呪いの影響下にないか考えなかったのかい!?」
「……? ――なっ! まさか神より賜りし宝物の模造品を作らせたのはっ!?」
異世界よりやってきた人間という種族の左手に輝く蒼いラインの入った指輪。翻る道理の模造品。救済の導の研究所から手に入れたという体内マナを散らすもの。
そして、それは感情を動かす意外の方法で覇道の呪いを解くことができてしまう。
飛び散る衣服と解ける呪い。コーディネートが思いのままの魔装を纏っているヘルメリルにとっては、脱がされ胸を揉まれた苦い過去があった。
気の触れたかの如き笑い声が雨を縫って鼓膜を揺らす。
「ヒヒヒヒヒィィ! ボクだよォ!? 欲にまみれた連中をさらって、呪いを解いて、研究や行動の褒美として欲に浸らせたんだっ! 愉快だったよ! 魅了された愚図共を相手に男女問わず性欲に溺れる不毛な姿はねェ! ボクの手のひらの上とも知らずにィ!」
ディクラは、すでに狂っていた。
救うどころではない。彼こそが諸悪の根源だったのだ。
怒りに顔を歪めたヘルメリルは、己を恥じるのと共によくしなる指を敵へ差し向ける。
「死をもって償えッ……!」
指先から稲妻の如き炎が放たれた。
雨すらも、景色すらも焦がす世界最強による無詠唱の魔法。
ふいにフッとした笑み。ディクラは、避ける素振りも見せずに超高温の炎に呑まれた。
轟々と大地すらも溶かす代物。触れただけで体が炭になるほどの絶対的威力。
微かに仲間の死を弔いながらヘルメリルは、くいっと顎を上げた。
その時、ありえないことが起きた。
「ば、バカなッ!? クッ――!」
身を縮めてバネのようにしながら急加速で、迫ってくるそれを躱す。
「……バカだなぁ。対策もせずにおめおめとキミの前に現れると思ってたのかい?」
消し炭になったはずのディクラが、まるで何事もなかったかのように、そこにいた。
「ヒュームのひらめきは大したものだよ。貪欲で非道でひたむき。他種の身体を断続的に削って回復させるような実験は、さすがのボクも吐き気がした」
おぞましさを吐瀉する妖精王の前に張られていたのは、1枚の壁だった。
それはまるで鏡のようではなく鏡そのもののような見た目をしている。
自身の姿を映した鏡を睨みつけヘルメリルは、己の魔法があの未知の《レガシーマジック》によって反射されたのだと気づく。
ふらりふらり。吹き荒れる暴風に法衣を波立たせて体を左右に揺らす。ディクラは、落ち着き払った声でつらつらと語る。
「その結果判明したのが回復限界だよ。死を思うことで老いる、それと同じ。回数を重ねるたびに回復魔法が効きづらくなっていくんだ。そして、最後は回復すらせずに前触れもなく眠るように死ぬ」
エルフの女王は常に優雅さを心に秘めている。
新緑の髪と湧き立つ怒りをかたどる表情は、普段ならば決して見せぬように心がけている。女王としての身嗜み。
「き、さまっ……! 貴様はァ……!」
相応の犠牲を伴って被検体となった者たちへの怒りを肩代わりするかの如く。
髪を振り乱し、目を吊り上げ、恐ろしい表情を底から引きずりだす。
血の溜まった顔に邪悪さを浮かべて。差し向けた手の先には、当然敵の立つ空間だ。
桁外れの怒りに臓物を煮だたせて語らずは、魔法を放つ。
「逝ねェいッ!!!」
白い手より幾年月を経た巨大な樹の如き魔法の矢が発現する。
降りしきる雨と吹き荒れる風をもろともせずに小さな敵へと真っ直ぐに吸い込まれていった。
「ハァ……。学ばないなぁ……」
「つッ――!!」
己の魔法がそのまま返ってくる。
