13話 どうせこの世界もあの場所のように、虐げる
ピタリと、リリティアの足が止まった。
明人も腕にぶら下がりながら首を回して振り返ると、そこにはひとりのの青年が立っていた。
「その気品あふれるご尊顔に眩い金色の瞳! 剣聖様に間違いない!」
上位の青年は驚愕の表情で唇をわなわなと震わせながらこちらを指差す。
すると付近で活気づいていた上位たちが次々リリティアへ注目した。
「ねえ、リリティア。けけけけんせいって、なに?」
明人が尋ねると、リリティアはぴくりと肩を揺らすが返事をせず。しかも彼女の笑顔にどこか焦りのようなものが浮かぶ。
すると周囲はものの数秒のあいだに上位たちへ包囲されてしまう。
「本当だわ! 剣聖様よ!」
「見ろ! 剣聖様だ!」
四方八方から浴びせられる歓喜じみた声だった。
なんとなくリリティアがままならない状況に陥ってるようなので、明人はただ傍観を決め込むことにした。というより辺り一帯を包み込むキラキラとした美男美女のオーラに萎縮してしまう。
「わ、私は……けけけ剣聖なんて知りませんヨー」
「その割にすごい片言なのはなんでだい?」
そう言ってリリティアは足早にこの場を去ろうとした。
明人と繋いでいる手の熱がすぅ、と引いていく。さらにはじっとり汗ばんでいく。
様子から察するに相当焦っているようだ。無論、明人もされるがままに引きずられていく。結局、けけけ剣聖の全貌は明らかにならずに終わってしまいそうだった。
「お待ち下さいリリティア様!」
なおも青年はしつこく食い下がる。
も、リリティアはどこ吹く風といった様子を崩そうとしない。
彼女が人混みに睨みをきかせれば上位の人々は身をすくませて容易く道を開けた。
しかし諦めるつもりはないようだ。腰に帯びていた剣を地べたに置いて、跪く。
「僕を弟子にして下さいッ!!」
硬い石畳に額をこすりつけて声色高だかに。
それでもリリティアは振り返らなかった。
遠ざかっていく人だかりは、青年の願いに対する彼女の答えだった。
●○●○●
明人は、すり減ったスニーカーの踵を見て後悔を覚えながらタートルネックの襟元ジャケットのジッパーと肩に下げたショットガンの位置を正す。
「どうぞ剣聖様。謁見の準備が整いましたのでなかへとお入り下さい」
メイド服を着た少女が扉を開いて機械的に礼をする。
待合室と思われる部屋に通されてからというもの、ずっと彼女を観察していた明人にはいくつか気がかりなことがあった。
それは彼女が、どこかユエラと似た空気を醸しだしていること。耳は人のそれと違って羽のように長く、芽吹いたばかりの新芽のように明るい薄緑色の髪が美しい。さらには短いスカートからすらりと伸びる真っ白な足が眩しい。
「うーん……なんか……引っかかるなぁ?」
「ほら明人さん。いい加減に王と対面する覚悟を決めて下さい」
覚悟なぞ当の昔にできている。
なぜなら選択肢はそれ以外にないのだから。
ただ、明人にはどうしても未だ礼の姿勢を崩さない少女が気がかりだった。
ユエラよりは長い耳。ユエラのほうがなめらかで濃い緑色の髪。
なのにユエラは、あの少女のように膜が張ったかの如くおぼろげな瞳をしていないのだ。
「ゾンビ……うおっ!?」
「はい! チャキチャキ進みますよ!」
無理くりリリティアに手を引かれた明人はどこか後ろ髪引かれる思いで扉をくぐる。
「ようこ――」
「ようこそおいでくださいました剣聖殿! ささっ、こちらへ! 私の前へどうか!」
声が声を遮って迎え入れられた先は国を統べるものとの顔合わせに相応しいであろう無駄に荘厳な部屋だった。
入って正面、数十メートルにも及ぶ巨大なステンドクラスには槍を構えた男が描かれている。ここはいわゆる謁見の間というものだろう。
そして至るところに金の燭台が陳列されている。天井にぶら下がって燃え盛る金のシャンデリアか、柱の横には剣を持った銀の鎧まである。王としての尊厳を保つために飾られているものだろう。
それでも明人にとっては、贅に入り浸り支配の欲求を満たす生存キャンプの軍人共と重なって見えてしまい、ただ不快でしかなかった。
「私は上位女王テレーレ・フォアウト・ティールです」
正面。ではなく完全に左の階段の上。
ウエディングドレスのように華々しいドレスを着た上位の少女がいた。
満面の笑みで控えめに首を傾けると、ウェーブがかった銀の髪がふわりと揺れる。
「我は上位王グラーグン・フォアウト・ティールでございます」
その反対。対局の位置にて。
右の階段の上では目に優しくない色合いのイスに腰掛けた上位の男がいた。
足を広げふてぶてしく肘掛けで頬杖をついている様はまさに王。鼻が高く、深く刻まれた眉間の皺は貫禄を漂わせている。
左右に対面するかの如く置かれた玉座とふたりの王だった。リリティアの言うようにこの国は2つの王権によって統治されているらしい。
しかし、対立構造にすら見えるこの光景をどう読みとるべきか。
――これが大陸的な国の統治のしかたなのか? 王がふたりとか余計に複雑になる気しかしないんだけど……?
明人がどちらに首をむけたものかと戸惑っていると、グラーグンと名乗った男の弓なりの銀眉がピクリと動く。
「リリティア殿。その所持している下位はなんですかな? ここが神聖な場だと貴方もご存知だとは思うのですがね」
言われようはともかくとして、いきなり本題に入れるようだ。
明人はリリティアと結ばれた手に熱が篭るのを感じて思わず視線を落とす。
するとその手がパッと離された。リリティアはどこか挑戦的な笑みを浮かべて言い放つ。
「彼の名は舟生明人です。これから誘いの森で、私の家族として迎え入れることになりまし――」
突如弾かれたようにグラーグンが立ち上がった。
そして男は、目をこぼさんばかりに見開き口角を吊り上げて、唱える。
「《ハイフレイム》ッ!!」