世界最強による魔法、当たれば使用者であれ命はない。
予測していたヘルメリルは、先ほどと同じ動作で横へ飛んで躱す。
断続的な炎を転じて、圧倒的質量をもってしても無意味。
「ならば……!」
ヘルメリルは羽ばたく。ディクラの周囲をくるくると、スカートをはためかせて白い足を晒しつつ舞う。
唱えずして敵へと次々襲いかかる膨大で莫大な魔法の弾幕。
「おっとっと……背をとろうって魂胆見え見えだよ」
それをディクラは容易く吸収し、跳ね返す。
当然すべてがヘルメリルへと返っていく。
攻守一体の鏡。休みなくつづく攻撃は、休みなく回避をつづけることと同義。
「あの寛容なテレジアが貴様と距離を置いた理由がようやくわかったぞ! その性根、叩き直せぬほどに腐敗しているとはなッ!」
「あれェ? 嫉妬かなぁ? あっ――そっかぁ! キミってテレジアのパクリだったもんねっ! いっつも黙ってコソコソ。なに考えてるのか表情にださないからボクらも気味悪かったんだよ」
「他者の身の振り方を学んでなにが悪いッ! 学ばぬグズこそ欲情に溺れた貴様の姿だろうにッ!」
飛び交う、爆風の如き魔法。しかもすべてが超級である。
灼熱の炎は雨をも気化させ熱風を浴びせ、寒風は世界を凍りつかせて下の都市へと雹を積もらせる。
しだいに黒蝶の動きが緩慢に流れされていく。
打てども放てどもすべては無駄。ふと、ここでヘルメリルが疑問をもつ。
「……っ? もう終わりかな? ずいぶんと呆気ないんだね?」
きょとんと肩透かしを食らったような表情でディクラが首を傾げる。
その束の間に問う。
「貴様……どうやって私に勝利するつもりだ?」
こちらが打たねば攻撃もできず。ディクラは、癒し手でありさほど攻撃は脅威でない。
「バカだなあ……。さっき教えたのにぃ」
「侮辱は聞き飽きた。さっさと問いに答えろ」
上がった息でヘルメリルは肩を上下に揺らすたびに柔らかな2つの膨らみも共にたわむ。
精神的疲労は体内体外ともに発生する。それが《グランド》レベルであればなおのこと。世界最強の語らずなれど、無敵ではない。
対して、ディクラは悠然とした身のこなしで大袈裟に肩を落とす。
「ハァ……まったく。ボクは、ボクの部下が剣聖に語らずを殺すよう伝えるまで時間を稼げばいいだけなんだって。まぁ、それに? ボク自身がここにきたのは、バカどもが殺し合う姿を見学しにきた――」
「それはムリだぞ?」
いつしか雨あしは弱り目を見せていた。新緑の髪を叩く雨もしとしとと毛先からのんびり流れて落ちる。
微かな静寂と時が止まったかの如く凍りつくふたり。
「……は? わけわかんないんだけど? だって――」
「たぶん今頃勝敗は決している。にゃにゃにゃもワーウルフ国も祝勝ムードだろう。あの剣聖がこれだけ経っても未だここにこないのがその証拠だ」
もう1度ほどディクラはぴたりと凍りつく。
対してヘルメリルは、すべての納得がいった。
怒りに染まっていた血色は憑き物が落ちたように白ばみ、再び顎を上げて女王然とする。とある姿を頭に浮かべて思わず口元も上あがってしまう。
「いや、でもっ! だって――!」
続けてくる言い訳の象徴をヘルメリルは、バッサリと切って捨てる。
「貴様、聖剣を抜いたものをなんと心得る?」
「ひ、ヒューム如きでしょ? 安いよねぇ……囮程度にしかつかえないじゃん?」
生意気ぶった子供は、やれやれとでもいいたげに両の手で皿を作った。
「クッ……ダメだ堪えきれんっ! ククククククッ! フフフっ! ヒヒヒヒヒヒッ!」
それを見て、ヘルメリルは引き締まった腹を抱えて笑う。
しっぽりと止んだ雨。真っ赤に染まった空の絨毯と住民の居着かぬ都に木霊するは、我慢の限界を越えた狂気じみた笑い声。
ディクラは聖剣を抜いた者を知らないのだ、と。あのえげつなさ、卑怯さ、思慮深さ、突飛もない発想。嘘と嘘の間に生きる人間という種族を。
愉快な音色に逆なでされたように子供は、忌々しげに頬を膨らます。
「なにがオカシイんだよっ! なんなんだよ!? もうすぐメリーは死ぬんだっ!」
「クヒヒッ――……ふぅ、あれはヒュームではないぞ。異世界からきた人間という種族だ。だから、血の盟約すら踏みにじって剣聖と共に戦場を駆ることが可能な唯一無二とでも言える」
一通り笑い終えたヘルメリルは濡れそぼった長い髪を絞る。
もはや目の前のガキ相手に闘う気力すら湧いてこない。
「な、なんだよ……それ……? でっ、でで、でも――!」
「帰れ。そして震えて待つといい。あれはきっと貴様の元へ向かうだろう」
もう子供の駄々は、聞き飽きていた。
ヘルメリルは黒いスカートを翻らせて帰る準備を始めてしまう。
唯一の人間は、残虐非道を嫌う。少なくともヘルメリルは、そう感知している。
それが果たして人間という種族の性質なのか、はたまた個の執着なのかはわからない。それでももし断られたら胸のひとつでも触らせれば契約成立となるだろう。
「……む?」
「バカにしやがってッ! 《ハイライトニング》!!」
後方のディクラより閃光の稲妻が放たれた。
しかし張り直された《ハイプロテクト》の連鎖した六角形の壁によって容易に打ち消される。
重々しくヘルメリルは、ため息をつく。
「ハァァァ……やるなら別にかまわん。しかし、効かぬとわかった今、次撃つのは下の都市に気遣わず全力でだ」
その直後。暗雲をパレット代わりにおびただしい数の魔法陣が描きあげられた。
「ハッ! ボクの《ミラープロテクト》に弾かれてメリーに返っていく景色が目に浮かぶよ!」
向けられた鏡には自身の姿が映った。
売り言葉に買い言葉。ヘルメリルは、売られた喧嘩は買う主義だ。
「そうかそうか。…………ではな」
短く別れを済ませ天へと陶器のような手を掲げる。
そして、翻ったスカートをふわりと揺らしてエルフ領へと羽ばたいた。
これこそが語らず最強の《レガシーマジック》であり、ルスラウス大陸の地形をも変えられるほどの最大火力。
長きにわたる研究と情熱に築かれた努力の功績。下級中級上級、そして超級。
それらをすべて超越した超絶級魔法。その真髄。
「ま、まて――ッ!? な、なんだ!? 空が、空が、雲が、割れてッ!?」
そのおののく音色を背にヘルメリルは、その場を後にした。
「うわあああああ――!」
悲鳴すらも消す轟音に次ぐ轟音。雨の代わりに降りしきる幾千もの隕鉄の来襲の音。
空を割って、大地をえぐり、都市をも砕く。その魔法は《メテオバースト》。
完全に興味を失った者は、振り返らない。敵が生きてようが死んでいようがもはやどうでもよくなっていた。
そのふくよかな胸中に秘めた思い。ずくりと痛む友の死の記憶。
龍との決闘で作戦の指揮をとったのはヘルメリルだった。そして、仲間を集ったのも同様。
結果を見れば犠牲がひとり。しかし、後悔が残らぬわけがない。
救いとするならば、テレジアが老衰で穏やかに眠りについたこと。
「…………」
羽ばたく蝶は前を見るために必死だった。
下を向いては民の顔が見えず、上を見つめる紅の瞳は償いと未来を描きつづける。
語らずは、亡き友だけにしか自分自身を語らず。
ゆえに彼女は語らず。




